第6節
「ふぇ~……頭痛いし、気持ち悪い~……」
「それは二日酔いだ」
起きて早々、乎夜梨が呻いた。
シルバーと話をしている間に、乎夜梨はカクテルを五杯も飲んでいたらしい。一気に酔いが回り、結局、俺がおぶって連れて帰ってきたのだ。
――世話の焼ける。本当に疫病神だな。
乎夜梨が居ては逃走の準備もまともにできない。いや、気にする必要などないわけではあるが。
「くすん……折角の誕生日なのに最低……」
「誕生日?」
「うん。今日で十六歳」
頭痛を疎ましげに手を頭に当てたまま、気持ち悪そうに肯定する。
俺は薬箱から二日酔いの薬を取りだし、水と一緒に彼女へ渡してやった。
「そうか。十六か」
良い機会かもしれない。こんな状態なのは可哀想だが追い返し、今日中に荷物をまとめて逃げることにしよう。もしこいつを庇ったまま殺し屋の集団に襲われたのでは、勝ち目などない。
「いつまでここにいる気だ?」
「別にそれは考えてない」
「だったら、今日が最後だ。すぐにとは言わない。二十四時までならお前がいたい時間までいろ。それが俺からの誕生日プレゼントだ」
呆然と俺を眺める乎夜梨に取り敢えず言うだけのことは言い、俺は武器などのチェックと詰め込みを始めた。
ケースに銃をしまい込んでいると、乎夜梨がベッドから起きあがり、俺の後ろに立つ気配を感じた。
手を止め、何か言葉か行動を待つ。が、いつまで経っても彼女は何もしないし、何も喋らない。首を動かし後ろの少女を一瞥すると、二日前に出会った時の眼をしていた。まるでその眼は俺にさっきの言葉の注釈を待っているようだ。
「……何事もなければ、俺もこんなことは言わなかったかも、な。だが、状況が思わしくなくなった」
それだけ伝えると、逃走の準備を再開した。それでも、乎夜梨はずっと何もせずに俺の後ろでただ無言で、俺の仕草を眺めるばかりでいる。
二十三時二六分。
必要な荷物と商売道具を車に積み終え、数時間を静かな部屋で過ごした。あれから乎夜梨は出ていく様子もなく、ベッドに座り込んで終始無言のままである。わざわざ俺から会話を振る必要もなく、部屋には無言の空間しか生まれない。
――そろそろ行くか。
銜えていた煙草を消し、立ち上がった。
「今日はここに泊まっても構わない。だが、明日の昼までには必ず出ろ。たとえ待っていても俺はずっと帰って来ないし、危険だ。それじゃあな」
彼女からは何の反応もない。俺を見ようともしなかった。
そう言い残し、部屋を出た。一度だけ振り返って部屋の方を見た。一~二秒、何かを確認するように、俺は何も思うことなく顔を戻した。
――さて、何処まで行くか。
普段乗っている車とは別の、隠してあったスポーツクーペに乗り込み、駐車場を出て運転しながら目的地に思案を巡らせる。
「ち、空か……」
胸ポケットに入れていた箱を握りつぶし、サイドボードから新品の煙草を出して封を切る。二つ目の信号で止まり煙草を銜えた時、一度も乗ることの無かったワンボックスカーを微かに視界に捉えた。
――俺の部屋へ向かっているのか?
先程のワンボックスカーは大勢で行う仕事の時にのみ使用される会社の車に間違いない。出発がもう少し遅ければ、鉢合わせしていただろう。六人以上の殺し屋を相手にするなど、想像も拒みたい。さっさと、この周辺からも離れなければ。
ホッとしたところで脳裏に乎夜梨の姿が浮かんだ。
――関係ないな。
俺が部屋にいないと判れば、大人しく帰るだろう。
――いや、そんな常識的な連中の集まりではない。
八つ当たりのように代わりに殺されるかも知れない。それだけならばまだ良いだろうが、自分たちの快楽として使われるのだって考えられる。
――例えそうなっても、俺には責任はない。
見逃してやったのにも関わらず、付いてきたのがまず悪い。そして、今日一日――いや、ずっと出ていくことを咎めていた覚えはない。要は何をされて苦しもうが、自業自得なのだ。
余程考え込んでいたのか、後ろから聞こえるクラクションの五月蠅さで信号が変わっているのに初めて気付いた。
急いで車を発進させ、何も考えないように煙草へ火を点けた。
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