6節目

 海岸線を抜け、街の中に戻ってくるとコンビニのトイレで女性陣は着替え、用が済むと一ノ瀬と後藤とはそこで別れた。真壁は約束通りシズネと一緒に帰り道を自転車で並んで走っていた。しかし、道順以外の会話らしい会話はない。

 真壁はの家の近くを通り過ぎ、ずっと南下していく。交差点の信号で止まった時、

「ねぇ先輩」

 シズネが話しかけてきた。

「ん?」

「こっち行きませんか。少し寄りたい所あるんです」

 最初に大まかな住所は聞いていたので、そっちに行けば彼女の家から若干遠ざかるであろうと思った。

「時間、大丈夫か?」

「私は大丈夫です」

「そか。なら構わないよ」

 さっきと同じように併走ではなくシズネが少し前を行く形で脇道へ入り走った。数分して、公園の入口に辿りついた。

「吉ヶ岡公園」

 真壁は木製を模した看板に書かれた名前を声に出して読んでみた。

 シズネは自転車を置くと中へと歩き始めた。当然、真壁も自転車を置いてその後を追う。入口近くの横にある簡素な階段から小高い丘を登りゆく。急な階段をせっせと小柄なサイズの体で登っていく彼女。別に文句も言わず真壁も黙って上る。四十数段を上り終え、頂上には申し訳程度に屋根だけ設置された骨組みしかない木造の小屋があった。その小屋の中にベンチが一つだけ置かれている。

「よかった、誰もいない」

 階段から小屋を確認すると、階段から続く緩やかな坂を通って小屋に入る。

「ちょっと汚いかもしれませんが、どぞ」

 柱や柵にも落書きだらけだ。確かに汚れているのは否めないが、気に留める様子もなくシズネと並んで座る。藍色に浮かぶ街並みが一望できた。城山や総合公園ほどの絶景ではないものの、充分な景観を持っていた。車のヘッドライトにテールランプ、民家の明かり、街頭や大型店の煌々と照らす看板のライト……。

「こんな場所があったんだね」

「はい。お気に入りです」

 止むことのない快い風が木々の青い葉と、短く切り揃えた彼女の髪を揺らす。

 海で遊んでいた時とは対照的に、シズネは言葉を発しようとせず、ただ黙って街を眺めている。風の音と、揺れて擦れあう葉の音だけが真壁の耳に入ってくる。

「都築さん」

「はい」

 先に真壁が口を開いて呼ぶと、藍色から濃くなっていくその顔が彼の方へ向けられた。

「一ノ瀬から聞いてないだろうけど、俺は――」

「誰とも、お付き合いする気はないんですよね、今は。聞きました。それでもってお願いしたら、アリサ先輩が今日の事を企画してくれたんです」

(あのお節介……。)

 しかし、そういう部分が一ノ瀬らしいのも知っていはいる。鈍感なフリをして気を使う人間なのだ。

「なんで俺に興味が?」

「去年の秋……です。文化祭で出し物を体育館で見た時、演者より目立つ司会をしてた先輩にとても惹かれました」

 真壁が目を逸らした。

(……あれ、すげーやる気なかったから、ナレーションを覚えもせずに適当にアドリブばっかでやって、観客から大爆笑は得たけど、同時に脚本書いたやつと演者と先生に大顰蹙買ったやつだな……。)

 あの時以上に複雑な心境になった。テキトーな自分で興味を持たせてしまったことがどこか申し訳ない気がしたのだ。場合によっては彼女の期待と違う部分を見せるかもしれないからだ。

「先輩は、アリサ先輩が好きなんですか?」

「友達としてな」

「また同じ事言って誤魔化すんですね」

「あいつは、俺がLOVEだったとしても恋人にゃあなれんよ」

 シズネは首を傾げ、瞼を何度も上下させた。

「あまりにお互いが異性として意識しなさすぎてる」

「そんな……ものですか?」

「ああ。ただ、掛け替えのない親友だとは思ってる」

 言いながら真壁は頭を掻いた。

「今の誰にも言うなよ。ハズいし一ノ瀬が知ったら調子に乗りそうだからな」

「……はーい」

 クスリと笑い、頷いた。そして、彼女はケータイを取り出した。

「アドレス交換してもらって大丈夫ですか?」

「しゃーないな。口止め料として教えよう」

 真壁も笑いながらケータイを出した。

「面倒なんで、先輩は赤外線の受信にしてください」

「はいよ」

 離れていた距離をシズネからぴょんと縮め、体をわざと密着させるとケータイを操作する。

「えっへへー、送信」

 数秒で彼女が登録してある全ての情報が真壁のケータイに追加された。すぐさま、同じように赤外線で今度は真壁が送信した。もちろん数秒で受信できたが、

「あれ、もう先輩、名前入力してないじゃないですかぁ」

「あ、悪ぃ、赤外線通信なんぞ使うことのないもんだから」

「下の名前、なんて言うんですか?」

「アマハ。天の羽って書く」

 名前の部分を入力していく。が、ぽつりと、

「メルヘンチックな名前ですね」

 そう漏らした。

「親父は女の子が欲しかったそうだ。最後の最後まで親父は生まれてくるのが女の子と疑わずに、その名前しか考えてなかったんだとさ」

 呆れたような物言いで頬杖をついた。

「自分の名前、嫌いですか?」

「別に。役所で変えない限り、一生使うんだ。嫌ったりしても自分が重くなるだけさ」

 柵の間から見える光の移ろい。

 そっと、シズネが遠慮がちにだが彼の肩に頭を預けてきた。気にする様子もなく、真壁はそのままにさせておいた。

 しばらく、二人で同じ景色を眺めた。真壁はシズネが満足するまで、ずっと動こうとせず、微笑んだままその時を待つばかりであった。

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天高く羽は舞う 葵 一 @aoihajime

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