4節目
後藤の取り成しで一ノ瀬の和解金は二人の夕飯半額負担ということになった。本人はそれでも不満そうだが、悪化するのも困るため渋々了承した。
それからは元通り四人で固まって貝を探している。
「だいぶ潮が戻ってきたな」
今や足首付近まで海水は満ちていた。ここまで来ると、砂の中にいるアサリを探すのは一苦労である。
「もうバケツも一杯だし、帰るかぁ?」
「そーですね」
後藤が促すとシズネも賛同した。しかし、一ノ瀬はまだ続けている。
「正しく潮時だぞ、一ノ瀬」
熊手を集め、アサリで埋め尽くされたバケツに乗せる。
「往生際が悪いぞ」
「往生際って――ひゃあ!?」
どうやら姿勢が悪かったらしく、お尻の部分が寄せる波に当たって濡れてしまい、急な冷たさに慌てて立ち上がろうとしたが足がもつれて潮の満ちてきた干潟に尻餅をつく最悪の結果を招いた。
「もう、やだー……」
「あっはは、ばっかでー。早く帰れって思し召しだ」
シズネにもバッチリ写真を撮られる。後藤は流されていく一ノ瀬のサンダルを拾いに行った。
「むぅ……。万が一濡れてもいいように水着来てきてよかったけどさ」
「はいはい。ならさっさと帰るぞ」
別段、起こすわけでもなく真壁は道具をまとめようと後ろを向いたとき、一ノ瀬が素早く立ち上がり彼の下っ腹付近に両腕を回して密着した。
「へそで投げる!」
「ちょっ、やめ――」
真壁は不意を突かれ抵抗する間もなく、かなり豪快に裏投げをかけられ、一ノ瀬は自分もろとも水位の増してきた干潟へ放り投げた。二人して大半が、というよりほぼ全身水浸しだ。
「冷てーっ、なんちゅうことすんだぁ!!」
「冷たいのはどっちよ、助け起こしてくれたっていいでしょお!」
「きゃはははっ、アリサ先輩すごいすごい!」
ケタケタとシズネが大爆笑する。サンダルを持って戻ってきた後藤も傍で笑っている。
「二人して何やってるんだよ、まだ水の冷たい時期に」
回収した一ノ瀬のサンダルを笑いながら渡そうとした。が、タイミングが悪かった。体制を立て直した二人は絶妙の呼吸で後藤の腹部へダブルドロップキックを直撃させる。こんな状況にも関わらず全く想像もしていなかったのか、無防備すぎた後藤は2mほども綺麗なエビ反りで岸に向かって吹っ飛び着水した。
「あははっ、あはははっ、あはぁっ、あはは!!」
シズネは息継ぎも儘ならなさそうに笑い続ける。オートフォーカス機能や手ブレ補正機能はあるが、しっかりと押さえたりピントを合わせるのも上手く出来ないまま連続撮影だけしている。もう何枚撮影したか彼女も把握していない。
もはや濡れていない箇所などない蹴り飛ばした一ノ瀬と真壁は、それぞれゆっくりと項垂れたまま起き上がる。
危機を察して「やば」と思わず口にするもそのゾンビ姿を一枚だけキチンと撮り収めてから、シズネはその場からすぐに岸へと離脱を図る。しかし、数歩進んだところで急に右足を何かに取られてよろめいた。彼女の右足首を水に沈んだままの後藤が掴んだのだ。
「きゃーっきゃーっ!?」
何度もがいても後藤の大きな手と小柄な彼女の足ではしっかりと掴まれてしまい放してくれない。そうしている内にゾンビ二匹が両腕を突き出した姿勢でよろよろと近づいてくる。真壁ゾンビの鼻には素敵なカニのアクセサリーがぶら下がっている。
「いやーっ!?」
動揺なのか本能なのか、パニック状態にも関わらずデジカメで攻撃するように下へ前へと向けながら、やたらめったらにシャッターを切り続ける。
「アリサ先輩許してっ、裏切りましたし一人で逃げましたけど許してくださいっ、真壁先輩もあの画像消しますからっ!?」
間近に迫った二人に必死に謝り許しを請う。だが、
「それとこれとは」
「別問題」
それぞれに両肩を掴まれ、三人一緒に波打ち寄せる干潟に倒れ込んだ。
「みゃーっ!!」
最後にシャッターを切った画像は、夕方の気配がする白い空だった。
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