3節目
結局デジカメを奪うことは出来ず、そうこうしている内に鬼軍曹は知らぬ間に男女対抗で先に二つのバケツを貝ですりきり一杯にした方の勝ちというルールを設けて試合を始めていた。しかも自分たちが有利なのを知っていて。負けた方は帰りに飯を奢るという罰ゲーム付。
「あの子……えーっと、都築さんと随分仲良くやってたみたいだけど、どんな子ぉ?」
「油断ならん……」
女子二人は遠くでせっせと熊手を振るっている。
「それ、女の子に使う評価じゃないんじゃないのかなぁ?」
そこまで深い場所にはいないだろうというくらい、後藤は何も考えてなさそうに穴を掘る。
「一ノ瀬と競るほどの猛者やもしれん」
彼女たちを一瞥してから、ついでに捕獲した小さなカニのいるバケツに貝を放り込んでいく。バケツの中でアサリを下敷きにしながら慌てふためくカニ。
「それも、女の子の評価に使う言葉じゃないよなぁ」
「俺はすぐに評価を下せるほど人を観察する力に長けてねーよ」
こまめに場所を変えながら採取を続けていると、
「あ、一ノ瀬さんたちがこっちに来る」
「なにっ!?」
それぞれ熊手とバケツを重たそうに持って闊歩しながら近づいてきた。悪あがきで真壁はさらい回るが、どんなに急いでも後藤のバケツは三分の一も入っていない。そうこうしている内に女子組は間違いなく一杯のバケツを男子組のバケツと比較させるように並べて置いた。
「はぁー重かった。勝負ありね、べっち」
ふふんと両手を腰にあて、踏ん反り返る。
「アリサ先輩のおかげで私たちの勝利なのです!」
一ノ瀬の雄姿をまず最初に、続いて真壁・後藤を例によってデジカメ収めるシズネ。しかし、真壁は今の言葉に不信を覚えた。
自分のバケツに入っていたカニを逃がし、後藤のバケツへ自分の貝全てを移して空っぽにした。すると、徐に一ノ瀬のバケツに入っているアサリを手で移し替え始めた。
「ちょっ、なに堂々と反則やってんのよ!」
慌ててその行動を止めさせようとする一ノ瀬。
「ごっつあん、一ノ瀬を押さえろ。なんか怪しい」
あまり理解していないようだが、後藤が一ノ瀬をバケツから遠ざける。
「女の子の荷物を漁るなんて悪趣味よっ、紳士的じゃないっ、マナー違反よーっ!!」
暴れながら叫ぶ。一方のシズネは随分と大人しいものである。
「あ、ら……?」
すべてを移し替えたが、規格外の小さいものが大量にあるくらいで、別にイカサマらしい部分は見当たらない。規格外のものを含めてはいけないという規定もなく勝つための手段なので、勝負が終わってから返せばよく不正とは言い難い。
心のどこかに確信があっただけに、真壁は首を傾げる。
「どう、満足した?」
嬉しそうに、実に嬉しそうにニヤつく彼女に真壁はピンときた。
「こっちだな」
と、今度はシズネのバケツに手を付けようとした。
「やーっ、こっちは見ちゃダメですー!」
咄嗟にバケツを抱えるように被さり死守する。
「ええい、どけ、どかんかっ!」
「見逃してくださいーっ!」
どうにかして奪おうとするも被さられては手も足も出ない。そこで、
「俺の指定するデジカメ内にある画像を消すのと、そのバケツを検めるの、どっちがいい?」
彼女は迷う素振りもなくあっさりバケツを明け渡した。
「シーちゃんの裏切りものぉーっ!」
一ノ瀬は履いていたサンダルを飛ばして尚も一人で抵抗を続ける。イカサマを暴くのに時間は要らなかった。
「おまえ、三分のニは泥ってどういうことだ。そりゃあ重いわ」
「おほほほ、何のことかしら?」
目を閉じてぷいっとそっぽを向く。
「イカサマしたんだからおまえらの負けな」
「失礼なこと言わないでよ。貝には住みやすい環境が必要だって思って入れただけよ」
「せめて両方やってからそういう戯言は言え。そして、おまえが二人分奢れ」
「なんで私だけなのよぉーっ、理不尽よぉーっ、シーちゃんだって共犯でしょー!!」
「どーせおのれが思いついてやったんだろうがっ、戦犯は鬼軍曹一人じゃあっ!!」
口論する二人と押さえる男子一人の姿を、とりあえずシズネは無関係のようにデジカメに収めた。
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