第5話 ココココ


八月半ば。暑さはさらに増し連日の猛暑が続いている。こんなに暑いと家から出るのも億劫になる。だが、買い物にいかないと生きていけないので汗をダラダラと額から流しながらもビニール袋をぶら下げて家に向かって歩いていた。

 夏の時は冬の方がいいと思ったりするが、いざ冬になったりするとやっぱり夏の方が良かったとか考えてしまうのはなぜだろうか。

 きっと寒いのは着込んでしまえばなんとかなるけど暑さはいくら脱いでも変わらないからだろう。夏の時はいっそのこと骸骨にでもなって過ごしていたいものだとくだらないことを考えていた。

 日陰で寝転んでいる猫も暑さにやられているのか全く動かない。猫も夏バテするのだろうか。俺はふっと鼻で笑って早く家に帰ろうと思った。

 やっとの思いで家に着くとそこは天国とは程遠い地獄だった。

 普通に考えれば家に帰ればクーラーの効いた涼しい部屋でキンキンに冷えた飲み物で乾いた喉を潤すところだが、今のウチにそれはできない。

 ココは冷蔵庫に顔を突っ込んでぐったりしている。

 その姿は先ほど外で見かけた夏バテしていた猫さながらである。

 「おかえり〜」

 「ただいま…じゃねぇよ。冷蔵庫に顔突っ込むなって言っているだろ」

 「この冷蔵庫はあたしのオアシス…何人たりとも入ることを許さないわ」

 「そこは食い物と飲み物のオアシスだ。突っ込むならトイレの水にでも顔を突っ込んでおけよ」

 家の中だというのに温度計を見てみると32度を計測している。

これでは外となんら変わらない。

 「暑い…溶ける…ゲシュタルト崩壊する〜」

 「それ意味わかって言ってんのか?」

 「なんでこんなに暑いのよ…この世界は」

 「しょうがねぇだろクーラーが壊れてんだから…」

 俺はうちわでパタパタと仰ぎながらココにいう。

 そう、今我が家のクーラーはちょうど壊れてしまい修理中なのである。

 理由は単純に寿命だそうで文句のつけようもなかった。

 だから、せめて扇風機くらいで暑さをしのごうとしたらココが見事に破壊してしまい、我が家に希望と冷房器具はなくなった。 

 今は灼熱地獄の中ひたすら涼しくなる夜を待ち遠しくしている。

 しかし、いくらなんでも人間これだけ暑いと限界がある。そう思いつつ俺もココと同じように部屋のできるだけ涼しいところでぐったりと寝転んでいた。

 ココは暑い、暑い、と唸っているとハッと、何か思いついたのかいきなり立ち上がる。

 「どうした?暑さをしのぐ方法でも思いついたのか?」

 ココは無言で服を脱ぎ出した。脱いだ服は俺の顔面にかかり、ココは再び寝転んだ。

 「何服脱いでんだよ!常識考えろよ」

 「あたしこの世界の常識知らないもーん」

 何屁理屈言ってんだ、と思いつつ俺はココの寝転んでいる方に服を投げつける。

 「いらないわよ、こんな服。暑いし」

 「いらなくても着ろよこの露出狂。こっちが迷惑してんだよ」

 「露出狂なんて…ひどいわ!あたしはただ暑いから裸になっただけなのに!」

 「それが露出狂って言ってんだよ!」

 ピンポーンとインターホンが鳴る。

 するとココははーい、と返事をする。

 「あの〜朝倉です。ナツキくんいますか?」

 俺はココから無理矢理インターホンを変わり、返事をする。

 「ねぇ、今の人誰?」

 「朝倉って言って俺の幼馴染なんだけど、そんなことは今はどうでもいい。いいか?お前は絶対部屋から出てくるなよ。いいな?」

 「ダメって言われたら余計に行きたくなった!」

 ココは裸のまま玄関に向かう。流石に幼馴染に裸の女と一緒にいるところを見られたら平気ではすまされない。恐らくは避難を浴びるのは俺だ。それだけは阻止しなければと俺はココを玄関に行かせないように追いかける。

 「いやいやいや、ちょっと待て!お前出るなら服くらい着ろ。じゃなきゃ本当に露出狂になる」

 「いやよ、暑いのにわざわざ服なんて着るなんて馬鹿馬鹿しいじゃない」

 「馬鹿でもいいから着てください!取り返しのつかないことになりそうなので」

 俺は無理やりココに服を着せようとする。だが、ココは抵抗しつつドアの鍵を開けてしまった。

 俺は大慌てでココに服を着させようとする。

 だが、それでもココは抵抗する。

 「いや〜ん!やめて!この変態童貞オナニスト〜」

 「そこまで言わなくてもいいだろ!いいから服を着るんだ」

 その時、俺は体制を崩してココの上をまたがるように押し倒してしまった。それと同時に扉が開かれた。

 そう、ゲームオーバーである。

 「久しぶり〜ナツキ。元気してた?お土産持ってきたんだけど…」

 「あ……」

 「あ…」

 「いや、その、誤解だ。朝倉!これには訳が」

 「いや〜ん!この変態〜!」

 何をいらぬことを言うんじゃこのポンコツ魔法使いは!

 朝倉は顔を真っ赤にしてゆっくりと扉をそっと閉めた。

 その時、猛暑日にも関わらず俺は全身に鳥肌がたった。


 

 こほん、と朝倉は咳払いをして正座する俺とココを見た。

 「で、要するにどういうことなのか詳しく説明してもらおうかしら」

 あのあと、俺たちは朝倉の家で話し合うことになり、いまは朝倉の部屋で話し合い(説教)を行っている。

 朝倉野乃。俺とは幼稚園からの幼馴染でいまは同じクラスの同級生である。一人暮らしの俺に世話を焼いて時々ご飯を持ってくるなどの優しい一面もあるが怒ると怖いのは昔から。

 セミロングの黒髪に整った顔立ちをしているため男子からはまあまあモテる。(らしい)

 気まずい雰囲気の中、俺は重く閉ざされた口を開いてこう言った。

 「えーっとだな、その〜ココは俺の親戚っつーか、なんつーかそのー」

 「はっきりしないわね、どういう関係なのよあんたたちは」

 朝倉は強い口調でそう言った。眉間にシワを寄せ、まるでテストで悪い点をとって親に怒られているような気分だ。

 しかしどう説明したものか。ココは異世界からきた魔法使いなんて言ったところで信じてもらえるとは思えない。

 黙り込む俺に呆れたのかはぁー、と息を吐く朝倉は今度はココに話を振った。

 「ココさんはなんでナツキの家にいるの?しかも……裸で」

 「気にしないでください、ちょっと服を着るのが嫌いなだけなので」

 気にするだろ、むしろ気にするところしかねぇよ。

 「まぁ、関係としてはただの肉体関係です」 

 「違うだろおおおお!!違うからね、そいつとなんかと絶対にそんな関係に落ちたりしないからね。信じて朝倉、お願い!」

 「ひどいわ!私にこんな格好させたくせに」

 「それはお前が勝手になっているだけだろ!」

 俺は必死に朝倉に弁明するが朝倉の目はとても俺の言葉を信じているようには見えなかった。

 むしろ変態を見るような目。そのものだった。

 「私は、ナツキのことを昔から知っているからこれは私の勝手な考えだけどナツキはそんなひどいことをやっていないと思う」

 さすが朝倉〜やっぱりお前はいいやつだな〜。

 「でも、あたし。こいつと毎日一緒に寝てるよ」

 「へ……」

 ココの不用意な言葉に朝倉の疑いの目が俺に向けられる。

 「いやいやいや、やってないっていうかこいつが勝手に布団の中に入ってくるってだけで俺は何もしてない!信じてくれ」

 「ひどいわ!あたしにパンツを頭に被らせるくせに!」

 「パンツはお前が勝手に被ってるだけだろ!」

 「あのさ……」

 朝倉が頭を掻きながらこう言った。

 「あんたたち、もしかして二人で暮らしてるの?」

 「あ……」

 そういえばまだ言ってなかったことに気づいた俺は全身から冷や汗をかいた。ココはあくびを掻きながらポケーっと窓から見える青空を眺めたいる。

 だが、ここで嘘をついても仕方がない。

 「ええ、っと、いやぁそれはですぇ…」

 「それはお父さんは知ってるの?っていうかなんで二人で暮らしてるの?」

 「親父はしらねぇ。理由は……その」

 「まぁ、そんなことはそうでもいいでしょうがお二人さん」

 どうでもよくねぇよ、誰のせいだと思ってんだこの女。

 俺はなかなか口が開けないところ、朝倉は見かねたのかはぁ、と大きくため息をついた。

 「まぁいいわ、いえない事情があるならそれはそれでしょうがないし」

 「朝倉……」

 でもーー、と朝倉は言葉を続ける。

 「あなたたちが二人だけで暮らしているのはとてもいい状況だとは思えないわ。年頃の男女が一つ屋根の下で暮らしてるなんてココさんの身に何かあったら大変だもの」

 何それ、俺のこと疑ってるの?俺がココに性的暴行を加えるとでも思ってるのか朝倉は。

 「だから、私の家でココさんを預かります」

 「あっそう、って、ええええええええええええ!!???」

 「女の子同士ならそういうこともないし、私の家なら安全よ」

 「ココはそれでいいのか?」

 「いいよぉ〜、この家クーラー効いてて涼しいし」

 「決まりね」

 朝倉は笑顔でそう言った。

 こうして、ココは朝倉の家に住むことになった。

 

 

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