第4話 童帝




 八月の日差しはとても強く、歩いてるだけでダラダラと額から汗が流れる。みんみんみん、と蝉たちの鳴き声と強烈な日差しとそれを吸収し、跳ね返してより暑く感じさせるアスファルト。

 暑いのは得意ではないという俺はココの散歩に付き合うこと30分。

 ココは先ほどから一言も喋らずただ黙々と外の景色を眺めていた。

 やはり、異世界とは全然違う景色がココには映っているのだろうか。だとすれば、もしかするとココは今故郷のことを思ってしまい、寂しい気持ちになっているのかもしれない。

 そんなくだらないことを考えているうちにココの歩みは止まる。

 「ねぇ」

 「ん?どうした」

 ココは黒のワンピースから覗かせる白い肌から汗を流していた。

 額についた汗を手で拭い、言葉を続けた。 

 「さっきから魔法使いみたいな人が一人もいないのはなぜ?」

 「そもそもこの世界には魔法なんてないからな」

 そりゃあそうだ。そもそもこの世界には魔法使いなんて奴は存在しない。いたとしてもそれは擬であって本物ではない。

 しっかりタネがあるマジックであってココみたいに箒に跨がれば空を飛べるようなことできる奴は一人もいない。

 「もう少し、人がたくさんいるところに行きたい」

 確かに、今いる自宅周辺ではいくら探しても見つかることはないだろう。

 俺はココの言う通りなるべく人が多い場所を考えた。

 「じゃあ、ショッピングモールに行くか。あそこならいつも人も多いし」

 「わかった。じゃあそこに行きましょう」

 


 ショッピングモールでココと同じ魔法使いを探すこと一時間が経過した。こんなに探しているんだから魔法使いの一人や二人出てきてほしいところだが、その素ぶりは一切ない。

 現実ってよくできていると感心しつつ、俺はココの後ろを歩いていた。

 するとココはなにかを見つけたのか、ぴたりと足が止まる。

そして、すっと人差し指をあるところへと指した。

その方向へと視線を向けるとそこには「人探し屋」と書かれた店があった。

こんな店がこの街にあったなんてと不思議に思う俺であったが、今のココの状況にはこれ以上にあった場所はないだろう。

そんなわけで俺とココは人探し屋の力を借りることにした。

店の中に入るとそこにはいかにも怪しげな雰囲気が醸し出される紫色のカーテンの向こうに人影が見えた。

占い師じゃあるまいし、と思いながらカーテンをくぐるとそこにはひとりの小さな爺さんがいた。

年齢はおそらく50歳くらいのハゲた爺さんである。

「何の用かな?お嬢さん」

爺さんはそう言うと、ココは爺さんにストレートにこう言った。

「私、魔法使いを探してるの。だから、この街の魔法使いを教えて」

いくらなんでも、人探し屋とはいえ魔法使いを教えてくれだの言われたところで教えられるわけがない。

どうせ、ぽかん、と口を開けて笑われて追い出されるのがオチだ。

俺はそう思って、出口から出て行く支度をしていると、思いの外意外な答えが返ってきた。

「いいよ、教えてあげるよ」

「ええええええええ!?」

「なによ、あんたうるさいわね」

「あっ、いやっ、だって、魔法使いだよ!いるの?この街に!?」

「なに言ってんだい、魔法使いなんてこの世界ゴロゴロいるさね」

爺さんはタバコを加えながら、そう言った。

あまりに落ち着いて自信ありげにいう爺さんの口ぶりには嘘という感じはなく、むしろ本当に魔法使いがいると信じさせられる感じである。

「まぁ、いい。とりあえずついてきな。今からお前たちに魔法使いに会わせてやるよ」

俺はココに耳打ちをした。

「おい、ココ。本当にこんなおっさんの言うことを信じるつもりか?」

「ないよりはマシよ、いきましょ」

ココは爺さんの後ろについて歩く。俺も、渋々その後ろについて行くことにした。

爺さんの後ろについて行くこと15分。ショッピングモールを出て、怪しげな裏路地に入って怪しげな人たちの視線を受けながら歩いていた。

ほんとうにこんなところに魔法使いなどいるのだろうか、と疑問を抱きつつ歩いていると、ついに裏路地を抜けた。

そこにはなんと先ほどとはまるで別世界の光景が広がっていた。

あちこちで魔法の杖がぶら下がり、いかにも魔法使いのような格好をした人間がたくさんいた。

どうやっているのか知らんが、スプーンを曲げさせていたり、よくわからないが、ものを宙に浮かせていたり、まさしく魔法使いというには相応しい人間たちがそこにいた。

「あの〜、爺さん。もしかしてここがおっさんの言ってた魔法使いがいる場所?」

「違うぞ」

ん?違うのか。ということは、この爺さんにとってはさらにすごい魔法使いがいるということか。

「あっ、じゃああそこでスプーンをぐにゃぐにゃ曲げてる人は?」

「違う」

「あっ、じゃああそこで物体を浮かせている人は?」

「違う」

おいおい、いくらなんでも無理があるだろう。この爺さんはそんなにすごい魔法使いを知っているのだろうか。

そう疑問を抱きながら、歩いていると、ぴたり、と爺さんが歩くのをやめた。

そして、神妙な面持ちで俺たちに言った。

「よいか?ここから先は魔法使いの世界と呼ばれているところじゃ。魔法使い以外の人間は立ち入ることを禁じられているが、今回は特別に入れされてやる。いいな?」

「わかった!」

ココが元気にそう答えると、爺さんは再び歩き出した。

一体、魔法使いの世界とはどんなところなのだろうか。

そこにはココのように本物の魔法を使える人間がたくさんいるのだろうか。

緊張感を持って歩いていると、そこには先ほどまでの怪しげな雰囲気のある場所とは違い、ただの団地がそこにあった。

「あれ?爺さん。道間違えたんじゃ……」

「ついたぞ」

期待していたのとは大きくかけ離れたただの団地しかなかった。

やはり、この爺さん。魔法使いなんて知らないのでは、と思った時、ココが真剣な表情で言った。

「この感じ……魔法使いの匂いがするわ」

「ほほう、さすがじゃのう。お嬢さんにもわかるか?」

「まぁ、私、一応魔女ですので」

「お嬢さんとは比べ物にならないぞ。ここの魔法使いはな」

ココがそういうならもしかすると本当なのだろうか。

俺はこっそりココに耳打ちした。

「なぁ、ココ。本当にわかるのか?だいたいこんな団地に住むのか魔法使いって」

「魔法使いといえどここは異世界。この世界の人間に紛れるということと、魔法は場所を選ばないわ」

なるほど、つまりこういういなさそうなところほどいるということか。

確かに、ここなら目立たないしいいかもしれない。

ゆっくりと階段を登り、3階まで登ると爺さんは扉の前で足を止めた。

「ついたぞ」

「ここが……魔法使いがいる家」

「そうじゃ。言っておくが、この先にいる魔法使いはわしが見た中でも選りすぐりの魔法使いじゃ。覚悟はいいな?」

「はい」

ココはそう答えると、爺さんはピンポーン、とインターホンを鳴らす。

インターホンを鳴らして数秒たったら、爺さんは迷わず扉を開けた。

「あの、勝手に入っていいんですか?」

「なに言ってんだい、中で待ってるぞ。魔法使いが」

ココは家の中へと入っていく。

俺も恐る恐る家の中へと入った。

なんだか不気味な雰囲気が漂う家の中は昼間にも関わらず家中暗く、足元も見辛い。

それになんだかさっきからものすごく視線を感じる。

常に誰かから見られているような、そんな不気味な感覚。

そして、ついに時はきた。

「こいつが魔法使いじゃ」

爺さんが言ったその先にいたのはーー

ハゲ散らかった頭。

黄ばんだ歯を見せ、荒れ果てた肌を黄ばんだタンクトップから覗かせたおっさんがそこにいた。

ーーーって、あれ?

「あの……爺さん」

「なんじゃ」

「魔法使いってどこにいるの?」

「どこにって目の前にいるじゃろう」

「いや、でも、どう見てもただのおっさんじゃん」

「なに言ってるんじゃ。こいつは正真正銘の30年間童貞を守り続けた真の魔法使いじゃ」

そっちの魔法使いかよおおおおおおお!!!!

いや、確かにそう言われているけれども。でも、今探している魔法使いとは全然違うだろおおおおお!!

「この人が魔法使いなのね」

「そうじゃ、この男は50年経って尚童貞を守り続け、今もこうして働かずに部屋に閉じこもり生活をしている」

いや、違うからね。この人は魔法使いでもなんでもないからね。ただのニートだからね。

「この世界では30年間童貞を守り続けられたら魔法使いになれるの?」

「そうじゃ、誰でもじゃ」

「じゃあ…………」

ココは俺をじーっと見つめていた。

「な、なんだよ」

「あんたならなれるよ」

「なりたくねぇよ!そんな魔法使い!」

「お前さんなら才能があるから立派な魔法使いになれるぞ」

「うるせぇ!クソジジイ」

「ちなみに彼の童貞としての品格の高さから世の魔法使いと呼ばれる童貞からは『童帝』と呼ばれている」

どんな称号受け取ってんだよ。この世でも最底辺の称号だよ。

「っていうか、爺さん!この人はただのダメ人間でしょ!魔法なんて使えないでしょ」

「なにを言うか貴様!ちゃんと魔法を使えるぞこの男は!現に魔法の杖だって持ってるぞ!」

爺さんはおっさんから魔法の杖と呼ばれるものを俺たちに見せた。

「ほれ、これじゃ」

見せてきたのは、魔法の杖と呼ぶには程遠いただのオナホールだった。

「これじゃ、じゃねぇだろおおおお!!!これただのオナホールじゃねぇか、魔法の杖じゃねぇだろう」

「なに言ってるんじゃ、知らんのか?オナトコの杖。ハリポタにも出てきてるじゃろう」

「聞いたこともねぇよ、そんな汚れたニワトコの杖みたいな名前!ってか、ハリポタ出てないし、一生出てこねぇよ、そんなもん」

ココは不思議そうにオナホールを見つめていた。

「ねぇ、この魔法の杖はどんな魔法の杖なの?」

「男を快感に導く魔法の杖じゃ……」

なに教えてんだ、このクソジジイは。

「そういえば、お爺さん」

「なんじゃ?」

「ここに来る時、この場所は魔法使いの世界って言ってたけど、もしかしてここに住んでる人はみんな魔法使いなの?」

「その通りじゃ」

最悪だ。この世でも最底辺の場所じゃないか、ここは。

「っていうか、ただのオナホール使ってるダメ人間じゃないですか」

「なにを言うか!この男はすごい魔法使いなんじゃぞ。この男が持つこの『オナニー・ポッターと9と4分の3着衣』なんてすごいんじゃぞ!!」

それただのAVだろ!!ってか、ハリポタ引きずりすぎだろ!

「それが、この世界の魔道書なのね。気になるわ」

「気になるのか?お嬢さん」

「やめておけ!ココ!後悔するぞ!」

俺は悲しみを生まないためにも必死にココを説得する。しかしーー

「私、気になります!」

「よくぞ言ったお嬢さん!では、イくぞ!!」

俺は爺さんからAVを奪い取ろうと手を伸ばした。だが、時はすでに遅く、ディスクはDVDレコーダーに吸い込まれた。


ーーそして、めのまえがまっくらになった。




 


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