第2話パンツは履くものではなく被るもの
その日の夜。
俺はココと自分の分の夜ご飯を作っていた。
ココはというと、テレビを初めて見たのか興味津々で1時間前からずーっとテレビを見ている。
その辺は異世界から来たラノベキャラクターみたいな感じで少しほっとした。
いつもなら一人分の量で十分なところを二人分の食事を作る。
俺は適当な野菜炒めと味噌汁を作ってテーブルの上に並べた。
「ほら、できたぞ」
「わかった」
ココは食卓に並べられた食べ物を不思議そうに見る。
もしかして、野菜炒めや味噌汁なんかは異世界では食べないのだろうか。
「異世界だとこんな料理は見たことないか?」
「うん。こんな料理は見たことない」
「まあ、どんな風に見えてるかは知らないけど味は悪くないと思うから食べてくれよ」
ココは素手で大皿に盛られた野菜炒めに手を突っ込んで食べた。
「おい、箸で食べろよ」
「箸?なにそれ」
ああ、そうか。異世界だと箸で食べることがないのか。今俺がもしインド人と食事をしたならインド人は平気で右手で食べるようにココも今していることは悪気があるわけじゃないのか。
「いや、知らなかったなら別にいいよ」
「チョップスティックでしょ?」
「何で英語は知ってるんだよ。つーか、知ってるなら使えよ」
「いや、でも名前しか知らないし」
「なら、教えてやるよ。こっちで生活するなら箸くらい使えないと苦労するぞ」
俺は箸の握り方と使い方を軽くココに説明した。
ココは、ぎこちなくも野菜炒めを箸で掴み、口の中へと運んだ。
「おお、いいじゃん。そんな感じだよ」
その後もココはぱくぱくと食べていく。
まぁ、これならそのうち箸で食べるのも慣れていくだろうし問題ないだろう。
俺は異世界に対する素朴な疑問をココに聞くことにした。
「なぁ、ココ。異世界だとどんなもの食べてたんだ?」
「ええぇ、うーん、そうだねぇ」
ココは口の中に食べ物を入れながら考える。
やはり、異世界だからきっとファンタジックな食べ物を食べているのかもしれない。
例えばドラゴンの丸焼きとか。
「納豆かな」
「………へ?」
「納豆はよく食べたよ」
なにそのザ、日本食。予想外すぎる答えに俺は困惑した。
「いや……ほら、なにか他にはないの?その、ザ、異世界みたいな食べ物とか」
「あー、あるよ。例えばドラゴンのーー」
そうそうドラゴンを使ったファンタジックな料理。そういうのを待っていたんだよ。
俺は、目をキラキラと輝かせながらココの言葉の続きを聞いた。
「納豆かけドラゴンとか!」
「何で納豆かけちゃうの!?お前の世界はどんだけ納豆好きなんだよ!」
「納豆は私の世界のソウルフードです」
「なんだよそのネバネバのネバーランドは!」
「うるさいなぁ、私のいた世界じゃ納豆はよく食べたのよ。それも何でもかんでも」
ココは少し不機嫌になったのかものすごい勢いでご飯をたいらげる。
そして、立ち上がってベランダに出た。
少し言い過ぎたかもしれない。
たしかに予想していた異世界の食べ物とはかけ離れていたけれども、ココの世界じゃそれが当たり前で、それなのに勝手に俺が期待しすぎていた。
謝らなきゃーー
俺はココがいるベランダに出た。
ココは、夜空を見上げながらなにかふけっているようだった。
遠い遠い世界に来てしまったことから寂しさを感じているのかもしれない。
それもそうだ。いきなりこんなところに来てしまったのだ。
「あの、ココ。ちょっと言い過ぎたっつーか、その……ごめん」
ココはなにも答えない。
やはり、腹を立てているのだろうか。
「……ってこい」
「……へ?」
「納豆を持ってこい!!!!」
俺は大急ぎで冷蔵庫から納豆を取り出してベランダにいるココに納豆を渡した。
ココはものすごい勢いで納豆をかき混ぜ、そして食べた。
すると、先ほどまでの不機嫌はどこかへ吹き飛んだのかとても幸せそうな顔をしている。
「やっぱり、納豆を食べないとダメね」
「あのーーもしかして納豆を食べられてなかったことに腹を立てていたんですか?」
「当たり前じゃない。異世界に来たから納豆を食べられないと思ったら悲しくなっただけよ」
「じゃあ、俺の言葉に悲しんだり異世界に来て異世界の人たちと離れ離れになった悲しみとか?」
「なに言ってるのよ。そんなことで悲しむわけないじゃない」
「じゃあ、もしこの世界に納豆がなかったら?」
「このベランダから身を投げるつもりだったわ」
納豆の存在重過ぎだろ。
しかし俺はホッとした。俺の心無い言葉に傷ついたりしなくてよかった、と。
「なぁココ。飯も食い終わったんだし、風呂にでも入ってこいよ。俺は後でいいからさ」
「いや、いい。風呂は後でいい」
「なら、先に入るぞ」
俺はココの言う通り先に風呂に入ることにした。
湯船に浸かること、約5分。
俺はポカポカとした湯船の暖かさにリラックスしていた。
これからココと二人でしばらく共同生活かーー
ん?まてよ。ということは俺はしばらくの間、異世界から来てしまった可哀想な女の子といえ、女と一つ屋根の下で暮らすということなんじゃ……。
俺はふと、ココが風呂に入っているのを想像してしまった。
この後、ココが俺が入った湯船に裸で浸かるのを。
白い肌、すらりと伸びた脚、膨らんだ胸。
「なに考えてんだ俺は!ありえねーだろ対象として」
俺は湯船の中で独り言をつぶやいた。
その後、風呂から出た俺は少しのぼせた気分になった。
色々と考えすぎたかもしれない。
いや、考えたほうがいい。これからどういう風に生活していくかしっかり決めないとダメだ。
「ふぅ、いい風呂だった」
ココが風呂から上がって俺の目の前を歩く。
しかしココは裸だった。
堂々と俺という男がいる前でココの少し膨らんだ胸、身体のありとあらゆるところが俺の視界に飛び込んで来た。しかも、体はびちょびちょに濡れている。
俺はとっさに手で目を覆い隠した。
「服を着ろよ!服を!あと、身体拭いてこい!」
「別に気にすることないじゃない」
「俺は気にするんだよ!」
「変態」
「変態はお前だ!」
「違うわ!私は変態紳士よ」
「お前、女だろ」
ココはぶつくさ文句を言いながらも、俺が母さんの部屋から取ってきた女用の黒のスウェットに着替えてきた。
やれやれ、これで大丈夫だ……。
そう思って麦茶を飲んだとき、ココの頭になにかが乗っかっているのがわかった。
それは本来そこに着けるはずがないのだが、乗っかっていた。
「あの、ココさん」
「なに?」
「なんでパンツを頭に被っているの?パンツは下に履くものよ」
ココは、あっはっは、と高らかに笑う。そして、自信満々にこう言った。
「パンツは履くものでなく、被るものよ!」
この人、自信満々になに言ってるんだろう。
「いや、けどいちいちパンツを二枚用意するのも面倒なんだし、やめたほうがいいんじゃない?」
「なに言ってるのよ?パンツは一枚よ」
いやいや、お前こそ何言ってるのよ。
「私、パンツ履いてないわよ。信じないなら見せてあげるわよ」
ココはそう言うと、スウェットのズボンを下ろして、下半身を露出した。
普通の女性なら見せたがらないようなところまで俺の視界にはくっきりと刻まれた。
ココは手を腰に当て、ドヤ顔を決めているところ俺は叫んだ。
「脱ぐな!!早くズボンを履け!!変態!」
わかったならよしとしよう、とココは言ってズボンを履いた。
人生で初めて女の下半身を生で見たかもしれない、となぜか心の中で罪悪感に浸る。
その後、俺はリビングに布団を敷いて、ココには俺の部屋のベッドで寝るように伝えた。
洗い物を終えて、いつもの3倍くらい疲れを感じながら、消灯して布団に潜り込んだ。
もしかすると、俺はとんでもない女を拾ってしまったのかもしれない。
俺は心の中でそう思った。
布団に潜り込んで少しすると、つんつん、とココに突かれる。
「今度はなんだよ……」
「おやすみ」
案外普通のことを言うもんで俺は少しきょとん、としてしまったが優しく答えた。
「ああ、おやすみ」
ココは俺の部屋に帰り、俺は眠りについた。
こうして、俺とココのおかしな生活が始まった。
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