無題2

葵 一

無題

 小高い丘から一望できる街を背に、腰の高さの柵へ凭れるように腰かけて本を読んでいる丈の長いワンピースを着た少女。つばの広い大きな白い帽子を深々とかぶり、読書にふける。

 少女より年上であろう枝葉を広げた周囲の木々は、絶え間なく吹く風に身を任せてゆらめきとざわめきを聞かせ、少女の髪とスカートもそれに合わせてなびく。

 空には放射状に見える細長い帯状の雲が東に向かって動き続けている。

 少女は本を閉じた。

 数秒間、身動きせず耳を澄まして風の音、枝葉の擦れる音、遠い車の音、鳥の囀りを拾い集めているようだった。

 柵から腰を上げ、振り返ってパノラマに映る街を見た。街を見て、水平線に目を移し、空を見上げた。帽子のつばが風に小刻みに揺れ動く。

 本を足元に落として、両手で帽子を脱ぐと――

 右手をゆっくり滑らせるように大きく振り、持っていた帽子を街に向かって放り投げた。帽子は空を舞い、それをすくい上げるように一際強い風が少女の背中を吹き抜けていき、風に乗って飛んでいく。つばがはためき、まるで、翼を持つ鳥を思わせる。

 遠くへ、自分から離れていく帽子を少女は眺める。自分の視界から消えるまで、ずっとその丘から空と一緒に帽子を眺めていた。

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無題2 葵 一 @aoihajime

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