第1話 最悪の大罪人

 薄暗い霧に囲まれた森。そこは生き物が住んでいるような気配は全くなく、淀みきった空気が支配していた。

 その森を抜けていくと細い一本道があり周りは底の見えない真っ暗闇の崖のある丘があった。

 そこには年期の入った石造りの灰色の塔があった。

 ここは大罪人のみが収監されているという監獄塔タルタロスである。

《タルタロス》の門の前に一人高貴な服にマントを纏い、剣を腰に下げた金髪のおさげの女性が立っていた。


「まさか、を出すとは…」


 彼女が立つとそれが分かっているかのように門が開いた。

 少し納得ののいかないような表情をしており、自分の綺麗な金色の髪を弄りつつ、ため息をついて入っていったのだった。




 党の中も変わらず薄暗く陰湿な空間であった。ただ一定の距離に蝋燭の灯りがあるくらいである。

 そしてある一室にたどり着いた。


 コンコンコン…


「クリスタル=アルトワースだ。所長はいるか?」


 ドアをノックして中に人がいるか尋ねた。


「はい。いますよ…。今開けますね。」


 部屋の中から声が聞こえた。どうやら中に所長は滞在しているようである。

 ドアが開いていき中へと入っていった。横には秘書のようなクールな雰囲気をだす女性がいた。

 そして所長はと言うと、背を向けてイスに腰掛けていた。クリスタルからはその顔は見えなかった。


「ようこそお越しいただきました。私はこのタルタロスの所長をしていますフリージアです。」

 イスを回転させクリスタルの方へと顔を向けた。人食ったような笑みを浮かべクリスタル顔を見ていた。


「タルタロスの所長は女性だったのか…。」


「えぇ…。絶世の美女で驚いた?」


 所長もといフリージアは大きな胸に胸元の開けた際どいシャツをきて所内の制服を肩を通さず羽織っていた。


「自分で言うのか…」


「そうよね?ゼルダ?」


 フリージアは隣に立っていた秘書の女性のお尻をいやらしい手つきで触って尋ねていた。


「所長。セクハラです。」


 顔色一つ変えずにフリージアの腕を掴み物凄い握力で潰そうとしていた。


「もう照れちゃって。可愛いんだから。」


 だがフリージアは痛みなど全く感じさせない笑顔でゼルダの方を見ていたのだった。

 それを傍から見ているクリスタルは言葉など出ずただ呆然としていた。


「おっといけない。それでクリスちゃん。確かあれの件で来たのよね?」


「ん?あぁ、そうだ。あの件でな。」


 あの件とは一体何のことだろうか。しかし彼女たちの間では既に話がついているようである。フリージアはイスから立ち上がり、クリスタルの所へと歩いた。


 ムニュ…


「えっ…。」


「私よりはない…ただ形がいいわね。合格!」


 一瞬何が起きたか分からなかったが、クリスタルの胸を服の上からフリージアが揉んでいたのだった。

 状況が分かってきたクリスタルはだんだんと顔を赤らめていった。


「な、何をしているのだ!!?」


「挨拶みたいなものよ?気にしないで?」


 そう言いながら胸から手を離してドアの方へと歩いていった。

 それに続くように秘書のゼルダもついていく。


「待て!人の胸を触っておいてただではおかんぞ!!」


 フリージアは全く聞く耳を持たずにどこかへと歩いていった。するとクリスタルの言葉に反応したのはゼルダであった。


「あの人の行動に反応しては身が持ちませんよ」


 顔色一つ変えずにそう言い、おじぎをして去っていった。



 三人は薄暗い道を歩いていく。そこにはいくつもの鉄の扉が存在していた。

 ここは監獄つまり罪人たちが収監されているのだ。それもかなり罪の重い罪人たちばかりである。

 歩いていくとフリージアはかなり古ぼけ錆び付いた鉄の扉の前で立ち止まった。

 そして鍵穴に胸の谷間から鍵を取り出して開けた。


「さて、もうすぐ大罪人とお目にかかれるわよ?」


 ニコニコした顔でクリスタルの方を見ていた。しかし彼女からしてみれば何が面白いのかさっぱり分からない。

 罪を犯したものに感じるものは憎悪や吐き気のようなものだけであった。

 開かれた扉の先には下りの階段があった。


「何故だ?上の階じゃないのか?」


「あぁ、それはね」


 クリスタルは何故か地下に続く階段に奇妙さを感じていたのだ。

 なぜ監獄塔にも関わらず上の階ではなく下の階にあるのか。皆目検討もつかなかった。


「この《タルタロス》は確かに大罪人を収監しているけど元々は地下牢だったのよ。」


「そうだったのか。それなら上の階は?」


「あれね。あれは飾りよ。要は威厳を見せる的な?」


 そのような事実は今知らなかった。あの塔こそが大罪人を収監しているものであると思っていたのだが、本当は監獄塔としての威厳を見せるためだけなど、なんと滑稽なのか。


「ここは別名冥界への道と呼ばれるほどですから。まさにこの世の地獄とでも言うでしょうか…」


 ゼルダも口を開けて《タルタロス》について説明をした。石で作られた階段を降りていく。下へ下へと本当に地獄へいくのではないかと思うほどであった。

 そしてようやく通路へと出ていくとこれまたいくつもの鉄格子がたくさんあった。

 そこには全く動きひとつも見せない囚人達の姿があった。

 憔悴しきっており、魂でも吸い取られているのではないかとすら感じるほどである。


「どうしてこの者たちは動かないんだ?」


「それは生気を吸い取られているからよ」


「生気?」


 生気を吸い取るとは一体どういうことなのだろうか。その方法も気になるのだが、想像していたものとはだいぶ違っていたことに少し呆気に取られていた。


「さてと…こっから特別室よ」


 鉄格子ではなく一つだけ頑丈に鎖などで固められた扉があった。

 ここはどうやら余程の大物いるようである。


「ここに奴がいるのか?」


「えぇ、アルセウス王国史上最悪の大罪人がね。」


 ゴクッ


 クリスタルは思わず生唾を飲んだ。これから会う人間は、王国壊滅を狙いクーデターを起こした大罪人である。

 とは言うものの、クリスタルはまだ一度もその人物の顔を見たことがない。

 というのも、甲冑に身を包んでおり素顔を見せなかったからである。

 扉がギィギィと金属音をたててゆっくりと開いていく。

 三人は再び歩き出した。そしてひとつの牢屋を見つめていた。


「レオちゃんどう?元気?」


 フリージアは鉄格子の向こう側にいる人間の名前を呼んで健康状態を尋ねた。


「おいおい、こんな姿を見て元気だと思うか?」


 返事が帰ってきた。少し枯れているものの、しっかりと聞こえた。

 クリスタルはその姿を見て驚愕していた。全身を無数の鎖で拘束され髪の毛は伸びきっておりボサボサであった。

 そしてズタボロの布のような囚人服にアザだらけの身体。

 これがあのクーデターの首謀者なのかと思った。


「今日はどんな拷問だ?剣山地獄か?茹でがま地獄か?」


「残念だけど違うのよねー。今日はあなたに朗報よ。」


 彼の身体の傷の正体は拷問によるものだった。しかし、驚いたことは他の囚人たちと比べて生気が失われておらず、普通に会話をしている。


「朗報?今日が死刑てか?」


「違うわよ。あなたをここから出してあげるってこと。」


「は?何を企んでんだ?」


 信じられないような顔をしてフリージアを見ていた。彼はアザだらけ顔でこちらの方を見ていた。

 するとクリスタルと目があった。


「ん?あんた誰だ?」


 見たことのない人間に反応した。フリージアやゼルダとは認識があるが、クリスタルとは全くの初対面である。


「私はクリスタル=アルトワースだ。王国の騎士をやっている。」


「ほぅ…。そんな可愛い顔して騎士か。」


「からかうな。別に私は可愛くなどない。」


 男の褒め言葉に、反応せずに淡々と言葉を返していった。

 しかし彼は続けざまに返していく。


「いやいや、可愛いって。胸はフリージアほどではないが大きいし、スタイルもいいしな。」


 うんうんと満足げにフリージアは頷きゼルダはただ変わらない表情をしていた。

 しかしセクハラとも言える言葉に、クリスタルは顔を赤らめていた。


「どこを見ているのだ貴様!!」


 剣を鞘から引き抜いて振り上げて男の方へと向かっていった。

 流石に鉄格子があるため届かないものの、危ないのでフリージアが止めに入った。


「はいはい。クリスちゃんもそこまで。それよりもレオちゃん。」


「なんだ?」


「私の方がスタイルいいでしょ?特に胸なんて…」


 止めに入ったかと思えば、自分のスタイル自慢をしていた。フリージアは胸を両腕で寄せて谷間を強調していた。


「当たり前だ。お前ほどいい(身体の)女そうそういねぇよ。」


「やっぱり分かってるわね。大好きよ!レオちゃん!」


 ドン!!

 突然どこからか大きな物音がした。どうやらゼルダが壁を持っていた本で殴っていたようである。その箇所からは煙が吹き出していた。


「所長。本題からズレています。後でお願いします。」


「は、はーい…」


 ゼルダのおかげで見失いつつあった本来の目的へと戻ることができたのだった…。


「なるほどな…俺に宝探ししろってことか。」


「まぁ、端的に言えばそういうことだ。あれはなんとしても奪回しなければならない。」


 この牢獄の中で今回の彼を出すことになった経緯を説明していた。


「なんで俺にそんなことさせるかなーあのジジイ。」


 国王のことジジイ呼ばわりとは無礼とも言えるが彼にとってはそれくらいの存在であったのだろう。


「私にも分からないが、貴様の力を見込んでことではないのか。」


「そうだとしても俺を出すか普通?」


 彼の言う通りだ。いくらどれだけ素晴らしい力を持っていたとしても自分の身内を殺したものを出そうと思えるのか。いや思えないだろう。

 だとしたらどうしてなのだろうか。答えは見えないままであった。


「まぁ…詳しいことは後で聞くとしてまずはここから出るとするか…。」


「そうね。じゃあ鍵を開けるから待って。」


 そう言ってフリージアは鍵穴に鍵を差し込もうとしたしかし、彼はそれを静止した。


「いや自力で出るからいい。」


「自力だと?鎖で拘束されているのにどうやって出るというのだ?」


「下がって見てな。怪我するぜ。」


「あーあ、建物までは壊さないでね?」


 フリージアは諦め顔でそう言って離れることにした。彼に言われるままに鉄格子から三人は離れた。


「ふぅ……。ふん!!はぁぁぁぁ!!!」


 拘束された身体に力を入れた瞬間、突然鎖は握りつぶされた角砂糖の如く粉々に砕けさらに頑丈なはずの鉄格子も破壊された。

 それだけではなかった。強烈爆風が部屋内に吹き荒れ石造りの壁をも壊そうとしていた。

 そして建物は地震にでもあったかのように激しく揺れてフリージアを除く二人はは立ってはおられず、伏せていた。


「これは一体!!?」


「本当にいつ見てもすごいわね。これがレオちゃんの恩恵ヴェネフィット 神の咆哮オーバーハウンド!」


 ようやく爆風や地震は収まった。

 そしてゆっくりと足音をたてながら鉄格子の外側へと歩いた。


「さーてと、宝探しをはじめるか?」


 アザだらけの顔で笑顔を浮かべてそういったのだった。




 今から数年前に起きたアルセウス王国転覆を狙うクーデター。その首謀者と言われるのが

 レオハルト=ヴァルザ=ウェザリオン。

 彼は王族や宰相果ては騎士長までも手にかけたのだった。

 彼が起こしたこのクーデターは後に《レオハルトの乱》もしくはアルセウス王国首都グランドールで18日に行われたことから《グランドール18日のクーデター》とも呼ばれている。

 なぜ彼がこのような事件を起こしたのか。真実を知るものは誰もいない。



 今は…。

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