第2話 奈落

 大学3年生のとき、疎遠になりつつあった、いつも一緒だった4人の仲間たち。連絡は取り合える仲間だった(当時はまだ携帯電話がなかった)ので、それでも、週に数回は会っていた。

 


 そんなある日のことだった・・・。

久しぶりにラーメン屋を覗いたが、店内が暗かった。

休みかな?と思って、扉に手をかけると、ドアが開いた。




すると・・・どこからともなく、すすり泣く声がする。

恐る恐る、店内へと奥深く進んでいくと、人影があった。

1つ・・・いや、2つある。

そこには、見知った顔があった!

1つは、奥さんだった。

もう1つは、知らない子だった・・・のちに、お子さんと判明。



ただならぬ光景に声をかけるべきか、躊躇した。

言いようのない暗黒の渦が取り巻いていた。


奥さんは泣いていた。お子さんはお母さんの前で立ち尽くしていた。

思い切って声をかけた。そっとしておいて、立ち去ろうとも考えたが、放ってはおけなかったのだ。


「奥さん!なにがあったんですか!?」


奥さんは、まだ泣いたまま、カウンターに伏せっていた。

しばらく、沈黙が続いた。

どれくらい沈黙が流れただろうか・・・。


私はもう1度、尋ねた・・・。


「大将はどうしたのですか?」


奥さんは、「びくっ!」と身体がはねた!


みんなも同じ気持ちだったのか、同時に声を発した。


「奥さん、話してください!力になりますよ!!」


・・・と。


ようやく、奥さんは、すすり泣きをやめて、私たち4人に向き合った。

重い空気の中、奥さんは、”こう言った”・・・。

「主人が店の権利書と貯金を全部持って、出て行った」

・・・と。


私たち4人は、絶句した!


「ば、ばかな!?あの大将に限ってそんなこと・・・」


・・・誰もがそう思った。何故なら、あんなに家族を大切にしている人が、家族を捨てた!?そんなことがありえるのか?と・・・。


「主人が出て行ってからもう1週間になります、連絡もつきません、書き置きには、こうあります。これから、店の権利書と貯金を全額持って、ある宗教団体に入信する。必ず戻るから待ってて欲しい・・・」


奥さんが言った。

私たちは4人、顔を見合わせた。


”あの宗教”に行ったら、確かにもう戻っては来れないかもしれない。いや、戻る(教団脱退する)ことを許さない宗教団体であると記憶していた。必ず戻るという言葉を信じたいが・・・恐らく不可能であろう、と。


奥さんはまだ若い。そして、子どもは、まだ幼い。

2人だけでは、生きていけないかもしれない。


「俺たちに出来ることは、なんだ?」


・・・そう思い、4人同時に頷いた。


「奥さん、お店をやろう!」


そう言った。


奥さんは・・・


「えっ?」


・・・と言って驚いた。


「俺たち、また、毎日来るよ!」


奥さんは、言ってる意味が分からないって感じだった。


「俺たち、売り上げに貢献するし、お店も手伝うよ」


奥さんは黙っていた。


「・・・・・・・・・・」


「ぼくも手伝う!」


奥さんのお子さんが言った。


「奥さん、お子さんもやる気ですよ!やりましょうよ!!」


「そうね・・・ええ、そうね」


奥さんは、自分のお子さんをぎゅっと抱きしめながら、涙を拭って少し微笑みながら言った。


「それで、奥さん、他の従業員の方たちは?」


その言葉に、奥さんはまた暗くなった。


「主人が出て行った後、お給料も払えなくて、みんな辞めました」


「そうですか・・・奥さん、ラーメン作れますか?」


「え?・・・ええ、はい、一応、出来ます」


「それなら、十分ですよ、俺ら給料要りませんから、店、手伝いますよ」


「で、でも・・・」


「いいんですよ!お店が再び軌道に乗るまでですよ、一緒に頑張りましょう、な?坊主!一緒にお母さん助けような!!」


 「うん!」


そして、新たなスタートを切った。



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