第2話 カジミルの村

 焼ける様に真っ赤な太陽が大地に沈みかけている夕暮れ時。

 影が差し始め、昼間は日の光を浴びて緑なす風景を生み出していた森の中は、徐々に暗い夜の世界へと姿を変えていきはじめていた。


 そんな森の中を、ツェイトは疾風の様に駆け抜けていた。その大きな背にセイラムを背負って。

 当初は歩いていたのだが、現在地から村までかかる時間をセイラムに訊いてみれば「日付が変わる頃には着くかも」という返答が返ってきたので、なら自分がセイラムを抱えて走った方が早いんじゃないのか? という話になったのだ。

 その際、この話を持ちかけた時のセイラムの胡散臭そうに此方を見る目は、今もツェイトの記憶に鮮明に残っていた。


 兵士達から逃げだした時の要領でツェイトは大地を蹴り、その反動を活かして加速する。

 とは言っても、あの時の様に地盤を砕く様な事はせず、極力音を立てない様に努めているのでスピードはその時程ではないが。派手に音を立ててそれがもし兵士達の耳に届いたら、そう思うと慎重に行動せざるを得ないのだ。


「ここは左に行ってくれ。右は行き止まりになっているんだ」


 ツェイトの背中越しにセイラムが指示を出す。

 指示を受けたツェイトは分かった、と短く答えてセイラムの指示通りに駆ける。

 何だか運動会の騎馬戦の馬になった気分だな。とツェイトが密かにぼやいたのは此処だけの話である。


「凄い、貴方が此処まで身軽だなんて思わなかった」


 ツェイトの背中に背負われているセイラムは、そのスピードに驚いていた。

 最初にツェイトにこの移動方法を提案された時は「え?」とツェイトの体を疑わしそうに見ていたものだ。


ツェイトの外見は重厚な外骨格で身を包んだカブトムシの巨人といった風体の為、お世辞にも身軽とは言えそうなものでは無かったのだから。

 しかし、いざそのスピードを眼のあたりにすれば当初の疑念は消え失せてしまっていた。


 風を切る様な速さで山や森の大地を駆け、重さを感じさせない軽やかな跳躍で岩等の段差を飛び越える。


「あ、止まってくれ」


 セイラムの言葉にツェイトは足を止めた。何事かとセイラムの方に視線を向けようとしたら、セイラムはツェイトの背中から飛び降り、ツェイトの横を通り越してツェイト達の先にある崖の方へと走って行った。

 ツェイトはセイラムの動向を窺っていると、今度は手招きをしてきたのでセイラムの下へと行く。


「あそこだ、あそこが私の住んでいる村だ」


 セイラムが見下ろし、指差す先には山間の森に囲まれた集落があった。

 家屋の作りは木造の、昔の日本家屋に何処となく似ており、その家々の窓からは住人の営みがある事を証明するように明かりが見えた。村の中央には、一際大きな建物が建ってあるのが見える。恐らく村長の家か、集会場等この村にとって重要な建物なのだろう。


「此処から先はもう大丈夫だ。ありがとう」


 さ、行こう。とセイラムは歩き出す。

 ツェイトはなんの、とだけ答えてセイラムの先導に導かれ、その後をついて行った。




「ちょっと此処で待っててくれ、ウィーヴィルに話をして来る」


 二人がいる場所は村の近くにある、やや開けた所にある丘の上。村までもう目の前という所までツェイト達は近付いたが、セイラムがここでツェイトに待ったをかけた。

 いきなりツェイトがやって来ては、村人たちが驚く恐れがあるのでその為だろう。一旦上の人に話をして来るらしい。

 ウィーヴィル……か、今の話し方からすると随分と親しげな感じがする。セイラムの身内だろうか。そんなことを考えながらツェイトは分かったと返事をすると、セイラムは軽く手を上げて挨拶をし、村の方へと走って行った。


 セイラムの後ろ姿を見送った後、ツェイトは空を見上げた。

 太陽が沈みきった事もあって夕暮れ時は過ぎ、今は真夜中だ。空は一面に星々が散りばめられ、大地は月の光に照らされている。森や草むらからは虫の鳴き声と思しき音が聞こえ、静かな世界をささやかに賑わせていた。


 これでようやく気が休まるか。ツェイトは首に手を添えてゴキゴキと鳴らした。

 ツェイトに肉体的な疲れは無かったが、精神的な疲労は大分溜まっていた。


――仕事での気疲れと今の疲労、どっちの方がマシなんだかな。


 そんな益にもならない事を考えて、苦笑した。こんな事が考えられるのなら結構余裕はあるのかもしれない。

 そうして適当な岩に腰掛ながら時間を潰していると、村の方からいくつかの明りがツェイトのいる丘の方へと向かってきた。

 ツェイトの眼には、その明かりが何なのかがはっきりと分かった。

 カブトムシと言う特性を兼ね備えたハイゼクタ―のためか、ツェイトは夜に強いのだ。その恩恵は、どうやらこの世界でも適応されているらしい。


 村人が提灯の様な物を持ち、中に火を入れているのだろう。それで明りを付けて此方に向かっている。

 集団の先頭にセイラムがおり、そのほかの村人たちは皆昆虫人の男、20代の様な外見の若者から5,60代と思しき歳老いた者達で構成されていて皆武器を携帯していた。

 一様にして此方を驚いた顔で見ているが、今更なのでツェイトはその事はもはや気にしていない。

 セイラムが先頭の一際若い男性、というよりは少年と言えそうな外見の者に何か話した後、集団から離れて此方へ走って来た。


「ごめん、待たせたかな」


 それは良いんだが、随分と大所帯だな。

 ツェイトはそう言ってセイラムの後ろにいる村人達を見る。父親を呼んで来ると言う話だったがセイラムは集団を引き連れて戻って来た。

 彼らは不思議そうな面持ちでツェイトの方を見ている。


「何者なんだ……」


「昆虫人とは違うな……」


 ざわつく男たちの顔からは驚愕、興味、そんな感情が何となくではあるが感じ取れた。

 こちらを攻撃してこないだけまだマシとはいえ、少しだけその視線がツェイトには辛かった。


――やはりNFOの様にはいかないな。


 NFOの場合は、プレイヤーの頭上に名前が出てくる為それで判別できたが、現実ではそんな機能は無いので外見で決めるしかない。もっとも、見てくれがどうであろうともNFOの頃はゲームの登場キャラクターですませていたからそんな程度で済んでいたのだが、そこまで今のツェイトは気付いてない。


 俺はこれからどうなるんだ?

 このまま晒し物にされ続けるのは正直良い気がしない。一々セイラムに話しかけるだけでも村人達はどよめき立つのだから、困ったものである。ツェイトはセイラムに今後の事を訊いた。


「ああ、それなんだが……」


 そこまでセイラムが話した所で、ざわつく男たちの声をかき消すように低く重い声が響き渡った。


「皆、道を開けてくれ」


 その声に反応して、男達の群れはモーゼの十戒の如く別れ、その奥から2m近い身長の逞しい体格の老いた昆虫人がやって来た。


 白く染まった髪は短く刈り込まれ、顔には深い皺が刻まれており、それがこの老人が長い年月を生きて来た事を物語っている。

 しかし背筋は曲がっておらず、ピンと姿勢を伸ばしたその姿と雰囲気から醸し出すそれは、まるで老いた戦士の様だった。

 老人は黒い瞳でツェイトをジッと見つめている。まるで、予想外なものを見て凝視するかのように見えたのはツェイトの気のせいだろうか。


――これは、どういう状況なんだ?


 まさか、またあの兵士の時の二の舞になるんじゃないだろうな。

 ツェイトは態度にこそ出さず、大丈夫だと言った筈なのに……そこの所どうなんだと自分の横にいるセイラムに視線で訴えたかったが、出来ない。

 それが出来なかったのは、目の前にいる山賊も驚いて逃げ出しそうな顔つきのゴツイご老人の眼力のせいだった。

 ツェイトはこの時ばかりは自身の外見を棚に上げて、目の前の老人の迫力に冷や汗をかいた。


――目を離しては、いけない気がする。


 目を離すな、とは言われてはいない。だがしかし、ツェイトの今までの人生経験がこの老人の視線から逃げてはいけないと結論付けた。この手の手合いで、目を逸らした後は碌な目に遭ったためしがないのだ。


 故にツェイトは視線を返す。睨みつける訳ではない、平身低頭に機嫌を窺う様に見る訳でもない。ただ静かに、老人の瞳をジッと見つめて相手の反応を待った。


 見つめあってから数秒、セイラムが心配そうに互いの様子を窺っていたが老人の方からツェイトに話しかけて来た。


「我らとは異なる虫の民よ、セイラムから話は聞いている。この度はワシの娘を救ってくれた事をこのウィーヴィル、村を代表して、そして父親として深く感謝する」


 ピシッとした態度からの最敬礼に近いお辞儀。その一挙手一投足が、とても様になっていた。

 父親? この人が? とセイラムに視線で問うと、ツェイトの意図を何となく理解したのか、苦笑しながらコクリと頷いた。

 外見的に10代のセイラムと、真っ白な白髪の老人であるウィーヴィル。親子と言うよりかは祖父と孫と言われた方が納得できる。


「いえ、気にしないでください。お……私としても見過ごせませんでしたので」


 内心で外見的に歳が離れ過ぎている二人に驚くツェイトだが、それを態度に出さずに敬語で返す。


「そうか……その礼と言っては何だが、ワシらの村に招きたい。付いてきてくれないか」


 拒否する等と言う選択肢は無かった。ツェイトは分かりました、とウィーヴィルの歓迎を受け入れた。老人は軽く頷くと、村の男達の方に体を向けた。


「皆、見ての通りだ。この者はワシらに害意を持っておらん。各自、村に戻ってくれ」


 ウィーヴィル言葉に納得したのか、男達は何処か安堵したような顔つきでゾロゾロと村へ戻って行き、その際何人かがツェイトをチラチラと振り返りながら見ている者がいた。

 やはり警戒されていたのかとツェイトは内心納得しつつも、恩人に対してそんな態度は無いだろうにという不満もあったが、何だか恩着せがましい感じがしたので気にしない事にした。


「何で、こんな大げさな事になったんだ?」


「ご、ごめん。最初は父さんだけを呼ぶつもりだったんだけど、丁度他の皆も集まっちゃってて。話をしていたら皆が貴方に興味を持っちゃって……」


 ツェイトはセイラムに問いかけると、セイラムは申し訳なさそうに首をすくめて理由を話した。

 話を聞くに、セイラムの帰りが遅いので捜索隊を出そうか出すまいかと男達がウィーヴィルの家に集まって話し合っていたらしい。余程心配だったのだろう。

 そして、彼らにとってはハイゼクタ―は余程珍しい種族の様だ。ツェイトは先程の男達の視線を思い出した。


「……俺はパンダか」


「……え? カブトムシじゃないのか?」


「そう言う意味じゃ無い」


 ツェイトはのっそりとウィーヴィル達のいる方へと向かい、セイラムも慌ててその後をついて行った。






 入り口ではウィーヴィルと、幾人か減っていたが、先程の男達が待っていた。


「改めて歓迎しよう。ようこそカジミルの村へ、ワシらはお主を歓迎するよ」


 ウィーヴィル達に連れられて、木材と幾分かの金属で組み立てられた柵をくぐって村の中に入ると、昔懐かしの日本の村落に似た風景がツェイトの視界に広がった。


――外から見た時も思ったが、NFOの昆虫人の集落と似ているな。


 昆虫人の文化様式は、日本文化に似ている。というよりは似せて作られていた。中身が日本人のツェイトは村の中を見まわしながら、リアルの実家にいる両親の田舎を少し思い出してノスタルジックな気持ちになった。


 村の大通りを、ウィーヴィルや男達の先導を受けてツェイトは歩いて行く。

 辺りを見まわしてみると、夜だと言うのに女子供達が家から出てきて、何事かとツェイト達のいる方を見ていた。

 驚いた面持ちでツェイトを見る昆虫人の女性、ツェイトの姿を見て「でっけー」と無邪気に目を輝かせる昆虫人の子供。村人は皆昆虫人で構成されているようだ。

 村の住人達を見て、ふと気が付いた。


――何故、セイラムだけ違うんだ?


 セイラム以外の村人達は、皆総じて人間と大差変わりのない、NFOでよく見た昆虫人と同じ外見をしている。村人は和風情緒が見られる服装を見に付けており、セイラムの様に特別ゴツイ外骨格を身に付けている訳でもない。

 どうしてセイラムだけがあのような体なのだろうか。


 後でウィーヴィルさんに尋ねてみようか、と考えたツェイトだが、身体的特徴を尋ねるのは時として互いの関係を悪化さる爆弾発言に繋がりかねないので、自重する事にした。


 村の中を興味深く見回しながら歩くツェイトに、ウィーヴィルが話しかけて来た。


「ワシの家に招く前に、村長に会わせたい。大丈夫かね?」


「大丈夫ですけど、ウィーヴィルさんが村長じゃないのですか?」


 先程の取り仕切り様からして、てっきりこのガタイの良いご老人が村の長だとツェイトは思っていた。


「いやいや、ワシはこの村のご意見番。村長の補佐みたいなものだ」


 ツェイトの疑問にウィーヴィルは軽く手を振り、笑いながらツェイトにそう答える。

 その顔には、最初に出会った時に見せた鋭さはナリを潜め、体格の良い気さくなご老人といった雰囲気になっていた。


 そうこうして行く内に、ツェイトとウィーヴィル達は村の中央の建物の前に着いた。遠目から見たときに見えた、あの大きな屋敷だった。


「ここが村長の屋敷なんだが……」


 そういってウィーヴィルはツェイトの体を、というよりは背丈を見ていた。

 角も含めたツェイトの大きさはおよそ4m超。とてもではないが人間サイズの種族の一般住居へ入るのには適していない。

 おまけにそのガタイに見合った重量も備えているのだ。NFOならただ狭いだけで終わるが、リアルの木造建築なんぞに足を踏み入れたら床が抜けてしまうんじゃなかろうか。

 底が抜けるか、それともツェイトの角で天井がズタズタに切り刻まれるかのどちらかしか、一般家屋の辿る末路は無かった。


「……その体じゃ入れんか。村長を連れて来るからそこで待っててくれぬか」


 そう言ってウィーヴィルは村長のいる屋敷の中へと入って行く。ウィーヴィルの後ろ姿をツェイトが見送っていると、それまで静かにツェイト達の会話を聞いていたセイラムが苦笑しながらツェイトに話しかけて来た。


「なんか、不便そうだな」


 そう言われるツェイトだが、「何時も森の中にいたから、そんなに困ってはいなかったんだが……」と返した。


「へぇ、森の中か……」


確かにツェイトはNFOの頃は森の中にいた。

森は森でも、昆虫系の魔物が巣食うダンジョンとしては上から2番目の難易度を誇る魔蟲の大森林と言う、高レベルのプレイヤーでも瞬く間に殲滅されてしまう様な物騒極まりない森だが。

そんな事は全く話していないので、セイラムは普通の森の中で過ごしているのだと勘違いをしていた。


「そういえば、先程ウィーヴィルさんが家に招くと言っていたけど……」


「それは多分、裏庭になるんだろうな。私達の家なんて村長の屋敷より小さいんだ、ツェイトじゃ入れないよ」


流石にこの体じゃベッドで寝れないか、とツェイトは少し残念がっていると屋敷の入り口から人が3人出て来た。


 一人は先程村長を呼んで行ったウィーヴィル。そしてもう一人は、先程村の外までツェイトを見に来た男達の先頭にいた若い男だ。いつの間にかいなくなっていたと思えば、屋敷に戻っていた様だ。その彼が、一人の老婆と共に歩いて来た。


 恐らく若い頃は大層な美人だったのではないだろうか、そう思わせるほどにその老婆は年老いて尚美しさがあった。

 女性用の和風装束を着込んでおり、混じりけのない白髪は後ろで一纏めにされている。彼女もウィーヴィルと同様背筋は曲がっておらず、ピンのばしていて淑女の様な雰囲気を醸し出していた。

 老婆こと村長は、優しい目つきでツェイトに話しかけて来た。


「はじめまして、私の名はキイト。この村の村長をしています」


「ツェイトと言います。はじめまして」


 ツェイトは老女の挨拶に、自身も名乗りで応える。


「ウィーヴィルとセイラムから話は聞いています。ありがとう、私達の村の娘を助けてくれて」


「いえ、私も放っておけませんでしたから」


「そうですか。その心、大切にしてくださいね」


 ツェイトの返事にキイトは優しく微笑む。

 年長者ならではの余裕か、はたまたこの老女の人格がなせる業なのか、ツェイトはこの柔和な老女が自分に対して驚く事もなく平然と話しかけてくるのに内心驚いた。

 そんなキイトはツェイトと何度か言葉を交わした後、セイラムの方に向いた。


「セイラム」


「は、ハイ」


 キイトに名前を呼ばれたセイラムは、緊張した面持ちで返事をする。


「貴女もよく無事に帰って来てくれました。」


「あ、ハイ。心配掛けてすみませんでした」


 嬉しいのか、照れているのか、もしくは両方か。村長の言葉に、セイラムはくすぐったそうに答えた。


「……さて、御挨拶はこの位にして」


 そう言って、キイトは改めて二人に向かい合う。


「貴方達二人には、これまで起こった事を話して欲しいのだけれど……」


 良いかしら? と話しかけるキイトの表情からは笑みが消え、真剣な顔つきでツェイトとセイラムに訪ねた。


 話さない理由など無い。ツェイトとセイラムはこれまでの経緯をキイト、そしてウィーヴィルや村の男達に説明した。


 話を終えると、周囲の村の男たちがざわつき始める。自分達の村の者が襲われたという事実もさることながら、正体不明の兵士達がもしかしたらこの近くをうろついている可能性があるのだ。その動揺は少なくないだろう。


 尚、ツェイトの事についてはセイラムが説明してくれたおかげか、村人たちの反応はそう悪いものでは無かった。


 ツェイト達の証言を噛み砕いて理解するように、キイトが静かに目を閉じて思案に浸る事数秒。


「これは皆で話し合う必要があるわね。今日はもう遅いので、明日の夜に再びこの場で会合を行います。そこで今後の事について話しておきたいの」


 皆もそれで良いかしら? キイトが回りの村人たちを見まわしながら問いかけると、「ああ」だの「その方が良い」と了承の返事が返って来た。

 それに満足した様にキイトはニッコリと笑い、ポンと両手を叩いた。


「さあ、堅いお話はこれでお終い。貴方達も疲れてるでしょう? 今夜はゆっくりと休みなさい」


 キイトの言葉が合図となり、先ほどまでツェイトとウィーヴィルの周りにいた男たちもゾロゾロと返って行った。


「ツェイトさん。大したお持て成しは出来ないかもしれませんが、良かったらゆっくりして行って下さいね」


「……ありがとうございます」


 キイトの態度の変わり様に少々呆気にとられていたツェイトは気を取り直し、村長に返事をする。


「村長、ワシはこの者に話があるので……」


「えぇ、お願いしますね」


 ウィーヴィルとキイトが何やら話している間に所在なく視線を泳がせていたツェイトは、キイトと一緒にいた少年をチラリと見た。肩が露出する位短い袖の上着を身に付け、引き締まった体をしており、肩まで伸ばした髪は後ろで一纏めに束ねている。

 村の丘に来る時は集団の先頭に立ち、今はキイトの側に付き添っている。彼女の縁者なのだろうかと思案していると、ふと目が合った。

 何故か忌々しい物を見るかのような眼つきで睨みつけられてしまった。何だ? と首を傾げていると、キイトと話していたウィーヴィルがツェイトを呼ぶ。


「付いてきてくれ、ワシらの家に案内しよう」


 ウィーヴィルに連れられてツェイトは後をついて行く。そこでもう一度屋敷の玄関の方を振り返ると、先程の少年がまだツェイトを睨みつけていたが、すぐに屋敷の中に入って行った。


――嫌われてしまったかな。


 嫌われたのは残念だが、そう長い間この村に滞在する事もないだろうから、あまり気にしない方が良いかとツェイトは再びウィーヴィル達の方に向き直って歩いて行った。






「すまんな、ランはお主に少し嫉妬しておるみたいでな」


 家に向かう途中、ウィーヴィルがツェイトに話しかけて来た。

 ラン、と言うのは先ほど村長と一緒にいた若者の名前らしい。先頭を歩いているセイラムに聞こえないようにひっそりと話して来るのには理由があるのか。ツェイトもそれに合わせて小さく答える。


「嫉妬? 私に、ですか?」


「そう、どうやらお主がセイラムの近くにいるのが気に食わんらしい」


「……もしかして、彼はセイラムの事を?」


「どうやら気があるらしいな。本人は否定しているみたいだが」


 そう言って可笑しそうにウィーヴィルは笑う。

 話の内容はこうだ。ランはキイトの孫で、セイラムとは幼馴染らしい。昔から一緒に行動していた仲で、そんな中突然現れたツェイトにセイラムが興味を持ち、セイラムが村に戻って来た時に今回の事の経緯とツェイトの事をランに色々と話していたらしい。そこでランはツェイトに対して対抗意識が沸いたという。

 要約してしまえば、今まで自分に向けられていた好きな娘の好意が、他の男に向けられてしまって気に入らないのだそうだ。ウィーヴィルがセイラムに敢えて聞こえないようにしていたのは、若者同士で解決しなさいと言う事らしい。


「……青春だなぁ」


 ツェイトは溜息をついた。

 確かにセイラムに対して情はある。しかし、それは男女としてのものでは無い。助けようとした者に対する、強者が弱者に対する憐憫にも似た感情だ。それが決して良いものとはツェイトは思ってはいない。

 種族云々の隔たりもちょっとはあるが、少なくともツェイトはセイラムに対して恋慕の感情は一切持ち合わせていなかった。

 なので先の嫉妬に燃える少年には、精々恋の駆け引きを楽しんでくれと内心エールを送るだけである。


 その事をウィーヴィルに話すと、このガタイの良いご老人は大層可笑しそうに笑った。


「二人とも何話してるんだー? 早く帰ろう」


痺れを切らしたセイラムが振り返って二人に呼び掛ける。いつの間にか二人とセイラムの距離は大分離れていた。

当の本人は何も知らず……か。ツェイト達は苦笑しながらセイラムの後を付いて行った。






「このような場所ですまんな。部屋が空いておるからそこを貸してやりたかったが……」


「いえ、元々屋外で過ごしていた身ですので、気にしないでください」


 そう言ってツェイトは近くに生えていた樹に手を置きながら話す。

 NFOの頃のツェイトは、ハイゼクタ―になってからと言うものの、ガタイがガタイなので建物内に居座る事はあまり無く、森等の自然環境の中を休憩場所としていた。故に野ざらしで過ごす事に対して抵抗はあまり無い。


 セイラムとウィーヴィルの住む家は、村長の家からすこし離れており、森に面した場所にあった。

 他の住居と同じく、木造りのシンプルな日本家屋。予想通りであるが、ツェイトは中に入る事が出来なかったので裏庭に通された。


 現在、ツェイトとウィーヴィルはやや遅めの夕食を取っていた。互いに草むらの上にどっかりと座り、ウィーヴィルが用意してくれた料理をランプで照らしながら頂く。昆虫人の文化は昔の日本に近い、それは食事にも反映されている。 ウィーヴィルがツェイト用に用意してくれたのは大きな白米のおにぎりと漬物、それとみそ汁。多少材料の違いはあるが、それは和食にそっくりだ。


 私に合わせなくても良いですよとツェイトは言ったのだが、ウィーヴィルはツェイトと話がしたいらしく「気にせんでくれ」と言って座り込んだのだ。ツェイト自身もこうして話をしてくれる者がいる事が嬉しかったので断る気も無く、食事に付き合ってもらう事にした。


 食事の始めにウィーヴィルは先程ツェイトと初対面した時の対応について謝り、娘を助けてくれた事に対して再度礼を述べた。

 ツェイトはそれだけ村とお嬢さんが大切だという表れなのだろうから、仕方が無いと答えるとウィーヴィルは感謝する、と頭を下げていた。

 実際仕様のない事だろう。見ず知らずの相手ならば、程度はあれど警戒するものだ。むしろ、いきなりもろ手を挙げて歓迎される方がツェイトにとっては違和感を感じてしまう。


 そして話は戻って現在。最初のちょっと重かった空気は今では無くなり、談話を挟んだ食事会という雰囲気になっていた。

 当初は鉄仮面の様な外骨格で顔を覆ったツェイトが食事を取る事が出来るのかとウィーヴィルは不思議そうに見ていたが、ツェイトの口を覆っていた外骨格が真ん中からスライド式に開き、中から剣山の様に鋭い牙を生やした顎が表れた。用意された大きなおにぎりと漬物を大きな手で器用に取って食べ、ズズッとみそ汁を啜るツェイトの姿を見てウィーヴィルが少し目を丸くしていた。


 ちなみにツェイト自身は食事機能が無事だった事を確認して、内心ほっと胸を撫で下ろしていた。そして食事と言う行為がゲームの世界での疑似行為では無く、本当に食べれてしまっていると言う事実に、やはり此処がゲームでは無いと言う事を改めて実感させていた。


「そう言ってくれると此方としても助かるな」


「仕方ないでしょう。ところで、セイ……お嬢さんは何処に?」


「ふふ、お嬢さんか、そんなに硬くならんでもいいよ。あの娘なら部屋で寝ておるよ、色々と疲れておるのだろう」


そう言ってウィーヴィルは、自分用に用意したおにぎりを頬張る。


「そうですか……いえ、山で襲われていたのが気になってしまいまして」


「そうか、お主は優しいのだな。心配する事は無い、あの娘は見た目通り元気が取り得だからな」


 続いてみそ汁を啜りながらウィーヴィルは微笑みながら短く答える。


 会話が弾み始めた所で、ツェイトは気になった事を思いきって尋ねる事にした。

 それは、この世界の事についてだ。とは言っても、流石に世界規模の話が通用するのか分からないのでこの近辺の地域の事、国家があればその国の事を聞く事にした。

 その事に付いてウィーヴィルに尋ねると、少し怪訝そうに思案した後地図を持ってくるから少し待っておれ。と言って家に戻って行った。

 それから少し待っていると、ウィーヴィルが戻って来てまた地面に座り込み、持ってきた大きな地図を広げたのだが、それを見たツェイトは目を剥いた。


――ネオフロンティア大陸!


 多少変わっている所はあるが似ている、というよりそっくりなのだ。ツェイトがプレイしていたゲームであるNFOの舞台である大陸と。

 ワイルドマックというNFOのモンスターがおり、昆虫人もいるのだからもしやとは思っていたが、此処まで似ている世界だと、この世界について疑問が沸いて来る。


「さて、此処が何処だかと言う話だが……大丈夫かね?」


「大丈夫……です」


 そう言って何とか冷静である事をアピールするツェイトだが、食事の為に露出させていた顎部分からは冷や汗が流れていた。

 そんなツェイトの様子を心配そうにウィーヴィルが尋ねてくるが、ツェイトは気にしないでくださいと言って続きを促した。






 結果だけを言わせてもらえれば、ツェイトは始終ポカンとしていた。


 そして感想はたった一言。「何だこれは」だ。


 ツェイトが今いる場所は、昆虫人達で構成されている昆虫国家ワムズ。そこが治めている山林地帯の一画だ。国の回りには、多くの国家が形成されていた。ワムズから北にある湖畔を囲んだ森林地帯にはエルフの国があり、他にも獣人、ドワーフ、オーガ等様々な種族が様々な場所で国家を立ち上げている。更にそれを一纏めにして連合国家になっているらしい。


 NFOの世界での亜人達の住む場所の規模は、精々が村か中規模の都市程度だった。

 だのにこれは何だ? 何で国家が出来ている? 人間はどこへ行った?

 混乱しているツェイトを余所に、人間達の国はこの地から大分離れた所にあるというウィーヴィルのありがたい補足があったのだが、今のツェイトの耳に入っているのかは怪しい。

 もし近辺に誰も居なかったら、今頃絶叫しながら岩に頭突きの一つでもしていたかもしれない。それ位ツェイトの受けた衝撃は大きかったのだ。


「以上がワシらの住んでいる国と、近辺の国家の話だな。何か質問はあるかね?」


 質問タイムが出来たのでツェイトはNFOとの類似点が無いか尋ねる事にした。

 主な内容はNFOの頃にあった国や町の名前、イベント等だ。それらに心当たりがないかをウィーヴィルに訊いた。しかし。 


「すまぬが、どれも聞き覚えのないものばかりだな」


「そう、ですか……」


ツェイトの顔は、見る者が見れば分かっていたかもしれないが、焦燥で塗りつぶされていた。出来れば夢から覚めて、自分の部屋で目覚めたい所であったが、現実とは残酷なもので、ツェイトはつい片手を額において天を仰いだ。


――もう滅茶苦茶だ、どうなってるんだ本当に。


先程から天を仰いだり冷や汗を流したりと、見た目以上に感情豊かなツェイトにウィーヴィルが話しかけて来た。


「何か、難儀している様だな」


 苦悩するツェイトにウィーヴィルは語りかける。


「会って間もない間柄だが、お主の人柄と言うものは何となくではあるが分かる。お主は悪い者で無いんだろう。それにセイラムを助けてもらった手前、お主が困っているのならば、力になってやりたいのだ」


「……」


 ツェイトの視線がウィーヴィルと、ランプに灯る明りを交互に彷徨う。まるで迷う様に。

 話すべきか、自分の置かれた状況を。しかし下手をすれば気の触れた男と思われるかもしれない。せっかく友好的な人物が現れたのだ、それは避けたい。先程から何度か怪訝そうな反応が返って来ているのだ。これ以上は不味い。

 理性では話すなと叫んでいるが、本能が話せとツェイトを後押ししている。そこには本能だけでなく、不安もあったが。


「話しくらいならば、このワシでも聞いてやれるぞ」


 話してしまえば、楽になるだろう。しかし、その先の展開がどのようなものになるのかが予想できず、ツェイトは答えられずにいる。


 故に、ツェイトは話さない。静かに首を横に振り、「すみません……」と申し訳なさそうに、そして弱々しく答えた。






「……未知の世界が、怖いかね?」


 ツェイトの体がビクリと震える。

 何故そんな事を。ツェイトはウィーヴィルを凝視する。

 さっきこの世界の事について聞いたからか? 別の意味なのかもしれないと言う可能性もあるが、この状況でそのもの言いは引っかかる。それに、ツェイトは自身の素性を話してはいないのだ。故にツェイトは勘ぐる。


――もしや、この人は……


「言っておくが、ワシはこの国に生まれ育った身だ。おぬしの同類では無いよ」


 同類という言葉が出ると言う事は間違いない。何処まで知っているかは分からないが、この人はNFOプレイヤーの事を知っている。呼吸を忘れるほどにツェイトはウィーヴィルの顔を、穴が空くほど見た。


「確証が無かったが、色々とお主の言葉を聞き、お主の姿を見た今なら分かる。お主もこの地に不本意で来てしまった者か」


「も? 他にもいるのですか?」


 ツェイトの語気が自然と強くなる。それも致し方のない事である。同郷の者がいるかもしれないのだから。


「ああ、ワシはお主と同じ境遇にあった男を一人知っている」





 その言葉は、ツェイトに希望を与えるのか。





「その男は此処とは違う世界からやって来て、はぐれた友を探して旅をしていたと言っていた」





 それとも絶望か。





「名はプロムナード。赤黒いクワガタの様な姿をして、自分の事をハイゼクタ―と呼んでいた昆虫種族の男だ」




 えも言われぬ感情が、ツェイトの心をかき乱す。

 自分と同じ境遇の者が、しかもそれが自分の友人だった事を知って驚きと共に一瞬喜ぶが、その後沈んだ様に頭を垂らした。


 プロムナードも此処に来ていた。来て、しまっていた。

 親友がこの世界にいる事は心強い、だがそれと同時にプロムナードまでこの現象に巻き込まれてしまったのかという事実を認識すると、素直には喜べなかった。

 ツェイトの反応を見て「やはりか……」と深く溜息をついてウィーヴィルは話を続ける。


「およそ二十年以上前の話だ。ワシがまだこの村に居座る前、旅をしていた頃に出会ってな、その道中何度か行動を共にした事があるのだ」


 20年!? その話は聞き捨てならない。飛ばされる時間軸が各プレイヤーで違うのか? 

 そんな事を考えながらもツェイトはウィーヴィルの話を聞き逃すまいと耳を傾けた。


「思い起こせば不思議な男だったな。どこか飄々としているかと思えば、まるで紅蓮の炎の様に激しい気性を持ち合わせておった」


 ウィーヴィルによるプロムナードの話は続いた。ある時はウィーヴィルと互いに協力して、当時暴れ回っていた犯罪者集団をまとめて叩き潰し、またある時は大量のドラゴン相手に一人で大立ち回りを演じた事もあるらしい。


 どうやらプロムナードは此処にいてもNFOの頃と変わらず、何時も通りだったようだ。それを知ってツェイトは呆れ半分に苦笑した。


「そうですか、あいつも相変わらずみたいで……」


「道中であやつからお主の話を聞いていたが、まさかこの様な形で出会うとはな。初めてお主を見た時は聞いていた特徴と似通りすぎていて吃驚したわ……」


 運命とはかくも奇なものだな。そう呟いたウィーヴィルに、ツェイトも同意せざるを得ない。

 ウィーヴィルが村の外であのような態度を取ったのは、プロムナードから聞かされていた内容だけでは確信が持てなかったらしい。そして今の彼は村の中心人物の一人、個人の感情に村の皆を巻き込むわけにはいかない。故の対応だったそうだ。


「あいつは……あいつは今どこにいるのですか?」


「分からん、旅の途中で分かれてそれっきりだ。今何処で何をしているのか見当もつかん」


「そう、ですか」


 ジッとツェイトはランプの灯を見つめて先程までの話を思い返した。

 20年というズレが非常に気になるが、プロムナードはこの世界にいる。それが分かっただけでも大きな成果だ。

 幸いにも昆虫種族の寿命は長い、もしもNFOと同じ仕様ならば20年程度なら許容範囲内だ。

 しかし、その20年と言う人間にとってはかなり長い月日が、人間の精神を内包したプレイヤーであるプロムナードにどのような心変わりをさせているのかまでは、ツェイトには分からなかった。


「近い内、この村を出ようと思います」


 ツェイトはウィーヴィルにそう告げた。


「……そうか、そうだろうな。お主が、あの男が話していた通りの者ならば」


「あいつが私の事を探しているのなら、早く会ってやりたいのです」


 ツェイトはまだウィーヴィルにプロムナードの存在を知らされていたから良い。

 しかしプロムナードは、20年と言う月日を、ツェイトがいない事を知らずに探し回っている可能性がある。

 それがどれ程辛いものなのか、想像もつかない。だから会わねばならない、プロムナードに。

 ですが、とツェイトは言葉を紡ぐ。


「私はここの事をよく知りません。ですので出来ればこの世界、もしくはこの近辺の事だけでもかまいません。詳しく教えてくれませんか」


 行くにしても、此処の常識と言うものを知っておきたい。そう頼むツェイトにウィーヴィルが笑って答えた。


「良いとも。それ位ならお安い御用だ」






「色々とありがとうございました」


「いや、ワシも疲れておるお主に無理に話をさせてしまってすまなかったな」


 時間は最早村人が皆寝静まる真夜中。二人は食事を終えて、後かたずけをしながらそう言った。


「では、また明日な」


「はい、おやすみなさい」


 互いに夜の挨拶を済ませてそれぞれの寝床へと行く。ウィーヴィルは自宅へ、ツェイトは適当に近くの森へ。


 落ち葉の広がる場所に丁度倒れていた木があったので、それを枕にしてツェイトは仰向けになって寝転がる。土の冷たさと、落ち葉の温かさが妙に心地良い。

 視線の先、森の真上には木々の枝と葉で覆われた森の天井がある。その隙間から見える巨大な満月の放つ光が、木漏れ日の様に森の夜をほのかに照らしていた。

 どこか幻想的な光景を見つめながら、ツェイトは今日起きた事を思い返していた。


 思い返せば色々とあった。

 プロムナードを探す事、それが今のツェイトの一番の目標。元の世界に戻るのは、その次だ。

 そろそろ寝ようと静かに目を閉じようとしたその時、ウィーヴィル達の家の方から物音がしてきた。


 ウィーヴィルさんか? と体を起して物音がする方向を見ていると、現れたのはセイラムだった。誰もいない事を確認して、コソコソと此方へとやって来る姿が見える。


「どうしたんだ、こんな時間に」


「あ、ごめん。もしかして寝ていひゃぁ!?」


 突然セイラムがツェイトの顔を見て飛び退いた。

 まるでおっかない物を見た様な顔つきだ。


「うん? どうした?」


「つ、ツェイト。く、くち、口がっ」


「え? あぁ」


 言われて口元を手で摩ると、食事の時に外骨格を開いてそのままだった事に気付いた。剣山の様な牙がむき出しのこの顎は、セイラムには中々ショッキングだったようだ。

 すまないと、口を外骨格で再びカバーすると、セイラムは「おぉー」と感嘆の声をあげていた。

 どうやらこの外骨格は、内側に専用の筋肉組織が存在して、それを動かす事で開け閉めできるらしい。

 この一連の動作が、瞬きや呼吸をするように自然と出来てしまうため、ツェイト自身も今一つ理解していない。

 NFOでは分からなかった新たな発見である。


「それで、どうしたんだ?」


「いや、せっかくだから話でもと」


「……おいおい、眠くないのか」


「さっきまで寝てたから全然眠くないんだ」


 そういえばさっきまで寝ていたんだっけか、とツェイトはセイラムを見てみると、その姿は最初に出会った時の様な身軽な服装では無く、ゆったりとした着物の様な服を着ていた。おそらくはセイラムの寝間着なのだろう。


 セイラムはツェイトの側まで歩いて来ると隣に座りこんできた。

 中々無防備に接近して来る姿を見て、成程、これならあの少年も嫉妬して警戒するのも可笑しくは無いか、と此方を睨んできた村長の孫を思い出した。


「ウィーヴィルと何か話してたけど、何だったんだ?」


「……大人の話って奴だな」


 その話の中には少し情けない自分の姿もあったが、ツェイトは黙して語らない。


「……子供扱いしないでくれ、私はもう16だ。狩りだって一人で出来る」


 不貞腐れた様にセイラムは体育座りをして、組んだ足の間に顔をうずめてツェイトをジト眼で睨みつけて来た。


「そうやって拗ねるのは子供だと言っている様なものだぞ」


「そんな事……ん?」


 顔をあげて言い返そうとしていたセイラムだが、突然ジーっとツェイトを見つめて来た。


「何かツェイト、変わった?」


「……どうしてそう思う?」


「何だか、ツェイトの話し方が変わった様な気がするんだけど……」


「そうか? そう、か」


 この世界に来てからずっと張りつめていた緊張がようやく解けて、本来の調子に戻ったのだろう。此処に来てツェイトもようやくそれを自覚した。


「それで、結局何の話をしていたんだ?」


 セイラムは再び問い質して来る。どうやら二人の会話が気になっていたらしい。


「そんなに気になる事なのか?」


「それはそうだ、この村に来てからほとんどツェイトと話さなかったんだ。聞く位良いじゃないか」


「うーん、明日で良いか? 今日はもう遅い」


「良いじゃないか、少しくらい」


「子供も大人ももう寝る時間だ。そして俺も寝る時間だ」


「まだ私を子供扱いするか!?」


「そろそろ寝ないと、本当に明日起きれなくなるぞ」


「私は寝たからもう眠くないのだ!」


 そんなやり取りが続き、カジミルの村の夜は更けて行った。






 ツェイトとセイラムが下らないやり取りを森の中で行っている時、ウィーヴィルはツェイトとの会話を終えた後、自宅へ戻っていた。


 部屋の中は明かりをつけない代わりに、窓から差し込む月の光が微かに部屋の中を明るく照らしていた。ウィーヴィルは布団の上に胡坐をかき、静かに目を閉じながら呟く。


「遂にセイラムを狙って来る者が現れたか」


 フゥっと溜息をつく。


「そしてそれをあやつの友、ツェイトが助け、此処へ来た……。これは何の因果なのだろうな、プロムナードよ」


 誰にともなく吐いたウィーヴィルの言葉は、人知れず闇の中に消えて行った。


 世界は違っても夜は来る。例えそれが、異邦のハイゼクターの上であろうとも、等しく。

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