第170話(最終回)

「さて、行きますか」

 僕はまとめた荷物を背負い、部屋を見回す。

 ジュラル城の近くの高級宿を手配してもらって寝泊まりしてきたが、さすがの快適さだった。別れるのは惜しいが、街を出るならこのタイミングしかない。

「そうだな。潮時だ」

 イジッテちゃんもあとに続く。あの戦いで服がボロボロになってしまったから別の服をいろいろと用意してもらったのだけど、旅に出るにはどうにもしっくりこないみたいで、最初に出会ったときの白いワンピースに似た服を着ている。

「ん、よし、行くえ」

 そして、サジャさんも。

「サジャさん……もう肩車は定位置なんですね?」

「当然え。住所をここに登録できるならしたいえ」

 僕の頭の上は住所にならないと思いますよ……? 

 本当は僕とイジッテちゃんの二人で出て行こうかとも思ったのだけど、さすがに魔族であるサジャさんを一人置いていくのは心配というか、引き入れた身としてあまりにも無責任だし、なによりもイジッテちゃんとめちゃめちゃ仲良くなっているので、3人で行こう、という話になった。

 そしてイジッテちゃんは左手を繋いでくる。

 いつからか、3人でいる時はこれが自然なスタイルになった。

 頭の上にサジャさん、左手にイジッテちゃん。冷静に考えると二人の幼女を引き連れている僕は傍からどう見えるのだろうという気もしなくはないが、いまさら考えても仕方ないし、これはこれで僕にとっては割と幸せなのでどう思われようと知ったことではない。と割り切ることにした。

 窓の外はまだ少しもやがかかってる早朝。

 けれど、外からはがやがやと人の声が聞こえてくる。

 今日はジュラルの建国記念日で、国を挙げての大祭り。

 国を取り戻してから初めての祭りということで国中が盛り上がっているし、国を取り戻した英雄たちの表彰式も行われる。

 主にテンジンザさんと左右の大剣の二人を目当てに国内外から大量のお客さんが駆け付ける予定なので、夜通しいろいろな準備が街の至る所で行われているのだ。

 そんなタイミングだからこそ、丁度良いよな。


 僕らが、人知れずこの街を去るのには。



 ――――だというのに、だ。

「なんで居るんですか……?」

 宿を裏口から出たところに、ミューさんとパイクさんとセッタくんが居た。

「ね?言ったとおりでしょ? 絶対こっそり出ていこうとするって」

「本当です!なんでわかったんですお姉さま!?」

「まあ、長い付き合いだし当然よね」

「……ここだろうと言ったのはワシだけどのぅ」

 ああ、セッタくんなら仕方ない。そういうとこ妙に鋭いし。

「まさか、止めに来たとか言わないですよね?」

 止められるとちょっと心が揺らぎそうなのでやめてほしい。

「言わないわよ」

 あっさり否定!

 それはそれで少し寂しい。

「ミューは止めたいです! まだ、まだ恩返ししきれてません……だから……」

 言いながらボロボロ泣き始めてしまったミューさん。

 ううっ、心が揺れる。

「一緒に行っては……ダメなんですか…?」

「いやその、ダメじゃないですけど……」

 パイクさんとセッタ君に視線を向ける。

「アタシたちは行かないわよ。正直二人ともまだ戦いに耐えられるほど回復してないからね」

「残念ながらのぅ……」

 そう、パイクさんとセッタくんはどちらもジュラル城奪還戦で受けたダメージがあまりにも大きく、普通に生活する分には問題ないが、武具として使えるまでに回復するにはまだ時間がかかるということだ。

「……すいません、僕らが無理をさせたから」

「……少年、あんた同じこと何回言わせるの?」

「じゃな。ワシらは武具ぞ?」

 確かに何度も言われた気がする。武具に気を遣うな、と。

 まあ、人としては気を遣えみたいな話もわりといわれた気もするけど。主にパイクさんやイジッテちゃんには。

「そうですね、でも、武具を犠牲にしなければ勝てないなんて、やっぱり僕らの未熟さが原因ですから。謝罪くらいはさせてください」

「そうか、じゃあまあそれは受け取っておくわ。気持ちだけね」

「ほっほっほ、さすが気持ちに余裕があると違うのぅ。大事な人が隣に居て、ジュラルからの褒賞で大金貰ったからのぅ。気持ちだけもらえれば充分よなぁ」

「あんたはまたそういう本当の事を……」

 二人のやりとりも、これでしばらく見られなくなるのかと思うと寂しい限りだ。

 ―――ふと、パイクさんがミューさんの方へと体と視線を向ける。

「ミュミュ、あなたが望むなら、少年に着いて行ってもいいのよ。この子は………まともではないけど、まあそこそこ良いやつだしね」

 微妙な評価ですね?

 いや、認められてる方か。

「ミューは……行きません」

 パイクさんの提案に一瞬言葉に詰まったミューさんだが、明確に否定した。

「コルスさんへの恩義はとても大きいですし、まだまだ返したい気持ちはあります。けど、お姉様はなんていうか……私にとって初めての……家族です。本物の、家族なんです」

 その頬を一筋の涙が流れ落ちる。

 父に蔑まれ、捨てられ、人体実験の被検体にされて、捨てられて……その結果の人と違う姿から街でも迫害されていたミューさんが、本当の意味で心を許せた最初の存在、それがきっとパイクさんなのだろう。

 勇者を目指すものとしては、僕がそれなってあげられなかったのは少し悔しくもあるけど、でも出会いを助ける事は確実に出来たと思う。

 きっと僕は、最初の依頼を達成できた。

 ミューさんを助けるという依頼。

 「助ける」の本質は、腕を治してあげる事じゃなかったんだと、今ならわかる。

 人生が救われ、報われることだったんだな。

 なんてことを、熱い抱擁を交わすミューさんとパイクさんを見ながら思った――――――……思ったの、だけれど。

「あのーー……じゃあ、僕らこの辺で」

 抱擁がだいぶ長かったので、もう無視していこうとする僕らだった。


「ちょっ、ちょっと待ちなさい!」

「なんですかもう……まだ何か―――」

 振り向くと、3人が深く、深く頭を下げていた。

「な、なんですか急に?」


「――――ありがとう」

「ありがとうなぁ、少年」

「ありがとう、ございますコルスさん……!」


 ふいにお礼を言われて、わかりやすく動揺する僕。

「ど、どうしたんですか急に」

「いいでしょ、これでお別れなんだから。モンスターたちの檻に閉じ込められてたアタシたちが、今ここでこうしていられるのは、間違いなくあんたのおかげなんだから」

「うむ、ワシらはちゃんと、感謝しておるのだよ。あまりそうは見えなかったかもしれんがな、ふぉっふぉっふぉっ」

「ミューは……本当に、ただただ、感謝を伝えたいのです」

 ……えーと……どうしよう。いや嬉しいんだけど、こういう時どうしていいかわからないな。

「馬鹿だなぁお前。こういう時はな……」

 おお、イジッテちゃん。何かいいアドバイスを。名言が出そうな予感がするぞ!

「勝ち誇れば良いんだよ。はっはっは!!そうだとも!私たちに深く感謝するがいい馬鹿どもめ!あ、ミュー子は別な、あんたは良い子だから」

 ……僕の予感のポンコツめ!!

 名言どこいった!!

「うるさいわね!アンタには言ったんじゃないわよ。黙っときなさいよイージス!」

「ああぁーん?決着つけたろか??ほれ、ほれほれ、攻撃して来いよ。伝説よりもっとバラバラにしてやろうかぁ??ああぁぁぁん??」

 ガラが悪い!!ガラが悪いよイジッテちゃん!!

 今なら絶対に勝てるとわかっていながらのその挑発!!

 怪我人にイキがってるみたいなダサさがあるよ!!

「きしゃしゃしゃ!!それでこそイジちゃんえ! 性格の悪さが最高え!」

 楽しそうですねサジャさん。

 イジッテちゃんとパイクさんはしばらく睨み合っていたが、それを見ていたみんなの顔はなんというか穏やかなもんだった。

 セッタくんはやれやれ、という顔をしているが止めようともしないし、ミューさんですらお馴染みのやりとりだわ、といわんばかりにニコニコしているし、僕も似たようなものだ。

 二人はその空気を感じ取ったのか、なんだか気恥ずかしくなった様子で、「ふんっ!」なんて言いながら顔をそむけた。

「とっとと行きなさいよ。もう会わなくて済むと思うとせいせいするわ。まあ、次に会った時は貫いてやるけど」

「ああ本当にな、これが最後の別れだな。次に会った時は返り討ちだけどな!」

 二人ともなんだかんだと次に会う事を楽しみにしている様子です。

 ツンデレというか、素直になれないというか。

 まあ、この二人らしいや。


『こちらは、ジュラル国営放送です。これから、ジュラル王の挨拶が始まります』


 突然聞こえて来たのは、特別な時だけに使われる魔法演説だ。

 国内ならどこにいても同じ音量で聞こえるという激レアな魔法で、使えるのは世界に10人程度しかいないという。

 その10人は特別な中立組織に加入していて、各国が国中に伝えたい大事な演説の時にだけ大金を積んで依頼するのだ。

「演説も始まったし、そろそろ本当に行きますよ」

 僕が促すと、イジッテちゃんもそれに倣う。

 サジャさんに関しては僕に肩車されているので、自然とついてくる。

 僕は改めてパイクさんたちに向き直り、感謝を告げる。

「こちらこそ、本当にありがとうございました。3人の誰が欠けていても、僕はきっとどこかで死んでいました」

 腰を曲げて深くお礼をしたい気持ちだけど、サジャさんが居るので首だけを下げて礼をする。

「それはミューも……ううん、ミューだけじゃなくて、みんな感じてたことです。だから―――みんな、仲間だったのです」

「―――……うん、そうですね。じゃあ、また会いましょう。僕の、仲間たち」

「……はい!!」

 仲間の絆、それをしっかり確認したことで、ミューさんも僕も、別れへの不安がだいぶ薄れたように思う。


 そして僕らは、笑顔で手を振りあい、お互い次の道へと歩き出した―――



 馬車で移動しながら、バカ王子……じゃない、ルヴァン王子、でもないか、ルヴァン王の演説を聞く。

 あからさまに緊張してるし、原稿丸読みって感じはするけど、大きな失敗も無く、伝えるべきところは伝えている。

「ちょっと心配でしたけど、なかなかのもんですね」

「ま、新人としてはな」

 ここでカリスマ性あふれる人の心を引きつける演説が出来たら最高だったけど、前よりはだいぶマシになったとはいえバカ王子として長年過ごしてきた土台はそうそう変えられるもんじゃない。

 とはいえ、大事なのは変わろうとする意志を見せる事と、それを見てる側に実感させることだ。

 そういう意味では、真剣にこの国の事を考えている、ということが伝わればひとまずは成功だろう。

『ここで!! わたしは宣言する!!』

 お、急に声色が変わったぞ?

『今回の戦争において被害にあった町や建物、あらゆる芸術品や自然物に至るまで、可能な限り再建することをここに誓う! その第一歩として、襲撃により大きな被害を受けたカリジの街の完全再現に明日から着手する! 取り戻そう、かつての街を、かつての暮らしを、そして皆の笑顔を!!』

 力強いその言葉に、今日一番の歓声が上がるのが聞こえる。

 おーおー盛り上がってる盛り上がってる。

 国民としては国が責任もって街や建物を直してくれるっていうんだから心強いよな。

 ……まあ、その裏には実はコマミさんの存在があるのだけど……。


 城を知り戻して数日後、王子は改めてコマミさんに結婚を申し込んだのだけど案の定断られて、「ならばせめて宿を立て直すお金を出させてくれ」と言ったのだけど、そこはコマミさんしっかりしてるというか、「婚姻を断っておきながら特別扱いでお金をいただくわけにはいきません」とそれも断られてしまったのだ。

 けど、そこで諦めるような王子ではなく、「だったらカリジの街を全部元に戻してやる!それなら特別扱いではないだろう!」と言い放ったのだ。

 コマミさんは困惑気味だったが、王子はどんどん話を進めて「戦災復興の旗印としての街の回復だ」と渋る貴族や会計担当たちから予算をもぎ取った。

 いやはや、どこまでも愛である。

 ただ、結果として街の人たちも喜ぶし、こうして国民の支持も得られるので、愛が良い方向に出たと思うことにしよう。

 これから二人の関係がどうなるのか――――それはわからないけど、お互いにとって良い形に落ち着いてほしいな、と思う。

 最終的にそれが恋愛じゃなかったとしてもね。



 大盛り上がりで王の演説が終わると、続いてテンジンザさんの演説が始まった。

 力強い声に、心に語り掛けるような言葉。

 さすが英雄は違うなぁ、なんて思っていると――――

『ではここで、もう一人の英雄を紹介しようと思う!』

 出た出た、出たよ。

「ね?やったでしょう?」

「ホントだな。あいつわかりやすいな」

「つまらん男だえ」

 僕らはそれを聞きながらほくそ笑む。

『そのもう一人の英雄とは――――む? どうしたオーサ、タニー』

 どうやらオーサさんとタニーさんが演説中のテンジンザさんに近づいて来たらしく小声になる。映像が目に浮かぶようだ。

『なんだそんなに慌てて……なに!?居ない!?ど、どこへ行ったのだ!?』

 慌ててる慌ててる!!

 ぷーーくすくすくすく!!

「だから言ったじゃないですか。あの人は絶対に演説の時に「もう一人の英雄だー」とか言って僕を壇上に上げようとするって」

 絶対そうなると思ってたから、この記念すべき日にこっそり出て来たのだよ!!

『ど、どうしましょうテンジンザ様……』

『バカ、声が大きい……!国中に聞こえるぞ!』

 オーサさんとタニーさんの声も聞こえてますよー、凄いなこの声を届ける魔法。

 観客があからさまにざわざわしてきた。

 面白いなー!!うしししし!!

「ホント性格悪いのぅ。そういうとこが好きやえ」

 あざまーすサジャさん。

『ぬ、ぬぬぬぬぬぬ……も、もう一人の英雄とは、国民の皆である!! そなたら一人一人の力が、想いが! われらを勝利に導いたのだ!!』

 なんとか無理やりそれっぽい方向に話を持っていくテンジンザさん。

 まだ聴衆はざわざわしているようだが、二つの大きな拍手の音が響くと、それが広がっていって、最終的には大きな拍手に包まれた。

 オーサさんとタニーさんの誘い拍手だ。ご苦労様です。

『それでは諸君……

 また会おう、に酷く感情がこもっていた。

 きっと僕らへのメッセージなんだろう。怒りの。

 すいませんねテンジンザさん。あなたにも感謝してますけど、ここで英雄になっちゃうのはやっぱり何か違うので。

 僕らはまた いち冒険者として旅を続けます。

 その道の先で、また会うこともあるでしょう。

 その時は―――――あんまり怒らないでくださいね??


「―――さて、じゃあどこに行きます?」

「まずは服だな。アンネの店に行ってもう一度服を作ってもらおう。金はたんまりあるからな」

 一応言っておくと、褒賞としてお金はしっかり貰った。

 上手くすれば1000日くらいは遊んで暮らせる大金だ。

 あのままジュラルに居れば金銭的な意味だけでなく、さらなる恩恵にあずかれるとは思うけど、さすがに自堕落になりそうなので、そこそこ遊んでそこそこ働く必要もあるこのくらいが丁度いい。

「なら、わっちも服欲しいえ。イジ子の服可愛いと思ってたんえ」

「なるほど……良いですね、アンネさんも喜びますよきっと。……あ、「可愛い!」とか言って抱き着いてきたりするかもしれませんけど、絶対食べたり殴ったりしないでくださいね」

「……厄介な店主やえ……」

 まあそれは否定しないけど、でもいい人ですよ?


 馬車に揺られつつ、ふと幌の隙間から空を見る。

 空が広いなぁ……僕らの人生の行く先も、おそらくずっとずっと広いのだろう。

 それでも僕らは、進んでいこう。


 大きな夢と、輝かしい未来、そしてみんなの笑顔のために―――



「―――よし、脱衣日和だ!!」

「待て待て待て!!なんでそうなる!?」

「必然ですけど!?」

「……お前にとってはそうだろうな!!」

「きしゃしゃしゃ!やれやれー!」

 怒るイジッテちゃんと、笑うサジャさんの喧騒が響く馬車の中に、僕の全力の声と爆発音が響き渡る。

 それはまるで、これからの僕らの未来を祝う祝砲のように―――


「いい感じにするんじゃねぇぇぇぇぇーーー!!!!」



「脱衣………ボンバーーーーーーーーー!!!!!」



                        おしまい。

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幼女を盾に勇者は進む。 猫寝 @byousin

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