第169話
「殺せないってどういうこと?」
僕らの当然の疑問に、サジャさんは何度も首を傾げたり上を見たりして答えに困る。……そんなに難しいことですか?
「うーーーーーん……どう説明したら良いのかえ……お前らにも理解できるように噛み砕いて言うと……こいつの魂がここにはない、みたいなことかえ」
「魂が?」
「そうえ、この体の核を壊せばおそらく数年……いや、数十年は復活出来ないと思うが、完全に息の音を止めることは無理え」
なんてこったい。
……っていうか……だ、
「そう考えると、あんたのさっきの「命乞いはしない」みたいな発言の意味がだいぶ変わってくるんだけど? そもそも死なないんだよね?」
「なんのことだ?」
「急にとぼけた!!」
なんだよこいつ……ちょっと素晴らしい強敵だった、みたいな気持ちで心に留めておこうと思ってたのに……まあ、どっちにしても記憶に強く残る相手であったことには変わりないけど。
「まあ、殺せないにしても数十年は復活できないんだろ?」
タニーさんの質問にサジャさんは頷く。
「魂が無事であっても、肉体の再構成には短くても10年。今回と同じくらいの強さを得るには、そこからさらに数十年かかる可能性が高いえ」
じっとダサマゾの表情を窺うが、とくに変わらない。……サジャさんの言葉が本当かどうか悟らせない気だな。
「どちらにしても、とりあえずその核とやらは壊しましょう。数十年……最低10年だとしても、その時間があれば次にまた襲来してくるにしてもちゃんと備えが出来るはずです。今回のことを教訓として、ジュラルはさらに強い国になるでしょう」
僕の言葉に、タニーさんもオーサさんも頷く。
「じゃあ……お二人で、トドメをどうぞ」
「「はっ??」」
僕が促すと、二人がシンクロして頭に「?」を浮かべた。
「なんでだよ!どう考えても少年がやるべきだろ!」
「オレもそう思うぞ。この戦いの一番の功労者はどう考えても少年だ」
「僕がですか?まさか。冷静に考えてみてくださいよ。僕は最後に一番おいしいところを持って行っただけで、ここに来るまでほとんど何もしてないですよ?」
そう、実際この最後の戦いまで来れたのは、みんなが道を開いてくれたからだ。
「………そう言われると……そうか」
すぐさま納得しかけるオーサさん。相変わらず真っ直ぐな人だ。
「いや、そうかもしれないが……それでも最後に決めたのは少年……いや、勇者コルスだし、君はこの国を救った勇者としての名声を得るべきだ。だから、君が勝負を決めるんだ」
「やですよそんなのー」
「どうしてだ??」
「だって、どう考えても過大評価ですもん。考えてもみてくださいよ。英雄テンジンザや、左右の大剣オーサ・タニーを差し置いて、勝負を決めた勇者!なんてのが突然出てきたらどうです? 凄い注目されるでしょう?」
「それはまあ、そうだろう。当然だ。それだけの働きをしたんだから」
「いやいや、違いますって。そんなことになったらきっと、「その勇者ってやつはとんでもなく強いに違いない」って思われるじゃないですか。でも実際どうですか? 僕は一人では弱いし、盾はイジッテちゃんですよ? 幼女を盾に敵と戦うんですよ? そんな人間が国を救った勇者で良いんですか?」
その言葉に、二人の動きがぴたりと止まる。
「「………そう言われるとなぁ……」」
見事なシンクロですね。
「でしょう? かと言って、僕はイジッテちゃん無しでは本当にまだまだお二人にも到底及ばないですし、もし仮にイジッテちゃんの事を公表するというのなら、それは絶対にやめてください。僕はもう、イジッテちゃんを衆目に晒したくはないので」
「しかし……」
「ああ、それでも、だ」
食い下がろうとする二人に、僕はビシっと言ってやる。
「なにより、二人が倒した方が絶対に良いんですよ、この国の復興ストーリーとしては。本当はテンジンザさんが倒すのが一番良いですけど、もう動けないみたいですし、かといって二人に……というか、オーサさんに「本当はテンジンザさんはとどめをさしてないけど、さしたことにしよう」って嘘をつけというのも酷な話じゃないですか」
「まあ、無理だな。こいつに嘘は」
「うむ、俺に嘘は無理だ!!」
誰もが認める事実!
「だから、テンジンザさんの直属の部下で国民の人気も高い二人が最後の敵を倒してこの国を取り戻した、ってストーリーが一番ふさわしいんです。どこの誰とも知らない駆け出しの冒険者なんかじゃなくてね」
それになにより、最後の一撃だって二人が居てこそ僕はダサマゾのところまで辿り着いた。3人で決めた一撃だと僕は思う。
「……言いたいことはわかるが、でもなぁ……」
まだ納得できないらしいオーサさん。
しかし―――
「……わかった。その提案を受けよう」
タニーさんは乗っかってくれた。
「おい!いいのかそれで!?」
「落ち着けオーサ。俺だって気に入らないさ。こんな手柄を譲ってもらうみたいなマネはさ。屈辱ですらある。けど――――そうするのが一番良いのはわかるし、なにより、それが少年の望みなんだろう?」
タニーさんの言葉に、僕は深く頷く。
「そもそも僕は報酬さえ貰えたらそれで良いんです。勇者だなんだと崇められるのは、もっと実力が追い付いてからでいい。と、今は思います。身の丈に合わない評価を受ければ、のちにボロが出るに決まってますよ。そうなったら、この国を救ったストーリー自体にみんなが疑いを抱くようになる。それは誰も幸せにならないでしょう?」
そう、国を救った勇者が弱かったとなれば、そんな奴でも倒せる相手に国を取られたジュラルってなんなんだよ、という国民の不信を抱きかねない。
勝負を決めるのは、それにふさわしい人間でなければならないのだ。
「―――わかった、そうしよう。だが、報酬はちゃんと受け取ってくれよ?」
「そりゃもちろんですよ。だって僕はまだ勇者じゃないんですから。利益も無しに人のために働いたりしませんよ」
ジュラル取り戻したらまた駆け出し冒険者に逆戻りですしね。
日銭を稼ぐ日々には戻りたいくないよー、お金の心配しないで色んな依頼こなして成長したいよー。良い宿にも泊まりたいよー。
「欲望だだ洩れだなお前は……」
「イジッテちゃん、お金は無いよりある方が良い、そう思わないかい?」
「思う」
でしょうとも。
「……そろそろ話はまとまったか? 誰が自分を殺すのか、という話を聞いているのはなかなかに斬新な時間ではあるがな」
「それはごめん」
ダサマゾに促されて、僕らは顔を見合わせて頷く。
ほかにちょうど良い剣が無いので、タニーさんの二刀流の剣の一つを、左右の大剣が二人で持つ。
「サジャさん、ナビを」
「あいあーい」
サジャさんが何やらダサマゾをじっと見て、喉の下、胸の真ん中あたりを指さす。
「この場所え。ここに核があるから、貫けば肉体は死ぬえ」
オーサさんとタニーさんが、その位置に剣先を当てる。
決着の時が、近づいていた。
「……何か、言い残すことはあるか?」
オーサさんらしい言葉だ。敵であっても敬意は払いたいのだろう。
「無い、やるならやれ。―――十数年など、魔族の命の中ではとっては一瞬だ。……また会うこともあろう」
「……出来れば、二度と会いたくねぇなぁ」
「ま、次があったらオレたちが楽勝で勝つけどな」
オーサさんとタニーさんは苦笑いしつつも、二人の手に力が入るのが見えた。
二人は、大きく息を吸って、声をそろえた。
「「じゃあな、クソやろう」」
パキ……ッ!
硬い木の実が割れるような、存外あっさりした音が響くと、ダサマゾの体が砂のようにさらりと崩れた。
残ったのは、剣で貫かれた、おそらく核であったと思われる黒い宝石のような石だけだ。
「――――――これで、終わったのかぁ……」
長かったような、短かったような。
長い距離を歩いて息が弾んでいるような、短距離を走って息が切れているような、不思議な気持ちだ。
お前の事、忘れないでいてやるよ。
ダサマゾ……いや、エストロス……ん? エストレン……あれ? エストレス……いや違うな、エストランだっけ……?
……忘れないでいてやるよ、エストなんとか……!
「もう忘れてんじゃねぇか!!」
イジッテちゃんの渾身のツッコミが、ジュラルの王の間に響いた。
―――こうして、僕らのジュラル奪還作戦は大成功で幕を閉じたのだった。
さて、そこからの事を語ろう。
城を取り戻した僕らが高らかに勝利宣言をすると、集められていたモンスターは散り散りに去っていった。
もともとモンスターは自由を愛するというか、自分勝手な生き物なのだ。
それが魔族の力によって人間の軍隊に組み込まれていたのだから、魔族の力が及ばなくなった今、人間に従うわけがない。
中には、自分たちに命令していた人間に反旗を翻し襲い掛かるモンスターもいた。
そうなると、ガイザ軍も簡単に総崩れとなり、僕らの軍がガイザ兵たちを制圧するのにそれほど時間はかからなかった。
城を取り戻し、都市を取り戻してからは本当に早かった。
魔族の後ろ盾を失ったガイザの残兵は国へと逃げ帰る者もいれば、いくつかの町に立てこもるものも居たが、すべてジュラル軍が排除し、城を取り戻してからわずか15日後には、完全に国を取り戻したという奪還宣言が出て、その5日後には王子が正式にジュラル王として認められる戴冠式が行われた。
ちなみに、ダサマゾとの戦いの後で、テンジンザさん、ミューさん、ミルボさんは病院に担ぎ込まれたが、全員命に別状はなく、テンジンザさんに至っては3日で退院した。ほんとあの人は人間離れしている。
ミューさんは幸いにも魔力回路に影響はなく、単純な骨折だけで済んだようだし、ミルボさんもしばらく意識が無かったが、5日で目を覚まし、さらにその5日後にはガイザの残兵狩りに出かけて行った。元気だ。
パイクさんは、セッタ君と一緒にカモリナ工房へ。
二人とも、3日でほぼ元通りになって戻ってきた。カモリナさんたちの技術力も凄いが、改めてなんていうか卑怯というかズルい存在だ。不死身じゃん。
まあ、そのおかげで助かってるんだけど。
ルジーはすっかりテンジンザさんに気に入られて、今後はジュラルお抱えの情報屋として仕事をすることになったとかで、だいぶ浮かれている。まあ、幸せそうだからいいか。
ミナナさんは、約束通り解放軍が戦災復興部隊として働けるように、日々根回しや事務作業やらに駆け回っていて忙しそうだけど、充実した顔をしていた。
そうして、城を取り戻してからの日々はあまりにも早く過ぎていき――――30日後……僕らの新たな旅立ちの日が訪れた―――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます