第168話

 ダサマゾの間合いに入った!!

 迫りくる拳!

「イジッテちゃん任せた!」

「任された!!」

 ダサマゾの拳を正面から受けとめるイジッテちゃん!

「また立ち塞がるのか……このエストレスの前に!」

「お前の事なんか知らねぇし、今度もすぐ忘れる。その程度だよお前は…!」

「……ふざけるな!!」

 拳にまとわせた魔素の衝撃が来るっ!!

 普通にくらえば、イジッテちゃんは堪えられても僕が衝撃で吹き飛んでただろうけど……さっきのテンジンザさんの言葉を思い出す。

 力の流れを読め……!

 相手の攻撃を……受け流す!!

 イジッテちゃんにの角度をわずかにずらすと、衝撃が斜めに逃げていく感覚がある。これ、これだよ!!あの時、サジャさんと戦った時にテンジンザさんが背中越しに伝えてくれた感覚!!ハッキリ思い出した!!

 全ての経験が血となり肉となり力になる!

「なんだ……と…!」

 体勢を崩したダサマゾ!!

 ここだ!!ここが最後のチャンス!!

 ここで決めずにどうするよ僕!どうするよ勇者コルス!!!

「どらぁ!!」

 渾身の力を込めて、籠魔剣を振り下ろす!!


 ダサマゾの体を肩口から縦に切り裂……――――けない…!


 刃が皮膚の直前で止まっている……!

「くっ!」

「――――残念だったなぁ?勇者よ……」

 目を向けると、肩の辺りに小さい、しかし見ただけで感じられるほど濃い魔素の塊が手の形となり、僕の剣を掴んで止めていた……!!

「せっかく掴んだチャンスだったのになぁ? これでもう攻撃は封じたぞ。あの槍―――矛だったか、それも我が手にある」

 黒い竜を貫いた後に勢いを失ったパイクさんは少し離れた位置に突き刺さっていたが、そこにも細く黒い手が伸びていた。

「―――まだ残していたのか、魔素を……!」

「当然だ。確かにあの巨大な竜は我が魔素の大半をつぎ込んだが、いざという時のために僅かながら残してあったのよ。……見ろ、満身創痍のお前の仲間たちを!」

 ダサマゾは僕の背後を指さす。

 振り向かなくてもわかる。

 あの竜を突破するために、みんなが全力を出し切った。

 もう戦う術は、力は、残って無いだろう。

「最後に残ったキサマの剣も、もう離すつもりはないぞ」

 小さな魔素が広がり、少しずつ剣を包み込んでいく。

 これでもう、この籠魔剣でダサマゾを斬る事は出来ないだろう。

 それどころか、動かすことすら出来やしない。

「よくやったぞ、勇者御一行。このエストレスをここまで追い詰めたこと、誇りに思うがいい。そして―――その誇りを胸に死んで行け」


「――――そうだな、それも悪くない…かもしれないな」

 僕は、呟くように小声でそう言葉を漏らした。

「ほう? 潔いな。命乞いの一つでもするかと思ったが」

「すれば助けてくれるのかい?」

「そうだな、やり方によっては命だけは助けてやらんでもないぞ? 考えうる限り最高に無様に謝罪をし、永遠に仕えることを願うならな」


「そうか、じゃあ――――」


 僕は、今この場にふさわしい言葉を、囁いた。


「そのダセェ言葉が遺言で良いよな? マゾ野郎」


「なんだと!?キサマどういう―――なんだ!?」

 ダサマゾが戸惑いの声を上げる。

 籠魔剣が強く震え始めたからだ。

「何をした!?」

「何を……って? 『最初からしようと思ってたこと』だよ」

「だから、それは何だと聴いている!!」


「だから―――お前をぶっ殺すことだよ……!!!出ろ!!最大爆発魔法!!!」


 叫びと共に、籠魔剣に籠めてあった魔法を放出する!

「なん……だ、これは!なんだこの異様な圧力は!!」

「これはな、爆発魔法だよ。禁忌の、な」

 それを聞いた途端、ダサマゾの顔色が変わる。

「バカな!!爆発魔法など、すでにこの世には存在していない!!」

「それがしてるんだよなぁ不思議なことに!!」

 さっき、イジッテちゃんの盾に守られながら、作り上げたのだ。

 ミューさんの風魔法と、僕の最大限の炎魔法を融合して作り上げる、あの湖の大半を蒸発させた、禁忌の爆発魔法を…!!

 それを、籠魔剣に籠めて、ダサマゾに掴まれた状態で、前に放出した!

 弱い爆発魔法や風魔法を後ろに出して剣のスピードを上げるのは見せて来たが、この籠魔剣がどの方向にでも魔法を出せるのは知らなかっただろう!!

 近距離で掴まれた状態で前に出せば、それはすなわち直撃なんだよ!!

「くっ……抑え……こんな魔法、抑えてみせる…!!」

 ダサマゾは剣を包み込んだ魔素に力を集中して、魔素の中で魔法を収めようと必死になるが――――出来るはずがない。

 天高く雲を突くほどに炎の柱が上がる爆発魔法の質量、抑えられるわけがない!!

 黒い魔素がどんどん赤く染まり、大きく膨らみ、そして……弾けた!!

 その瞬間、大量の炎と風が剣から噴き出し、ダサマゾの全身を包み込んだ!!


「うがぁぁあああああああぁぁぁああああああ!!!!」


「焼き尽くせぇぇぇぇえぇぇぇええええ!!!!」

 爆発魔法の勢いに、僕も吹き飛ばされそうになる。

 僕は慌てて片手をイジッテちゃんの背中から外し、イジッテちゃんを後ろから包み込むように両手を前に出し、籠魔剣を握る。

「ぐっ…!!」

 こっちにも熱が来る…!!

 掴んでいる手が焼けそうだ……!!

 すると―――イジッテちゃんの両手が、僕の両手を包み込む。

「―――決着の瞬間くらい、二人でやっても良いだろう?」

 そう笑うイジッテちゃんの両手は盾ゆえの硬い冷たさと、優しい温かさに溢れていた。

 イジッテちゃんが包んでくれたことで、外側からの熱がだいぶ防がれた。

 これなら――――


「決めよう!二人で!」

「おう!二人でな!!」


 ダサマゾが僕らの腕を掴んで突き放そうとするが、意地でも押し返されてたまるか……!!

「「うおおおおおおおおおおおおおおお……!!!」

「ぐううううう、ぐ、ぐ……ぐわぁぁぁぁ!!!」

 肩口を直撃している爆発魔法によって、ダサマゾの片腕が熱で焼き切れた。

 片手だけで押し返せるはずもなく、僕らはさらに深く、刃を肩から深く切り込み、ダサマゾの体内に魔法を放出する!

「ごあああああ!!!!!!」

 ダサマゾの全身を包んだ炎は、そのまま炎の柱となり天井まで到達し、天井を突き抜ける。

 天井の先も謎の紫色の空間が広がっていたが、その空間すら突き破り始めると、部屋全体に、いや、この空間全体に亀裂が走り始めた。

 壊れようとしているんだ。この迷路空間が。

 ダサマゾの命と共に、ダサマゾによって作られたこの空間さえも灰燼に化す…!

「くそっ、くそっ……! こんな、こんなやつに……こんなところで…!」

「―――確かに僕は弱い。それは間違いないさ……けど――「僕たち」は、お前より強い。それが真実だ…!!」


「くそがぁぁぁあぁああああぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 ダサマゾの断末魔と同時に、空間と、そして籠魔剣が砕けて、辺りは白い光に包まれた―――――



「―――――はっ、ここは!?」

 ふと目が覚めると、空が見えた。

 ――――どっかの草原辺りで寝ちゃって、今までの全部夢だったりしたら―――笑うな。

「笑うなバカ。早く起きろ」

「いてっ」

 聞き覚えの有り過ぎるイジッテちゃんの声と、ガイン、とこれまた耳馴染みの殴られ音。

 立ち上がり周囲を見回すと……さっきと同じ場所、ジュラル城の王の間だ。

 ただ違うのは、天井に大きな穴が開いて、そこから空が見えている。

 蒼天に太陽、漂う白い雲……見事に晴れた綺麗な空が。

「あの……これ、本物のジュラル城ですよね?」

「たぶんそうだな」

 イジッテちゃんと二人で空を見上げる。

「……弁償しろって言われたら逃げましょうね」

「ああ、全力で逃げよう」

 さすが気が合いますね。


「金の心配とは……つまらんやつらだ」


 下から弱弱しい声が聞こえる。

「まだ生きてたのか、さすがにしぶといな」

「当然だ」

 そこには、顔と上半身の右半分しか残っていないダサマゾの姿があった。

「―――……まだ、戦うか?」

「……ふっ、残念だが手足を失い、それを補う魔素も無い。手も足も出ない、とはこういう状況のことを言うのだな」

 ちょっと洒落たことを仰る。

「おーい、大丈夫か!?」

 後ろからオーサさんの声。

 視線を向けると……ああ良かった、みんな無事だ。

 ミューさんとミルボさんは意識を失ってるっぽいけど生きてるし、テンジンザさんはあおむけに倒れつつも親指を立てて称えてくれている。サジャさんはシンプルに寝てる。お疲れさまです。

 パイクさんは……ちょっと焦げてひび割れてるけど、セッタくんがバラバラになっても生きてたことを考えれば、原形を留めているんだから当然無事だろう。たぶん。

「無事よ」

 本人からお言葉頂きました。報告助かります。

 あの爆発魔法は、威力は高いが横への広がりはそんなに無いから大丈夫だろうとは思っていたけど、万が一ってことも無くはないと思っていたので良かった。

 いやまあ、オーサさんはちょっとだけ煤汚れているけど。ある程度の熱風は届いていたけど、体を張ってみんなを守ってくれていたのだろう。

 さすがです。助かりました。

「……万が一もありえたのか…」

 タニーさんが足を引きずりながらもツッコミを入れて来た。……タニーさんはさらに距離が近かったけど位置的に僕の真後ろだったし、義足が壊れて床に倒れていたからそれほど被害はない。ご無事でなによりです。

「まあ、万が一はあり得ましたけど……あのままだったらどうせ全滅してましたし、だったらまあ相打ち覚悟でもやった方が良いでしょ?」

 とりあえずダサマゾを倒せば国は取り返せるのだし、相打ちの場合でもまあ王子とミナナさんが居ればそれなりに国は回るだろうという希望もあったし。

 とはいえ、全員無事ならそれが最高。

 つまりこれは最高の結果だ。

「ま、それは確かにそうだな……で、だ」

 僕とオーサさんタニーさんでダサマゾを取り囲む。

 イジッテちゃんは疲れたと言って座り込んでるが、僕の足元に居るのでいざという時は守ってくれそうだ。頼もしい。

 というか、服がだいぶ焼け焦げている……アンネさんのとこで注文した丈夫な高級服じゃなかったら裸になってたと思うのでそう言う意味では良かったけど、さすがにもうボロボロで着れそうにない。

 ジュラルからお礼のお金貰ったら真っ先に服買いに行こうね。

 けど、それよりも今は……

「さて、こいつどうする?」

 オーサさんが口火を切る。

 もうまともに動けなくなったダサマゾ。こうなると哀れだ。とはいえ……

「まあ、見逃す……って選択肢は無いでしょうね」

 生かしておけば、確実に後々の危機を招く。

「当然だな。魔族に改心など期待するのは愚かの極みだ」

「……命乞いとかしねぇのな」

 タニーさんが剣を近づけても、ダサマゾは身じろぎもしない。

「命乞い程、悪としての格を下げる行為もあるまい?」

「悪役としての矜持、ってやつかい?」

「それが無くして魔族であるものか。正義と最も遠い位置に居る事こそが我が誇りだ」

 理解出来ないね。……けどまあ、何の誇りも持たないヤツよりはよほどマシだとも思う。

「……そうか、わかった。……で、アンタはどうやったら死ぬんだい?」

「それを教える義理があるか?」

 そりゃそうだ。

「サジャさーん!サジャさん起きてくださーい!」

 僕はサジャさんを呼ぶが、完全に寝ている。

「まだいくらでも食べられるよ~……むにゃむにゃ」

 なんちゅう寝言ですか。相場は「もう食べられないよ~」でしょうに。

「ケーキの用意が出来ましたよー」

「なんじゃと!?」

「おはようございます」

「……騙したえ!!」

 単純で可愛いなぁ。

「すいません、でも後でちゃんとケーキあげますから、今はちょっとお願いします。この人の殺し方、わかります?」

「ああ~…?」

 あくびしながらも近づいてきてくれるサジャさん。

「ふむ、これはまた、散々な姿になったもんだえ。くきゃきゃ!」

「――――お主は魔族なのに、なぜ人間の味方を?正義にでも目覚めたか?」

「あー??そんなわけないえ。正義も悪も、そんな誰かの決めた価値観に興味はないし知ったこっちゃないえ。ただ――そうしたい、と思ったからえ」

 僕の方を見てニヤッと笑うサジャさん。

 そう思った貰えて良かったです。

「そうか……ふんっ、それもまた魔族らしいというものだ」

「うるさいえ。お前にどう思われようと、それこそ知ったこっちゃないえ。……というかお前……そうか、なるほどなぁ」

 会話をしながら何かに気付いたのか、何度も頷くサジャさん。

「どうしたんですか?」


 サジャさんは、面倒くさそうに息を吐いて、呟いた。


「こいつ、殺せないえ」

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