第167話
「ぬううううん!!」
ダサマゾが唸り声をあげると、全身から出ている大量の手が一つの大きな手になったかと思うと、その指の一本一本が巨大な竜へと姿を変える。
「うわキモっ」
正直な感想が思わず口に出た。
しかしそんな声は届かず、その5匹の竜が絡み合い、一匹の巨大な竜へと姿を変えた。
「それは格好良い」
正直な感想が思わず口に出た。
「いちいち言わなくていいわ」
そうは言うけどイジッテちゃん、どう考えてもなんかヤバそうなんだから声を出すことで気を紛らわさせてよ。
「貴様らとの戦いももう飽いた。体内に蓄えていたの魔素を排出するのは避けたかったが……これでもう終わらせる」
なるほど、あの大量の魔素はそう言うことだったのか。
つまり、これさえ凌げればチャンスはあるとも言えるのでは……?
いやまあ、そうされないだけの自信があるからこそ、なのだろうけど。
「はあああああ!!!!」
巨大な竜が唸りをあげると、一気に魔素が凝縮された気配がする。
ダサマゾの体内に蓄えられた大量の魔素と、大気中に存在する魔素、全てがあの竜に注ぎ込まれている。
あれ、完成したら絶対ヤバいな……。
「オーサさん!!あの竜が完全に出来あがる前に、もう一度攻撃を!」
「……お、おう!そうか、そうだな!」
ダサマゾの殺意に気圧されていたオーサさんは僕の声で我に返り、再び矛を構えてその足を踏み出そうとしたその時――――
「もう遅い」
ダサマゾの元から、龍が解き放たれ、空を舞った――――。
…………!!!!
これは……やばい……!
全ての経験が、本能が、思考が、あの攻撃はヤバいと警告を鳴らす。
「オーサさん、後ろに!!」
慌ててオーサさんの服を掴み、引っ張って僕の背後に移動させる。
「二人で他の皆を僕の後ろに!!急いで!!!」
近くに集められていた、倒れている皆を僕の後ろに移動させるように、オーサさんとタニーさんに指示する
二人はおそらく僕のこの危機感を完全には理解してないだろうけど、僕の剣幕に慌ててみんなを移動させる。
「――――アレは、マズイえ」
サジャさんが僕の背中におんぶのような形で乗っかり、耳元でささやく。
「……いいんですか、いつもの肩車じゃなくて」
「冗談言うなえ。イジ子の背後に入らなければ、わっちとは言え一瞬で……永い時間この世界から姿を消すことになるであろうな……」
魔族のサジャさんでさえ恐れる攻撃が……来る…!!
「さよならだ、勇者たち。人間にしてはよくやったと、自分を褒めたたえながら死ぬことを許そう――――」
ダサマゾがこちらに手のひらを向けると、巨大な竜が迫ってきた!
「イジッテちゃん!!」
「コルス!!全力で踏みとどまれ!!」
足を前後に大きく広げ、イジッテちゃんの背中に肩をつけて衝撃に備える!!
一瞬後ろを見る。よし、みんなちゃんと背後に居る。
あとは僕が耐えるだけだ!!
衝撃が――――――来たっ!!!!
「んぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎっっっっ!!!!」
前に倒れ込むように、全力で前傾姿勢を取らないと、一瞬で吹き飛ばされる……!
それでも、少しずつ、少しずつ足が後ろに下がっていく……!!
「ぐうっっ…!!」
一瞬目に入った左右の床は抉れて空間は歪んでいる。
後ろの壁も天井も跡形もなく吹っ飛び、空でも見えるのかと思いきや、変な紫色の空間が広がっている。ああそうですね迷路になってましたね!!
外とは隔離されてるってわけだ!!
それが解ったところでどうでもいい。
とにかく今は、これを耐えるしかない。耐えられなくなったその時は、全員が死ぬ!
「イジッテちゃん、平気…!?」
「私の事を気にしてる暇があったらとにかく耐えろ…!」
これだけの衝撃と圧だ、イジッテちゃんだって平気な訳はない。
思い出す、初めて一緒にモンスター退治に行った時のことを。
あの時はモンスターの攻撃でも痛い痛いと叫んでいたイジッテちゃんだ。こんな攻撃が痛くない訳がない。
それでも、そんな泣き言は言わない。
今それを言えば、僕が気を使ってしまうとわかっているから。
その一瞬の気のゆるみが、イジッテちゃんを気の毒に思ってしまう罪悪感が、全員の死につながる可能性があるとわかっているから。
だから、ただただ痛みを堪え、背中で語るのだ。
「生きろ」と……そして、「守るぞ」と。
―――……応えるしかないじゃんかよ、そんなの!!!
全力でダサマゾの攻撃に耐えつつ、目の前のイジッテちゃんの背中に額をつける。
伝われ、僕の想いも、僕の感謝も、少しでもイジッテちゃんの力となれ…!
「ぐぎぎぎぎ……!」
何とか耐えることは出来ているが、攻撃が止む気配がない。
くっそ、せめて攻撃を逸らしたり出来れば良いんだけど、巧みに微妙に位置を変えて来るのでそれもかなわない。
こんな全力で踏ん張り続けて、どのくらいの時間耐えられるだろうか。
僕の体力が尽きる前に、この攻撃が止まるのか……?
いや、相手の攻撃が止まる事に期待していてはダメだ。
なんとかするんだ、体力が残っているうちに、なんとか……!!
けど、何が出来る!?
僕一人だったら、防御だけじゃなくて移動して躱しながら少しづつダサマゾに近づいて倒す、という案もあるだろうけど(実現可能かどうかはともかく)、僕が避けたらその時点で後ろに居る皆が死ぬ。
それで勝ったとしても、そんなものは勝利じゃないんだ。
けど……皆を守りながら、それでいてこの攻撃をしのいでダサマゾを倒す……そんなこと、可能なのか!?
どうしたら、どうしたら……!!
全身に力を込めつつ、思考を巡らせていると、一瞬足がふらついた。
あっぶね……! なんとか踏み止まったけど、確実に体力と集中力が切れてきている。
浮かべ、ちくしょう!起死回生の案が……浮かべよ……!
こんな時に何のアイディアも出ないなら、僕のやってきたことは何だったんだよ……!!
「少年、落ち着け!」
「手伝うよ、支えることくらい、させてくれ」
後ろから、温かくも力強い手と声。
「オーサさん……タニーさん……!」
二人が僕の体を支えてくれる。
体力的にはもちろんだけど、精神的にも軽くなった気がした。
「―――……少年、儂の言ったことを忘れたか? 力の流れを読むのだ…」
――テンジンザさん!?
視線を後ろに向けると、顔面蒼白で今にも倒れそうなテンジンザさんが膝を立て、オーサさんとタニーさんの背中に手を置いていた。
「「テンジンザ様!」」
二人の声も揃う。
「構うな、前を向け。今おぬしたち二人が何より守るべきは、少年とイージスだ。優先順位を間違えるな…!!」
「「―――はい!!!」」
おそらく、今のテンジンザさんにほとんど力はない。
けれど、その両手が背中に置かれていることによって、オーサさんとタニーさんの力が何倍にも増したような、そんな感覚さえある。
「微力ながら、お手伝いさせてくださいです……!」
「ダーリンに守られてばっかりいられないよね…!」
ミューさん、ミルボさんも……!!
みんな満身創痍のハズなのに、僕を支えようとしてくれている。
一人じゃないんだ。
僕とイジッテちゃんの二人でもない。
ここに居る全員で、そして僕らをここに辿り着かせてくれた全ての人の想いを、力に変えろ!!
絶対に、絶対に勝つんだ!!絶対に!!!!
――――――その瞬間、僕の頭に一つの可能性が浮かんだ。
そうか、これならもしかして……いやでも、あまりにも……ええい、考えていても仕方ない!!これしかないなら、やるしかない!!
「みなさん――――ちょっと、賭けに出てみませんか?」
「――――じゃあ、お願いします!!!」
作戦を伝え終わり、まず初手!
「おう!俺に任せろ!!」
今回ばかりは本当に任せましたよオーサさん!!
「では、行きますパイク殿」
オーサさんの手には、鉾のパイクさんが握られている。
「ああ、全力でやれ。武具に気を遣うような馬鹿な真似するなよ」
「当然です。それはあなたの誇りを傷つけることだ」
「―――……ふふっ、わかってるじゃないのさ。なら……思いっきりやんな!!」
「はい!愛を込めて!」
「いや、愛は要らないけど」
最後の言葉は聞かなかったことにして、オーサさんは頭を低くしながらも立ち上がると、少しだけ後ろに下がり、大きく息を吸って助走をつける
「すぅーーーー……届け!!二人の愛のパワー!!」
「愛じゃないけどな!!」
そして、全力でパイクさんを前方に向けて投げる!!
高速の弓矢のように僕とイジッテちゃんの耳元を通過していくパイクさん!
怖っっ!! ナイスコントロール!!
風魔法でコーティングされたパイクさんは風を切り裂き、僕らに襲い掛かってくる巨大な龍に正面からぶつかる!!
二つは空中でぶつかり合うが、ダサマゾが操っている竜に対して投げたパイクさんの勢いは当然弱まっていく。
「くっ!」
それを何とか、風魔法でコントロールして後押し!
オーサさんの投げた勢いを殺さないように、空気抵抗と回転を調整!!
よし、少しずつ押し返してる!
―――けど、やはり投げた勢いが徐々に衰えることはどうしても止められない。
ダメか……?
いや、諦めない!まだ、まだだ……!!
「―――お姉さま……頑張ってくださいです!!」
背後から、ミューさんの声と同時に放たれる風魔法!!
どこにこれだけの力が残っていたのかと思うくらいの魔力だ……!
「ミュミュ!!」
「お姉さま、行ってください!!ミューの今残ってる力、全部!お姉さまに!!!」
勢いを取り戻したパイクさんはさらに竜を押し返す!!
「ミュー殿、これを!!」
弱っているミューさんに魔力飴を差し出すオーサさん。
しかし、片手は魔法、片手は折れているミューさんはそれを受け取ることが出来ず、仕方なく口をあーんと開ける。
「えっ?あっ、その……し、失礼します!!!」
突然の提案に赤面しつつ、その口の中にやさしく魔力飴を差し入れるオーサさん。
すると、パイクさんの勢いはさらに増した!!
それは、追加で魔力が供給されたのに加えて―――
「あんた!!!なにミュミュにあーんとかやってんの!!?!?!?あとで絶対に去勢させるから!!!」
パイクさんの怒りも加わった様子です。
それにしても絶対去勢は怖すぎません?
ともかく、そんなあらゆる要素と想いと力が加わってパイクさんは竜を正面から少しずつ削っていく。
ガリガリガリガリとまるで鉄を削るような音。
それが竜を削っている音なのかパイクさんが削れている音なのか、僕には判断できない。
けれど、パイクさんがこんなところで折れるものか……なにせ、伝説の矛なんだから!!
「行け!!頼む!!――貫けぇ!!」
「あああああああ!!!」
僕の叫びとパイクさんの叫びが混じりあったその瞬間だった。
バリィィィィィィン……と、硬い鉱物が割れるような轟音が部屋全体に響きわたり―――――……
―――――パイクさんが、竜を貫いた……!!!
目の前に、道が出来た!!
それは賢者が海を割った伝説かのように、竜の真ん中に道が!!
「よっしゃあ!!!タニーさん!!」
「まかせろ!!」
あらかじめ魔力飴を食べていたタニーさんが、義足に力を集中する。
そして、両手に剣を持ったまま、イジッテちゃんごと僕を持ち上げて、前で両手をクロスさせるように固定する。
「頼みます!!」
「行くぜ!!持ってくれよ俺の足!!」
強烈に地面を叩くような音がすると、一瞬で加速する。
わずかに開いた、オーサさんとパイクさん、そしてミューさんが明けたこの道を、高速で走り抜ける!!
さっきの偽テンジンザとの戦いであのタニーさんを見ていたからこそ思いつけた作戦だ。
タニーさんだけじゃない、オーサさんもパイクさんもセッタくんも、ミルボさんもミューさんもテンジンザさんもサジャさんも、みんなが居たからここまで辿り着いた。
誰か一人欠けても、ここまで来られなかった。
この場には居ない多くの人の想いも背負い、ようやくたどり着いたこの最後のチャンス!!
決める……!!
ここで決めないで、何が勇者だよ!!!
あと少しでダサマゾのところへ辿り着く、そう思った時……急激にスピードが落ちて来た!
「タニーさん!?」
「すまん!足がもう限界だ!素人修理じゃあここまでしか耐えられん!」
なんてこったい!!……と言いたいところだけど、それも計算のうち!!
「じゃあタニーさん、すいませんけど!」
「わぁってるよ!!あーやだわー!!でも来い!!」
あらかじめ作ってあった爆発魔法の結晶を、どさっとタニーさんの両手へと渡す。
タニーさんはそれを両手で皿を作るように受け取ると、腰の辺りに構える!!
「行きます!!」
「やったらぁ!!」
僕はその両手で作った皿のような手の上に足を乗せて、体を前方に傾けて、ジャンプ!
「行ってこい!!」
その瞬間、タニーさんが両手を前に突き出すと―――手の中の爆発魔法の結晶が、手の上に乗せた僕の足の裏にぶつかって激しく爆発する!!
爆発の勢いで、一気に大砲の玉のように発射される僕の体!!
「いってぇぇえ!!!あっつっつつつっ!!」
ごめんタニーさん!!!
結構威力強いヤツだから痛いだろうけど、重めの火傷程度だと思うから我慢して!!
タニー砲台から発射された僕と言う弾丸は、竜を通過してダサマゾの眼前まで辿り着いた!!
「バカな!!そんなことがあるものか!!」
「あるんだよバーカ!!さあ、決めようぜ!!決着の時だ!!!!」
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