第160話
「危な―――」
「いただきますえ」
バグンッ!と音を立てて、オーサさんとタニーさんを襲った黒い塊は……大きく口を開けたサジャさんの髪に飲み込まれた。
口を閉じると、中で暴れているのか髪が撥ねるが、バリバリと噛み砕く音がしばらく響いたかと思うと、ゴクリと飲みこむ音に変わり、そして何の音もしなくなった。
「ふう、ごちそうさまでしたえ」
お腹を撫でて満腹のジェスチャーをするサジャさん。
……髪が食べたものはお腹に入るんですか?
「……おいおいおいおい!!」
しばらく目の前で起きた出来事に呆然としていたオーサさんが我を取り戻してサジャさんに詰めよる。
「そんなことが出来るんなら最初からやってくれよ!!俺たちがどれだけ苦労したか……!!」
まあ確かにそうだ。
こんな一瞬で勝負がつくなら、出会い頭に食べて欲しかったくらいだ。
「無茶言うなえ。最初の質量ではとても食べきれずにパンクしてたえ。お前たちが削りに削ったから、ようやく中心の一番美味いとこだけ食べられたえ。皮むきご苦労様え」
「うーわムカつくー。オレらのやったこと、ただの下ごしらえか?」
タニーさんはそう言いつつもどこか楽しそうに笑っている。
「なかなか良いシェフであったえ?」
「うっせぇよ」
ふむ……少し前に足を斬った側と斬られた側のやり取りとは思えないな。
まあ、さっきもサジャさんの助言で命助けられてるし、タニーさんの中に何かしらの心境の変化があったとしても不思議ではない。サジャさん側はもう勝手に過去のことにしてるし。
オーサさんは逆に真っすぐすぎてその辺融通が利かないタイプだから、なかなか心は開けないみたいだけどね。
「ところで魔族よ、今ので完全に決着はついたのか?」
テンジンザさんが立ち上がり、次に行く準備を整えながら問いかける。
「ああ、もう魔素の核みたいなものは完全に噛み砕いたから、その辺の残りかすが動くことは無いえ」
「待て待て、核なんてあったのか? だったら最初からそれを壊せば済んだんじゃないのか」
「どうやってえ?」
「どうって……そりゃあ、斬り刻んで?」
「核は、言うなれば魂みたいなもんえ。魔素にそれを与える事で動くようにする。それを剣で斬れるのかえ?」
「それは……ってか、その理屈だとオレ達だけじゃ絶対に勝てなかったってことじゃないのか!?」
「そうえ」
「そうなんかい!!先に言えよ!!」
「先に言ったらやる気なくすえ?」
「……それはまあ、そうだな」
確かに、最後のとどめは魔族であるサジャさんに頼らなければならない、と思いながら戦えってのも二人には酷な話だろうな。
ただ、それが解ったうえで情報を小出しにしたアドバイスを送っていたサジャさん、拠点で生活するようになってだいぶ人間の心が理解できるようになったんだな。
「まあまあ、ともかく勝ったのだ。それで良いではないか。さあ、先へ進もう」
二人の戦いを見ていてうずうずしているのか、自分も戦いたくて仕方ないオーラが出まくっているテンジンザさんが先へ進もうと促すが……。
「あー……すいません、テンジンザ様。ちょっと今すぐは無理ですね」
さっきから座り込んだままのタニーさんが自分の義足を指さす。
「あの技、ちょーーっと義足に負担かかるんですよね。正直、今すぐは動けないです」
「えっ、大丈夫なんですか?」
心配になって近づくと、かかとの辺りがめくれているし、ところどころ金属同士の接着面が剥がれている。
「いや、そんなに見た目ほど酷くはないんだ。こういう時の為に、メンテナンスの技術は教わって来てるし、その為の道具も持って来てる」
「おう!持って来てるぞ!!」
オーサさんが、腰の辺りに着けていたポーチから道具をごそっと取り出して床に置いた。
「ただ、少し時間がかかるので、先に行ってください。大丈夫、すぐに追いつきますから」
「うむ……しかしそれでは……」
「行ってください。テンジンザ様……そして、コルス少年」
「え?あ、はい」
突然僕の方に強い目線が向けられてドキっとする。
「二人なら、二人とイージスなら、絶対にどんな相手にも負けやしませんよ。そう、信じられます」
信じられるの凄いプレッシャーだな……。
「おい、わっちも行くえ」
横から不満そうなサジャさん登場。
「ははは、そうだな。頼むぜ魔族」
「頼まれる謂れは無いえ」
「そりゃそうだ。でも……頼むよ、力を貸してくれ」
タニーさんが頭を下げる。
さすがのサジャさんも、ちょっと戸惑っている様子だ。
「ふん、お断りえ。なんでわっちが」
「そうか、まあそうだな。あんたは自分の自由にしてくれればそれでいいよ。ただし、敵に回るのだけは無しな。あんたの強さは、オレが一番よく知ってるからさ」
自分の足をパシパシと叩くタニーさん。
斬られた方の足だ。
「……まあ、ダサマゾとやらがわっちにも敵意を向けるなら、こいつらと共に戦うことも、あるかもしれんえ」
「そうか、それで充分だ。ありがとうな」
「――――ふん」
そっぽを向いてそれっきり不機嫌そうに黙り込むサジャさん。
でも……なんか良い感じだな?
どう考えても恋愛的なそういうアレでは全然無いけど……なんていうか、好敵手、みたいな爽やかさすら感じる二人だった。
「そうか、あいわかった。オーサよ。タニーに付いていてやれ。あとで共に追って来るがいい」
「……はい、わかりました」
オーサさんの中にも葛藤があったのか、少しの間があったけれどテンジンザさんの言葉を受け入れた。
テンジンザさんの力にもなりたいし、タニーさんを置いていくのも心配。
どちらもオーサさんの本心だろうから、テンジンザさんは命じる事でその迷いを断ち切ったのだろう。
「では、行こうか少年。勇者と英雄が挑む、この国の命運をかけた大決戦に!!」
「うわー!!格好良いこと言われた!!そういうの言いたかったなぁ僕!!」
「おぬしは本当に勇者らしくならんのぅ……だが、そんなお主だからこそ、儂の気付かぬ部分を補ってくれていた。感謝しておるよ」
「……やめてください縁起でもない。最後の戦いの前に感謝なんて、これから死ぬみたいなじゃないですか」
「そうなのか?」
「そうですよ、物語のお約束ってやつです」
「そうか、では……感謝は、戦いが終わってからだ! 儂、この戦いが終わったらおぬしに礼を言うぞい!!」
「……わざとやってます?」
「なにがじゃ?」
「いや、まあ良いです。そんなこと気にせずに、そういうお約束をぶち破る。それがきっと、本物なんですよ」
僕はまだ本物にはなれないけど、でも――――近づいてみせる。
この戦いを乗り越えたその先にある未来でね!!
しばらく廊下を走ると―――
「おい、ドアがあるえ」
僕に肩車されたサジャさんが僕より先に扉に気付く。視線が高いからね!!
まあ、むしろ途中まで走ってくれてたことに感謝したいくらいなので良いけど。……いつの間にかこき使われるのが当たり前になってる…?
仕方ない、幼女暴君二人に仕えてるようなもんだからな僕は。
「どうりゃあ!!」
とテンジンザさんがドアを突き破る……かと思いきや、丁寧に開ける。
うん、まだなるべく場内を傷つけまいと思っているんですね。
だとしたら、「どうりゃあ!」は要らなかったのでは……?
「気合いだよ気合!!」
じゃあ仕方ない。
なんて言いつつ中へ。
中は――――玉座だ。
広く天井が高く、天窓から入り込んだ光が照らすその場所、部屋の奥の真ん中、1段高くなっている位置に構えられた玉座が目を引く王の間。
そう言えば僕は王の間には入ったことなかったけど、それでも一目見てわかる。
それだけ、ここだけ空間が、部屋の造りが違う。
王をいかにより王たらしめるのか、それを考えつくされた部屋だ。
そして――――今、その玉座に居るのが――――
「思ったより早かったな。もうひと眠り出来ると思っていたが……いやはや、さすがは英雄様とそのお仲間だ」
赤と黒の入り混じった、妙に角ばった鎧を着ている……人の形をした、何か。
その姿を見ただけで、全身が震える。
今にも座り込んでしまいそうになる圧力。
僕が幼子だったら、間違いなく泣き出しているだろう。
そういう、根源的な恐怖―――それを身にまとった、存在。
「貴様がダサマゾか!!」
声も出せない僕とは違い、大声で問いかけるテンジンザさん。
うおお……危ない、テンジンザさんの声が無ければ意識を持っていかれていたかもしれない。なんなんだアイツは……いや、違う、僕は知っている。
この恐怖を、この感覚を。
「そんな名ではないと何度も言ったはずだが……まあ良い、ここまで来たのに名も名乗らぬのは失礼と言うものだな」
そうだ、こいつはあの時……カリジの街が襲われて、コマミさんたちを助けに行った時に見かけた――――
「お初にお目にかかる。我が名はエストレス。魔界の貴族にして、今はこの国の城主である。お見知りおきを―――と言っても、お別れはすぐだと思うがね?」
一目見ただけで絶対に勝てないと、あの時思ってしまった、あの生き物だ。
「ボーっとすんな!!構えろ!!」
恐怖で持っていかれそうになる意識を再び取り戻させたのはイジッテちゃんの声。
イジッテちゃんに引っ張られるように前に出て構えた次の瞬間……
「ぐっっっっっっぎぃぃぃ!!!」
凄まじい衝撃に体が吹き飛ばされそうになるが、後ろに回ったテンジンザさんが支えてくれて、何とか体が浮き上がる事は防げた。
だが、まだ衝撃は収まらず、少しずつ押しこまれる感覚……!!!
なんだこれ、何か、あいつだ、あいつから発せられた変なボールのような攻撃が、イジッテちゃんを貫かんばかりの勢いで押してくる。
「落ち着け少年!!以前も教えたはずだ!!力の流れを読み、弾け!!」
そ、そうだ。前に、そうだ、落ち着け!!
ここまで来て恐怖で役に立たたねぇなんて、今まで何やってきたんだよ僕は!!!
心の中で自分に気合を入れて、冷静に力の動きを呼んで―――――横に弾く!!
「よし!逸れた―――あっ!?」
確かに横に弾いたそれは、急激なカーブを描いてもう一度こちらへと向かって来る!!
それは、確実に僕の後ろに居たテンジンザさんの頭部を狙っている!!
「危ないっ!!」
僕は手を高く伸ばし、そのボールの勢いを利用して……コースを逸らし天井へぶつける!!
ボールは天井へぶつかると、ギュルギュルと回転しながら天井へとめり込み……爆発した!
天井には穴が開き、空が見える。
マジかよ、玉座の間なんて、魔大砲の弾でも一発では壊れないように頑丈に作られてるはずだぞ……。
「なるほど、さすがに英雄様御一行だ。初手を防がれたのは人間界に来て初めてだよ」
拍手してやがる。余裕だなこんちくしょう。
「しかし……その幼女は何だ? 生身で我が攻撃を防ぐとは……とても人とは思えんが」
どんな相手にも同じ感想を抱かれるイジッテちゃんさすがだ。
「うるせぇぞダサマゾ。気にすんな」
どんな相手にも接し方を変えないイジッテちゃんさすがだ。
「だから、ダサマゾではないと……そなた、嫌な感じがするな。どこかで……――――っ!まさか、まさかキサマ……イージスか!?」
えっ!?
人の姿のイジッテちゃんをイージスの盾だと見破るなんて……まさか、過去に何らかの接点が!?
僕は気になってイジッテちゃんの顔を覗き込んだが――――
「……はあ? 誰だお前? こっちはお前のこと全然知らんぞ?」
……凄くバカそうな顔をしている!!
これは本当に知らない顔だ!!!
――――いや、じゃあなんでわかったんだよアイツ!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます