第132話

「さあ、話を聞かせてもらおうか」

 今この王子の大きなテントには、僕とイジッテちゃん、テンジンザさんとオーサさん。そして王子と、王子にしばらく傍にいてくれと懇願されてコマミさんも居る。

 ルジーも呼ぼうかと思ったが、アイツは夜に弱いのでもう完全に おねむ である。

「えーとですね……」

 僕はカリジに行ってからの事と、病院でのことを説明する。

「……そうか、もう避難していたならひとまず安心だな……」

 オーサさんは心配そうだし寂しそうだが、とりあえずそう声に出して心を落ち着けている様子だ。

「……んで、これなんですけど……なんだかわかります?」

 僕は病院から持って来た、謎の模様だか文字だかが書かれたシーツを見せる。

「これは……うーむ……テンジンザ様!」

 少し離れた位置で成り行きを見守っていたテンジンザさんが呼ばれて近づいてくる。

「ひとまずご苦労だったな少年。して、どうしたのだオーサ」

「これ、タニーが病室に残していったものらしいのですが……」

 オーサさんが少しずつシーツを広げて、なにかしらのメッセージらしきものが書かれている箇所を一つ一つ見せていく。

「ふむ……これは軍で使われている暗号だな……あやつめ、こんなものまで習得していたのか」

「なんて書いてあるんですか?」

「言葉の羅列じゃが……病院の屋上、転移魔方陣、ドルクの街……おそらく、病院の屋上に避難用の大規模な転移魔方陣があって、それで患者や医者や職員はドルクの街へ避難したようじゃな……」

 ドルクの街と言えば、ジュラル城と反対方向にあり、ガイザからもかなり遠い町だ。カリジ程ではないけど大きな都市だし、しっかりした病院もいくつかある。

 なるほど病人を避難させるならちょうど良いだろう。

「一応確認しますけど、テンジンザさん、ドルクに行ったことは?」

「どうだったかの……まあ、英雄として生きた時代が長いからの。おそらくジュラル国内の全ての街は回ったはずだ」

 すげぇなこの人は本当に。

「なら、そのうち翼で行きましょう」

「すぐには行かないのか?」

 居場所がわかるならすぐに行きたい、というオーサさんの気持ちはわかるけど、現状はそうはいかない。

「ドルクならしばらくは安全だと思いますし、なにより僕らは今拠点を失った状態なので、どこか場所を探さなければなりません。場合によっては旅をすることにもなるので、まだ義足もちゃんと着けていないタニーさんを連れてくるのは危険ですし、逆に会いに行ってまたどこかから情報が洩れたら、今度はドルクの街も危ないかもしれない。拠点を定めて呼び寄せる準備ができてからにしましょう」

「ドルクの街に拠点を作って、こっそり会うわけにはいかんのか?」

 どんだけ会いたいんですか。

 いやまあ、相棒ですもんね、心配ですよね。

「うーん……不可能ではないですけど……ちょっと遠いですね。拠点には各地から人を集めたいので、ドルクまで来てくれ、というのは負担が大きすぎますし、集まったとしてもそこからジュラル城奪還への旅路が遠すぎます。さすがに羽や翼ではそんな大軍を移動させられないですからね」

 気持ちはわかるが、現実的に考えるとやっぱり厳しい。

「場合によっては、ルジーにでも確認してきてもらいますよ。あいつなら誰にも顔は割れてないでしょうし。ただ、その場合は飛翔の翼また貰いますけど」

 テンジンザさんに確認する。

「ああ、それは構わんよ。ただ、羽や翼にも限りがある。またどこかで補給しなければな……その為にも、急務なのはやはり新たな拠点の捜索だ」

 そう、何を差し置いてもまずはそれだ。

 今回の事で、どこかの街の宿を拠点にすればその街ごと狙われる可能性もあると解ってしまったからには、今までのようには行かない。

 そうなるとやはり反乱軍との協力は魅力的なのだけど……簡単には向こうも受け入れないことは昨日の話し合いで理解した。

 というか、もう少ししたら約束の時間なのでは?

 まあ、緊急事態だし少しは待ってくれるかもしれないけど、この短い時間に、昨日とは違う新たな条件を提示して協力してもらえないかな……どんな条件なら、王子たちも反乱軍もどちらも納得できる形になるだろうか……。

 テンジンザさんもオーサさんも僕も考え込んでしまって、何も言葉を発しない時間が続く。


 ――――どのくらい時間が経ったのか、何も言わずに座っていたコマミさんを気遣って王子が言葉をかける声が聞こえてきた。

「コマミさん、本当に大丈夫ですか?」

「ああ、怪我とか、そう言うのは大丈夫だば……宿が、無くなってしまっだのは……少し、キヅイなぁ……」

「うむ……そうであるか……」

 王子もなかなか言葉が出ない。

 コマミさんがどれだけの覚悟であの宿を受け継ぐために頑張っていたのか、一番近くで見ていたからな……。

「まあ、しかしあれだ。命が助かって良かったではないか。命があれば、きっと何度でもやり直せるさ」

 王子としては、何とか励まそうと絞り出した言葉なのだろうけど―――

「――――やり直せる? 本当に、そう思うだか?」

 コマミさんには逆効果だったようだ。

「わだすのような何も持ってない普通の人間が、あんなチャンスを手に入れるなんて、本当に、本当に奇跡だったんだべ……! だがら、必死に、命がけで……絶対にここを守って行ごうって……そう、思って―――――」

 コマミさんの瞳から……大粒の涙が零れ落ちた。

 最初の一滴が筋を作ると、あとからあとから涙が溢れてくる。

 ラタンさんとの……父親との別れでも涙を見せなかったコマミさんが、人目もはばからずボロボロと泣いているのだ。

「わだすの人生、こんなもんなんかなあ……! 頑張っでも、しあわせになれねぇんがなぁ……!! なんで、なんでごんな……!!」

 涙は次第に嗚咽となり、声をあげて泣く姿に、僕らは言葉が出ない。

 愛人の子として産まれ、家族一緒に暮らすことも出来ず、仕事に付けばその美しさゆえに言い寄られ、仕事を辞めざるをえなくなり、殺されかけて、支配されかけて、父親との別れを決意し、ようやく新しい人生を始めようとしたら、その希望ごと打ち砕かれる……ちょっと、あんまりじゃないかい神様とやら。

 まあきっと、そんなものは居ないのだろう。

 居るとしたらやっぱりぶん殴るしかないけれど。


 ひとしきり泣きじゃくり、ようやく少し落ち着いた様子を見せたコマミさんは、目を伏せたまま王子に語り掛ける。

「―――なぁ……わだす……これからどうやって生ぎでいっだら良いんだべなぁ……なあ、王子……」

 王子の目を見ず、顔を下に向けたまま、コマミさんは目の前に座る王子の足に手を乗せて、信じられない言葉を口にした。


「……王子と結婚しだら、わだすは幸せに生ぎられるんかなぁ……?」


 それは……あまりにも辛い言葉だった。

 あんなにも、自分の力でこれからの人生を生きていくと強く語っていたコマミさんが、自分の人生を他人に委ねようとしてるのだ。


 ――――これは、諦めだ。


 自分の人生を、未来を、切り開いていく事を諦め、目の前の強い人間にすがったのだ。

 あの気高く美しいコマミさんとは、まるで別人のようで……。


「――――コマミさん、もう、今日は休もう。すまんな、こんな時間まで付き合わせてしまって」

 いかに王子とは言え、今のコマミさんを受け入れる気持ちにはならないようで、優しく休みを促した。

 その言葉にコマミさんも、自分の発した言葉の意味に気付いたようで、

「……っあ、す、すみません。わだす、変な……失礼なことを……おやすみなさい……!」

 慌てて、逃げ出すようにテントを出て行った……。

「オーサ」

「はっ」

 テンジンザさんに言われて、オーサさんが慌てて後を追いかける。

 まあ、テントまでなら大丈夫だとは思うけど、今の状態のコマミさんは何をするかわからない。このままどこかに逃げてしまう可能性すらあるので、とっさに後を追わせたテンジンザさんの判断はさすがだ。 

 王子とテンジンザさん、僕とイジッテちゃん4人が残されたテントの中は、重い空気に包まれていた。

 確かにコマミさんたちは助けることが出来た。

 けれどそれで全てが上手く行くわけでもなく、これから先の道もまだ見えない。

 僕らは一体、どこへ進むべきなのか……。

 それを思うと……


「――――決めたぞ」


 王子が、突然声を上げた。

「僕様は……いや、吾輩は決めたぞ。反乱軍と手を組む」

 一人称が変わった。

 それにどんな意味と思いがあるのか、王子本人でないと解らないが……いつまでも「僕様」では居られないと覚悟を決めたのかもしれない。

 覚悟をもって、ここからジュラルを担う存在として挑む、その決意表明のように思えた。

「お待ちください王子、確かに反乱軍と手を組めば拠点も手に入るでしょう。しかし、その為には条件を考えねば……まさか、王制を捨てるのですか……?」


「――――それについても、考えがある。……いや、正確には昨日からずっと考えていた。けれど、本当にそれで良いのか迷っていた……だが、覚悟を決めた。吾輩は、全てを賭けて王の道を進むぞ」


 今まで見たことのない王子の顔……それは、バカ王子などではない、人を導く王の顔。


「全ては、この後の協議で決まる―――……決めてみせる」


 決意した男の顔に少し気圧される。

 この覚悟があれば、あるいは何かが変わるのかもしれない。


 さあ、始まるぞ。

 この国の運命を決めるかもしれない、反乱軍との話し合いが――――。





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