第133話

「意見はまとまったかしら?」

 王子の提案で、大きなテントの中にミルボさんとミナナさんを招き入れて、話し合いが始まった。

 まあ、テントの周りは反乱軍の皆さんが取り囲んでいるので、なにかあったらテントごと潰されかねないけど……余計な雑音を入れずに話し合いが出来るのはありがたい。

 テントの中に居る僕らサイドの人間は、王子とテンジンザさん、そして僕とイジッテちゃんだけだ。

 向こうが二人だけなのに、こっちが大人数で囲むのは公平な話し合いではない、ということで必要最小限の人数になった。

 ミナナさんからは、王子とテンジンザさんだけという希望だったが、僕はあくまでも中立の立場として議長のような役割だと言うことで納得してもらった。

「ちょっと待て、そこの女の子はなんだ? なんでこの場に居る?」

 ミルボさんからイジッテちゃんに対するツッコミが入りました。そりゃそうだ、何の説明もなく居るもんな。

「えーと……この子は議長補佐、ということで。とは言っても特に仕事はしないので、凄く可愛い置き物、という認識で問題ないです」

「うむ、問題ない!」

 イジッテちゃん、まさかの肯定である。まあ、この場には居たいけど言い訳を考えるのが面倒なのだろう。

「じゃあよし!」

 いいんかい!!ミルボさんやっぱりアホの子では……??

 ミナナさんからも、「まあ……脅威になりそうな力も無さそうだし邪魔をしないならいいわ」という言葉を頂きました。ありがたい。

「さて、えー、昨日僕の方から条件を出させていただきました。反乱軍の皆さんとしては、ジュラルを取り戻したら議会制にする、という条件なら受けても良い……という話でしたけど、王子、一晩考えて返答は?」

 まあもう結果は知ってるんだけど、一応議長として円滑に話し合いを進めるために丁寧に言葉を振る。

 この案は断るとして、他にどんな説得材料があるのか―――


「その案、受けよう」


 !?!?!?

 あまりにも意外な王子の返答に、僕もテンジンザさんも、ミナナさんすらも言葉を失う。

 ミルボさんはよくわかってない顔をしている。

 待て待て、どういうことだ?

 もしかして、コマミさんの事でガイザへの怒りが先走って……昨日僕が提案したような、嘘をついてあとで裏切るやり方でもとにかく協力を得ようと思ってしまったのか?

 けどそれは、決して褒められた作戦とは―――

「王子!正気ですか!?それはさすがに―――」

「ただし!!条件がある」

 たしなめようとするテンジンザさんの言葉を遮って、王子が言葉を続ける。

「条件?条件ってなによ。そもそも条件なんて出せる立場だと?」

「まあ聞いてくれ、そちらにとっても悪い条件ではないと思う」

 ミナナさんの反論にも少しも臆せずに言い返す王子。

 昨日とは全く様子の違う王子にミナナさんも戸惑いつつ「……話だけは聞きましょう」と聞く姿勢を見せてくれた。

 けど、いったい王子は何を言おうとしているのか……注目が集まる中、王子の口からは意外な言葉が飛び出した。


「ただし、2年待ってくれ。国を取り戻してから二年後には議会制にする。それまでは、今までの王政でやらせて欲しい」


 ……どういうつもりですか王子?

 そんなの―――

「冗談でしょ? そんな条件、わたし達に何の得も無いわ」

 ミナナさんの立場からすれば、反対するに決まっている。

 しかし王子は怯まない。

「そうだろうか? 聞いた話によると、カリジの街は壊滅状態だという。そちらにはその情報は入っていますか?」

「……うっすらとは入ってるけど、それがどうしたの?」

「これからもカリジのように大きな痛手を受ける街が出てくるかもしれない。そうなれば、ジュラルを取り戻した時にまずやるべきことは―――……戦災復興だ、違うかな?」

「それは、まあそうなるでしょうね」

 確かに、ジュラルとカリジの街を立て直すだけでも相当のお金と時間、そして人手が必要なのは間違いない。

「さらに言えば、これからジュラルを取り戻す為に貴族や王族の手を借りたとしよう。それに対する褒賞はどうする? 誰に何をどの程度渡すべきなのか、出来たばかりの議会に判断出来るか?」

「……そんなの、話し合いでどうにでもするわよ」

「話し合いに時間がかかったら? すぐに結論が出せなかったら? 下手をすれば貴族や王族たちは議会に反旗を翻すかもしれません。 彼らがそういう人間なのを、吾輩はよく知っている」

 まあそれもそうだ。

 貴族や王族には常に自分たちの利益だけを考えて行動している人たちがたくさんいる。

 それはそれで悪いとは言わないが、「国の為に犠牲になる」とか「国の為になら少ない褒賞でも我慢する」とか、そう言うのとは縁遠い人たちが多いんだよなぁ。

「でも、それはあなたでも同じでは? 国政に関わっていたわけではないのでしょう?」

「確かにかかわっては居なかったが、吾輩はずっと王の傍で多くの人を見てきた。それは、「将来この人たちを従える立場になるものとしての目線」で、だ。ゆえに、あなたたちよりも確実に吾輩の方が上手くできる自信が、確信がある。なによりも、戦災復興に大事なのはスピードだ。一日でも早く国民に以前と変わらない生活を提供すること、その為にはやりなれたやり方で、トップダウンで王が全ての命令を下す方が絶対に早い。そうは思わないか?」

 まるで別人のような王子の語り口調に、ミナナさんだけでなく僕らも困惑しているが、言っている事は至極真っ当で反論が難しい。

「なるほどね、言いたいことはわかったわ。けど、それだとわたし達に得が無い。その約束があるから、と二年間も何もしないで待っていたらすぐに国民に忘れられるし、議会に入る時も説得力がないわ」

「もちろんそのことも考えてある。反乱軍のみなさんには、独立した戦災復興部隊として活動してもらいたい」

「戦災復興部隊?」

「ああ、実際に戦災復興に当たることで、国民たちと触れ合い、支持を得ながら、現場の声を拾い上げ、それを時には国と連携しながら実現していく。こうすることで、議会に入る時に「あの戦災復興部隊なら」という認識を持ってもらえるようになるだろう。もちろん、実際に支持を得られるかどうかはあなたたちの働き次第ではあるが」

 どこまで……考えているんだ王子は?

 少なくとも昨日の段階ではこんな考えはなかったハズだ。

 この一晩のうちに考えたのか、それともコマミさんの涙を見てから一気に何か王子の中で目覚めて……いや、さすがにそれは飛躍し過ぎか。

 どちらにしろ、かなり考えられた案だと思う。

 実現可能かどうか、ではなく、相手の心を揺さぶる、という意味においてだ。

 反乱軍にとって必要なのは、国民の支持と知名度だ。

 政治に参加出来たとしても国民の支持が無ければうまく運営していくのは難しい。

 戦災復興で名を上げるのは、千載一遇のチャンスだ。

 ミナナさんはかなり考え込んでいる。

 このまま反乱軍を続けていても、ジュラルをガイザから取り戻せる保証も無ければ、取り戻したところで、そこからまた反乱軍としての活動が成功するとは考え難い。

 なぜなら、もしうちの王子がジュラルを取り戻したのだとすれば、それは「国を取り返した英雄」であり、その英雄への反乱など支持を得られるはずもない。

 それを理解しつつも簡単に協力を受け入れなかったのは、言うなれば意地と義理の問題だけだ。

 この案ならば、どちらも曲げなくて済む。

 協力した先に革命のある種の成功があり、そこに至るまでの道筋がある。

 2年という期間も無駄にならない。

 これならもしかしたら―――

「でもさー、それって、2年で王様大人気になったら、ぎかいせーとか言うのそもそも反対されるんじゃないのー?」

 まさからの、ミルボさんから反対意見が出た。

 アホの子ではあるけど、さすがに反乱軍のリーダーとして皆を率いているだけあって、勘が鋭いというか、本能的な機器察知能力があるのだろう。

「もちろんそう言うこともあるだろうな」

 しかし、王子はこともなげにそう答える。

「つまり、アタイ達を騙そうとした、そういうことかい?」

 ミルボさんが敵意を向き出して腰の辺りに手を回した瞬間、テンジンザさんが王子の前に立ち塞がり、一色触発の空気が広がる。

「テンジンザ、テンジンザよ、いいから。あと尻、尻が当たってるから!デカいんだよ尻が!」

 その空気を王子のツッコミが一瞬でぶち壊す。

 このシリアスな時に尻て!いや確かに当たってたけど!見えてたけど!尻当たってるなーって思ったけど!

「こ、これは失礼しました。王子の尻に顔を、じゃない、王子の尻に尻を、じゃない、顔が尻に!」

「落ち着けテンジンザ。どうどう」

「どんな会話だよ!」

 さすがにイジッテちゃんがツッコミを入れた。

「おい、その可愛い置き物しゃべったぞ」

「ツッコミだけする可愛い置き物なんです。ご了承ください」

 ミルボさんと僕の会話もなんだこれは。


「ちょっと一回落ち着きましょう、場が荒れた」

「普段荒らしてるヤツが偉そうに」


 なんて僕とイジッテちゃんのゴールデンコンビが炸裂したが、みんなで一回深呼吸して話を戻した。 


「で、えー……そうそう、別に騙した訳ではないぞミルボ殿。なぜなら、たとえ国民から反対があろうと議会制にはするからな。ただし、その場合はちゃんと国民に納得してもらえるように、吾輩も王として議会に参加する。議長、という形になるかもしれんが」

 ミルボさんの言葉に対する反論もちゃんと用意してたようだ。

 王子、よほどしっかり考えたんだな。

「それじゃあ、形だけの議会にならない?」

「それは昨日も話したが、議会の内容はすべて国民に公開する。そのうえで、年に一度国民投票をしようと考えている」

「……どういうこと?」

「つまり、吾輩が議長としてふさわしいかどうか、国民に投票してもらうのだ。議会制にして国民の代表が政治に参加するだけでなく、全ての国民が「投票」という形で政治に参加して、民意を示すことが出来る。これなら暴君にはならんだろう?」

「……その投票が公平に行われるという証拠は?」

「そうか、そうだな。ならば、投票はあなたたちが仕切ると良い。それで不正はなかろう」

「私達が不正をしたら?」

「不正をするのか?」

「しないけわよ。……でも、したらどうするの」

「その時は……そうだな。吾輩の方が反乱軍になって、国を取り戻すとしよう」

 言って、ニヤリと笑う王子。

 それはもう風格さえ感じるやりとり。

 確実にこの場を支配しているのは、王子だった。


「――――少し、考えさせて」


 ミナナさんはミルボさんに耳打ちすると、一緒にテントを出ていく。

 とは言っても、入り口を出てすぐのところで身を寄せ合って何か小声で話し合っているようだったが。

「―――――……ふひぃー……」

 王子が、一瞬で気が抜けたようで、椅子からずれ落ちそうなくらい浅い位置に座って背もたれに体重を会づける。

「……しかし王子、よくこんな案を思いつきましたね」

 僕は素直に感嘆の想いを告げる。

「思いついたというか……怖かったんだよな」

 心を吐き出すような王子の言葉。

「もしもコマミさんが居なくなってしまっていたら、どうなってしまうのか、って。同時に、もしも生きててもう一度やり直すとしたら、その時に自分が何の役にも立てないんじゃないかって……どっちも、怖かったんだ」

「王子……」

「だから、どういう結果が待っていようと、その時に自分に出来ることを考えた。そうしないと、恐怖に押しつぶされてしまいそうだったからな」

 自虐的に笑う王子。

 けれど、僕はそれをとても好ましいと思った。

 恐怖に立ち向かうために思考を巡らせる。それは上に立つべき人間に必要なことだ。

 力で立ち向かうのは体を鍛えた人間の仕事だが、頭脳で立ち向かうのは指揮官の仕事。

 王子には、その素質があるということだ。


「王子、一つだけいいですか?」

「なんだ」

「今更なんですけど……名前を聞いても良いですか?」

「――――は?」


 その後、ミナナさんたちが戻ってきて――――

「この話、受けましょう。ただし、裏切ったらすぐさま寝首をかくわよ」

「ああ、その時はそうしてくれ」

 ミナナさんと王子、ミルボさんとテンジンザさんががっちり握手して、新たな同盟が結ばれたのだった。


 やれやれ……これじゃもう、バカ王子なんて呼べないじゃないか。

「おめでとうございます――――ルヴァン王子」


 クライムス・テーベン・ルヴァンセイ・ソルカイム・ジュラル。

 通称ルヴァン王子。


 しっかりと胸に刻み込もう。これが、僕らの―――将来この国を治める新しい王の名前だ……!

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