第131話

「夜の病院ってちょっと怖くないですか?」

「なんでだ?」

「若いのぅ少年。お化けなんぞが怖いのか?」

 ……年寄り二人はこれだから!

「誰が年寄りだ」

 ガイン。殴られました。

「ほっほっほ、まあワシは年寄りじゃのぅ。人間よりむしろ幽霊の方が存在としては近いかもしれんしのぅ」

「返しが難しいジョークですね…」

 実際謎の存在過ぎるしな、イジッテちゃんもセッタ君も。

 そんな会話で恐怖をごまかしつつ、僕らは病院の中を探す。

 やはり深夜はガイザ軍も動きを止めているようで、今は砲撃も兵士も見当たらない。

 とは言え、病院の外観は相当ダメージを受けていて、3分の1ほどがもう崩れていた。

 ……ただ、病院の中には不思議なくらい死体は転がっていない。

 おそらく、攻撃が始まってすぐに避難したんだろうというのは想像に難くない。

 王都が襲撃された時点で戦争状態なのだから、いざという時の為に避難計画を用意していた可能性は大きい。

 ……そうなると、タニーさんもここにはいない可能性が高いな……。

 けど、探すにしてもヒントでもないと……ひとまず、タニーさんの入院してた病室へと行ってみる。

「……居ないですね」

 他の部屋に誰も居ないのに、ここにだけ居るはずはないとは思ってたけど……。

「どうする?」

 イジッテちゃんの問いに、僕は少し考える。

「……何か探しましょう。タニーさんは頭の切れる人です。避難するにしても、なにかヒントを残しているかもしれません」

 僕の提案に、イジッテちゃんは面倒そうな顔をして、セッタ君は力強く頷いてくれる。

 ……セッタ君に先に出会ってたら凄く良い相棒になれた可能性を感じるよ?

 いやまあ、今となってはイジッテちゃんほど最高の相棒は居ないと胸を張って言うけどな!

 ガインガイン。はいはい照れ隠し照れ隠し。

 

 それから少しの時間、探しに探したが……部屋の中には、これと言ったヒントは見つからなかった。

「おかしいな……読み違えたかな……」

「まあ、いきなり敵が襲ってきて混乱の中逃げたんだ。何かを残す余裕なんて無かったのかもな」

 イジッテちゃんの言うこともわからないではないんだけど……期間は短かったけど、僕はタニーさんに自分と似たものを感じた。

 僕なら、どんなにギリギリの状況でも絶対に何かを残す。だから、きっとタニーさんも……。

「おぅーい、ちょっとこれみてくれんかのぅ」

 セッタ君が何かを見つけたのか、僕らを手招きした。

「どうしたの?」

「これなんじゃが……何か書いてあるように見えんか?」

 それは、ベッドのマットに敷かれていたシーツの隅。

 一見するとただの汚れのようにも見えるが……確かに、何か意思を持った文字列のようにも見える。

「……もしかすると……」

 僕は、シーツを隅々まで調べる。

 すると、ところどころに同じような、一見すると汚れのような黒い……文字?模様?が描かれている。

「これは、何かの暗号かもしれないですね……オーサさんやテンジンザさんになら、わかるのかも……持って帰りましょう」

 そして僕らは、そのシーツをもって病院を後にしたのだった……。



「いや普通に無事に帰ってくるの!?!?」


 カモリナ工房の地下に戻るなり、パイクさんが妙なことを口走ってきた。

「そりゃそうですよ。戻るって言ったじゃないですか」

「でもだって、なんか凄い別れの感じ出てたじゃない!? 戻ってくるにしても凄い敵と出会って苦戦したり、大変な思いで何とか帰ってくるとか、そう言うの無いの!??」

「無い方が良いじゃないですか」

「良いけど!!!そういうことじゃなくて!!!」

 なんで怒ってるのかよくわからない……。

「わかる、わかるぞパイクよ……そうだよな。長年の経験で感じるこう……セオリーみたいなの、あるよな。けどな……こいつにはそう言うの当てはまらないんだよ……なぜならバカだから…!」

 イジッテちゃんが謎の共感を見せたかと思ったら、急にディスられた。なぜだ。

「そうか……そうよね。バカは全てを凌駕するわよね……計算外のことをするのがバカだもんね…」

「そうだ。バカだから今までの私達の経験とか当てはまらないんだ。私達はちゃんとした武将に使われ続けてきたからな……こんなちゃんとしてないやつと旅するの初めてだからな!」

「あのー、僕今、褒められてます?」


「「褒められてない!!」」


 シンクロだ。シンクロツッコミだ。凄いなぁ。息ピッタリですね。

「……な? まともに相手するだけ無駄だろ?」

「……そうね……たまにまともに見えるから油断してたわ……この子、バカの子だったんだわ……」

 なんだかわからんけど、二人が意気投合したので良しとしよう。

 たまにはバカも役に立つもんだ。

「自分で言って虚しくならんのかお前は……」

「ははは、良いじゃないですか。僕がバカなおかげで皆が幸せならそれが一番ですよ」

「……良いこと言ってるような気もするけど、なんかムカつくな!」

 そう言われても困ります。



「さて、じゃあ行きますか。ジジさんとカモリナさんも準備は出来ましたか?」

 ここを出る前に軽く話し合い、最低限の作業道具は持って行って、向こうでも仕事が出来るようにしてもらった。

 この店は義肢装具の専門店ではあるが、二人とも金属や木材を加工する基本的な技術は持っているので、一緒居てくれると助かる事も多そうだ。

 まあ、本格的に仲間になるというよりも、一緒に避難しつつ、どこか落ち着ける拠点が手に入ったらそこに居てもらっても良いし、別の場所に移り住んでも良い。

 どちらにしてもカリジはもう危険過ぎるし、別の場所に行くにしても行った先で仕事が続けられるに越したことは無いからね。

「うむ、よろしく頼む。これ以上、この子を危険な目にあわせたくはないからな……」

 そうなると拠点に居てもらう案は却下かな……バレたらガイザが襲ってくるかもしれないからな。

 まあ、いざという時に頼れる工房を知ることが出来ただけでも万々歳ですとも。

「ミューさんの様子はどうですか?」

 パイクさんに背負われているミューさんは、まだ意識が戻っていないように見える。

「まだ眠ってるけど、魔力飴のおかげで呼吸もだいぶ安定してるわ。今なら背負って移動するくらいは大丈夫だと思う」

 もしかしたら移動に多少のリスクがあるのかもしれないけど、ここに居続けても何も改善しないだろうし、ガイザに見つかる危険がある状態で療養はさせられない。


「じゃあ、行きますよ……!」

 建物の外へ出てすぐに、帰還の羽を使い、僕らは戦場と化したカリジの街を後にしたのだった……。

 


「帰ったか!どうだった!?」

 テントの裏に設置したポイントへ戻ると、まさかの王子とテンジンザさん、そしてオーサさんが出迎えてくれた。

「おおぅ、びっくりした。王子自ら外で待ってるとは思いませんでしたよ」

「そんなことは良いから!コマミさんは無事だったのか!?」

 怖い怖い、心配し過ぎて目が血走ってますよ。

 ふふふ、その血走った目を涙の海に沈めてあげましょう。

「コマミさん」

 僕が後ろに声をかけると、背後からコマミさんが姿を現した。

「……なんが……心配させちまっだみたいで……すまながったな」

 少し照れ臭そうに呟くコマミさんに……

「こ、コマミさぁぁぁぁーーーん!!」

 泣きながら突進する王子!!

「ていやっ!」

 その王子の頭を片手で押さえつけて、その突進を止めるコマミさん。

 さすがです。

「うえええーーん、コマミさぁぁーーん。無事でよかったぁぁぁ!!」

 いやいや、泣きすぎ泣きすぎ!!涙と鼻水が滝みたいに溢れてますよ!!

「ははは、相変わらずだなぁオメェは……ありがとな、心配してくれて」

 微笑ましい笑顔を見せるコマミさん。

 ふむ、これはこれでなんか良さげな雰囲気だ。そっとしておこう。

「少年!タニーは、タニーはどうした?」

 オーサさんも駆け寄ってきて、辺りを見回しながら質問してくる。

 気持ちはわかるけど、それよりもまずやることがある。

「すいません、それは後程……今はとにかく、テントを用意してくれませんか?」

 僕が視線を誘導すると、後ろにいるパイクさんと背負われたミューさん。そしてカモリナさんを抱っこしてるジジさんがオーサさんの目にも留まったようだ。

「むっ、パイク殿!大丈夫ですか!?ややっ!ミュー殿……お怪我を?すぐにベッドを用意しましょう。それと……確か、義足の工房のお二人……でしたかな? 少年、どうして一緒に?」

「まあ、いろいろありまして。その辺の事も後で全部説明するので、ひとまずはお願いします」

 いろいろと質問したことはあるだろうけど、そこはジュラルの兵士として国民のことを第一に考えるオーサさんだ。「うむ、わかった」とだけ返事をして、パイクさんを簡易ベッドのある大きめのテントに、ジジさんとカモリナさんを僕らのと同じような、小さいけれど割と快適なテントに案内したかと思うと、一度自分たちの大きなテントに戻り、「これ良かったら食べてください」と携帯用の食料を小さな箱一杯に詰めて渡していた。

 隙が無い……普段はちょっと真っすぐすぎるとこあるけど、出来る人だ。


 ミューさんも安定していて、カモリナさんも眠りについたのを確認してから、僕らは王子の大きなテントに呼ばれた。


「――――さあ、話を聞かせてもらおうか」

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