第130話

「ミューさん……! 大丈夫ですか…!!」 

 慌ててベッドに近寄るが、眠っているのか苦しそうに呻くだけで僕を認識していない。

 よく見ると、腕の杖だけではなく、頭のアンテナのようなものも片方折れている。

「これは……」

 パイクさんの方を見るが、パイクさんは疲れた顔であまり話したくないと目で訴えかけてくる。

 最近は本当に姉妹のような仲の良さだったので、ミューさんが怪我をしたことのショックが大きいのかもしれない。

 そういえば、昔聞いたな……武具はどうしたって持ち主との別れを経験するのだと。仲の良いミューさんが倒れたことで、過去の持ち主との別れを思い出したのかな……。

「お客さん……! 無事でしたか!」

 後ろからの声に振り向くと、なにやらお盆の上に鍋を乗せたジジさんとカモリナさんが居た。

「お二人も無事でしたか!良かった!」

「ああ、そちらのお嬢さんが……助けてくれました」

 その視線の先には……

「ミューさんが?」

「義手の試作品が出来ましてな。調整の為に一度試験的に付けてもらおうと宿を訪ねていたところ、襲撃を受けてのぅ……この地下なら安全だろうと皆さんを誘って非難していたのですが……」

「おねえさんが……おみせ、まもってくれのた……」

 ジジさんの足に抱き着いているカモリナさんがそう呟く。

 初めて会った時はあんなに元気で明るい子だったのに……今は街が襲われた恐怖のせいか、表情が暗いし声も小さい。

 ジジさんは、カモリナさんの頭を撫でながら話を続ける。

「この店の前まで着いた時に、運悪く砲弾が真っすぐこの店ま場所めがけて飛んできて、もうダメかとカモリナを抱きしめて死を覚悟したのですが……お嬢さんが凄い風の魔法で砲弾の軌道を逸らしてくれたのだ」

「そうなんですか……でも、ミューさんはどうしてあんなことに……?」

「……お嬢さんは、みんなが地下に避難した後にも、砲撃が始まるたびに外へ出て、当たりそうな砲弾を逸らし続けてくれたのだ。けれど、ついには魔法力が尽きて、逸らしきれなかった魔砲弾が近くに落ちましてな……その爆風で吹き飛ばされ、同時に破片もいくつか当たってしまって……」

 ……ミューさん、みんなを守ったんですね……本当に、優しい人だ。

「申し訳ない……! この地下に逃げようと誘わなければ、こんなことにはならなかっただろうに……店を守る為にお嬢さんが……!」

「ああいや、そんな、頭を上げてください。どちらにしても、あなたたちを見捨てて自分だけ逃げるようなことが出来る人ではないですよ。ここに来るのは、きっとミューさん自身が選んだことです。……っていうか、その鍋もう置いてください。こぼしたら大変ですよ?」

 鍋を乗せたお盆を持ったまま頭を下げていたので、さすがに置くように促した。

 それになにより、謝られても困る。

 だってその謝罪を受け入れてしまったら、ミューさんの意思に反するような気がするから。

「あ、ああ。そうだわな。お客さんも良かったら食べていってください。人間、どんな時でも腹は減るもんです」

「うむ、いただこう!」

 ……イジッテちゃんここまで黙ってたのに急に活き活きしだしたな……お腹減ってたのか?

 まあでもイジッテちゃんは、こういうシリアスな空気の時は、わりと入ってこないんだよな。ツッコミ以外では。会議でも寝てたし。

 余計なことは言わずに、本当に大事な時にボソッとひとこと核心着いたこと言うんだよな。天才芸人のタイプだな。

「誰が芸人だよ」

 そういうツッコミの速さが、ですよ。

 というか、言われてみたら腹が減っている。

 夕食はがっつり食べたけど、あれから割と時間経ったし、ここに来るまでの緊張でだいぶ栄養を消費した気がする。

 ……良い匂いがするな。あの鍋からだ。

 けど、なんだか覚えのある匂いのような……と、その時、ジジさんたちが来た方角から、もう一人の足音。

「あんれま! あんたら来たんか! わざわざ心配してきてくれたんかー。悪いことしちゃっだなぁ」

 ――――コマミさん!!

 ああ良かった、コマミさんも生きてる!

 そうか、コマミさんの料理なんだ。匂いに覚えがあるはずだ。

 さっきのセッタ君の話からすると無事なんだろうとは思ってたけど、こうやって姿を見るとやっぱり安心するな……!

「大丈夫でしたか!?」

「ああ、もうしわげねぇ……あの時、法話筒の通信が会った時に、ちょうど砲撃が近くに落ぢてなぁ。ついとっさに助けを求めてしまっただ……それから筒が壊れて話せなぐなっでしまっで……心配させでしまっだと思っでたんだぁ……」

 そうか……ともかく無事で良かったです。

 ただ、宿は……いや、今は言うまい。

 これで全員揃った。急いでここを出たいところだけど……

「おーいコルス、お前も食え、美味いぞ!」

 イジッテちゃんもう食べてる!!

 無理やり連れだしても良いんだけど……少なくともここに居れば見つかる可能性は低い。

 まだ外には兵士が居るかもしれないと考えると、もう少しここで夜が更けるのを待って動く方が安全かもしれないな。

 さすがに夜通し砲撃を続けると言うことはないだろうし、夜中になれば動きやすい朝まで休むかもしれない。

 それを待って動き出しても遅くはないか……王子たちは心配するだろうけど、そのくらいは我慢してもらう。

 となったら、ご飯を食べよう!

 なぜならお腹が減ったから!


 ……なにより、ミューさんももう少しすれば薬が効いて少しは容体が安定するかもしれない。それまで待つのは決して悪い選択じゃないはずだ。



 ―――――夜中になっても、ミューさんの容体は回復しなかった。

「……どう言うことなんだろう。それほど大きな怪我とも思えないんだけど……」

 女性陣に服を脱がせて全身を確認してもらったけど、何か痣があったとか言うこともないらしい。腹や背中に大きなダメージを受けたなら、内臓や骨がどうにかなってる可能性もあるが、そうではない。

 頭を強く打ったということも無いらしい。

 ……となると、やはり折れていた杖と角の問題か……?

 でもこれは僕らではどうにも……くそっ、丸男の奴め、ミューさんに何をしたんだ。

「このまま、目を覚まさなかったら……」

「ちょっとちょっとパイクさん、不吉なこと言わないでくださいよ」

 珍しいなパイクさんが弱気なこと言うなんて。

「……そうよね、ごめん。でも……アタシさ……この子、失いたくないんだぁ…!」

 とても寂しそうに笑うパイクさんの表情に、心がきしむ。

 どうにかしてあげたいけど、僕に医療知識は……くそっ、せめて原因がわかればなぁ。

 何かヒントは無いか注意深く観察する………

「……ん?」

 ふと、妙な違和感に気付く。

 なんだ、この感じ……何か……

「あっ!そうか、そういうことかも…!」

「なんだ?何か気付いたのか!?」

 パイクさんに自信無さげに頷いてから、ジジさんに問いかける。

「あれ、まだあります?」

「……あれ、とは?」

「ほら、あの……タニーさんに食べさせてたアレですよ!魔力の飴!」

「ああ、あるが……何か役に立つのか?」

「わかりません、でも、もしかしたら――――」



 ジジさんが持って来てくれた魔力の飴を、喉に引っかからないように小さく砕いて、念のために顔を横に向けて、ミューさんの口の中に入れる。

 外から見てても、ミューさんの体に魔力が充填されていくのを感じる。 

 すると、増える魔力量に比例するように、ミューさんの顔色がみるみる明るさを取り戻し、荒かった息遣いも落ち着いてきた。

「……これは……どうしてなの!?」

「いや、よく見ると角の折れたところから少しずつ魔力が漏れ出ていて、それで丸男のヤツが言ってたことを思い出したんです。ミューさんの体の中に、人口の魔力回路を通したって話。普通、僕らは魔力が無くなっても疲れるくらいで体調が悪くなることは無いんですけど、全身に人口の魔力回路を入れられたミューさんの場合、生命力と魔力が直結するようなことがあるのかな…って」

 角が空気中の魔素を吸収するようなことも言ってたからな。

 おそらく、常に体内で魔力を循環させるようなシステムになっているのだろう。

「……でもそれだと、角を直さないと根本的な解決にはならないってことじゃない?」

「そう、ですね。魔力の飴がある間は何とかなると思いますけど……。ジジさん、どのくらい余ってます?」

「そうだな……50個くらいはあるが……今の状況ではもう補給は見込めないからそれで全部だ」

 50個か……1日に1個ならだいぶ持つが、壊れた角から魔力が漏れ続けてると考えると、2個3個必要なこともあるかもしれない。そうなると残り時間は限られるぞ…。

「……いや、今は考えても仕方ないですね。容体が安定したなら、ここから移動しましょう」

 反乱軍のキャンプまで、帰還の羽ですぐに行こう。

 病院に連れていくにしても、とにかくこの街から脱出しないと―――――


 ……病院?


 ……まて、なんか忘れてる。そういえばさっき、なんか言ったな僕。

 誰かの名前を――――――……っ!!!


「そ、その前に、タニーさんを探しに行かないとですけどね!」

 タニーさんの事を完全に失念していた……!!


 僕がそう叫ぶと、夜食のお菓子を食べながらイジッテちゃんが言う。

「お前……さては忘れてたな?」

「いやいやいや、まさかまさかですよ。ここに来る道中の恐怖体験と、皆に会えた安心感でうっかり忘れてしまっていたなんて、そんなことあるわけないじゃないですか! そりゃタニーさんは他の人たちと比べたら関係性薄いですけども!とはいえですよ!」

 よし、何とかごまかせた。

 イジッテちゃんが完全に疑いの顔というか、責める目をしてくるがごまかせたに違いない。っていうか、僕はイジッテちゃんも実は忘れてたんじゃないかと疑ってますよ? ここまで一切名前出さなかったし。

 という疑いの目を向けると、そっと目を逸らすイジッテちゃん。

 ……疑惑が確信に変わる瞬間であった。


 いやまあそれはともかく、思い出したからには助けに行かなければ。

 居るとしたら……病院だろう。あの足ではそれほど動き回れないだろうし。

「―――行きましょう、探しに。時間はあまり無いですけど」

「ワシもお供しよう。盾は多いに越したことはあるまい?」

 確かにセッタ君が居てくれれば、前をイジッテちゃん、背後にセッタ君で隙のない布陣が作れる。

「助かります」

「―――待って、そいつが行くならアタシも……」

 パイクさんも同行を申し出てくれた……けど……僕は考えを巡らせる。

 一番良い形はなんなのか……と。

「…………パイクさんは、ミューさんと一緒に居てあげてください。目が覚めた時に傍に居ないと寂しがりますよ?」

「少年……いや、でもそれじゃあ……」

「……パイクさん、これを、持っててください」

 僕は、帰還の羽をパイクさんに手渡した。

「これは……?」

「これを使えば、テンジンザさんと王子のいる場所まですぐに戻れます。……もしも僕らが、陽が昇る時間になっても戻ってこなかったらこれを使ってください」

「待ってよ、それは……」

「おっと、勘違いしないでください? 僕らだって命を賭けるつもりはないです。絶対戻ってくる気持ちですけど……万が一の場合には、ミューさんとジジさんカモリナさんを連れて行ってあげてください。その為には、誰か一人ここに残らないと」

「だったら、アタシとセッタが探しに行く。アンタたちは残りなさい」

「いや、二人とも病院の場所も知らないし、タニーさんに会ったこともないでしょう? 僕らが行った方が手っ取り早いですよ。それに……ミューさんのこと、心配なんでしょう? 心配過ぎて弱ってるじゃないですか。そんなパイクさん初めて見ましたよ」

「そうだけど……でも……」

 食い下がるパイクさん傍に、静かにセッタ君が近づいていき……優しく頭を撫でる。

 座ってるパイクさんの方が立ってるセッタ君より背が高いので、背伸びして手を伸ばして頭を撫でるセッタ君。

「休んでおれ……。何年……何十年ぶりかに出会えたのだろう?心を通わせられる人間に。――――もう、後悔する別れを迎えぬように動くのべきじゃよ…」

 その言葉に、大粒の涙が頬を伝うパイクさん。

 僕には計り知れない、二人の歴史があるのだろう。

「でも、でもアタシはあんたとも……!」

「ほっほっほ、ワシは伝説の盾じゃぞ? もし別れることがあっても、壊れない限りはまたいつか必ず出会える。ワシらは運命で結ばれた、伝説の盾と矛なのじゃから……」

 不思議な関係性の二人だ。

 普段はそんなに目に見えて仲が良い様子ではないけれど、確実に二人の間には強く結ばれた絆がある。

 それを、強く感じた。


 こうして、パイクさんに後を託した僕らはタニーさんを探しに病院へと向かった――――。

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