第127話

「その案を―――――却下する」


 王子はハッキリと、僕の最悪の案を却下した。

 ま、そりゃそうだ。

 何かを守る為には、時には残酷になる事も必要だと思うけど、ギリギリ追い詰められた状況でもないのに、いきなりそれを選択するような人に上に立ってほしくはないもんな。

 僕的にも一応言ってみただけだし。

「では、今回はこの話は無かったことにして、また別の方法を見つける……もしくは、別の条件を模索する、という結論でよろしいですか?」

 テンジンザさんが場をまとめに入る。

「うむ、それでいいだろう。……はぁ~~~疲れた……」

 いきなり決断を迫られて相当精神的に参っていたのか、結論が出たとたんに寝転がる王子。

「すまんな、せっかく反乱軍との交渉の余地を残してくれたのに」

 テンジンザさんが頭を下げる。なんか恐縮してしまうな。

「いえ、良いんです。あの時は、このままだと物別れで終わりそうだったので、引き留めるために、難しい提案だと知りつつもつい言ってしまいました。こちらこそすいません、相談もせずに」

「だが結果的には、明日の朝にもう一度話をする機会を作れたのだ。次は儂らもしっかり準備して向かうとするよ」

「ボクも付き合いますよ。なんとか、彼女たちを説得できる方法を一緒に考えましょう」

「おお、ルジー少年。ありがたい!」

 しっかりとテントの中に座り込み、腰を据えて話し合う気満々のルジーと、大歓迎のテンジンザさん……か、帰りづらい。僕だけ帰るって言いづらい!

 でも寝たいなー、どうしようかなー。

「そうだ!せっかく人一息ついたのだから、コマミさんに連絡しても良いか?」

 横になっていた王子が突然起き上がる。

 元気だな。っていうか、王子にとってコマミさんが元気の素なんだな。

 どんだけ好きなんだ。

 カバンの中からウキウキで法話筒を取り出すと、筒に向かって話しかける。

「おーい、こんばんはー。コマミさーん」

 あーあもう、声が聴けるだけであんなに口元が緩んで目を細めて、どんだけ嬉しいのさ。

 まあでも、そこまで好きになれる人が居るというのは幸せなものだな。それが両想いになるかどうかは、まあ別の話として。

「……おーい、コマミさん?どうしました?おーーーい」

 ……?

 なんだろ、様子がおかしいな。

「どうしました?」

「いや、返事が無くて。おかしいな……朝はちゃんと話せたんだけどな」

「なんか嫌われること言ったんじゃないですか~?」

「そんなことは、ない……と思うぞ?たぶん……」

 心当たりがありそうな顔ですね?

「まあまあ、コマミ殿も何か用事があってすぐに応答できないこともありましょう。少し待ってみたらいかがですかな?」

 テンジンザさんがなだめて、王子が「そうだな、少し時間をおいて―――」と答えたその時だった。

 耳障りな雑音が、法話筒から轟いたのは。

「うるせっ!なんですか今の!?」

 思わず僕はそう声を上げる。

 耳をビリビリと振るわせるような、重低音が、連続で聞こえる。

「わ、わからん。壊れたのか!?そ、そんなぁ!コマミさーん!」

 王子が再び呼びかけるも、向こうからは雑音しか聞こえてこない。

 うーん、これは困ったな。

 法話筒は王子のモチベーションを保つのに絶対に必要なものだ。

 とは言え、貴重な品だからなぁ……壊れたらどこで直せるのか……そんなことを考えていた僕の耳に、想像もしなかった言葉が聞こえた。

「……待て、この音――――爆発音ではないか?」

 ――――えっ?

 テンジンザさんの突然のその言葉に、テント内の空気が一瞬で凍り付く。

 爆発?そんなこと……しかし、そう言われると確かにこの雑音は、連続した爆発音のように聞こえる。

 近くで、遠くで、次から次へと響く爆発音……。

 どういうことだ?

 ここにある法話筒と対になるもう一つは、カリジのコマミさんのところにあるはずだ。どうしてそんなところで爆発が……?

 誰も状況を理解できず困惑しているところに、その言葉は、たった一言だけ、響いた。


「――――――――助けて…っ」


 次の瞬間、再びの爆発音と同時に、何の音も聞こえなくなった。

 今の、今のは――――

「コマミさん!?コマミさんどうしました!?コマミさん!!コマミさん!!!」

 王子が必死に呼びかけるが、返事がないどころか、声が届いている様子すらない。

 ……今のはどう聴いても……コマミさんの声だった……!

「どうなっている!?どうなっているんだ!!」

 王子が涙目でこちらを見て叫ぶが、僕らに応えられるはずもない。

 いったい何が起こっているんだ……!?


「―――少し、いいか?」


 突然、テントの外から呼びかける声。

 一瞬心臓が跳ね上がったが、冷静になると今の声はミナナさんの声だ。

 僕は一度深呼吸をして落ち着いてから、テンジンザさんに目配せをして、開けても良いか尋ねると、ゆっくり頷いたのを確認して、テントの入り口を開ける。

「……すまんな、こんな夜に」

 そこには、足元まで届く長いコートに身を包んだミナナさんが立っていた。

 おそらく、もう寝間着にでも着替えていたところで、上着だけ羽織ってきたのだろう。

「いえ、どうしたんですか?こんな時間に」

「ああ、先ほどウチの偵察部隊……と言ってもまあ、今ではたった一人なのだけど、そいつがいろいろな情報を集めて戻ってきてな。その中に一つ……気になる情報があったんだ」

 ミナナさんの顔は真剣そのもので、この時間にわざわざ伝えに来てくれたことからもも事の重大さが伝わってくる。

「もしやお前たち、カリジを起点に活動していたか?」

「……どうして、それを」

 いやな予感がある。背筋に冷たいものが走る。

「どこからかその情報が出回っていてな……ガイザ軍が、カリジの街を襲撃するという噂が立っている。もしかしたら、今夜にでも――――」

 ―――――結びつく。

 今伝えられた情報が、さっきの法話筒の音と、結びつく。

 まさか、まさかそんなことが……。

 振り向くと、みな同じ結論を思い浮かべたのか、顔が歪む。

 王子に至っては、真っ青な顔で今にも全身が震えだしそうに歯がカタカタとぶつかる音がする。

「……そうですか、情報ありがとうございました」

「――――ああ、明日、結論は出せそうか?」

「……どうですかね、まだ会議がありますので」

「……わかった」

 僕らの尋常ではない空気を察したのか、ミナナさんはすぐにこの場を去った。

 足音が遠ざかるのを確認して、僕は一度周囲を見回す。

 誰も居ないことを確認する。

 それは、感じているからだ。

 今からここで話す事が、僕らの運命にかかわる大事な話に成り得るのだと……。


「――――情報を統合すると、カリジの街がガイザに襲われた――……そう考えるべきだろうな」

 誰も決定的な最初の一言を言いだせずに座り込んでいたところで、ルジーが口火を切る。

「こ、コマミさんは、コマミさんはどうなったのだ!?」

 王子は半泣きで質問してくるが、僕らがその答えを持ち合わせているはずも無かった。

「わかりません、でもさっきの声は確かに……コマミさん、だったと思います」

「じゃあ、じゃあ……!」

「落ち着いてください王子……儂が様子を見てきます。なぁに、羽を使えばすぐにでも」

「お待ちくださいテンジンザ様」

 立ち上がったテンジンザさんを、ずっと隅で膝をつき見守っていたオーサさんが止める。

「もしも本当にカリジが戦火の渦中にあるのなら、テンジンザ様が行ってはいけません。ガイザ軍が大量にいれば、いかにテンジンザ様とはいえ危険です」

「キサマ!!コマミさんがどうなっても良いというのか!!」

 王子が激高してオーサさんを怒鳴りつける。

 ―――が、オーサさんは引かない。

「そうではありません。しかしながら、王子とテンジンザ様はこれからの、未来の新しいジュラルを作り上げるうえで必ず必要な両翼です。絶対に片方だけでも欠けさせるわけにはいきません」

「ふざけるな!僕様にとっては、コマミさんも絶対に必要だ!!それを助けに行かないと、お前はそう言うのか!この、この愚か者が!!」

 王子は何度も何度もオーサさんが下げ続けている頭を殴る。

 それでも、オーサさんは決して姿勢を崩さない。

 それは、絶対に譲れないという意思表示だ。

 たとえここで自分が殺されようとも、ここだけは、この国の為に絶対に曲げてはならないという、強い意志。

「この……っ!!」

「もうおやめください王子。オーサの忠心……理解できぬ王子ではありますまい」

 テンジンザさんが、王子の腕を掴んで止める。

「……くっ……しかし、しかしそれではコマミさんが……!」

 膝をついて、流れる涙を拭きもしない王子。

 ………はぁ……あーもう、はいはい、わかりましたよ!!!!

「僕が行きますよ!行かせてください!その代わり羽ください!」

 どう考えても僕しかいないよね!

「行って、くれるのか?」

「行きますとも、僕もコマミさんはもちろん、ミューさんもパイクさんセッタ君も心配ですからね。……ついでに、タニーさんもね」

「――――感謝する」

 オーサさんがさらに深く頭を下げる。

 オーサさんだって、他のみんなはもちろんのこと、タニーさんの事が何より心配だったはずだ。

 それでも、助けに行くリスクを考えたら止めるべきだと思ったのだ。

 テンジンザさんが行く場合のリスクは当然ながら、ここに残るリスクもある。

 ここは言うなれば敵地だ。反乱軍が急に襲い掛かってくる可能性も無くはない。だからこそ、テンジンザさんを行かせることも、オーサさんが自ら助けに行くことも出来なかった。

 また傍を離れている間に何かあったら、オーサさんはきっと一生自分を許せないだろうから。

 その想いを感じておいて、動かない訳にはいかないよ、だってこちとら勇者だし!

「そうと決まれば、すぐにでも行きます。ちょっと、待っててくださいね、イジッテちゃん呼んできますから!」

 僕はそう言いながら大テントを飛び出し、イジッテちゃんが寝ているテントへと走った。

 急げ急げ―!


「イジッテちゃん、起きて。出かけるよ、イジッテちゃーん」

 一旦寝るとなかなか起きない習性がこんな形で仇になろうとは。

 とは言え、今回はさすがに目覚めるのを待ってられないので、もう寝たままでもいいから連れて行こう。

 寝ているイジッテちゃんの服の背中ファスナーを開けて、出てきた取っ手に無理矢理腕を通して持ち上げる。

「ひやああああぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!ぴぎゃ!!」

 凄い声出して目を覚ますイジッテちゃん。そんなにですか?

「お、お前!!寝てる幼女の中に無理矢理手を入れるとか外道そのものか!?」

「酷く誤解を招くような言い方!!間違ってはないけど!!」

「こんなことをして、相当な理由があるのだろうな! ふざけ半分だったらお前の足の裏から常にオイルが出続けるようにしてやるからな!」 

「一日に何回転ぶことになるのやら!?」

 っていうか、どうやってやるんですかそれ。

「まあ落ち着いてください。どうしても急ぐ理由があったんですよ。移動しながら説明しますね」



「……これでよし、準備は整いました」

 大テントの裏に、指定した場所に戻れる定置の羽のポイントを設定する。

 これで、いつでもここに戻ってこられる。

「しかし、カリジが襲われるとはね……どこから情報が漏れたんだ…?」

「わかりませんけど……それは今考えても仕方ないです。とにかく急ぎましょう」

「少年!イジース!」

 テンジンザさんが、飛翔の翼を手に近づいてくる。

 高級品の飛翔の翼をすぐに使える日が来るとは……財力とはすばらしいものだな。ミューさんと初めて出会ったときは、中古品の翼を買うだけでもあんなに大変だったのになぁ……。

 ……ミューさん……絶対に無事でいてくださいよ……もう少しで、あなたに腕をプレゼント出来るんですから……!

「……いいか少年……王子は怒るだろうが、本当に危険だと思ったら、コマミ殿を見つけられなくても迷わずに帰ってこい。少年とイジースまで失うわけにはいかんのだ……!」

 子声で囁くテンジンザさん。

 ……この人は嘘つかないからなぁ……本当に僕らを必要だと思ってくれているのだろう。それは、なんか……うん、嬉しく思う。

 だからこそ、自分に言い聞かせるように、僕は言う。


「大丈夫ですよ、テンジンザさん。ちゃんと全員連れて戻ってきます。僕は、全てを救う勇者なんですから」


 そう、必ず、必ずだ……一人も仲間を失ってなるものか!!

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