第128話
「いきなり死ぬかと思った!!」
飛翔の翼でカリジへ戻ってきた途端、何かしらの何かがイジッテちゃんに当たって爆発した。
「危なぁ……念のため、イジッテちゃんを構えた状態で翼使ってよかった……イジッテちゃん、今のなんだった?」
「知らんよ。いきなりで確認できなかった。痛ったいなぁもう!なんか硬くて熱かったな!」
そんな怒りのイジッテちゃんの肩口から、恐る恐る街の様子を窺う。
「―――――なんだ、これ」
街の中は、見慣れたカリジとは全く変わっていた。
建物は崩れ、あちこちで火の手が上がっている。
綺麗に整えられていた通りにも穴が開いていて、何かの破片のようなものが散乱している。
ところどころには倒れている人も見える。
……おそらく、もう生きてはいないだろう……カリジに暮らしていた たくさんの人たちは大丈夫だろうか、どこかに逃げただろうか。
パイクさんセッタくん、ミューさん、コマミさん……無事でいてくれ……。
「とにかく、宿へ向かいましょう」
一応宿には定置の羽でポイントを設定してあったのだが、あえて飛翔の翼で街の入れ口近くに移動してきたのは、いきなり街中に入ると敵に囲まれる危険があると思ったからだ。
まあ、結果的には街の入り口でも危なかったけどな!
周囲を警戒しつつ、少しずつ宿に近づいていく。
すると、先ほどの爆発の正体がすぐに判明する。
おそらく街の外から、大砲の弾のようなものが定期的に飛んできているのだ。
そしてそれは着弾すると、轟音と共に爆発し、同時に渦を巻くような炎を噴き上げる。
「あれは……魔大砲ですね……」
「なんだそれは?」
「ああ、イジッテちゃんは知らないかもしれないですね。10年くらい前に開発された兵器ですよ。普通の大砲の弾は爆発するだけですけど、弾の中に炎魔法の結晶を入れることで、爆発と炎を同時に炸裂させるエッグイ代物です」
本気でカリジの街をぶっ壊しに来てるんだなガイザは……。
「しかしそうなると、魔族と組んだら人間はあまり殺さない、っていう話はどうなったんだ? こんな事したら多くの死人が出るし、街が立ち行かなくなるぞ」
「そうですよね……それは僕も謎です」
考えられる理由としては……見せしめ、というのが一番しっくりは来る。
王都はおそらく、今後もジュラルを支配するうえで自分たちの拠点として使うつもりだから使いやすい元のまま残してある、という可能性が高い。
ほかの街や村も同様だろう。
ただ、どの町も絶対に壊されないとなると、恐怖による支配が弱まる可能性がある。
だから、王都の次に大きく、この国の学問と医療の象徴であるこの街を見せしめとして崩壊させようとしているのかもしれない。
もしくは、ここにテンジンザさんが居ると知って、街ごと殺そうと考えたのか……正面から戦ったら向こうにもだいぶ被害が出るだろうから、そのくらいのことはやりかねない。
まあ、知ったこっちゃねぇけどな侵略者のやる事なんぞ!
いつだって苦しむのはそこで生活している普通の人たちなのだ。
おのれガイザめ、そのうちぶっ飛ばしてやるからな……テンジンザさんがな!
「お前もやれよ」
ガイン、と殴られました。はい、僕も頑張ります。
その後も、振ってくる魔大砲の弾に警戒しつつ進んでいると、ふと違和感に気付いた。
「――――イジッテちゃん、自慢じゃないけど、僕耳が良いんですよ。知ってました?」
「何の話だよ急に?」
「なので、隠れます。イジッテちゃんも静かに」
音を立てずになるべく素早く、僕は近くの無人の崩れかけの建物の中へ入り、部屋の隅に空いた小さな穴から外の様子を窺う。
「なんだよ急に。何が―――」
「しっ…! ……静かに」
僕がイケメンならイジッテちゃんの口をキスで塞いで黙らせるところだけど、産まれながらにモテてこなかった人間はそれをやると人生が終わることを知っているのでやらないのだ。
「脱衣は人生が終わらないとでも……?」とイジッテちゃんが視線で訴えかけてくるが、気づかないフリをしよう。
息を潜めていると、遠くから大量の足音と、鎧のこすれる金属音。
アレは……イジッテちゃんたちと出会ってすぐに受けた依頼で行ったグラウの村……あの時にモンスターたちが身に着けていた鎧だ。
やはりガイザ軍か……綺麗に列をなして行軍しているが、よく見ると人間とモンスターのどちらも居る。
とは言っても、入り混じっているのではなく、人間は人間で固まり、モンスターはモンスターで固まっている。おそらく、人間の小隊なら中隊なりと、モンスターの隊に分かれているのだろうけど、一つの命令に沿って動いているのだろうと確信できる規律正しさだ。
そして――――その列の中心辺りに、一人だけ、大きな馬……いや、アレは馬か……? 真っ黒で、牛のような二本角が生えている馬に似た生き物……その上にまたがっている人間が居た。
遠目ではっきりとは見えないが、赤と黒の入り混じった、妙に角ばった鎧を着ている。機械のようにも見えるが、そこから感じる気配は間違いなく生き物のそれだ。
見た瞬間……えも言われぬ恐怖が全身を支配した。
なんだ……アレは……人間……いや違う、人間の形をした何かだ。
そうでなければおかしい。人間が、あんなにも禍々しい空気をまとって正気でいられるものか。
見ているだけでも全身が震え、歯がカタカタと音を立てそうになるのをこらえるだけで必死だ。
まずいまずい、こんなところで震えたらバレる。
こんな大量の軍隊に見つかったら……いや、あいつ一人にだけでも見つかったら終わりだという確信にも似た気持ち。
震えるな、抑えろ……抑えろ……!!
ふと、その時、僕の頭にイジッテちゃんの手が乗せられた。
自分でも気づかないほど体を固くするうちに、イジッテちゃんを横向きに構えてしまっていた。
しかしそれが幸いし、イジッテちゃんの手が僕の頭に届く。
……それだけで、自分の心が嘘みたいに冷静さを取り戻していく。
イジッテちゃんの顔を見ると、にかっ、と歯を見せて笑った。その笑顔が、硬くなった体すらも解きほぐしていくようだ。
ああもう……イジッテちゃんには助けられてばっかりだ……!
心を落ち着けて完全に気配を消すことに成功したおかげで、何とか見つからずにやり過ごすことが出来た。
列の最後尾が完全に視線から消えて、ようやく深く息を吸う。
「ふはーー……ヤバかった……」
ほぼ息を止めていたことに、今になって気付く。
「イジッテちゃん、ちょっとごめん」
イジッテちゃんを腕から外して、その場に座り込む。
頭を下げると、汗がぽたぽたと地面に落ちた。どんだけ冷や汗かいてんだ。
「ああ、全身びしょびしょだ。全裸になって良い?」
「敵地のど真ん中で全裸になるならお前はもう勇者ではないぞ」
「敵地のど真ん中で全裸になる勇者って、逆に格好良くないですか?」
「そんな逆はねぇよ。っていうか、逆に、ってそんな便利な言葉じゃないからな」
「えっ、逆にって言えば何でも許される魔法の言葉じゃないんですか」
「勘違いだから改めろ。そのうち大変なことになるぞ」
そうだったのか……逆に、便利な言葉なのに逆に。
「ってか、そんなことよりあいつらなんなんだ?何の目的であんなに列組んで街の中練り歩いてんだ?」
「うーん、まあたぶんですけど、外からの砲撃で街に大きくダメージを与えて、生き残った人を掃討したり残った資材や食材の回収をする地上部隊を投入する、っていう二段構えじゃないかと」
街の有り様を見るに、おそらく何度か交互に砲撃と地上部隊の投入を繰り返したのだろう。店を荒らそうとしてる様子も無かったし、もうある程度の侵略は終わって最後の見回りという所だろう。
……ただそうなると、街の人たちやパイクさんたちが生き残るためには、もうこの街から逃げているか、どこかに隠れている必要がある。
それを僕らで探せるかどうか……。
「とりあえず、当初の予定通りに宿へ向かいましょう。何かヒントがあるかもしれない」
街に残ったメンバーを考えれば、セッタ君あたりはその辺抜け目なく何か残してくれてる可能性が高い。
今は信じて進むのみだ。
幸い、さっきの列は宿と別の方向へ向かったので、そっちを警戒して物陰に隠れつつ、宿へと歩を進める。
「……何かアレですね、僕らこそこそ隠れるの多くないですか?」
「しょーがねーだろ弱いんだから」
「……正直すぎますよ?」
まあそうだけどさ。必殺技を覚えたとはいえ、あくまでも1対1が少し強くなっただけで、大量の敵を相手にする戦い方は持ち合わせていない。
ミューさんとの爆発魔法みたいな技を僕一人で、もうちょっと……いや、だいぶ威力抑え目で使えるとかなり便利になるんだけどなぁ。
……次の目標は、魔力の強化だな。
ミューさんもきっと、ちゃんとした魔法の師匠とかに教えてもらえばもっと伸びるだろう。一緒に修行出来るかな……いやいや待て待て、なんかこういうの凄い不吉な前兆になる気がする。やめやめ。今はただみんなを探すことだけに集中だ。
普段の10倍の時間をかけて宿に辿り着くと――――月明かりに照らされた宿はほぼ全壊だった。
屋根は消し飛び、建物も半分ほどが削り取られている。
ここまで崩れていると、もう補修とかでどうにかなるレベルではない。直すにしても、一度壊して建て直すしかないだろう。
……コマミさんの笑顔が浮かんでくる。
ここからもう一度、新しい人生を始めようと頑張っていたコマミさん……この宿が壊れたのを見て、どんな気持ちになっただろうかと考えると胸が痛む。
けど今は、とにかく生きていて欲しい。
生きてさえいれば、何度だって新しい道を探して生きていけるはずだ。
そう願いながら、何かヒントが無いか探す。
みんなで食事をして会議をした食堂、夜にテンジンザさんと特訓した裏庭、ゆっくり眠った客室、初対面の王子をぶん殴った客室……どの部屋も見る影もなく、置いてあった家具はバラバラに壊れているか、焼け焦げていた。
……これじゃあ、ヒントを残してくれていたとしても、残っていないかもしれないな……そんな風に考えていると、ふと見覚えのあるものが目に入った。
「これ……法話筒だ」
それは、半壊した法話筒。真ん中辺りから折れている。
法話筒は精密な構造なので、こんな風に折れたらもう使えないだろう。
……確かあの時、「助けて」という声が聞こえた直後に音が途切れた。
と言うことは、もし何か攻撃を受けたのだとしたら、この辺りにコマミさんが倒れていなければおかしいが……そんな痕跡はどこにもない。
何かが起きて筒は壊れたが、そのあとコマミさんは別の場所に避難したか、それともガイザ軍に連れていかれたか……けど、ここにはパイクさんもセッタ君もミューさんも居たはずだ。みすみすコマミさんを連れていかれるとは思えないし、逆に全員連れていかれるというのも不自然だ。
ならば、ここに誰も居ないし誰の死体も無いということは、全員で避難している可能性が高いと思う……そう、信じたい。
「―――おいっ!これ!」
闇夜を切り裂く、別の部屋を探していたイジッテちゃんの声。
「どうしたの!?」
慌てて駆けつけると、イジッテちゃんが床の一点を見つめている。
「何か見つけた?」
「これ、なんだけどな……」
それは―――――腕だった。
そこには、人の腕らしきもの転がっていた―――――。
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