第126話
「到底受け入れられる話ではないぞ、少年」
テンジンザさんが真っ先に怒ってくる。
王族への忠誠心が凄かったもんな、そう言うこともあろう。
「まあまあ、落ち着いてください。これは別に、王族の権利をはく奪しろ、とかそういう話じゃないんです。あくまでも、最高権力者が王族であることには変わり有りません」
「―――……どういうことだ?」
「つまり、王やその一族は国の象徴として存在し続けるけど、国の政治は市民や貴族や……身分に関係なく選ばれた代表たちが集まって議会によって決定されるんです。海の向こうの大陸では以前から行われている制度らしいですよ」
昔何かの本で読んだ記憶だが、間違ってはいないと思う。
「待て、その場合 僕様が王になった場合、どんな仕事をするんだ?」
「政治以外の公務ですよ。各地に慰問に行ったり、いろいろ書類を作ったり。一応最高責任者なので、議会で決まった政策を最終的に許可をするのも王様の仕事です」
「ちょっと待ってよ、それじゃ議会の意味がないんじゃないですか? 気に入らない政策は却下できるんでしょう?」
今度はミナナさんからの疑問が飛んでくる。
ミルボさんはもう理解を諦めたのか、スプーンを超能力で曲げるふりをして遊んでいる。
「理屈としてはそうですね、けれどここで大事なのは、『議会でのやり取りはすべて国民に開示される』という仕組みを作る事です」
「……どういうこと?」
「つまり、国民に選ばれた代表たちが、どのように話し合いをして、どういう結論をだしたのか、というのはすべて伝わる訳です。それが国民の為になる素晴らしい結論であったのなら、皆それが実行される事を喜ぶはずです」
「――――なるほどね、もしそれが、王の一存によって却下された、となれば―――」
「そう、王族に対する支持は下がっていくでしょう。国民の支持を失い、政治にも参加出来なくなったら王族はその時こそ終わります」
「待て待て!それでは王族こそただの飾りではないか!」
こちらを立てればあちらが立たず、だな。
今度は王子から文句が出た。
「でも、王子はそんなに政治とかやりたくないんでしょ?だったらむしろ好都合では?権威は保ったまま裕福な生活は出来るんですよ?」
「いや、それは……しかし、僕様にも目指すべき国というのが無いわけではない。それが実現できないのでは、王になる意味が……」
ほほぅ? それなりにやる気はあるのか。それが確認出来たのは大きいな。
テンジンザさんなんて泣きそうなくらい感動してるし。
「わかりました、では、王も最高責任者として議会に参加する、という形ではどうですか? その代わり、当然王の意見も全て国民に開示されますし、議会には多数決で王の意見を却下する権利も与えられる。この場合はさっきとは逆に、国民にとって価値ある王の意見を、議会が王への反発の為だけに却下するようなら、議会は信頼を失っていくでしょう」
「逆に、王が国民の事を考えずに自分勝手な事ばかり言っていたら、王への信頼も失われる……つまり、王も議会も常に国民の方を向くことが求められる、という訳ね」
「その通りですミナナさん。かと言って、国民の人気取りだけでは国は上手く回らない。国側の事情と、国民の事情、どちらも考えつつ国民と議会を説得して自分の案を通していく必要がある……完全に実力主義ってことです」
まあ、実際に国を運営していく事になったらそんな綺麗事だけでは話が進まないだろうことは想像に難くないが、それでも両方にとって良い形を求めるなら今はこれが最良に近い形だろうと思う。
「――――わかったわ、わたし達はそれで手を打っても良い。わたし達がトップに立たなくても、権力の監視として影響力を持てるなら反乱軍としての筋は通っているしね。あとはそっち次第よ」
ミナナさんは説得できた……!
さあ、王子とテンジンザさんはどうする?
「……これは、今すぐに答えを出せる問題ではない。少し考えさせてほしい」
テンジンザさんの言葉に、王子も頷く。
……それはそうだな、国の在り方を変えようというのだ。そんな簡単な話ではない。
「どうでしょうか、ミナナさん」
「そうね、どちらにしてももう夜になるわ。どう動くにしても明日になってからでしょうから、朝までは待ちます。それまでに結論を出してください」
「待ってくれ、そんなすぐには……」
「では、何日なら出来ますか? 2日ですか? 3日ですか? 時間を掛ければ答えが出るのですか? その間にもガイザの侵攻は広がっていきますよ」
これはミナナさんが正しい。
僕らには時間が無いし、なによりもこの状況では最高責任者は王子とテンジンザさんであり、二人の話し合いで決めるしかない。
おそらく期限を区切らなければ、結論は出ないだろう。
「―――わかった、明日まで話し合いをさせてもらう。王子もそれでよろしいですか?」
「あ、ああ……」
王子は深く頷いたが、浮かない顔をしている。
そりゃプレッシャーはかかるだろうけど、やってもらうしかない。
この決断は国の命運を分けるかもしれないのだから―――。
夕食は解散になって、食事をしていた机には僕とイジッテちゃんだけが向かい合う形で残った。
「お前、今日めちゃめちゃ真面目な話してたな」
「そうですね、疲れましたよ」
「いやでも、よくやったよ。真面目な話の間、全然ボケなかったもんな。よく我慢したなぁ」
「ふふふ……本当にそう思いますか?」
僕は不敵にニヤリと笑う。
「……何かやっていたのか?」
「――――実は僕が、この机の下ではズボンを脱いでいた――――そう言ったら、どうしますか?」
「ははは、まさかまさか、お前がいくらバカでもそんなことは――――脱いでる!!!」
机の下を覗き込んだイジッテちゃんが驚いて声を上げると同時に、机の上に残っていた完食し空になった食器を投げてきた。デコにクリーンヒット!
「ナイスコントロール」
「うるせぇ!バカか!?こんな変態が交渉役をやってたと知られたら全部パーになる可能性すらあった気がしますけど!?」
「……そのスリルがたまらないんじゃないですか……ふふふ」
「ダメだぁ、こいつダメだぁ……!」
まあ実際は交渉が終わって人が居なくなってからこっそり脱いだんだけど、言わないことにしよう。
だってその方が面白いからね!
「あっ、ルジー、お前も呼ばれたのか?」
「そういうお前もか」
夜も深くなり、そろそろ寝ようかという時間になって、オーサさんに呼ばれた。
今回の旅は基本的に野宿だが、テンジンザさんの豊富な資金によっていくつかのテントが用意されている。
テンジンザさんと王子とオーサさんは大きなテントに3人で、僕とイジッテちゃんが小さなテントに二人で、人と一緒だと眠れないルジーは馬車の荷台で一人寝る予定だったが、大きなテントに呼び出されたのだ。
「そういえば、助かったよいろいろと」
「あの提案の事か? まあ、ボクは情報を集めただけさ。世界各国の政治についての情報をな」
実際はそれだけではなく、いろいろな情報を元にこの国でも可能で、かつ反乱軍も王子たちも納得できるギリギリの線を一緒に探ってくれていたのだ。
「いやいや、実際お前の手柄だよ。あの場でもお前に代わって欲しかったくらいだ」
「冗談言うな。ボクは大勢の人の前で喋るのが苦手なんだ。だからこんな裏稼業やってるのさ」
ルジーは閉鎖空間では偉そうなのに、開かれた場で人がたくさんいると急に口下手になるからな……謎だ。
なんて言ってる間に、大きなテントに到着した。
「きーましーたよー」
「軽いなノリが」
ルジーに軽くツッコまれながらも、声をかけてテントの中へ。
うわぁ……王子とテンジンザさんがめっちゃ沈んでる……呼ばれた時点で、話が煮詰まったから呼ばれたんだろうなぁというのは予想してたけど、想像以上だ。
「儂なんて、儂なんて何の決断も下せない情けないジジイじゃわい……」
「僕様なんて……生きてる価値も無い……」
ダブルネガティブ!!
やれやれ、どうしたもんか。
「はいはい、落ち着いてください二人とも。勇者様が来ましたよー、っと」
とりふえずおどけて入ってみる。
「お、おお、来てくれたか。ん?イージスは一緒じゃないのか?」
「ああ、イジッテちゃんは おネムです。一応声かけましたけど、眠気を我慢してまで会いたくないらしいですよ」
「ふふっ、相変わらず嫌われておるわ。まあ、仕方のない事だ」
「……ずっと気になってたんですけど、昔いったい二人の間に何があったんですか?」
「そうだのぅ……少年にはそのうち話そうぞ。ただ、今はそれどころではないのでな、勘弁してくれ」
「そうですね、すいません」
確かに、今聞く話でも無かったか。なんか結構な因縁がありそうだから、時間かかるだろうしな。
「ルジー少年もすまんな、疲れているだろうに」
「いえ、テンジンザ様のお呼びとあらば!」
目がキラキラし始めた。クール系気取ってる癖にわかりやすいヤツめ。
「で?どうしたんですか?会議が煮詰まりましたか?」
わかりきったことをあえて質問してみたら、また二人がずーんと沈みました。
普段はポジティブというか、図太さの塊みたいな二人がここまでになるとは……相当悩んでいると見える。
「まあまあ落ち着いてください。とりあえず脱衣ボンバーしますか?」
「しても良いが、反応しないぞ」
「……じゃあしないです」
無視されることが分かってる露出なんて、裸がかわいそうだ!
「お前の頭がかわいそうだよ……」
ルジーめ、なかなかのツッコミをしよる。
「……成長したな」
「うるせぇ、肩に手を乗せるな」
なんて戯れをやってても話が進まないので、もうやめよう。
「なんて勝手な奴だ……」
すまんなルジー、僕はこういう人間だ。
「さてさて、とりあえず、何が一番の問題ですか?」
提案した側の責任として、答えを出すのに付き合いましょう。
「一番はもちろん、国の仕組みを変えることだ。仮に国を取り戻したとしても、国民を不安にさせては意味がない。新しい仕組みが定着するまで、国が上手く回るかどうか……」
「そりゃまあそうですね。しばらくは混乱もあるでしょうけど……このままガイザに支配されてるよりはマシじゃないですかね?」
「マシでは駄目だ。ガイザの支配から解き放たれても、以前の国の方が良かった、と思われてしまえば国民にとっては不安な日々が続くだけだ」
言わんとすることはわかるけど、理想だけではどうにもならないこともある。
「じゃあ、反乱軍との協力は拒否しますか? 別の協力者を見つけるか、もしくは危険を覚悟で自分たちで動くか……まあ、それも二人の選択です。今回の案は、あくまでも反乱軍に協力を求めるためのものですからね」
「しかしそれは危険過ぎるのではないか? 特に王子を連れて回るのは……」
ここでルジーが口をはさむ。
「場合によっては、王子はどこかに隠れてもらって、テンジンザ様だけで協力してくれる相手を探しに行く、というのもありかと。英雄が立ち上がった、というだけでも協力してくれる人は居るでしょうし。あ、テンジンザ様だけ、とは言ってもこいつらも護衛に付けますけど」
こいつ……とは僕のことですかね?いやまあ良いけどさ。
「そうだな……確かに反乱軍の協力が得られれば心強いが、まだ他にも手の打ちようはあるだろう。さすがに国の在り方まで変える賭けに出るにはまだ早い気もするのぅ……」
ありゃ、そうなるか。
まあ仕方ないか、さすがに今回の案は劇薬過ぎた。
反乱軍を味方につけるためには必要だったが、王子たちの賛同が得られないのなら無理やり通すのもおかしな話だ。別に僕はこの機に乗じて革命をしたいわけではないのだし。
「そうですねぇ……じゃあ最後に、一つ最悪な案があるんですけど、聴きます?」
これは別に本当にそうなったらいいとは思わないし、なんならそうならない方が良いのだけど、思い浮かんだので一応提案しておこう。
「なんだ?最悪な案とは」
王子も気になるのか質問してくる。
「それは……反乱軍を騙して協力させて、いざとなったら切り捨てる、です」
「……切り捨てる、とはどういう意味でだ?」
「そのままの意味ですよ。おそらくガイザとの戦争は大きな規模になるでしょう。その時に、『たまたま反乱軍が戦いの中で全員戦死した』としても、わかりゃしませんよね……っていうお話です」
「それは……あまりにも外道ではないか?」
「だから言ったじゃないですか、最悪の案だ、って。ただ、もうなりふり構わずにとにかく国を取り戻したいなら、そういうやり方もありますよ、という話です」
僕の言葉に、少しの間考え込んだ王子が、ゆっくりと口を開いた。
「僕様はその案を――――――」
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