第109話

「わー、良い部屋ですね。いいんですか? こんなちゃんとした部屋で」

 僕らが連れてこられたのは、大広間なの?っていうくらい無駄に広い部屋だった。

 端と端に離れたら大声で会話しないと聞こえないのでは、と言うくらいの広さに、毛の長い赤い絨毯が一面に敷き詰められ、その上に真っ白い大きなベッドが2つ、紺色の長いソファーが一つ、同じ色の小さいソファーが一つ、二つのソファーの前に長い木の机がひとつ。

 空間の余らせ具合が凄いな。

 余った部分だけでも僕ら全員住めるぞこれは。

「牢屋とかじゃなくて平気ですか?」

 問いかけるも、答えは返ってこない。

 僕らを連れてきたメイドさん(?)たちは無言のまま去って行った。

「ふむ……」

 ひとまずドアノブを捻ってみる。当然開かない。

 まあそうだよね……となると……

「えいやっ」

 炎魔法を出してみる。

「ちょっと、何してんの?」

 パイクさんの問いかけを無視して、ベッドに炎の玉をぼーん。

「ちょっと!?!?ほんとに何してんの!?」

「あわわわわ、火事!!火事になるのですよー!」

 慌てるパイクさんとミューさん。

 しかし――――

「大丈夫ですよ、ほら見てください」

 炎の玉はベッドの上で転がり続けているが、ベッドが燃える気配がない。

 やっぱりな。

 遠隔操作で炎の玉をソファや絨毯や壁にもぶつけてみるが、一切燃える気配はない。

「なにこれ? どうなってるのこの部屋?」

「つまり、この部屋全体が牢屋みたいなもんだってことですよ。最初から閉じ込めることが目的だから、火事を起こしてその隙に逃げたり出来ないように細工されてるんでしょう。窓もほら……」

 剣で窓を斬りつけても、割れずに弾かれる。

 道理で武器を奪うこともしない訳だ。ここに入れておけば絶対に逃げられないという自信があるのだろう。

「―――さて、作戦会議しましょうか。どうやって逃げます?」

 まあ、こっちはそれでも逃げるんだけどね!



「無理ですね」

「諦めるの早いわね!? あんなに自信満々に「こっちはそれでも逃げるんだけどね!」とか言ってたじゃない!?」

 言ってないです。思っただけです。

「それも言ってるのよ。アンタ言ってるのよ」

「まあそれはいいとして」

「いいとしないで…?」

 部屋のあちこちを調べたが、本当に全く隙が無い。

 壁と窓の隙間や、壁とドアの隙間もどういう技術なのかしっかり塞がれていているし、床にも天井にも小さな穴一つ空いてない。

 一応、喚起のためか窓だけは少し開くようになっているが、下から上に持ち上げるタイプで、僕の手だと手のひらだけがギリギリ出るくらいしか開かないし、その外にはさらに鉄格子があるので、窓から出るのも絶対に無理だ。

「諦めましょう」

「諦めないで」

「冗談です」

「こんな時に冗談言わないで」

「……ミュー、やっぱりついてくる人を間違えた気がするです…お姉さまは良いですけど」

 いかん、ふざけ過ぎると僕の評価が下がっていく。

 パイクさんはまあ仕方ないけど、ミューさんに嫌われるのはなんか悲しいからちゃんとしよう。

「アタシにも嫌われないように頑張って…?」

 その時、突然部屋の扉が開いた。

 僕ら3人はとっさに扉から距離をとって様子を窺う。

 開いた扉からはまた屈強なメイドさんたちが何人も入ってきて、ドアから僕らの前まで二列に並んで道を作る。

 そしてその真ん中を通ってくるのは……

「余が来たぞよ!」

 はいどうもノカリさん。

 また玉座のような椅子の上に立っている。そしてその玉座を持ち上げてゆっくり移動させるメイドさんたちご苦労様です。

 動く椅子の上に立っているから少しふらふらしているノカリさん……座ればいいのに……いやそもそも歩けばいいのに。

 というか、これ脱出するチャンスなのでは?と思ったけれどドアの前はしっかり数人の屈強メイドさんで固められているし、なんなら外も固められている。

 うーん、この人数を相手にするのは無理だな。

 こっちも全員揃っていればあるいは、という感じではあるが、この3人では戦力的に心許ない。潜入作戦のつもりだったからなぁ。

 こうなることが分かっていればテンジンザさんもイジッテちゃんも連れてきたんだけど……さすがにそこまで予想は出来ない。

「で、大神官様はいったい何の御用ですか?」

 パイクさんが嫌味たっぷりに質問すると、ノカリさんは質問したパイクさんではなく、視線をミューさんに向けた。

「用があるのはあなたよ」

「へっ?ミュ、ミューですか?」

 突然指名されて動揺するミューさんは、今までここへきてから人前ではずっと背中側に回して隠していた右手が見える位置に出てしまった。

「!? なぁにそれ!? その腕!! 詳しく見せて!」

 途端に目を輝かせるノカリさん、

 慌てて後ろに隠すミューさんだが、もう遅い。

 屈強メイドさんたちがミューさんを捕まえて、ノカリさんの近くに連れていく。

「ちょっと、やめなさい!」

 パイクさんが止めようとするが、パイクさんも屈強メイドさんに3人がかりで床に押さえつけられてしまう。

 単体でもそれなりに強いパイクさんだが、屈強メイドさんたちは一人一人がしっかり鍛錬を積んだ兵士なのだろう。洗練された連携であっという間に取り押さえられてしまった。

 僕も動こうとしたが、周囲を囲まれたメイドさんたちに剣を突きつけられては動きようがない。

 ミューさんがノカリさんの前まで連れてこられると、ノカリさんはおもむろに近づいてミューさんの右手を掴む。

「これは、これはなんだい? 腕!? 腕に直接杖が!? ふひっ、ふひひひっ! 凄い!こんな人間見たことないわ!」

 ものすごく愉悦な顔で笑っているノカリさん。あー嫌な顔だ。

「普通に可愛い子が居たからメイドに加えようかと思って来てみたけど、凄いレア物を見つけてしまったわ! あなた、余のものになりなさい! 異論は認めないわ!」

「痛っ……!」

 ミューさんの右手を高く引っ張り上げるノカリさん、無表情なメイドさんたちもさすがに目線を送る。それはもう完全に、珍しいものを見るような目で、だ。

 ミューさんの表情から感情が奪われていくのがわかる。

 初めて出会った時を思い出す。

 最近は笑顔を見ることが多かったし、悲しい顔もつらい顔も嫌な顔も見たけど、でもそれも全部、今の顔より絶対に素敵だった。

 もう、あんな顔させたくなかったのになぁ!

「あーーーーー気に入らなーーい! 凄く気にいらなーーい!」

 大声を出して、視線を僕に向けさせる。

「悪いけどおばさん、その子、ミューさんは僕らの仲間なんで、おばさんのものにはならないです。っていうか、僕らの大切な仲間を物扱いするな醜悪なババアがよ」

 わー、すっごい口悪い、今の僕すっごい口悪い。

 けど、イジッテちゃんが居たらたぶんこのくらいのことは言っていただろう。今は居ないので、ならば僕が言うしかない。

 仲間を傷つけたあのおばさんを、同じように言葉で傷つけてやる役目はさ。

 脳内のイジッテちゃんが、「私はそんなに口悪くないぞ!」とツッコミを入れてくるが、いやあなたそんなもんですよ、と脳内で反論しておこう。

「―――貴様、今なんと言った!?」

 あっ、キレてる、これはキレてるな。

 まあキレさせたんだけど。

「情報をむしり取るまでは生かしておこうと思ったが、こっちのレア娘だけ生かしておけばいいわ!そいつを殺しなさい!」

 大量のメイドさんの剣が僕に振り下ろされる。

 ああもうしゃーない、無茶を承知で戦うしか―――

「やめてくださいです!!」

 ミューさんがそう叫ぶと同時に、ミューさんの周囲に強い風が発生する!

 あっ、これあの時の……蛇に襲われた時の竜巻…!

 そう思って次の瞬間には、ミューさんの周囲に居たメイドさんたちも、ノカリさんもみんな竜巻に飲み込まれ浮き上がっていた。

 はっ、これってチャンスじゃないか!? この隙に逃げ――――――僕も浮いていた。パイクさんも浮いていた。もうみんな浮いていた。

 そりゃそうだ!!

 味方だけ浮かさないなんて、そんな便利な風魔法あるわけないわな!風はただの風だもんな!風は通る場所を選ばない!浮かせるものを選ばない!

 部屋の中が大混乱に陥る中、パイクさんだけが冷静にミューさんに声をかける。

「ちょっとミュミュー、そろそろストップー」

 ……パイクさんは矛だからなぁ、この状況でもそうそう自分は傷つかない余裕がある。こっちとしては、メイドさんの持ってた剣とかも一緒に舞ってるから超怖い!

 下手すればそれで死ねる!

「はっ、す、すいませんお姉さま!」

 慌てて魔法を緩めるミューさん。

 ピタっと止めるかと思ったけど、それだとパイクさんも高いところから一気に落ちることになるからそれを気遣ったのだろう。少しずつ弱まる竜巻によって、みんな軟着陸を果たした。

 辺りには大量のメイドさんが倒れていて、怪我をしている人もいるが……死者はいなさそうで一安心だ。

 ミューさんに人殺しは似合わないからなぁ。

 ノカリさんは……おお、メイドさんたちが自分を下敷きにして落下したノカリさんを守っている。凄い忠誠心だ……洗脳なのかなんなのかは知らないけど。

 なんにせよ、今のうちに外に……とドアの方に視線を向けたが、被害を受けたのはミューさんの近くにいた人間だけで、ドア付近やその外にいる屈強メイドさんたちはそのままドアを守っている。

 もう一度ミューさんに風魔法を……と思ったが、ミューさんが肩で息をしているのが見えた。 

 ――――あれだけの風を巻き起こす魔法だ、恐らくそう何度も使えないだろう。

 今このドアを突破するだけならもう一度使ってもらうことは可能かもしれないが、その先は? この広い屋敷から脱出しようと思ったら、再びメイドさんたちに囲まれるだろうし、どこから外へ出られるのかもわからないまま走り出していいのか…?

「シャットダウン!!」

 一瞬の躊躇いが命取りだった。

 ノカリさんのその声と同時に、天井から壁に沿うように鉄格子が下りてきて、部屋を囲んでしまった。

 くそっ、これじゃもう外には出られない。

「ふふっ、なるほどね。その腕の杖は伊達じゃないのね。面白いじゃない、さらに興味を持ったわ」

 メイドさんの一人が倒れていた玉座を立て直すと、そこに座るノカリさん。

 髪がボサボサですよ。

「それでこそ、余のものにしたいわ。腕が杖ということは武器を取り上げることも出来ない。けど、それならそれで魔法への対処法はあるのよ。明日また来るわ!」

 強気な態度をとりつつも、また浮かびぐるぐるされてはたまらないと思ったのか、そそくさと部屋を出るノカリさんたち。

 あっ、今度こそチャンス、と思ったが、ドアの前の鉄格子が開くと、部屋の外にも鉄格子があるのが見える。なるほど二段構えか。

 まず内側を開けて、そこから出たら内側の閉めて、それから外を開けるシステムだ。これでは今ここで吹っ飛ばしたところでどうにもならないな。

「ふふん、楽しみにしているがいいわ! あなたたちが絶望するのが楽しみね!」

 でもムカつくからえいっ、と嫌がらせに爆発魔法の結晶(脱衣ボンバー用)を投げてやりました。

「ぷっぴぱぷぺぺぴぎゃっ!!」

 びっくりして慌てふためいて変な声を上げたので、たのでざまあみろ、と思いました。まる。


「あ、明日覚えておきなさいよっ!!」

 そう捨て台詞を残してノカリさんは去って行った。


 ……さてと、今夜中に何か対策を考えないとなぁ。


 







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