第108話
「よく来たわね、余が大神官ノカリよ。お見知りおきを」
辿り着いたのは、協会本部から少し離れた郊外の山のふもと近くという、街はずれにある貴族街の中でも一番奥まった地域に建っている、3階建ての大きな洋館だった。
洋館というか城というか……その中間と言っても良いくらい大きく豪華な洋館。
無駄に大きな正面玄関を開けると、大きな吹き抜けの玄関ホールがあり、真正面に大階段。
そして、大階段の最上段が大きな踊り場のようになっており、そこから左右に玄関ホールを取り巻くように設置されている2階の廊下へと繋がる階段が伸びているだけど……その踊り場に玉座のような派手な椅子を置き、その椅子の上に立っていたのが――――大神官ノカリだった。
「……あの、一つお聞きしても良いですか?」
「なにかしら?」
「……大神官様で間違いないんですよね?」
「もちろんよ? 他に何に見えるの?}
「何にって……メイドさんですけど」
だってメイド服着てるんだもの。
「メイド服を着てるからって、余がメイドに見えるって言うの!?」
「いや見えるでしょ、メイド服着てるんですから」
こっちの気持ちも考えてくださいよ。コマミさんを無理やり自分のものにしようとした変態大神官っていうイメージだけで、どんなスケベ親父が出てくるんだろうと思ってたら急にメイド服着たお姉さんが出てきたんですよ? どう受け止めろと!?
「そうか、まあそれも良いであろう。何せメイドさんは可愛いからな!余は可愛いものが大好きである!ゆえに!自らも可愛く居たいという気持ちがこの衣服に表れておるのだ!」
知らんがな、とイジッテちゃんが居たらツッコんでいるところだ。
けどまあ、確かに言うだけあって可愛い……というかまあ、綺麗な人だとは思う。
強めのウェーブで横幅が広い金髪も見栄えがするし、少し釣り目なのは性格のキツさが出ているが、全体的には整っていると思う。
でもその……よーく見るとちょっと首のあたりに年齢が出ているな、という感じもする。30後半か……下手すると40……?
いやまあ、何歳だろうと自分の好きな格好をする自由は当然あるけどさ。
「そこのお前、何か失礼なことを考えていたな?」
「いいえ?」
こういう時に、一切動揺せずに完全にすっとぼけられるのは僕の長所である。
「……嫌な長所よね…」
パイクさんが小声でなんか言ってきてるけど、それもすっとぼけます。
「……そうか、まあ良いであろう」
無事すっとぼけきりました。
「待っていたわコマミ!あなたの美しさ、ぜひ余の傍に置いておきたい。さあ、メイド服に着替えるがよいぞ!」
「……大神官ノカリ様、以前もお断りした、ハズです。ワタシはメイドにも、あなたの妾にも、なるつもりは、ありません」
「ちーーがーーうーーでーーしょーー!!違うでしょ!! あなたは、その美しさなのに訛ってるそのギャップが可愛いの! そんな丁寧な言葉遣い、許さないわよ!」
丁寧な言葉遣いを怒られるとは理不尽な。
まあでも、訛りが可愛いのはわかる。さっき聞いたし。確かに可愛かった。
「っていうか、何が不満なの? 余のメイド兼お妾さんになれば、生活には困らないわよ?」
「……何度もお伝えしたハズ、です。私はそもそも女性は恋愛対象では無いですし、あなたがメイドさんたちの心まで支配して自由を奪っているのも、知っています。ワタシは、仕事で人に仕えることはあっても、心の自由まで手放すつもりは、ねぇです」
最後にちょっと訛りが出たのは、強い感情の表れか。
なるほど、そういう人だから殴ったりしちゃうんだな……いやまあ、だとしても殴ったのはマズかったとは思うけども。
「ならばなぜ下働きの仕事などしておったのだ? そんなに自由を愛するのならもっと他の仕事もあったであろうに」
それはまあ、ごもっともな意見だ。
女性が誰にも仕えずに働ける仕事は、まだまだそれほど多くはないけれど存在しない訳ではない。例えば、アイテムショップのアンネさんみたいに商売を始めたっていいのだし。
「それは……その、パパが……安定した仕事についてほしいっで……いうがら…心配させたぐ……ねぇし…」
「なんじゃ?聞こえんぞ?」
どんどん小声になっていったのでノカリさんには聞こえなかったようだが、僕には聞こえた。
なるほどね、娘のことを心配したラタンさんが紹介した安定した仕事を断るのは忍びなかったのか。
愛人の子として生まれてしまった娘を何とか幸せにしてあげたいと、お城や教会という大きな場所でそれなりの給金を貰いながら安定した人生を送ってほしい……親の身勝手とも言えるし、愛とも言える。
ただ、それを断らなかったことを考えると、コマミさんもラタンさんを憎からず思っていたのだろう。ちゃんと、父娘の間に愛情はあったのだ。
この場を逃れることが出来たなら、後でちゃんと伝えよう、あなたを助けてくれと依頼したのはお父さんですよ、と。
「ふん、まあいいわ。これから時間はたっぷりあるもの。あなたをどうやって自分のものにしようかしら、あなたの心は、どうしたら壊れるのかしらね? 薬かしら? 快楽かしら? 痛みかしら? 絶望かしら? ありとあらゆる手段で、あなたの身も、心も、余のものにしてみせるわ!」
……ちょっといい話になりそうな流れだったのに、やっぱ大神官根っからのクズの様子だ。許すまじ。
「エンロッティ! コマミを客間に閉じ込めておいて」
「りょうかーい♪」
ノカリさんが謎の男に指示を出す。エンロッティって名前なのかあの謎の男。覚えづらいな。縮めてエロィしよう。うん、覚えやすいぞエロィ。
エロィは踊るようにコマミさんを連れていく、僕らもついていこうと足を踏み出すと、僕らの前にメイドさんが何人も立ちふさがった。
……メイドさん……? あれ、違うなこれ、メイド服着て目元だけを覆う黒いマスクをつけてる男だな?
いやまあ、男だとメイドさんとは呼ばないのか、と言われると悩ましいところだけど。執事とメイドさんの違いは男女の違いなのか服装の違いなのか……考えてみるとハッキリしないな。
というか、なんかすごい体格が良いな……?
あっ、さてはこの人たち屋敷の警備の人だな?
警備の人にもメイド服着せてるんかあの大神官、やべぇな、筋金入りだぜ…!
ということで、一見すると変態さんの大群に囲まれた僕ら大ピンチ。
「誰がおぬしらにも移動の許可を出した? 座れ、いや立っておれ、座らせるのも勿体ない」
何が勿体ないんだろう? 絨毯かな、確かにふかふかの良い絨毯だけど、土足で踏んでる時点で座ったとて、という話だろうに。
「おぬし独り言凄いな……全部聞こえておるぞ?」
「すいません、癖なので気にしないでください」
まあ無理だろうけど。
「そうじゃな、無理である」
「あれっ、声出てる」
「アンタ本当に一回病院行きなさいよ……」
そりゃないよパイクさん。独り言なんてたいしたことじゃないですって。
という声も漏れてるのは気づいていたが、気にしないこととする。
「気にしなさいって…!」
「ええいもう良い!話を聞きなさい!!」
ノカリさんに怒られた。パイクさんのせいだ。
「アタシ!?アタシのせい!?」
ごほん、と一つ咳払いをしてから話を始めるノカリさん、なんかすいません。
「おぬしらは、誰に依頼されてコマミを助けに来たのだ?」
ああ、まあそういう質問だとは思ってたけど、直球で来たな。
さてどうしよう。正直に言うのはマズイよねやっぱり。まあでも、名前さえ出さなければ正直に言っても良いのか。うんそうだな。
「そうですねぇ、まあその、とある偉いお人に頼まれましてね。その人は昔、あなたよりも前ですけど、コマミさんに求婚したことがあって、でもその時はフラれたんですって、あなたと同じですね。まあ、その人は地位を利用して無理矢理手に入れようとはしなかったので、その分はあなたよりマシですけど」
「―――余計なことはいい、誰なのか言いなさい」
「で、まあその人がやっぱりコマミさんが忘れられないからもう一回会いたい、探してくれって言うもんで、僕ら地位の低い雇われとしては仕方なくそれを受けてここまで来たら捕まってて処刑されるっていうんで、やばいどうしよう、そうだこうしよう、よし、助けるぞー。ってなって―――――で、今です」
「だから!過程は理解した、誰が依頼したのかと聞いておるのだ!」
凄いイライラしてるなぁ、更年期かな?
「だぁ!」
靴を脱いでヒールを投げてきた。危ないよー。
「……この状況でアンタどういう神経してんのよホント……」
「挑発するのやめてくださいですー」
パイクさんに呆れられて、ミューさんは慌てている。うーむ、やはりここはイジッテちゃんのツッコミが欲しいところだな。相棒よ。
「誰に!依頼されたのか!言うのだ!!」
凄い息が切れている……誰だ、誰のせいであんなに疲れているんだ。
「おぬしだ!」
「ええっ!?僕ですか!?」
「いいかげんにしろ!」
ついにパイクさんに殴られました。
「ええい、どうしても話すつもりはないというのだな!? では、明日にでも余が自ら拷問で聞き出してやるわ! そいつらを閉じ込めておけ!」
ノカリさんは怒りのあまりそれはもうドタドタと足音をさせながら、二階のどこかの部屋へと歩いていく……と思ったら戻ってきて椅子に座ると、周りのメイドさんとメイドの格好をした屈強な警備の人が椅子ごと持ち上げて去って行った。
……やれやれ、とりあえず煙に巻いたかな?
「……アンタ、最初から依頼人の名前は言わないでごまかすつもりだったの?」
―――――てへぺろっ♪
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