第110話

「というわけで、明日が来る前に逃げましょう」

「どうやって?」

 部屋に残された僕らは、風魔法で散らかった部屋を片付けながら会議をする。

 別に片づける義理も無いのだけど、一応今夜の宿なので、あまりに散らかってると落ち着かないのだ。

「すいません、ミューのせいで……」

「いやいや、むしろミューさんのおかげで一晩の猶予が出来たんですよ。あれで、『こいつら迂闊に手を出せないな』って思わせられたんなら安いもんです」

 そうでなければ本当にあのまま殺された可能性もあるので、この一晩の猶予を利用しない手は無い。

「でもさ、夜になったらコマミがあのババアにエロいこととか されるんじゃないの? 大丈夫なの?」

「そうなんですよねぇ、それが心配で……」

 さすがに一晩でノカリさん曰く「心を壊される」ことにはならないと思うけど……あっ、そうだ。

「そうだそうだ、それですよ。それが良いですね」

「何よ急に? コマミが性奴隷になる想像でもして興奮してんの?」

「……パイクさんは本当に僕を何だと思っているんですか?」

「えっ? 性欲の神に全てを捧げた変態殉教者だと思ってるわよ」

「酷い評価!! えっ、ミューさんは? ミューさんは僕のことどう思ってます?」

「えっ?えーと、えーと……その、ミューにとっては恩人で…」

「うんうん」

「ミューに新しい生き方を示してくれて感謝していて…」

「うんうん!!」

「実は正義感が強くて、いざというときは頑張ってくれる……」

「うんうんうん!!」

「そんな、ド変態だと思ってるです」

「最後っ!!!最後だけ違うっっ!!そこは勇者であれ!!そんな勇者であれ!!」

 いや違う、そんな話をしたいんじゃないんだ。

 早いとこ作戦を実行に移さなければ。

「わかりました、とりあえず僕の評価は置いといて、ミューさん」

「はいっ!」

 ビクっとしてる、ド変態呼ばわりを怒られるとでも思っているのだろうか。怒りゃしませんよ、僕の評価は僕がやってきたことの結果でしかないのですから。

 それを覆せせるのもまた、それも僕の行動の結果でしかないのです。

「爆発魔法、もう一回作りません?」

「ええっ!?アレをですか?」

「ちょっと待ちなさいよ。そりゃアレを使えばこんな屋敷吹っ飛ばせるでしょうけど、あんなの部屋の爆発したらアタシたち絶対死ぬわよ」

「わかってますよ、そんな自殺行為はしません。それ以外にも使い道はある、って話です。いいですか?」

「ええ、わかりました……です。ちょっと怖いですけど」

 怖いのは僕もそうだけど、今はアレが必要だ。

「じゃあ、いきますよ……」

「はいです…!

 僕が炎の魔力を出し、ミューさんが風の魔力を出す。

 これを……混ぜる……!

 こねるような気持ちで……混ざったら、それを、今度は圧縮するイメージ…!

「んぎぎぎぎぎ……!」

 キッツイ!やっぱなんというか、重いな……!

 最初にやった時は、まあ失敗したところで たいしたことないだろうと思ってたけど、今は失敗したらあの大爆発が起こるんじゃないかっていう恐怖があるから緊張感が凄い!絶対失敗できないって怖い!

「失敗したら、脱衣ボンバーどころか、全身の肉が脱げちゃって骸骨だけになっちゃうかもしれませんね!そこまでの全裸は望んでないよー」

「うるさいわね!集中しなさいよ!!」

 怒られた!場を和ますジョークだったのに!

 そんな小粋なジョークでリラックスできたのか、無事に爆発魔法の結晶(超威力)を作り上げることが出来た。

「で、それどうすんのよ?」

「まあまあ、慌てないでくださいよ。イライラすると美容にも悪いですよ?」

「イライラさせてる張本人が言うことではないわね……」

 そんな言葉を背中に受けつつ、僕は窓辺まで歩み寄る。

 もう一度窓を開けてみるが、やはりほんの少ししか開かない。

 まあでも、これだけで充分だ。

 とりあえず、周囲を見回す。

 外は夜の闇に包まれているけど、幸いにも月明かりがそれなりに差している。

 この、屋敷の裏側を向いている窓から見る限りこの建物はだいぶ山深い場所にあり、街の中心部からは離れている。これは好都合だ。

 左側を見ると、少し遠くに別の屋敷が見える。おそらく貴族か、教会の役職の高い人の屋敷だろう。

 右側を見ると、見渡す限り山林だ。

「うん、右ですかね」

 一応念のために、爆発魔法の結晶(脱衣ボンバー用)をいくつか投げて音を響かせる。鳥が何匹か飛び立つのが見えた。きっと動物たちも逃げてくれたことだろう。

「よし、じゃあ投げますね」

「ちょっと待ちなさいよ、本気!?本気なの!?」

「はい、いっきまーす」

 爆発魔法の結晶(超威力)を指で挟むように持ち、指先に軽く風魔法をまとわせ遠くまで飛ばせるようにして、窓のほんのわずかな隙間から指先を出す。

 そして、弾くように……斜め右の上空へ向けて……そいやっ!!

 夜空を切り裂くように飛んで行った爆発魔法の結晶(超威力)は、まるで森の上空で流れ星が爆発したように――――弾けた。

 一瞬で夜空を真っ赤に染めるように圧倒的な熱量と、屋敷全体が、いやこの町全体が揺れるような激しい衝撃、轟音、思わず慌てて窓を閉めたけれど、それでも体の芯から震えるような振動。

 ひえー、やっぱ恐ろしいな!!

 しばらく続いた爆発がようやく収まって外を見ると―――うーーーわ、あんなに上空まで投げたのに、山林の一部に穴が開いたような空き地が出来ている。

 っていうか、この屋敷の屋根の端っこもちょっとエグれてるな……まあ、どう見ても屋根裏っぽいところだからさすがに人はいなかったと思うけど。

「さて、これで良いですかね」

「何が良いのよ……? どういう狙い?」

 パイクさんの疑問に、ミューさんもうんうんと頷いている。

「まあ簡単に言うと、陽動と合図ですね」

 僕の言葉が終ると同時くらいに、周囲から喧噪が聞こえてきた。

 それも当然だろう、屋敷の近くで大爆発が起こったのだ。何が起きたのかと寝ていた兵士たちも全員が飛び起き、状況を確認するために大慌てだ。

「こうやって騒ぎを起こせば、さすがにノカリさんもコマミさんとエロいことしてる場合じゃないでしょう?もしかしたら敵の襲撃かも、って状況でそんなことしてる人は居な―――――くもないですけど、まあよっぼどの変態ですよ」

 ノカリさんの場合はよっぽどの変態の可能性もあるけど、この部屋を出ていくときに爆発魔法の結晶を投げたときのあの慌てたリアクションを見る限りそこまで肝の据わった変態ではないと見た。

 アレはきっと、自分が安全な場所に居てこそ変態行為を出来るタイプだ。僕にはわかる。

「……アンタが変態を語ると説得力あるわね……」

「……ありがとうございます?」

 褒められてるのかよくわからないけど、とりあえず感謝しておこう。

「で、合図っていうのは?」

「それはそのままの意味ですよ。僕らがここにいると知らせるためです」

「誰に――――って、それは聞くまでもないわねさすがに」

 そう、言うまでもなくイジッテちゃんとテンジンザさんだ。

 さすがに二人も、僕らが待ち合わせ場所に来ない事を不審に思って探しているに違いない。

 その時に、数日前に見たあの爆発と同じようなものが見えたら――――きっと、ここに僕らが居ると気づいて駆けつけてくれるはず!

「待ち合わせ場所からここまでは、急げばさほど時間はかからないハズです。少なくとも朝になるまでには駆けつけてくれますよ」

 二人が外から手伝ってくれれば、きっと脱出方法は見つけられるはずだ!

 さあ、待ってますよお二人さん!!

「一つだけ心配なのは――――」

 ミューさんが、独り言にようにポツリとつぶやいた。

「あのお二人が、今の爆発を見逃してる可能性ですー」

「いやいやいや、それはさすがに無い………無いですよね……?」

「――――無い、とも言いきれないのが怖いところね……」

 まあ確かに、待ちつかれて馬車の中で寝てしまっていた、なんてことがあったら……いやいやまさか、まさかそんな。

「と、ともかく、待ちましょう。見つけてくれればすぐに来てくれるはずですよ!!」


 ―――――朝まで、来ませんでしたとさ。


「……来なかったわね……」

 待ちつかれて寝不足の僕ら3人は、それはもう小声で会話をする。

「まさか、あんな大きな爆発を見逃されるとは……想定外でした…」

「やっぱり、寝てたんでしょうか……です」

 イジッテちゃんは、自分たちへの攻撃に対する感覚は研ぎ澄まされてるけど、そうじゃない時はわりと一回寝たら割と起きないタイプではあった。確かにそうだった。

 テンジンザさんも病み上がりなのは確かだし、まだ前のような鋭さが戻っていないのかもしれない……そもそもあの二人、二人きりにして喧嘩とかしてないでしょうね……?

 あー、そこ考えてなかったなー。二人きりにしちゃだめな二人だったかー?


 なんて考えていると、突然部屋の扉が開いた。


「さあ、お待ちかねの朝が来たわよ?」

 そこには、再び椅子の上に立ったノカリさんが居た――――くそぅ、どうすりゃいいんだ?


 それはそうと、爆発魔法の結晶(脱衣ボンバー用)をえいっ。

「うっぴゃあわばらばばば!!」

 やーい、驚いてやんの、やーいやーい!!


「子供みたいな嫌がらせやめなさい」

 パイクさんがたしなめてきたので、僕は渾身のてへぺろを見せてあげましたとさ。

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