第107話
「どうすんのよ?」
パイクさんが小声で支持を催促してくる。
「ちょっと待ってください、えーーーーと……」
頭の中に地図を思い浮かべる。
脱出計画がすんなりいくとは限らないので、経路は数パターン用意してある。
くそぅ、一番ベストなルートなら、ラタンさんに貰った鍵を使えばこの先すぐの扉を開ければもう外なのに……仕方ない、遠回りになるけど別ルートだ。
手の動きで指示を出して、ルートを変更する僕に、両手を真っすぐ後ろに伸ばした走り方で追いかけてくるパイクさんとミューさん。なんでも、ニンジャ走りと言うらしい。楽しそうですね!
確か――……地図では、ここに地下道へ通じる扉が……あった。
普段は使われてないらしいが、下水道にもつながっているので、たまに定期点検のために使われることもあるのだとか。
ここなら外につながっているからここから……あれ?
「どうしたのよ、早く鍵開けなさいよ」
僕が戸惑っているのに気づいて、パイクさんが声をかけてきた。
「いやその……鍵が開いてるんです……」
ラタンさんの話では普段は施錠されているはずだが……おかしいな、なんか嫌な予感がする。
「やっぱりやめましょう、ここは――」
「……コルスさん、来てます!さっきの兵士がこっちに来ます!」
ミューさんの言葉に耳を澄ますと、確かに足音がこちらに近づいてくる。
くそっ、どうする。次のルートもないわけじゃないけど、ここは真っすぐに長い廊下だから、そっちに向かってる間にあの角を曲がってきたら絶対に見つかってしまう。
近づいてくる足音、鍵の開いている扉……ああもう、迷ってる暇ない!!
「行きましょう…!」
地下へと続く通路に素早く入り、音がしないようにそっと扉を閉める。
扉の向こうをカツカツと足音が通り過ぎていく。
……待てよ、通り過ぎたあとでもう一度最初のルートに戻れるかどうか確かめる価値はあるな。
最初のルートのところに居た兵士がこっちへ来たのだとすれば、予定通りあそこから外へ出られるという可能性も――――
「おい!大変だ!!」
外から聞こえたその慌てた声に、僕ら全員の心臓が跳ね上がる。
「牢から女が逃げた!どこにも居ない!」
「なんだと!すぐに兵士を集めろ!絶対に見つけ出せ!」
やばいやばいやばいやばいやばい!!
くそっ、これで教会の中は警戒態勢だろう。もう中に戻るのは危険すぎる。
僕は身振り手振りでみんなを扉から離れた位置まで誘導する。
扉のこちら側には細く短い通路があり、その奥に地下への梯子がある。
また地下かぁ……僕ってお日様の下が似合わない男なのかねぇ。
っと、そんなこと言ってる場合じゃない。
「地下道を通って外へ向かいます。ついてきてください」
3人にそう告げて、僕が先頭で進む。
しばらくは教会の中や外をくまなく探すだろうし、上の扉は入ってすぐに中から施錠したので、多少は時間が稼げるだろう。
地下道は、真ん中に水が通っていて左右に歩道のように道がある。
下水道につながっているので臭いけど、まあ仕方ない。
灯りは、基本的に付いていない。
「アンドン」
久しぶりの光魔法だ。
本当は目立つから明かりはつけたくないけど、地下なので光も入らず、明かりをつけないと足元さえ見えない。
なにより、地下道の内部は入り組んでいるので、地図を見ながら進むしかない。
だが、やはりまだ地下までは警備の手が回っていないのか、すんなりと進むことが出来ない。
「こんなにすんなり進むと、脱衣ボンバーしても大丈夫かな、って気がしてきますよね」
「絶対やめてね。やったら比喩でもなんでもなく、リアルに腹を貫くわ」
「お姉さま、お手伝いします」
……パイクさんとミューさんに凄い物騒なことを言われたのでやめておこう。
リアルにかぁ……リアルに腹を貫かれる危険と隣り合わせなのか僕は。
「忘れないで、アンタが自分から行ってるのよ、その隣には」
「僕が行ってるというより、全裸の方から来てる、っていう可能性もありますよね。惹かれあう僕と全裸」
「………」
「…………」
あっ、無視だ。無視された!!
悲しいなぁ。イジッテちゃんのツッコミが恋しいよ。
なんて会話をしつつも、外への出口まで特に大きなトラブルもなくたどり着いた。
一応、外の音に耳を傾けてみるが、兵士の足音はしない。
ここは協会本部の敷地から少し離れた位置にある貯水池に繋がっているらしいので、まだ兵士たちは敷地内を探しているのだろう。
「兵士たちが来る前に急いで出ましょう」
出入口は丸い蓋が上に開くタイプだったので、少し開けて様子を見るが、やはり人の気配は感じない。
「よし、行きます」
地上に出ると、また雪が積もっている。
空からは、ゆっくりと粉のような雪が揺れ落ちてきていた。
多少雪で視界は悪いが、ひとまずここから離れて待ち合わせ場所へ向かう。
元々出口に使う場所の近くに馬車を待機させてあったから少し離れてしまったけれど、そこまで行けばイジッテちゃんやテンジンザさんも居る。
そうすればあとはここから逃げるだけだ。
良かった、何とか無事に何事もなく成功―――――
「きゃあ!!」
その背後からの小さな悲鳴は、緩みかけていた心を一瞬でざわつかせた。
後ろを振り向くと……
「残念でっしたー、またどうぞ♪」
そんな、この場にそぐわない明るいノリの言葉と共に、コマミさんの首元にナイフを突きつけている謎の男がいた……!
いつの間に!?まったく気配を感じなかった……!
降りしきる雪に溶け込むような真っ白な服に全身を包み、高い位置で結んだ長い髪も、肌も真っ白で、体のどこにも色が存在しないような、異様な男だった。
「アンタ、何者よ」
瞬時に戦闘の構えをとるパイクさんが問いかける。
「何者だろうねー?それより、あんたたちこそ何者だい?せっかくこの子迎えに行ったのに居ないから探しちゃったよー♪」
言いながら、コマミさんの頬をナイフの腹でなぞる謎の男。
―――迎えに……? コマミさんを?
そうか、なるほどな……もしやこいつは、例の大神官とやらの手先か?
表向きは処刑したことにして、こっそり牢から連れ出して自分の元に連れてきて、コマミさんを手中に収めようって魂胆なんだろう。
この男は、その「こっそり牢から連れ出す」役目を受けたけど、言ってみたらもう僕らが連れ去った後だった、と。
……思ったよりも早くバレたのも納得だ。
きっと内部に大神官の協力者がいて、この男から「居ない」と報告を受けて牢を見に行ったのだと考えれば辻褄が合う。
地下道への扉の鍵が開いていたのも、この男の通り道だったからか。
「おーい、聞いてるぅ? あんたたち、だぁれ、って聞いてるよ?」
ムカつく喋り方だなこいつ!
「答えると思う? あんただって誰に頼まれてその子を迎えに行ったのか、答えるつもりはないんだろう?」
「ううん? 別に言うよ? 大神官だよ?」
――――!? マジかこの人。どういうつもりだ?
「何で話しちゃうんだ? って思ってるでしょ、それはね――――どうせ君たち殺しちゃうから、別に話してもいいんだよー♪」
軽い喋り方とは裏腹に、一瞬の鋭い視線で死の匂いを充満させる謎の男。
僕ら3人は緊張感を高めて、攻撃に備える。
くっそ……戦うしかないのか……?
けど、コマミさんが人質に取られているこの状況では……。
どうする、どうする……!
「なーーんちゃって♪」
!?
「嘘嘘、嘘だよ~。今回は人を殺す許可は出てないからねー。殺しはしないよ」
なんなんだこいつ本当に……だったらなんでわざわざ大神官のことを言う必要があったんだ?
「でもー、一緒に来てもらうよ。―――大神官様がお待ちだからね♪」
どういうことだ?
僕らを大神官のところへ連れていく、そう言ってるのか?
「何の為に? 僕らを連れて行って何の意味があるんだ?」
「さあ? ただ、もし誰かがこの子を連れ出しているのだとしたら、そいつらも連れてこい……ってさ♪」
「―――嫌だと言ったら?」
「その時は―――ぼっこぼこにしてから連れていく♪ 五体満足で連れてこい、とは言われてないからねっ」
戦うってことかけどそれなら、こちらには数の優位がある。
勝てなくてもいいんだ、僕とパイクさんが戦ってる間に、ミューさんにコマミさんを連れて待ち合わせ場所に行ってもらえば、イジッテちゃんとテンジンザさんも来てくれるだろう、それまで待てば―――
「その前に、この子の足をちょん切っておこうかな? 戦ってる間に逃げられないように♪」
―――んなっ…!
腰にしまってあったのか、背後から大きな鉈のような武器を取り出してコマミさんの足に近づける謎の男。
「ちょっ、ちょっと待て!そんなことしたら出血多量で死ぬぞ!」
「大丈夫大丈夫♪ 炎の魔法も使えるから、斬ったらすぐ傷口焼けば、屋敷に着くまでは持つっしょ♪」
……とんでもない事を言いやがるなこいつ……もしかしたら僕の拷問モドキみたいに脅しをかけてるだけなのかもしれない、と一瞬だけ考えたが……おそらく違う、こいつは本当にやる……そういうタイプだと、僕の本能が告げている。
「いいのか? 大神官様が欲しがっている子を傷つけても?」
「んー? いいんじゃない? あの人変態だから、欠損とかにむしろ興奮するんだよ♪」
うーわ、なんなんだよ大神官。いや、僕は他人の性癖は否定しないって決めているから、その性癖自体を悪いとは思わない。
けれど、性癖のために女性を傷つけるのは話が全く違う。それを許容するなら、大神官根っからのクズだな!!
「……お前はその倫理観があるのに何で脱衣はするんだ……?」
そんな状況ではないと思うのだけど、我慢できずにツッコミを入れてしまった様子のパイクさんである。
「なんでって……僕の脱衣で誰が傷つくんですか?」
「誰って、女の子の心に傷――――は、ないか。お前のミニミニリトルチルドレンでは」
ミニミニリトルチルドレン……!
僕の自慢のお宝が、ミニミニリトルだと……!?
「そうですね、ほぼ子供のそれですもんね。あのミニミニリトルチルドレンは」
ミューさんまでもが!?
ミューさんまでもが僕の股間にそびえ立つ天空の塔をミニミニリトルチルドレンだと言うのですか!?
ちっくしょう!今に見てろよ!!
「……あんたたち、何の話してるの?」
ついに謎の男にまでツッコミを入れられた。
「うるさい!あんたにミニミニリトルチルドレンの気持ちがわかるのか!!」
「知らないよそんなの……」
「でしょうねぇ!」
さっきまでのシリアスに空気どこ行ったんだよ。
誰のせいだ、僕のせいか?いや、今回ばかりはパイクさんのせいのような気がしているぞ。
「なんかよくわかんないんだけど、大神官様のところに来るの?来ないの?どうすんの?」
しびれを切らして無理やり話を元に戻してきた謎の男。
そうだ、その話だった。
「―――わかった、行きますよ」
「本気なの?」
僕の決断に、パイクさんが疑問を投げかけてくる。
「仕方ないですよ、たぶんこの人は、本当に足を切るくらい平気でやります。コマミさんを連れ出せたとして、足を犠牲にしても成功ですか?」
「それは……でも、行ったら殺されるかもしれないのよ、この任務は命を懸けるべきものなの?この子だって別に連れていかれてすぐに殺される訳じゃない。ひとまず彼女だけ渡してそのあとに対策を考えてもいいんじゃない?」
まあ確かに、ここで連れていかれても後から取り返せれば問題ない話ではあるけど……。
「残念♪ その案は却下。言ったよね? この子を連れ出そうとしてるやつが居たら一緒に連れてこい、って言われてるって。全員の足を斬ってでも連れてくよ♪」
「出来るとでも……?」
「出来ないとでも……?」
睨みあうパイクさんと謎の男。
その視線を遮るように、僕は手を差し出す。
「行きましょう、戦えば少なくとコマミさんの足は犠牲になる。わざわざ連れてこいって言ってる以上は、すぐに殺したりしないハズです。今は従いましょう。それに―――」
「それに、なによ」
「大神官ってやつをぶっ飛ばす、良いチャンスじゃないですか? 嫌いなんですよねー、女の子ひとりもまともに口説けないくせに、権力振りかざして手に入れよう、なんて下種な奴はさ」
「――――なるほど、良いわねそれ。アタシも虫唾が走ってたところよ。乗ろうじゃない」
「ミューはお姉さまに付いていきます!」
僕らは顔を見合わせて、頷く。
「ということになりましたけど、それでどうですか?」
「オッケー♪君たちが何を企んでようと、ミーには関係ないからね。ついてきてくれれば良いよん♪」
こうして僕らは、大神官のところへ連れていかれることになった。
……はぁ、次から次へと面倒なことに巻き込まれるなぁ……!
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