第106話
「まあ、簡単に言うとあなたを助けに来たものです」
「――――どうしてワタシを?あなたに何の得があるのですか?」
「それはまあ――――色々と事情がありまして――――……本当にいろいろあったんですよ」
潜入作戦結構当日、僕らは3人で協会本部に潜入して、意外とすんなりコマミさんの牢の前までたどり着いた。
鍵もある、警備状況も知っている、となれば足音を立てずにそっと忍び込むだけだ。
むしろ問題は逃げるときなんだけど……それは後で考えよう。
「ともかくそういうわけなので、一緒に来てもらえますか?今鍵開けますから」
ラタンさんは、牢屋のカギは手に入れられなかった。
警備に必要な建物のドアのカギと、牢屋のカギは別々に保管されているらしく、牢屋のカギの方はチェックするにしても別の責任者の立ち合いが必要なのだとか。
それはあまりに危険過ぎて無理だと言われたが……まあ仕方ない、ここのカギくらいなら、少し時間をかければ自力で開けられるだろうからそこは妥協した。
「誰の依頼で来たの、かしら?」
少し訛っているというか、独特の節回しでしゃべる人だなコマミさん。
「それ、今言う必要あります?」
僕の後ろではミューさんとパイクさんが周囲を見張っている。ここは教会本部の地下にある牢屋なのだけど、3つある牢屋にコマミさんしか入っていない。
まあ、教会で牢に入れるような罪を犯す人などそれほど居ないのだろう。ここは言うなれば内部犯を入れる場所のようだし。
なので、見回りが来るまではこうして会話する余裕もあるのだ。
時間的にはまだしばらく来ない予定だけど、鍵明けが絶対に間に合うとも言い切れないので時間との勝負なのは変わりないのだけど。
ちなみに、パイクさんとミューさんはノリノリで顔まで隠れる黒づくめの服をどこからか揃えてきていた。
東洋のニンジャスタイルとか言ってたけど……楽しそうですね!
まあ、なりきりプレイをやってくれているうちはちゃんとそれっぽく隠密で動いてくれるのでありがたといえばありがたい。
「ワタシを助けると、下手すれば教会に狙われる、わよ?」
「承知の上ですよ、だから見つからないように急いでるんです」
「―――――わからないん、だわ。そこまでしてワタシを助ける理由があるとは思えないケド……?初対面、よね?」
「そうですね、はじめまして。さっきも言いませんでしたっけ?」
「もう一度聞くけど、誰に頼まれた、のかしら?」
頼まれた、という意味で言えばラタンさんだけど……名前を出しても良いものか悩むところだなぁ。
おそらく、コマミさんがここで働いているのはラタンさんの口利きだろう。
ジュラルの城に就職してこれで安泰だと思ってた娘が追放されたと聴けば、心配で職を斡旋するくらいのことはするだろう。
コマミさんもそれを受け入れてここに来たのだから、親子仲が悪いって事もないだろうけど……それを告げてどういう反応になるのかは予想できないところだ。
名前告げたとたんに、だったらいかない!なんて言われると困るしなぁ。
「誰からの依頼なのか、言わないと、うごかない…わよ」
……別の方向から困ること言いだした……。
「でも、このままここにいたら明日には処刑されるんですよ?それでもいいんですか?」
「処刑は嫌。でも、処刑を装ってどこから連れていかれて監禁されるくらいなら、処刑の方がマシだわよ」
―――――ああ、そういうことなのか。
その言葉で、全てが繋がった。
そうか、コマミさんをここに閉じ込めた大神官とやらは、処刑される状況に追い詰めて、「こっそり助けてやるから言うことを聞け」と命を取引材料に自分のものにしようとしたのか。
うわー、ゲッッッスい!!なにそれゲッスい!!
教会の大神官が聞いて呆れるな。
しかしそういうことなら、誤解は解いておかないとな。
「違いますよ、あなたを――――……」
待てよ?ここで名前を出すべき人は別にいるのでは?
うん、その方が良いかな。
「あなたを連れてくるように言ったのは、ジュラルの……王子です」
あっ、しまった、あのバカ王子の名前知らない。
王子はほぼ表舞台には出てなかったからなぁ……あの性格だし、王様も出したくなかったんだろうけど。
一人息子だったから「王子」って言えばあのバカ王子なんだよな……それで話が通っちゃってたすら名前確認するの忘れてた。
「ジュラルの……って、あのバカ王子?」
あっ、通じた。バカ王子で通じた。
じゃあいいや、あのバカ王子の名前とか興味ないし。
「そうです。そのバカ王子」
「……あなたにとっては依頼人、でしょう?」
「まあそうですけど、バカ王子はバカ王子ですからね。ともかく、そのバカ王子があなたに会いたいって言ってるんです」
「なんで?ワタシ、あのバカ王子ぶん殴って追い出された、んだけど」
「あーーーそのですね……」
うーん、これは正直に言うと拒否反応出る可能性もあるかなぁ。
ここは、ちょっとでもあのバカ王子の印象を上げておくか?
「あなたの状況をどこからか聞きつけたみたいで、元はと言えば、自分が無理やり迫ったせいで城を追い出されて、今この状況になっているので、何とか助けてやりたい、と仰られました」
「あのバカ王子が?」
「ええ、あのバカ王子が」
「そんなこと、言う?あのバカ王子が」
「そんなこと言ったんですねぇ、あのバカ王子が」
自分でも説得力がないような気がするが、けど考えてみると王子は本当に今でもコマミさんが好きなのだろうか。
口から出まかせで言ったことだが、本当にコマミさんの状況を知っていて助けて欲しいと思っていたのかもしれないし……ただ結婚したいだけかもしれない。
そのあたりはバカ王子のみぞ知る、だ。
「まあともかくそういうことなので、一緒に逃げてください」
「助けた見返りに、あのバカ王子と結婚しろとか言わない、でしょうね?」
「―――――まさかぁ」
結婚しろとは言わない。してくれませんか?とは言う。断る自由もある。
けど、今それを告げると絶対ややこしいからすっとぼけておこう。
「……よしっ、開いた。さあ、行きましょう」
ようやく鍵が開いたので、牢屋の扉を開ける。
……けど、なかなか出てこないコマミさん。早くしないと見張り来ちゃうよ…!
「―――ひとつ、質問してもいい、かな」
「なんでしょう」
「噂では、ジュラル城が落とされたって聞いたけど、本当、なの?」
「ええ、本当ですよ」
追い出されたとはいえ、元々住んでいた街のことはやっぱり気になるのかな。そうだよな、知り合いとかいるかもしれないもんな。
「あの……テンジンザ様は、どうなった、の?」
「えっ?」
テンジンザさんと知り合いだったのかな……特にそんな話はしてなかったけどなテンジンザさんは。
「どうってその――――」
どうしよ、世間的にはテンジンザさんはまだ行方知れずってことになってるからあんまり情報を漏らさない方が良いのだけど……とはいえ、外で待ってるからなぁ、出たらすぐ会うわけで、別にここで言っても良いか。
「無事ですよ、なんなら今外で待ってます」
その瞬間――――今まで座ったまま動かなかったコマミさんが凄い勢いで近づいてきた!!
「ほ、本当だべか!?テンジンザ様、ここに来てるんだか!?」
……ん?
「ちょっど!聞いてるでねぇか!テンジンザ様は、本当にここに来てるんだか!?」
「……ええ、あの、はい、来てますよ」
「ひやああ…!ほんとだべか!テンジンザ様にまだ会えるなんて、わだす嬉しいだぁ!」
あれ?おかしいな、さっきまでクールなお姉さんっぽい感じだったのに?
「テンジンザさんのことが好きなんですか?」
「すぎなんでもんじゃねぇだ!わだすの憧れの人だぁ!また会えるなんて思わながっだぁ!」
そうなのか……変わった趣味をお持ちで……って、世間的にはそんなことないのか。そうだよな英雄だもんな、熱狂的な女性ファンだっているよね。
すっごい目がキラキラしてる。本当に好きなんだなぁ。
ようやく明るいところに出てきたコマミさんは、褐色の肌に艶やかな黒髪で、切れ長の目とすらっとした鼻すじを持った異国美人だった。
白い法衣のようなワンピースに身を包んでいて、そこから伸びた長い褐色の手足が映えている。
「いんやぁー嬉しいだな~、テンジンザ様にお会い出来るなんて、アタイ幸せもんだぁ」
その外見と、この訛り言葉のギャップが凄いな。けどそれが可愛い。
「さっきと言葉遣いがだいぶ違いますね。そんなに嬉しいんですか?」
僕のその言葉に、コマミさんはハッとしてさっきまで嬉しそうに笑っていた顔をキリっと決める。さっきまでのクールなお姉さんの顔だ。印象だいぶ変わるなぁ。
「なんのこと、かしら?」
ああ、なるほど。なんか妙な節回しでしゃべるなぁと思ってたけど、訛らないように気を付けながら喋ってたのか。納得した。
「まあともかく、行きましょう。テンジンザさんも待ってますよ」
「うへへ~テンジンザ様~……はっ、そうね、行く、ましょう」
行くべ、って言いそうになったのを確認。
別に訛ったままでもいいと思うけどなぁ。まあ、いろいろ本人的に思うところがあるのだろう。僕が口を出すことでもない。
周囲を警戒しつつ牢屋の外へ出ると、見張りをしていたパイクさんとミューさんも僕らの会話が聞こえていたのか、ぽかーんという顔をしている。
それもそのはず、明るいところで見るコマミさんは、まず背が高い。
僕も背の高い方ではないけど、だとしても僕の頭がコマミさんの胸のあたりだ。そして、その背の高さを支える脚の長さ。
手足の長さ、腰の高さ、ゆったりした服でも分かる細身のスタイルの良さ。
それでいてこの国では珍しい褐色の肌は目を引くし、何よりもただひたすらに美人だ。はぁー、そりゃ次々と求婚されるのも頷けるな。
まあ、パイクさんとミューさんがぽかーんとしてるのはただ美人だからではなく、さっきの訛った喋り声が聞こえていたから、イメージとあまりに違って驚いているのだろう。
訛ってたうえに凄いキャッキャはしゃいでたから、こんなクール系スラっと美人が出てくるとは思うまいて。
いやまあ、訛っている=クール系美人ではない、というのはこれはもう完全に偏見でしかないのだけど、人間は植え付けられたイメージをなかなか振り払えない面倒な生き物なのです。
「はいはい、お二人、もう行きますよ。正気に戻って」
「はっ、ごめんなさいです。つい、美しくて」
「ふふん、アタシ以外にミュミュの目を奪うなんて、やるじゃない。ちょっと嫉妬してあげるわ」
同じ女性から見てもやはりコマミさんは美しい様子。確かに目鼻立ちがキリっとしていて、男装の麗人っぽさもある。演劇にでも出演すれば女性人気爆発だろう。
男女どちらにも好かれるとは羨ましい限りだ。
僕なんてどっちにも好かれないのに。
……まあでも、好かれた結果が今この状況なのだと考えると、美し過ぎるのも大変だ。どんな人にも苦労はあるんだなぁ。
そんなこんながありつつも、ようやく僕らは脱出に向けて動き出した。
だが―――
「ちょっとストップ…!」
長い廊下の曲がり角で先の様子をうかがった僕は、予定では居ないハズの兵士の姿を見つける。
マズイな……どうしてだ?
やれやれ、僕はどうにも何をするにもすんなりとはいかない運命らしい。
さーて、どうする……?
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