第103話

「私があの人と出会ったのは、25年前の事でした……今でも後悔しているんです、あの出会いを―――」

「あ、ちょっと待ってください」

 ラタンさんの自分語りが始まりそうだったので、ひとまず止めた。

「え?な、なんですか?」

「いやあの、その話長くなります?」

「はぁ、まあ、そうですね。私とあの人、そして彼女の25年にわたる物語が……」

「ごめんなさい、全然興味ないので、概要だけお願いできますか?」

 正直、ラタンさんの25年の物語は知り合いでもないのに聞いてられない。

「お前……容赦ないな…」

「いやだってイジッテちゃん……興味あります?」

「ない」

「でしょう?」

「という事で、概要だけお願いします」

 こっちは話が付いたので、ラタンさんに話を促す。

「概要……概要……?25年の概要……?」

 どうせならもう全部話す気満々だったのか混乱しているが、こういう人の自分語りなんて自分に酔ってて変に美化して話すに決まってるんだから、そんなの延々聴きたくないよ。

「すまん、何とかそれで頼む」

 テンジンザさんも乗ってくれた。まあ、テンジンザさんに関しては多分、長い話を聞くのが面倒なだけだとは思うんだけど。

「えーと……はい、わかりました……」

 申し訳ないという気持ちもあるよ?ラタンさんの人生を簡単に説明しろって言うのは。でも、僕らはそんな懺悔みたいな話に付き合うつもりはない。

 それこそ懺悔は教会の仕事なんだし。

「そうですね……短く言うとですね、その……大変言いづらいのですが……」

 どうやらそれを言うのは覚悟が要るようで、しばらく上を向いたり下を向いたり左右をキョロキョロしたり大きく息を吸ったり吐いたりしていたが、さすがにそろそろこっちもイライラしてきたタイミングで、ようやく口を開いた。

「一言で言うと、コマミは私の……愛人の子です」

「……しょーもない!!しょーもない隠し事!!」

「イジッテちゃん、正直に言いすぎですよ」

 まあ確かに、そんなに溜めてまで言う事か、という気持ちもあるけれど、言いづらい心情も理解出来る。

 と言うのも―――

「確か、不義は教会の教えでは許されないことでしたよね?」

 僕の問いに気まずそうに頷くラタンさん。

 不義……つまり男女間の道を外れた関係―――簡単に言うと不倫、悪魔崇拝と同じく教会では許されないことの一つだ。

 なにせ、教会の信徒は結婚するときに神の前で一生添い遂げる事を誓うのだ。その誓いを破るのは神に対する背徳となる。

「―――けど、さすがに昔と違って、ほぼ形骸化してるって話も聞きましたけどね。誓いに背くとはいえ、離婚すら許されないのは辛いって」

 結婚してみたら関係性が変わって上手く行かなくなったり、年月が経って相手の性格が変わってきたり、婚姻関係が続けられない要因はいくつもある。

 昔はそれでも誓いを破ることには厳格に罰を与えていたようだが、最近は、婚姻関係を継続することが苦痛でしか無いのなら、縛り付けていくのは幸せにつながらないとして、罰則も本当に軽いものになったらしい。

「ええ、そうなのですが……離婚と、結婚したまま外に愛人を作るのとではやはり愛人の方が罪が重いとされてまして……もし明るみになれば、追放とまではいかなくとも、今の地位ははく奪されるでしょう」

「自業自得じゃねぇか」

「イジッテちゃん、本当の事を言いすぎですよ」

 まあ、全くその通りとしか言いようが無いのだけど。

「確かにその通りです。若さゆえの過ちでは済まされない。けれど、生まれた子に罪はない。私は妻との子供たち、孫たちにも、そしてコマミにも幸せに生きて欲しいと思っています」

 それは確かにそうだ。

 親の過去の罪を子供が背負わされるほど理不尽なことは無い。

「先ほど孫の話をしましたが、その母親……つまり私のもう一人の娘は、結婚して子供に恵まれたのですが、早くして夫を流行り病で失ってから1人で子供を育てていました。しかしある時 精神的に病んでしまって、自殺を図ったのです」

 ……凄い重い話になって来たんだけど……さすがにこれは短くまとめて、とは言いづらい。

「何とか一命はとりとめたものの、このまま放ってはいけないと思いまして……結婚を機に親元を離れて教会とは距離を置いていた娘を呼び戻し、孫と共にこの街で再び信徒として暮らしながら少しずつ心を癒しているのです。今この時期に、父が不義を理由に職を失うようなことがあれば、ようやく立ち直りかけていた娘と、その子供はどうなってしまうか……」

 んんんんんんんーーー……「そもそもあんたのせいだけどな!」と言ってやりたい気持ちもあるけど、今更過去は変えられないし、娘さん母子の事を想うとそんな簡単な話ではない。

 ラタンさんが職を失うのはまあしゃーないでしょ、としか言いようがないけど、娘さんやその子供さんも、周囲から「不義を行った家の子だ」という目を向けられてしまうだろう。

 それはあまりにも気の毒だ……子供も孫も何も悪くないのに。

 ラタンさんの収入で養っていたのなら経済的に困窮する可能性もあるしなぁ……なにこの間接的に人質取られたみたいな状態!

 さすがに見捨てられないよそんなん!

「………本当に身勝手な話だと理解してますが、どうかあなた方の力でコマミを助けてください。お願いします…!」

 深く頭を下げられているけど……「あなた方の力で」ってことは、自分は最小限の協力しか出来ない、という事を改めて示唆しているのだろう。

 ええい、本当に身勝手だな。

 いやまあ確かに事情は分かったけど……厳しいなぁ。

「ひとつ聞きたいのだが、なぜ最初からそう頼まなかった?あのような遠回しな物言いをせずとも良かったであろう」

「………すいません。出来れば己の恥を晒さずに何とかしたいと思ってしまって……知る人間が増えればそれだけ外に漏れる可能性も増えますし…」

 自分は恥もかかずに願いを叶えようとはわがままな、とは思いつつも、それが結局娘さんたちの為にも一番良いからあまり強くも言えない。

「とうっ」

 しかしイジッテちゃんはラタンさんの顔面にドロップキックを決めた。

 そうだね、それでこそイジッテちゃんだね。

 ラタンさんは見事に椅子ごと後ろにひっくり返った。

「いろいろムカついたけど、ひとまず今の一発で勘弁してやる」

「良かったですね、イジッテちゃんが優しくて」

「………優しい人は顔面にドロップキックしないと思うのですが……ところでお嬢さん、靴底に鉄とか入れてます?」

 硬いからね、そう思うのも無理はない。まあ、真実を教えるつもりは一切無いけどね!

「まあ、顔面を蹴ったことは不問にしていただくとして」

「………そっちで不問かどうかを決めるんですか…?いや、いいですけど、そんなに痛くなかったし訴えるつもりはないですけど、それはこっちで決めたかったですね…?」

「そっちが決めたらそっちが優位になるじゃないですか!」

「こっちは被害者なのに…?」

「被害者面するな!!」

「いや、面とかじゃなくてシンプル被害者では!?」

「もちろんそうですよ!でもある意味加害者ですからね!」

「な、なんでですか?」

「なんでとかじゃない!!」

「理不尽が過ぎる!!」

「おぬしが悪い!」

「テンジンザ様まで!?」

「すまん、なんか楽しそうだったから乗っかってしまった」

 そう言って赤面しつつ照れ笑いするテンジンザさんちょっとだけ可愛いなこんにゃろう。

「まあ、物凄くぶっちゃけて言えば、あなたが何の罰も受けないでこの地位まで来てるのが、みんな気に入らなかったので、ドロップキックくらい甘んじて受けてください、という話です」

「………そう言われるとなかなかに辛いですな…私なりに苦労も……いや、それこそ自業自得ですな。わかりました。受け入れましょう」

「ていやっ」

 二発目のドロップキックが決まりました。

「なんでですか!?」

「いや、なんか……物わかりの良い大人ですから、みたいな感じを出したのがムカついて…」

「どうしろと…?」

 まあさすがに、このくだりはここで終わろう。そろそろ本題に戻らないとな。


「色々と話は理解しました。そのうえで、一つだけお願いがあります」

「なんでしょうか?」

 何事も無かったかのように話を始める僕ら。

 なんというか、みんなが「もう普通に会話しよう」という空気になったのだ。

 不思議なもんだね。

 単純に、そろそろ教会の扉を閉める時間ってのが大きいんだけど。

「教会内部の詳細な地図と、警備計画は教えてもらえるって話でしたけど、それプラス欲しいものがあります」

「と言いますと……?」

「鍵です。牢屋の鍵、外へ繋がる扉の鍵、逃走経路に使えそうな場所の鍵を出来るだけ多く欲しいです」

 いざとなったら鍵開けも出来ないわけではないが、鍵を持っていた方がスムーズに進めるのは確実だ。

「しかし、鍵を持ち出すのはさすがに……」

「いや、持ち出さなくても良いんですよ。えーーと、こういうのがあります」

 僕は自分の鞄をあさり、一つのアイテムを取り出した。

「これは?」

「それは、簡単に合いカギを作れるアイテムです」

 見たところ、手のひらサイズの茶色くて四角いただの土の塊に見えるこれは、なかなか優れもののアイテムだ。

「鍵をこれに押し付けてください。それだけで鍵の型が取れて、後で簡単に合いカギが作れます。それくらいなら出来ますか?」

 まあ、言ってしまえば粘土みたいなものなのだけど、粘土と違うのは鍵の方には一切痕跡が残らないってところだ。普通の粘土だと鍵に汚れがついてバレる可能性があるからね。

「なんでこんなの持ち歩いてんだお前は……」

「まあその、昔の癖ですかね。いざと言う時の為に、ですよイジッテちゃん」

 実際役に立ってるので、勘弁してもらおう。悪用はしてないし。

「――――そうですね……警備責任者として鍵のチェックのフリをして手に取るくらいなら出来るので、その時にいくつかの型を取るくらいなら……不可能では無いと思う」

 ラタンさんが覚悟を決めた顔をされている。

 やはり大事なのは、出来る範囲に入りそうな提案をこちらからすることだな。

 鍵を盗み出す、に比べて心理的ハードルが低いから引き受けて貰いやすい。

「良し、決まりですね。あと3日なので……今日内部の地図だけ貰えたら、明日にはには脱出ルートを考えてくるので、その翌日までに鍵をお願いします。


 勝負は―――処刑前日の夜、です」


 さあて、どうなることやら!




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