第104話

「………という事になりましたので、ご報告まで」

 教会を出て街に戻って、パイクさんとミューさんがとってくれていた宿に入った。

 良かった、ごくごく普通の宿だ。

 寒い地域らしく二重の窓と暖炉があるのがありがたい。

「アンタ、本当に行く先々で面倒事に巻き込まれるわね……一度お祓いでもしてもらったら?ちょうど教会だし」

 教会ってお祓いとかしてくれるのかな……どちらかと言うと、祝福の祈りを授けるとか、なんかそういうヤツだった気がする。

 ま、どっちにしろ無神論者としては困った時だけ神頼みってのは都合が良いかな、と思うのだけど。

「勝手に決めて申し訳ないとは思うんですけど、いろいろあってそういう事になってしまいました……どうします?」

「どうって言われても……やるんでしょ?」

「まあ、そういうことになりますね」

「じゃあしょうがないじゃないの。やりましょう?ね、ミュミュ」

「はい、お姉様がやられるのならミューも。それに、リーダーはコルスさんなのです。もっと自信もって引っ張ってくださいですっ」

「はい、がんばりま…す」

 難しいな自信を持つの!

「けど、どうすんの?全員で侵入すると目立ちすぎるんじゃない?」

 そう、それは僕も考えていた。

 特に―――

「………む?なんだその目は?儂を除け者にするつもりではなかろうな?」

 テンジンザさんは連れて行くべきかどうか……。

「いやだって、そのデカい身体……どう考えても目立ちますよね?隠密作戦ですよ今回は」

「わ、儂だって隠密くらい出来るわい!」

 そう言って座っていたベッドから立ち上がった瞬間、天井から吊るしてあったランプに頭をぶつけ、近くにあった椅子に手が当たって床に転がって大きな音を立てて、足元に置いてあった鞄を蹴飛ばした。

「………で、出来るわい!……できるわい……」

 顔が真っ赤ですよ?

「テンジンザさん、外で待機。決定です」

「その決定を覆す!」

「覆りません。決定です」

「うぐぐぐぐく……も、もし敵に見つかったらどうする?儂がいなくても勝てるのか?」

「いやだから、今回は見つかったら終わりなんですよ。見つからないようにするんです。それが隠密作戦なんです」

 しばらく何とも言えない顔をしていたテンジンザさんだけど、何かを悟ったのか大きく息を吐いた。

「わかったわい。今回はおぬしらに任せよう」

 本当に残念そうにベッドに座りなおす姿を見ているとちょっと気の毒ではあるけれど、失敗が許されないこの作戦においてテンジンザさんは不安要素過ぎる。

 普段から豪快な人なんだから、潜入作戦なんて向いてる訳ないんだもん。

「じゃあどうする?お前と、私と、あと誰だ?」

 イジッテちゃんは当然のように自分も行くつもりっぽいけど……

「正直、僕はイジッテちゃんもあんま向いてないとは思ってるんですけどね…」

「なんでだよ!」

「ほら、それ。ツッコミ我慢出来ます?」

「で………できらぁ!」

 だいぶ間がありましたね……。

「っていうか、お前がボケなかったらそもそもツッコミなんてしなくていいだろうが」

「そりゃそうですけど、イジッテちゃんってわりと感情で動くじゃないですか……なんかあった時にいきなり騒いだり動いたりしないって約束できますか?」

「約束……約束は………できらぁ!」

「置いていきます」

「なんでだよ!!」

「いや、約束すらすんなり出来ない人は無理ですって。自分でも不安要素あるって思ってるからちょっと黙るんでしょう?」

 ほっぺをぷくぅぅーーと膨らませて不満顔全開だが、直情的な性格は自覚しているようで、強くも言えない、といった構えだ。

「そういうお前はどうなんだよ、いきなり脱衣ボンバーとかするんじゃないだろうな」

「しませんよ。最初から全裸で行きますから」

「――――は?」

「いや、僕わかってるんですよ。自分の性格。だから、どこかに侵入するときは最初から全裸なんです。見つかったらマズイ!っていう緊張感もありますし」

「嘘つけ、露出大好きなくせに、人に見せたいくせに」

「そりゃ外ならそうですけど、家の中に全裸の人間が入ってきてたらめちゃめちゃ怖いじゃないですか」

「外でも怖いっていうのはさすがに理解してくれているよな?」

 僕は首を真横に曲がるくらい捻って見せた。

「お前……マジかお前……!」

「いやいや、冗談ですよ。怖がる人が居る事も理解してます。でも考えてみてください。外に全裸の男が居るのと、全裸の男が家の中に入ってくるの、どっちが怖いですか?」

「そりゃまあ……家の中だよ」

「でしょう!?そういうことですよ」

「………いや、ごめん、わからない。でもお前は、全裸で盗みに入ってたんだよな?」

「はい、でも絶対に見つからないようにしてました。それが僕のプライドです」

「プライドはもっと別のところで持て!!!」

「いや、これは露出のプライドではなく、泥棒だった頃の泥棒としてのプライドですよ。あくまでもスマートに、鉢合わせして恐怖を与えたりしない、ってね」

「拷問モドキとかやってたやつが?」

「あれは、泥棒以外の仕事に付き合わされた時に覚えたヤツですから。言ったでしょ、犯罪組織だって。情報の売り買いもしてたから、情報集めでやってたのを手伝わされるうちに見様見真似でね。仕事選べる立場でも無かったですから」

「ふーん……」

 あっ、凄い疑いの目!本当の事なのに!

「まあともかくそんな訳で、イジッテちゃんも置いていきます。何なら僕1人でも良いんですけど、なんかあった時の為にサポートでもう一人か二人……ミューさんどうです?」

「へっ!?みゅ、ミューですか!?えと、その、嫌です……」

 名指しされて戸惑ったミューさんにはっきり断られました。

「な、なんでですか!?」

「だって……全裸の人と一緒に行動したくないです……」

「………なるほど」

「めちゃめちゃ妥当な意見だな」

 僕もイジッテちゃんも激しく納得してしまった。

「じゃあ、パイクさん…」

「アタシも嫌よ、全裸と一緒に行動するのは」

 くっ、どうしても全裸が障害になるのか……僕は………僕はどうしたら…!!

「いや着ろよ。服を着ろよ」

「――――え?」

「いや、だから服を」

「――――え?」

「服を」

「――――え?」

「どうりゃっ」

 イジッテちゃんの右こぶしが僕の鼻を頭蓋骨まで押し込んだ気がした。

 何という顔面めり込みパンチ。

「解りました、残念ですがパンツを履きましょう。それでなんとか」

「もう一声」

 パイクさんから追加着衣の声が入った。

「………靴下!」

「もう一声」

「………靴!」

「パンツいっちょに靴下と靴は変態度が高いのよ。もうちょっと変態度を下げなさい」

 人生で、変態度を下げろ、という要求をされることが果たして何度あるだろうか。

「じゃあ……手袋…」

「中心と末端だけ温めるな!変態度を下げろ!!」

 イジッテちゃんまでそんな無理難題を!

「んんんんーーー解りました、じゃあ、もう最大限の譲歩として、全身タイツ一枚!それでどうですか!!その代わり、手袋も靴下のパンツも無しですよ!」

「くっ、なかなか厳しいところを突いてくるわね……わかったわ、それで手を打ちましょう。ミュミュもそれで良いかしら?」

「はい、それなら何とか耐えられると思うのです!」

「よし、じゃあ、全身タイツで決まりってことで!」

 部屋の中に弾けるような拍手の音が舞い踊る。

 いやぁ、良かった良かった。

「………さっきから聴いておったが、おぬしらなんの話で盛り上がっておるんだ……?なんじゃ潜入するのに着ていく服の話って……」

 テンジンザさんの冷静なツッコミによって、皆が我に返る。

「そう言われると……一体何の時間だったんのかしら今のは…?」

 パイクさんが根本的な疑問を口にする。

「確かに……ミューたちなんか麻痺してた気がするのです…」

 ミューさんまで。

「私も、この会話に疑問を抱かなくなっていた……自分が情けない…!」

 イジッテちゃんさえも……!

「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ!冷静に考えてください、こんなの、いつものことじゃないですか!」

「だからどうかしてるんじゃないか!私たちは慣らされてしまった!この異常な会話に慣らされてしまった!!うおおおん!!」

「うおおおん!!」

「うえええん!!」

 泣いている……女性陣3人が泣いている……。

「何てことしてくれたんですかテンジンザさん!」

「わ、儂!?儂のせいなのかーー!?」



「では、その……潜入するのは、僕と……パイクさんとミューさんの3人にしますか?」

 時間が経ってみんなの気持ちが落ち着いたところで、無理やり話を戻す。

 さすがに状況がカオス過ぎた。

「結局3人で行くの?」

「ええ、どちらか一人でも、と思ったんですけど、二人の絆は思ったより深そうなので一緒に来てもらった方が良い方向に働くかな、と」

「はい!私はそのほうが嬉しいのです!」

「そうね、私たちは姉妹の契りを交わした二人……離れ離れなんて、耐えられないわ」

「お姉さま!」

「ミュミュ!」

 芝居がかったセリフと演技で抱き合う二人。

 尊いと思う気持ちと、茶番を見せられている気持ちの同居!


 そんなわけで全身タイツと3人で行くことだけが決まって、長かったような短かったような話し合いの夜は更けていった。


 ……いや、本当に何の話だったんだ……?

 話が進んだような全然進んでないような!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る