第102話
「えーと……初めまして、コマミさん」
牢屋の中は薄暗く、鉄格子の外からはあまり中を窺い知ることは難しいが、手の届かない高い位置にある小さな はめ殺しの窓から降り注ぐ月明りに照らされた一人の女性の姿が見えた。
「――――誰?」
急に牢屋の外から見知らぬ人間に声をかけられたらもう少し怯えても良いと思うのだけど、さほど動揺した様子も見せずに、静かな、しかし凛とした声でこちらに問いかけてくる。
牢獄の中央に、片膝を立てて座っているその様は貫禄すら感じる程だ。
「まあ、簡単に言うとあなたを助けに来たものです」
「――――どうしてワタシを?あなたに何の得があるの、かしら」
「それはまあ――――色々と事情がありまして――――……」
「さて、帰りますか」
警備責任者ラタンさんからの無茶な要望は聞こえないフリをして、僕が立ち上がって帰ろうとすると、テンジンザさんの大きな手ががっしりと僕の腕を掴んだ。
「……離してくれないと脱衣ボンバーしますよ」
「構わんが?」
「他人脱衣ボンバーしますよ」
さすがにそれは嫌なのか、僕を掴んでいるのと逆の手で自らの服の胸元を抑えて防ごうとするテンジンザさん。
「まあまあ落ち着け少年。もう少し詳しく話を聞いてからでも遅くはあるまい。あと儂を脱がそうとするのはやめてくれ。老体にこの寒さは辛いわい」
くっ、そう言われると辛い。
脱衣は健康が大前提だからなぁ。
……いやまあ、テンジンザさんなら大丈夫なのでは?という気もしないではないけど……万が一があっても困る。おのれ、巧い封じ込めですね…!
「脱衣を拒否されることを「封じ込め」とか言うなよ…」
「でもイジッテちゃん、ちょっと格好良くないですか?」
「脱衣と格好良いを結びつけるな!」
今日もイライラしてるなぁイジッテちゃんは。
「誰のせいだよ…」
そんな会話をしていると、警備責任者であるラタンさんから驚愕の言葉が飛び出てきた。
「………そちらの方、間違っていたら申し訳ないですけど……ジュラルから脱獄して指名手配されてる方ですよね?」
……完全に僕に向けて言ってますね?
「いいえ違いますよ?」
なんとかごまかそうと変顔をして否定してみたが、
「よくわかりましたな」
とテンジンザさんが即肯定した。僕の変顔の意味…!
「やはり……まだそれほど世間には出回る前でしたが、こちらにも情報が回ってきていたので、警備責任者として記憶していたのです」
おのれ有能な警備責任者め!!教会本部の警備は安泰ですね!!
「なので、あの警備の厳しいジュラル城から脱獄したあなたなら、コマミ女史を脱獄させることも可能なのではないかと……」
別に脱獄の専門家では無いのだけど……そんな期待されても困る。
というか、それ以前のそもそもの話を聞いてない。
「お待ちください優秀な警備責任者ラタンさん。なぜあなたがそんなことを頼むのですか?こんなことが表に漏れたらあなたも立場を追われるのでは?」
「だからこそ、あなた達に頼みたいのです。この件にはどうにも正義を感じない。とはいえ、私は立場上手出しできない。かと言って見殺しにはしたくない……という、まあ無責任な丸投げですよ」
「………本当に無責任ですね……」
「すいません、しかし私も孫が生まれたばかりでしてな……上に逆らって職を追われる訳にはいかんのです。だから、気の毒だが諦めるしかない……そう思っていました。けれどそこに、彼女に会いたいと言うあなた方が来られた。貴方たちは彼女に用事がある、私も彼女を助けたい。利害の一致というヤツです」
申し訳なさそうに笑いつつも、彼女を助けたいという気持ちは本当にあるらしいのは伝わってきた。
「まあ、儂らとしても彼女が死んでしまっては困る理由があるのでな。その話に乗るのはやぶさかではないが……ラタン殿はどの程度協力して頂けるのかな?」
「そうですね……内部の地図と、警備の情報はなんとか。出来るのはそこまでです」
「ちょっと待ってくださいよ。どこか警備に穴を作って、そこから抜け出せるようにするとか、何人かこっちの味方に引き入れるとか、そういうの出来ないんですか?」
そうしてくれれば連れ出すだけで楽なのに。
「そう出来ればいいのですが……例の大神官は内部に何人も自分の手駒を持ってましてな……しかも、誰が大神官と繋がっているのかは判断できんのです。なので、妙な動きをすれば伝わって邪魔される可能性が高いです」
「………でも、見つかったら僕ら完全に犯罪者ですよね?下手したら聖銀の鋭斧と戦わないとですよね?」
「そうですね」
「それでもやれと?」
「まさか、私に強要する権利なんてありません。ただ、もし実行なさるのなら、出来る範囲内でお手伝いします、と言っているだけです。」
うーわ、ズルいなこの人。自分から持ち掛けたのに、あくまでも責任はこっちに押し付けている。そういう人だから出世したのかもな……。
さてどうするか、立場としてはこっちの方が確実に不利なのは確かだ。
こちとらあのバカ王子をやる気にさせる為にはコマミさんが必要なので、殺させるわけにはいかない。それに対してラタンさんは、もし僕らが断ってコマミさんが死んでしまったとしても、救えなかったという僅かな罪悪感が残るだけだ。
それも一生の残るような罪悪感じゃないしなぁ……そもそも別に身内とかじゃないのだろうし……だろうし…?
「一つお聞きしますけど……ラタンさんはコマミさんとはどういう御関係で?」
「関係ですか?いえ、何もありません。ただ不憫に思っているだけですよ」
…………わからん。感情があまり表に出ない人だな。
けど、なんか……なーんか引っかかるんだよなぁ。
もし何か関係があれば、それを踏み台にこっちがもっと優位になるように動かしたいところだけど……どうにも無理っぽいな。
くそぅ、時間があれば調べるんだけどなぁ、あと3日ではどうにもならないだろう。
「………テンジンザさん、ちょっと」
僕は部屋の隅にテンジンザさんを呼び出して、話し合いを試みようとしたのだけど―――……。
「なんだ、話があるならここで良いだろう。こそこそ話をするのは好かんな」
……この人は駆け引きとか知らんのか……知らんのだろうなぁ!!
そんなことしなくても勝ってきた人だから!圧倒的パワーで勝ってきた人だから!
「………テンジンザさん、もうちょっと絡め手も覚えましょうよ」
「絡め手とはなんだ?関節技の事か?」
マジなのかボケなのかどっちなのよ。
はぁ、もう……仕方ない、この人と一緒に行動する以上は合わせるしかないか。
まあ、それならそれでやり方もあるしな。
「解りました、正直に言いましょう。僕は、この話は断るべきだと思いますね」
「何故だ少年?困っている人を助けるのは英雄の仕事、勇者の仕事であろう」
どうせ隠せないなら、「会話を見せる」ことで相手の動きを引き出してやるさ。
「確かにそうですけど、今回の話はそんな簡単な話じゃないんですよ。これは、失敗したら教会を敵に回すんですよ。下手すれば投獄されるし、見つかれば、仮に逃げきれても教会から指名手配されるかもしれない。これからジュラルを取り返さなければならないのに、教会を敵に回すんですか?」
「それは……そうだが。しかし王子の気持ちも……」
「王子の気持ちなんてどうにでもなりますよ。何なら別の可愛い子を見つければ良いんです」
まあ実際はそんな簡単な話ではないだろうが、今大事なのは僕らの優位性を打ち出すことだ。この話を受ける必要なんてない、と。
最終的に引き受ける事になろうとも、ラタンさんが圧倒的優位にあるこの状況は少しでも覆して、成功率を上げる為にはラタンさんにも危ない話を渡ってもらわねば。
「むむむ、しかしなぁ……だが確かに、教会を敵に回すのは得策ではない……それだけのリスクを背負うべきか……」
「考えてもみてください、僕がジュラル城に潜入したときも結果的にバレて指名手配になったじゃないですか。あの時と違うのは、教会の周囲は結界があってすぐに魔法で逃げられないってことです。ということは、最後まで絶対に見つからずに逃げないと捕まる可能性が高いんですよ」
見つかっても花火でごまかして逃げられたジュラルの時とは難易度が比較にならないほど高い。
「うむ、そう考えるとリスクが高すぎるな」
「でしょう?確かにコマミさんは気の毒だと思いますけど、暴力をふるったのは確かですし、悪魔崇拝も本当かもしれない。だとしたら、それは教会の仕組みの中で裁かれるべきことであって、僕らが外から手や口を出すべきじゃないです」
僕の言葉にしばらく考え込むテンジンザさん。
その間もラタンさんの様子を伺うが、まだ動かない。
……読み間違えたか……?
いや、結論を出すにはまだ早い。何かあるはずだ。秘密が、何か。
僕の経験がそう囁いている。
「―――わかった、今回は諦めよう。脱獄などと危うい方法をとらずとも、何か別の方法があるかもしれんしな。まずは正攻法として、教会の上の方に掛け合ってみるかの」
そう言うと、立ち上がるテンジンザさん。
これで、この話は決裂だ。
「そうですね、そうしましょう」
「うむ、では、すまんなラタン殿、力になれんで」
そして僕らは背を向けて、ドアへ向かう。
――――食いつけ……!
ドアノブに手をかけ、ゆっくりとドアを開いて……
―――――食らいつけ……!!
部屋を出ていこうとする僕らの背中に―――
「ありませんよ、別の方法なんて」
――――――食いついた……!
「別の方法なんてもう無いからお願いしてるんです……!!彼女を、あの子を助けてください……!!」
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