第97話
「で、誰なのコマなんとかちゃんって」
相変わらず人の名前をちゃんと覚える気が無いイジッテちゃんによる素朴な疑問に、テンジンザさんとオーサさんは顔を曇らせる。
同じ宿の中に僕らが泊まる用の部屋をもう一つ借りて、この会議が始まった。
王子の部屋は「うるさかったら殴ってもいい」という条件でパイクさんとセッタ君に見張ってて貰っている。
パイクさんは殴る気満々だったけど、まあセッタ君が居るからやり過ぎることは無いだろう。たぶん。
「コマミさんというのはその……」
オーサさんが言いづらそうに口を開く。
「………以前お城で働いていた女中の一人でな、綺麗な子だった。王子がたいそうお気に入りでな、何度もアプローチしていたのだが……」
「断られたと」
「断られたというかその……殴られた」
「あはははは!王子が、女中に殴られた!あははは!ざまぁないね!」
楽しそうに笑うなぁイジッテちゃん。まあ、気持ちはわかる。
「それでまあ、当然問題になったんだが、しつこく誘った王子にも責任があるだろうという王の采配で、コマミさんは女中の仕事をクビにはなったが、それ以外はお咎めなし、という形で落ち着いたんだ」
へぇ、仮にも王族を殴っておいてほぼ無罪放免とは。
国によっては反逆罪とか不敬罪とかで下手すりゃ死罪さえあり得るのに。良心的な王だったんだな。
まあ、仕事を奪われたのは不憫だとは思うけど、さすがに完全に無罪で働かせ続けるのは体裁も悪いし仕方ないか。コマミさんとやらも居辛いだろうし。
「ってか、その話からすると殴られてフラレたのに王子はまだそのコマミさんが好きで、新たな王として立ち上がるなら結婚させてくれ、と言ってるんですね……未練が凄いですね…」
「………一途な愛、と解釈してやってくれ」
「ずいぶん好意的な解釈ですねテンジンザさん……」
自由奔放、豪放磊落、天上天下唯我独尊、みたいなテンジンザさんでも、なんだかんだ国に仕えるものとして王族には弱いらしい。
まあ、最初に会った時から国への忠誠心は凄かったもんな。王族はその根幹の一つだ。仕方ないか。
「うーーーん……まあ、良いでしょう。確かにあの王子にはこれから国を背負って立つ重圧があるし、命を賭けた戦いに挑まなければならない恐怖もある。それを乗り越える為に好きな女の子に近くにいて欲しい、と言うのは感情としては理解出来ますし、王子にもそのくらいの役得が無いとやる気を出せるのは難しそうですもんね」
「おお、本当か。ありがたい」
「とはいえ、あくまでも相手の女の子次第ですよ?その子を探して伝えるまではやります、まあちょっとは説得もします。けど、絶対に嫌だと断られたのに無理やり連れて来て結婚させるとか、そう言うのはお断りですからね」
「それは………ううむ、仕方あるまい」
国の為なら一人の感情なんて、という考え方もあるだろうけど……それに手を貸す気にはなれないですね。
「よし、じゃあまあ、そうとなったら早速そのコマミさんを迎えに行きますか。どこに居るんですか?」
「詳しくは知らないが、教会で働いてるらしいという噂だ」
「教会?どこの教会ですか?」
「本部だよ、教会本部」
「本部!?どうしてまた!?」
「そこまでは知らんよ、ただ、本部に行った同僚の兵士が見たって話を聞いただけだ」
教会本部か……その名の通り全国の教会を統括している組織が教会本部だ。
全世界に信者と支部を持ち、どの国とも決して同盟を結ばず中立を保ち続けている。
それが可能なのは、絶大な権力と影響力、そして独自に所有している軍隊の恐ろしいまでの強さによるところが大きい。
だからこそ、味方も敵も多い……そう簡単に入り込める場所ではないと思うのだけど……。
「王城の次は教会本部……もしかして、だいぶ身分がしっかりしてる人なんですか?」
「没落貴族の令嬢だという噂だったが……詳しい素性までは知らぬ。とはいえ、城で働く人間としてなんらかの身分の保証はあったらしいとは聞く」
ははぁ、なるほど。王族を殴っても無罪放免なのもその辺りがあるのかもな、王にとっても、かつて世話になった貴族の娘だったとか、そういうやつ。
となると、それなりの仕事を紹介してからクビにした、という可能性もあるか。それなら教会本部に居るのも納得だ。
「で、その教会本部ってのはどこにあるんだ?とっとと済ませて先に進もう」
イジッテちゃんがだんだん面倒臭くなってきたっぽいので、話を進めよう。
「教会本部って確か……だいぶ遠いですよね?」
「そうだな、ここから北へ、国を二つ超えたところだ」
「………どうやって行くんですか?」
馬車でも10日はかかりますよ。
「そこは大丈夫だ、儂は訪れたことがある。飛翔の翼を買えば近くまで行けるぞ」
それは助かる……けど、近くまで?
「直接 教会本部へは行けないんですか?」
「無理だな、教会本部は安全の為に山深いところに構えられていて、結界で覆われているから直接は行けんのだ」
「不便ですねぇ」
「まあそうだな、だが、その不便さがあるからこそ、本部を訪ねる巡礼の旅にも価値があるのだ。簡単に行けてはありがたみが無いであろう?」
そう言われるとまあ……そういうもんか。
「けど、一応言っときますけど僕らに飛翔の翼買うお金なんて無いですからね」
「心配するな、各地の銀行に儂の口座がある。王立銀行は下手をすればガイザに抑えられてるかもしれんが、さすがに地方銀行まではまだ手が回っておらんだろう」
……人間としてのスケールが違いすぎて仲良くなれる気がしない。
「じゃあまあ、お金は良いとしても、テンジンザさんを連れ回すわけにはいかないので、飛翔の翼を買ったら僕らに譲ってください。それで行くので」
中古の羽と同じ原理で、譲り受けてもテンジンザさんの情報で翼が使えるようになっているはずだ。
「いや、儂も行くぞ」
「なんでですか……おもっきし命狙われてんですよ?」
「それはここに居ても同じだろうが」
「そりゃそうですけど、見つかる危険が……」
いや待てよ、だからこそ、か。
「ふふん、気づいたようだな。ガイザのやつらは教会本部の辺りまで探しはしないだろうし、仮に見つかっても教会の近くで派手な戦闘は起こさんよ。ガイザも教会を敵に回すつもりはなかろうて」
確かにそうか、ここに居るよりむしろ安全なのか。
「なにより、儂は教会に対して顔が利く。たんまり寄付をしているからな、わははっ」
教会がいかに中立とは謳っていても、明確な優劣は存在する。寄付金だ、寄付金の多い人間が絶対なのだ。
とはいえ、戦争状態の国に対して、どちらか片方に肩入れした、という話は聞いたことが無い。そこを破ってしまったら、たとえ表向きの中立でさえドブに捨てる事になる。
そうなれば、本気で教会を潰しにかかる国もあるだろうし、その国や周辺の国に教会の力が及ばなくなれば、それは教会が一番望まないことだ。
なので、今回もテンジンザさんを連れて行っても教会がガイザにテンジンザさんを売り渡すと言うことは無いだろう。
「………わかりました、じゃあ、一緒に行きましょう。ただ、その理屈だと王子も一緒に連れて行った方が良いですかね?」
「いいや」
「どうしてですか?」
「………少年は、あの王子と一緒に旅がしたいと思うか?」
「置いていきましょう」
僕はそれはもう即答した。真面目な顔で、キリっと即答した。置いていこう。決定だ。
けれど、置いていくとなるとまたチームを二つに分けないと……さすがに王子を一人には出来ないし。
「じゃあ……テンジンザさんが行くとなると、僕も一緒に行きます」
まだ必殺技ちゃんと教えてもらって無いし。旅になるなら丁度いい。
「ってことは、イジッテちゃんも当然こっちで……あとは…」
「アタシも行くわよ!」
ビックリした!!いきなりドアを勢い良く開けて入ってきたパイクさん。
驚いて動きの止まった僕にツカツカと歩み寄ってくると、
「アタシも行くわよ」
と思う一度、かなりの圧をかけられつつ言われました。
……王子と一緒にいるのよっぽど嫌だったんですね……。
「解りましたよ。じゃあ僕とテンジンザさんとパイクさんと―――」
「お姉様が行くなら私も行くです!」
勢いよく声を上げたのは、今まで黙ってなりゆきを見つめていたミューさん。
……お姉様…?
「駄目よミュミュ、わがままを言っては」
……ミュミュ…?
「いいえお姉様、私とお姉様は姉妹の契りを結んだ運命の二人、もう離れないですわ!」
……姉妹の契り?
「ミュミュ……ふふっ、本当に仕方のない子ね。わかったわ、付いていらっしゃい」
待って、勝手に決めないで?
「はいです!お姉様!」
「ミュミュ、襟が曲がっていてよ」
「あ、ありがとうございますお姉様…!」
――――なにこれ!?なんか耽美な空間が漂ってるんですけど!?
何があったの!?チームで別行動してる間に何があったの!?
「ほっほっほ、なんてこともないわい」
「セッタ君、説明を…!」
セッタ君だけが頼りです!
「なぁに、前にもあったじゃろ?演劇の影響じゃよ。最近カリジでは女性だけの演劇集団が大人気でな。その中の一つに、姉妹の契りをかわす女学生の物語があって、二人ともそれにどっぷり夢中になっての、マネをして楽しんでおるのだよ」
「はぁ……そうなんですね」
ミューさんもパイクさんも二人とも演劇好きだったし、話を聞いてしまえば単純な話ではあるけど……いきなり見せられたらビックリするよ!
けどまあ、これはこれで良いものだ。なんか見ていて幸せになる……尊い……?なぜかそんな言葉が浮かんでくる、これは尊いのだ。
「うーん、でも、パイクさんとミューさんが行くとなるとセッタ君も行きます?」
しかしそれでは王子の守りがオーサさん一人になってしまう。
「いや、ワシは残るわい。北の方は寒いじゃろ?寒いのは苦手でのぅ」
それが本心なのか、バランスを考えてくれたのか……どちらにしても、お言葉に甘えるとしよう。いつもありがとうセッタ君…!
「じゃあ、教会に行くのは僕とイジッテちゃん、テンジンザさんに、パイクさんとミューさん。で、王子の世話はオーサさんとセッタ君にお願いします」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ、俺をテンジンザ様と別行動にするのか!?」
オーサさんから抗議の声。
「気持ちはわかりますけど、オーサさんまで連れて行くとここの守りがセッタ君1人ではさすがに心許ないですよ。それに、タニーさんも入院してますし、お見舞いとか必要でしょう?」
「それはまあ、そうだが……ようやく再開出来たテンジンザ様とまた別れるというのは……」
「しかしですね、テンジンザさんとパイクさんがこっちにのチームフルヌードに加わるなら、オーサさんはチームストリップの方に残らないと」
「名前を変えろ」
「………しかしですね、テンジンザさんとパイクさんがこっちのパンティチームに加わるなら、オーサさんはブラジャーチームの方に残らないと」
「名前を、変えろ」
……頑なにそれ以外の言葉でのツッコミを言わないイジッテちゃんの圧が怖い。
「………しかしですね、テンジンザさんとパイクさんがこっちの教会チームに加わるなら、オーサさんは王子チームの方に残らないと王子チームは攻撃力が皆無になってしまいます」
くそぅ、今回は折れてあげましょう。次は無いぞ。
「次が無いのはお前だよ。次チーム名でボケたら全力でお前の下腹部を潰しにかかるからな」
怖い、怖いよイジッテちゃん!!
「オーサよ、今回は王子を頼む。なに、離れていようと我らの心は常に共にある。ほんの数日の別れなど、別れのうちにも入らんわ」
「―――テンジンザ様がそうおっしゃるなら…!
……ふう、どうやらこれで決まりかな。
あ、ルジーのこと忘れてた……しゃーない、あいつにも一度会いに行くか…。
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