第98話
「クマちゃんの中の人!!」
ルジーを訪ねていくと、けだるい顔で出てきた次の瞬間に僕の後ろに居るオーサさんを見て目を輝かせた。
「ちょっと話あるんだけど、入って良いか?」
僕の問いかけに頷きながらも、ずっと目でオーサさんを追っている。
オーサさんにあの着ぐるみ着せてくれば良かったな。まあ、本人が嫌がるだろうけど。
だが、そのルジーの熱視線がすぐに別の物を捉える。
「すまんな、邪魔するぞ」
オーサさんの後ろから、さらに大きなテンジンザさんが入ってきたのだ。
たぶんだけど、クマちゃん度で言ったら確実にテンジンザさんの方が上だろう。
きっとまた浮かれて抱き着きに行くだろう、と予想していたのだが―――ルジーはただひたすらにアワアワしている。
「どうしたお前?」
「ど、どどどど、どどどどどどど、どうしたってお前……この方は、テンジンザ様じゃないか!!」
今まで見たことも無いような動揺っぷりだ。
「そうだよ、見つけたから連れてきた」
「連れてきたってお前……こ、心の準備ってもんがあるだろ!!」
「………何の準備だよ?」
「ボク的、人類史上一番クマちゃんに近い人間ランキング1位のテンジンザ様に出会うのに対する心の準備だよ!!」
知らんがな。僕的知らんがなランキング1位だわ。
「わっはっは、クマか、それは良い。クマは強いからな!」
器が大きいのか単純に喜んでるのかよく分からないけど楽しそうに笑うテンジンザさん。
それを見て、突然冷静さを取り戻すルジー。
「失礼しました、英雄テンジンザ様。お初にお目にかかれて光栄です。ルジーと申します」
「これはご丁寧に。テンジンザ・バリザード、英雄だ。今となっては名ばかりの、な」
まだちょっとネガティブが残っているというか、驕りが消えた状態のテンジンザさん。まあ、前はさすがに自信過剰だったから、これくらいがちょうどいいのかもしれない。……いやまあ、実際は過剰でも無かったか。自信に見合うだけの力があったし。
「いいえ、あなたは英雄です。そしてクマちゃんです」
どうなんだそれは。ルジーにとっては最大限の褒め言葉なのだろうけども。
「そうか、ありがとうルジー少年よ」
まあ、テンジンザさんもまんざらでも無さそうだし良いか。
「ひとつだけ、英雄様にお願いがあるのですが……」
ルジーが深く頭を下げたまま、神妙な様子で語り掛ける。
「なんだ、申してみよ」
ルジーの緊張が伝わってくるような少しの沈黙の後、勢いよく顔を上げると、ルジーはテンジンザさんの目を見ながら真っ直ぐに言葉を吐きだした。
「クマちゃんとして抱き着いてもよろしいでしょうか!!」
「うむ!美少年だから良し!来るがいい!」
待て待て、今の短いやりとりにツッコミどころがたくさんあったぞ!!
なんて困惑してる間に、もう話は進んでいる。
「クマしゃーん!!」
「しょうねーーん!!」
タックルくらいの勢いで抱き着いたルジーを軽く受け止め、そのままクルクル回ったかと思うと高く持ち上げて、さらに肩車をするサービス満点テンジンザさん。
ルジーもそれはそれはキャッキャッ言いながら喜んでいる。
……オーサさんもクマの着ぐるみ来た時同じような動きしてたな……人間はクマちゃんとして抱き着かれると同じ行動をとるのだろうか……謎だ。
まあ、英雄やってたくらいだから、子煩悩なのかなテンジンザさん。オーサさんも、憧れの存在として子供の相手をすることも多かっただろうし、二人とも子供の扱いには慣れているのだろう。
ただ、「美少年だからよし」が気になるところですよ……?
最初に出会った時も、美女と美少年がどうこう言ってたような……まあ、いいけどそれは。でも、もうひとつ一つ気になる事がある。
「あのー、テンジンザさん。もし僕が同じように抱き着いて良いか聞いたらどうします?」
「そうだな……うーーーーーむ。遠慮してもらうな!」
「………美少年じゃないからですか?」
「あっはっは!言わすな言わすな!!」
……あ、そっすか。そっすかー。
いや知ってたよ!?自分が美少年ではないことなんてもうとっくに知ってたけど、そう言われるとそれはそれでなんか傷つくな!?
この人やっぱ好きになれんな!!
イジッテちゃんが笑いをこらえながら、というかほぼ笑いながら僕の肩をトントンと叩く。それは慰めてるんですか?煽ってるんですか!?
一方でオーサさんは、何とも言えない複雑な表情でテンジンザさんたちを見ていた。
なんだかんだ言ってもクマちゃんとして慕われているのが気に入っていて、それを奪われたのが寂しいのか、もしくはテンジンザ様に自分も甘えたいという羨ましさなのか、ルジーに対してテンジンザ様に馴れ馴れしいぞ!という怒りなのか、なんならその全てが混じったような顔をしている。
何だこの状況。なんだこの状況!!
あっという間にカオスだよ!!
ひとまず落ち着いた。
というか、落ち着くまで待った。
来た時は昼だったのに、ちょっと夕陽になりかけてる。なんて無駄な時間を過ごしたんだ。
いやまあ、どっちにしても出発は最短でも明日のつもりではあったけども。
待ってる間ちょっと仮眠したけども。
「で、何の用だ?」
椅子に足を組んでクールに決めるルジー。
さっきまで肩車されてキャッキャッ言ってたヤツと同一人物とは思えんな。
「ああ、実はちょっと用事で教会本部まで行くことになってな。チーム…」
うっ、イジッテちゃんからの無言の圧力!
「………教会チームと、王子護衛チームに分けるんだが、ルジーはどうする?」
「………それどっちかに入らないとダメか?」
「と言うと?」
「ボクはどっちに入っても自分が役に立てるとは思えないから、このままこの街で色々と情報収集しておくよ。旅のお供も護衛も、どっちにも向いてないだろう?」
そう言われると全く その通りだ。
そこでふと、思いついた。
「そうだ、それなら探しておいて欲しいものというか人と言うか、があるんだけど」
「………また面倒な依頼か?」
「いや、これはさほど面倒じゃないよ。たぶん探すのはそんなに難しくないんじゃないかなぁ?」
色々と話がまとまって帰り支度をしている時に、そう言えば大事なことを聞いていなかったと気づいた。
「そうだ、王子ってどこに隠れてたんだ?」
「今更かよ。どこもなにも、通ってた学校の寮の中にそのまま居たよ」
「へえ?どこかに隠れたんじゃあなかったのか?」
「元々、閉鎖的で人の出入りが少なく警備も厳重な寮だからな。中の様子を確認するのは難しいんだよ。だからこそ、『寮を出てどこか別の場所へ隠れた』という情報さえ流せば、まずは外を探すしかない、ってことさ」
「なるほど……それ、あの王子が考えてやったのかな」
「らしいぜ、ま、バカじゃあないってことさ」
ふうむ、その話を聞くと少しは希望が持てるかな。
オーサさんとテンジンザさんはなんか感動してちょっと泣いてる。まあ、いろいろ思うところもあるのだろう、あの性格だしな。
「けど、良くそれ見つけられたな、ルジーは」
「ま、俺はほら、若いからな」
そう言って見せられたのは、王子の通っていた学校の学生証。
「え、これ本物?」
「当然、編入試験一発合格」
はぁー……こいつ頭良いんだよなぁ。
まあ確かに、他国の送り込んでくるスパイなんて大抵は大人だし、見知らぬ大人が警備の厳しい学校の中を調べるのはハードルが高いだろう。かと言って学校にはいれるくらいの若いスパイを用意して、身分証も偽造して、なんてのは出来なくはないだろうが、時間がかかる。
その点ルジーは基本この国に住んでるし、まだ若いから普通に試験を受けて学校に入れるわけだ……やるなぁ。
「あ、入学金と学費は後で請求しますからね」
ルジーがテンジンザさんに向けて言うと、テンジンザさんは立ち上がり、腰に下げていた袋から金貨を手のひら一杯に乗せて手渡した。
ここに来る途中で銀行に寄って、明日からの旅の費用を引き落として来たからたんまり持ってるのだ。
「これで足りるかな?」
「え、あっ、お、多すぎるくらいです…」
お金の魔力とクマちゃんテンジンザさんの魅力でぽーってなってるルジー。
「キミのおかげで我々の計画は順調に進んでいる。これはここまでの報酬とこれからの活動資金にしてくれ、これからもよろしく頼む」
「は、はい!!全力でやらせていただきます!!」
ああ、また英雄の虜になる人間が生まれてしまった。こんにゃろう。
「はーい、僕らもその、ここまでの報酬とこれからの活動資金欲しいんですけどー」
手を上げてアピールしてみる。
「………ダメじゃ」
「なんでですか!!」
「君達はお金受け取ったら逃げる可能性がある」
「ありますけど くださいよ」
「………それは、逃げる可能性があるという事か…?」
「はい」
「…あげるわけないだろう…」
「そんなことは百も承知で言ってるんですよ!お金くださいって!!逃げる可能性があるけど、お金欲しいって!!」
「いやだから、あげるわけないだろう…」
「けち!!」
「………お前凄いな……自分の言動の矛盾とか一切気にしないのか?」
「イジッテちゃん、そんなの気にしてたら僕は僕をやってられませんよ!」
「…………なんか妙に説得力あるのがムカつくな!!」
そして翌日、僕らは教会本部へ向けて旅に出た。
――――また、面倒なことに巻き込まれると、その時の僕らはまだ知らない。
……知らないけど、なんかそうなるんだろうなーという予感はしつつ、新しい旅が始まったのだ。
だって、最近ずっと面倒臭いしな!!
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