第95話 第三章が終わる。

「これ、生きてるんですかね?それとも死んでるんですかね?」

 完全に動かなくなったサジャを囲んで、僕とイジッテちゃんとテンジンザさんとオーサさんで話し合う。

「見た感じ息もしてないし、心臓も動いて無い、普通に考えれば死んでるとは思うが…」

「うむ、儂もオーサの言う通りだとは思うが、だが魔族の生態はまだ不明な部分も多い、そもそも死の概念があるのかもわからんのだ」

 なるほど、生き返る可能性もあるってことか……厄介だなぁ。

「そんな時は、この教会のアイドルにお任せください!」

 ナッツリンさんが急にノリノリで話に入ってきた。

「なんですか急に?」

「ふふふ、ここをどこだと思ってますか?聖なる教会ですよ?魔への対処方法は一通り揃ってます!少々お待ちを~」

 そう言うと、ナッツリンさん駆け足で一度奥の扉を通って外へ行くと、おそらく物置であろう場所から手押し車に大量のアイテムを乗せて戻ってきた。

「じゃあ、やっちゃって良いですか!?」

 なんだか凄く目をキラキラさせているので、何をするのかわからないけど、とりあえず許可を出してみる。面白そうだし。

「まずはこれ!魔を払う力が込められたという銀の杭で、心臓をぐさー!!」

 何の躊躇もなく刺した!!

「続いてはこれ!穢れを払う祈りが込められた聖水をバシャー!!」

 小さな瓶に入った水を、これまた何の躊躇もなくサジャの体にかけると、焼けるような音がして身体から煙が上がる。効いてるっぽい…?

「ここではい!!聖なる樹木を材料に作られた魔を封じ込めるという棺桶!」

 棺桶の中にサジャの身体をドーン。

「さらにはこれ!清めの塩をどさどさー!」

 塩漬けでも作る気ですか?って言うくらい棺桶の中が塩で満たされる。

「とどめに魔よけの花!魔よけの草!魔よけのモニュメント!などなどを気の向くままぶち込みます!」

 ……気の向くまま……とは?

「そしてここにさらに聖水をジャバ―」

 水と塩で満たされた。料理?料理なの?

「からの、銀の釘で手足と喉を棺桶に打ち付けます!ドドドドドド!」

 わりとエグイ!

「こんにゃろう出てくんな!という気持ちで棺桶に蓋をして、ここも銀の釘で蓋を止めて、えーい、オマケだお札も貼っちゃおう!」

 釘でガッチガチに蓋をして、どう考えても宗教が違う札が張られた。良いのですかそれは。

「最後の極めつけに、蓋のここに空いた専用の穴から、教会のモニュメントを模した大きな杭をズボーン!!」

 棺桶の蓋には成人男性の腕くらいの太さの杭がぴったりハマる大きさの穴が空いていて、そこから差し込まれた杭はそれはもう当然、中でサジャのみぞおち辺りを貫いたことでしょう。

「で、この状態で地下のあの部屋に閉じ込めておきます!あそこ、外からも鍵かければ出られないので!」

 テンジンザさん達の居た部屋、そんな場所だったのか……まあ、出られない部屋なら入るのも難しいだろうから、隠れ場所としては良かったんだろうけど。

「けど、それ復活したりしたら大変じゃないですか?」

 普通の人間なら出られないだろうけど(と言うか、普通の人間はそもそも生き返らないけど)、魔族なら壁や天井を壊してでも出てくる可能性が高い。1日2日で完全に復活するとは思えないが、その間に僕らはもうここを離れてるし、そうなったら一番危険なのはこの教会に居るナッツリンさんだ。

「まあそうですけど、どっちにしても教会がこの感じなので…」

 ナッツリンさんの視線を追って教会内を見回してみると、大小様々な穴の開いた壁、壊れた椅子、穴の開いた床……うーん大惨事。

「すいませんどうにも…」

「ああ、いえいえ、守ってもらいましたから。ただ、修理するにしても上の方に指示を仰がないといけないんです。なので、その時一緒に司祭様にサジャの事も相談してみますよ。上手くすれば、本部の方でもっとちゃんとした封印をしてくれるかもしれませんし。あと、どっちにしてもこの状態では教会も休業です。私もどこかに移ることになるでしょう。なると思うにゃん!」

 語尾を忘れてたことを思い出して無理矢理付けてきた。いやもうそれならなくて良いですって。

 まあともかく、それならひとまずは安心か。

 教会には対魔族専用の部隊があるという噂も聞くし。いや、噂だけで実在するかどうかはわからないけど、過去に勇者と一緒に戦った僧侶様が立ち上げたのが今の教会らしいから、その頃の知識が受け継がれている可能性は高い気もする。

「じゃあ、あとはお任せしても良いですか?」

「はいっ!この教会のアイドルナッツリンにお任せあれ!だぞよ!」

 うーん、だぞよ、は微妙な語尾だ。

 個性はあるが可愛くはない、そう考えると、語尾と言うのも奥が深いなぁ。

「何の話なんだよ」

 イジッテちゃんのツッコミが炸裂したところで、とりあえず話は一段落だ。

 一応、テンジンザさんとオーサさんにも目線で確認したところ頷いてくれたので、これでサジャの事は気にせず先に進めるぞ。

 さあ、まずはタニーさんを医者に見せに行く!

 外部の医者を巻き込むのは危険が大きいが、さすがにこの状況で医者に見せないわけにはいかないからね。



 近くの医者に診てもらったところ、入院が必要だと言われたが何とか説得して、傷口の消毒と縫合、それといくつかの薬だけ貰うことにした。

 入院が危険だと言うのもあるが、そもそもこの辺りの医療技術では切れた足をくっ付けることは難しいらしい、と言うのが大きい。

 それこそ、カリジの街にでも行かない限り難しいし、それでも出来るかどうかは専門家に診て貰って判断してもらうしかない、と。

 カリジの街はあらゆる勉学や研究の施設が集まっているジュラルの頭脳とも言うべき街だ。どうせ目的地でもあるし、それなら行くしかないか。

 タニーさんが長旅に耐えられるかどうかだけ心配だが、まあ急げば数日で着くし何とかなるだろう。

 ちなみに馬車は、幸いあの戦いでもさほど壊れてなかった。まあ小さい穴はいくつか開いてたが、簡単な応急処置で何とかなるレベルだ。

 馬は逃げてたけど、すぐ近くの牧草地で草食べてるところを見つけて無事捕獲。


 ―――よし、これでもうここにとどまってる理由はない。

 さあ、カリジに向けて出発だ!!


「馬さーん、かわいい可愛いうまさーん!無事でよかったのよさー!」

 ナッツリンさんが馬を撫でたり頬ずりしてデレデレだ。

 考えてみれば、ナッツリンさんがあの時に馬を守ってくれなければまた手配するのには時間とお金がかかっただろう。

 深く感謝せねば。

 あと、この腕も、だ。

 右手はすっかり綺麗……とはいかないが、火傷の後が残ったくらいでもうほぼ痛みはない。ナッツリンさんが回復魔法を使えたおかげだ。

 さすがシスター。

「ナッツリンさん、馬と腕のお礼に何か欲しいものやして欲しいことはありますか?」

「いえいえそんな、教会は皆さまのお役に立ててこそ価値があるのです。無償の奉仕こそ美徳なのです」

 そうなのか、それは素晴らしいことだなぁ。

「ただその――――…もし、もしも、ですけど、よろしければその―……寄付を頂けると助かるかなぁ……なんて。てへぺろっ!」

 ああ……そうですね、そりゃそうですよね。

 いや、良いのです、何も悪くない!どんなに素晴らしい志も、お金が無くてはやっていけないのだから!

「ということで、オーサさんお願いします」

「うむ、そうだな!……すまぬ!今はこれが限界!」

 そう言ってナッツリンさんに手渡したのは、3枚の金貨だった。

「――――――――――ひええええええええ、あ、ありがとうございます!ありがとうございます!!!!!!!」

 元々存在しなかったシスターの威厳みたいなものが完全に皆無になるくらいに金貨の前にひれ伏して全力で頭を下げまくるナッツリンさん。

 本当にジュラル3人衆は、もうちょっと庶民の金銭感覚を理解した方が良いと思うよ。金貨は一枚でも大金なんですから!

 まあ、迷惑料も込みで考えれば金貨3枚くらいの感謝はしても良いのかもな。教会を立て直すのにも1枚か、下手すれば2枚は要るだろうし。

 テンジンザさんたちを匿ってくれたところから考えたら、それが後々この国を救う事に繋がるかもしれないのだ、報酬を貰う価値のある仕事をしてくれました。

 ありがとうございます。

「おーい、そろそろ行くぞ」

 イジッテちゃんの呼びかけで、僕らは馬車に乗り込む。

 馬車は白い幌に覆われていて、後ろから乗り込むタイプだ。

 中は板張りで、左右に簡単な椅子のようなものがある。

 馬車を探している時、貴族の馬車は左右にドアが付いていて中は豪華だけど狭い、というモノが多かったが、テンジンザさんやオーサさんたちの体の大きさを考えるとそれでは窮屈だと思い、荷物を運ぶのに使っていたという馬車を譲ってもらったのだ。乗り心地は落ちるが、これならスペースは充分。

 足を怪我してるタニーさんを僕とオーサさん二人がかりで馬車に乗せて寝かせる。

 テンジンザさんも乗り込んで、椅子に座る。

 僕とイジッテちゃんはその反対側の椅子に、オーサさんはテンジンザさんの隣に座った。

 さあ、出発だ!!


「………―――――――いや御者は!?」


 イジッテちゃんの渾身のツッコミが炸裂した。

 そりゃそうだ、全員後ろに乗ってどうする。

「えっと、誰か馬操れる人います?」

「では俺に任せろ!乗馬ならやったことがある!御者の経験はない!でも任せろ!」

 オーサさんが元気よく名乗り出たが、不安だ……とはいえ、僕は馬なんて乗ったことないし、タニーさんはケガ人だし、テンジンザさんを一番目立つ場所に置くわけにはいかない、となればオーサさんしか選択肢はない。

「一応聞きますけど、イジッテちゃん馬は……」

「盾が単体で馬を乗りこなす機会があると思うか?」

「ぐぅ…」

 正論過ぎる反論にぐぅの音も出ない、むしろぐぅの音しか出ない。

 そうこうしてる間に、もう御者の位置に座っているオーサさん。仕方ない覚悟を決めよう。

「じゃあ、ナッツリンさん、お世話になりました。ご縁があればまた会いましょう」

 僕は馬車の後ろから顔を出してナッツリンさんに別れの挨拶をする。

「うへへへ、えへへへへ……はっ、えっ?なんですか?」

 めちゃめちゃ金貨握りしめてニヤニヤしてるじゃないですか……それ個人的なお小遣いとかじゃないですよね?教会への寄付ですよね?

「まあいいか、じゃあお気をつ…」

「ハイヨー!!!走れ雷鳴丸!!」

「…けてぇぇぇぇえええーー!!」

 話してる途中でいきなり馬車が急加速で発進した。

 なんですか雷鳴丸って!?馬に勝手な名前つけないでくださいよ!!

 ナッツリンさんもビックリしたらしく、慌てて手を振って送り出してくれてるので、僕も手を振り返したがすぐにお互い見えなくなった。

 やれやれ、せわしない。

 そういやオーサさんはそういう人だった。忘れてた。

「オーサさん、安全運転でお願いしますねー」

「俺に任せとけ!ヒャッハー!ハイヨー!!」

 ……本当に大丈夫ですか?馬車を運転すると性格が変わるタイプとか、そう言うのあるのかな…。

 まあともかく、ようやく次の一歩を踏み出すことが出来た。

 あとは、カリジの方がどうなっているのか……それ次第だなぁ。

 ふと見ると、イジッテちゃんはもう横になっている。この揺れの中でよくもまあ……と思ったが、考えてみれば僕もだいぶ疲れている。

 寝られる時に寝ておこうかな……と考えていると、不意にテンジンザさんから話しかけられた。

「少年よ、此度は本当に感謝している」

「………改めて言われなくてももう聞きましたよ。こっちも見返り期待してやってる事なんで、お気になさらず」

 まだ素直なテンジンザさんは違和感あるな。いやまあ、元々ある意味では自分の気持ちに素直な人ではあったけど。

「お礼に、という訳ではないが……少年に一つ提案がある」

「なんでしょう?」

 お礼なら恩赦でお願いしたい。と言おうとしたところで、意外過ぎる提案が来た。


「少年さえよければ、儂が剣を教えてやろうと思うのだが、どうかな?」


 ……はい?

 あまりにも意外過ぎる提案に面食らう。

 テンジンザさんが、僕に、剣を?

「どうしてそんなことを?」

「………少年は、まだまだ未熟だ」

「………全くもってその通りですね」

 それは認めるしかないところだ。

「だが、イージスを持っている限り確実に戦力としては重要になる。国を取り戻すためには一人でも強い味方が欲しい。少年が一人でも魔族……とまでは行かんが、魔人と戦える強さを獲得すれば、それは大きな戦力だ。……どうかな?」

 言ってることはよく分かる。

 けど―――

「そりゃあ、僕だって強くはなりたいですけど、強さってそんなに簡単に身に付くものでは無いでしょう?何十日何百日と継続して稽古つけてくれるんですか?」

「まさか、儂もそんなに暇ではない……というか、そんなに待ってられんよ、国を取り戻す戦いを」

「じゃあ、どうするんです?付け焼刃で少しくらい強くなったところで…」

 テンジンザさんはそこで、ニヤリと笑う。

 それは楽しそうでもあるし、悪魔の笑みのようでもあった。

「なぁに、一つだけあるぞ。短期間で確実に強くなれる方法が」

「そ、そんなものがあるんですか!?それはいったいどういう…?」

 短期間で確実に強くなれる、そんな夢のような方法があるならぜひ聞きたい。

 興味深く次の言葉を待っていると――――テンジンザさんは真剣な顔で言い放った。


「それはな……必殺技を手に入れる事だ!!少年に、必殺技を伝授しようではないか!」


 ひ、必殺技~~~~~!?!?!?!?

 そんなもの、実際に存在するんですか!?!?!


 そしてここから、僕とテンジンザさんの特訓が始まることになるのだが―――それはまた、後ほど語るとしよう。


 僕らがカレジに到着したのは、それから3日後の事だった―――…。


                    第三章・完。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る