第90話

 顔面に重い膝をくらっても素手マンはまだ空に浮いていた。

 それをすぐに理解したオーサさんは、ツノを掴んだまま素手マンの腹の辺りに右足をかけると、勢いをつけて再び倒立の形になる。

 再びの顔面攻撃を警戒して素手マンが両手でガードするが、オーサさんは今度は背中側へと勢いよく回る!

「ぐあっ!」

 思いもよらず後ろに頭を引っ張られた形となり、抵抗しきれず素手マンの身体が逆さまになると、一気に落下し始めた!

 そうか、羽は逆さまでは羽ばたけないのか……オーサさんがそれを計算してやったのかどうかは、疑問だけども!

 そしてオーサさんは、空中で上手く体勢を入れ替えて、手に持った素手マンのツノを下に向けて、二人分全ての体重をツノに乗せる形で地面に叩きつけた!!

「うぐわぁぁぁ!!!」

 今までの攻撃で声を上げる事の無かった素手マンが大きな声を上げた!

「タニー!!」

「わかってるって!!」

 オーサさんの呼びかけにタニーさんが駆けつける。

 まだツノを掴んだまま、地面に突き刺すようにして待ち構えていると、その顔面をタニーさんがボールをキックするように蹴り飛ばす!!

「ぐはっ…!」

 やはり効いている!

 もしや、ツノが弱点なのか!?

 左右の大剣の二人もそれに気づいたのか、アイコンタクトをかわして頷くと、倒れている素手マンを無理やり引っ張り起し、二人で左右の手を掴んで、リングでロープに振るように、敷地内の木に背中から叩きつける。

「決めるぞタニー!」

「オッケーだオーサ!!」

『おーっとここで二人が同時に素手マンに駆け寄る!!そして、同時に飛んで、同時に二人で一本ずつ、左右のツノに全体重を乗せた飛びげりぃぃぃ!!!』

 ここぞとばかりに実況の出番!

『これは……!!

 お、折れたぁぁぁ!!!素手マンの両ツノが、二人のシンクロ攻撃によって、鈍い音を立てて砕けるように折れて弾け飛んだぁぁぁーー!!!!

 倒れ込む素手マン!立てるか!?立てるのか!?……駄目だ立てなーーーい!!オーサ&タニーの左右の大剣、素晴らしいコンビネーションで魔人の力を打ち砕きましたぁぁぁぁーーー!!!』

 僕こと実況の勝利の名乗りに合わせて、オーサさんが右腕でガッツポーズを作ると、タニーさんはそこに自分の左腕をガツン!とぶつけて勝利をたたえる。

 反対の腕でもやったかと思うと、最後には胸をぶつけ合って勝利の歓喜に浸る二人。

 絵になるなぁ、誰も見てないけど、格闘家としてのエンターテイメントがもう染み付いているかのようだ。

 そりゃあジュラル国民から人気あるよなこの二人!

「何故だ……なぜ俺は負けた…!」

 木にもたれかかるように倒れている素手マンがうめくように声を上げる。

「そんなの決まってる、俺たちの方が強かったからだ」

 当たり前のことを当たり前に言うのが実にオーサさんだ。

「我も、努力した……しかし努力しても努力しても、自分の理想の強さには辿り着けなかった……限界を突き破るには、もう、人間以外の力に頼るしかないと……教えてくれ……お前らは、どうしてそこまで強くなれた?どうやったらそんなにも―――」

「あんた本当にバカだなぁ」

 タニーさんが笑いながら、しかしそれはバカにしているというよりも、好ましさを込めた笑顔のようにも思えた。

「俺たちがどうして強くなれたか、そんなのは、

「それは……なんだ…」


「それは、、だ。それ以上に必要なことなんて、なんもねぇんだよ」


 その、あまりにも単純明快な答えに、思わず笑いが漏れる素手マン……いや、フォズさん。

「ふ、ふふ、ふははは。そうか、折れずに続ける事……か。そうだよな……そんな単純なことから逃げてたんだな、我は…」

「――まあ、もう一つだけ言うとすれば――――」

 タニーさんは、オーサさんにちらりと視線を向けて、笑顔でポツリと言った。

「ぜってー負けたくねぇヤツが隣に居た、ってのも……ちょっとはあるかもな?」

「うむ!努力、ライバル、そして目指すべき目標!その3つさえあれば俺たちはどこまでも強くなれる!アンタも、今からだってな!」

 戦って何か通じ合うものがあったのか、笑顔で手を差し出すオーサさん。

 フォズさんの手がゆっくりと動き、その手を掴み返そうとしたその時――――

「うがぁぁぁぁぁぁ!!!」

 フォズさんの全身から炎が舞い登り、差し出した手だけを残して、一瞬で全身が消し炭となって消えた――――……。

 焦げた匂いのする腕が地面に落ちると同時に、いつの間にそこに居たのか、馬車の上に居たはずの小さい方がその腕を踏みつけた。

 警戒して後方に飛び退くオーサさんとタニーさん。

 ……いつの間に移動したんだ……

「イジッテちゃん……あの小さい人の……見えました?」

「―――いや、はっきりとは見えなかった。わずかに影が移動したようにしか…」

「そうじゃなくて、ほら、あの人の履いてるズボン、脚の横にちょっとスリットが入ってるんですよね。あの腕を踏みつけるのに足を上げた時、その隙間からちょっとパンツが見えたんですけど……見えました?」

「一度死ね?」

 冷たいツッコミ!

 まあ冗談はともかく、あの小さい人……だいぶヤバイ雰囲気が漂ってる。

 オーサさんとタニーさんも、全力で警戒しているのが伝わってくる。

 けど―――

「イジッテちゃん、ちょっと良いですかね?」

「なんだよ、またくだらないこ…とぉぉ!?」

 不意に背中の取っ手に手を伸ばし、がっしりと掴む僕。

「ひゃぁぁ…な、なんだ急に!?」

「ごめんごめん、念のためにね」

 僕はそのままイジッテちゃんを持って構えたまま、小さい人の方へと近づいていく。

「ちょっと良いですかね、小さい人」

「あん?わっちのことかえ?」

 近くで見ると、小さい方の名に恥じず、本当に小さい。

 僕もそれほど身長が高い方ではないが、僕の胸くらいまでしかない。

 大きさだけで言えば、幼女と言ってしまってもいいくらいではあるが、遠くからは黒く見えた紫色の長い髪がなにか……なんだあれ、常にウネウネと動いている。

 風に吹かれているのとも違う、不気味さを漂わせる髪と、あまりにも堂々とした佇まい、なぜか重さを感じる動きの一つ一つ。

 異質、恐ろしいほどの異質さを感じさせる存在だった。

「ええ、あなたです。ひとつ聞きたいのですけど、フォズさんを燃やしたのはあなたですか?」

「ははっ、妙なことを言いよる。わっち以外の誰がやったと?」

「なぜですか?」

「なぜ?負けたからに決まっておろう。弱いヤツを生かしておく意味があるかえ?」

「そりゃあるでしょ、いくらでもあるよ。弱さは罪じゃないからね」

「―――――わっちに意見するのかえ?」

 一瞬で目つきが変わり、明らかな敵意を感じる。

 けれど、やめない、やめてやらない。

 だって,ちょっと怒ってるし。

「まあ、そうですね。フォズさんは確かに負けたけど、見てたでしょう?その後の会話を。ここからいくらでもやり直して、もう一度前と上を向いて歩いていけましたよあの人は。何の権利でそれを奪うのです?」

「ははっ、なるほど。感傷というやつか。つまらんなぁ人間は」

「人間は………?ってことはあなたも魔人ですか?」

「魔人?おいおい、誤解するなよ、わっちは―――」

 そこで一旦言葉を区切ったかと思ったら、次に気付いた時には、もう、目の前に居た。

「くっ…!」

 慌ててイジッテちゃんでガードすると、そのうえから強い衝撃……いや、衝撃なのかどうかも判断できないような、とにかく何か強い力が襲い掛かり、全身が宙に浮いていた。

「ぎぃっ…!!」

 確かに防いだ、イジッテちゃんでのガードは間に合ったのに、全身に痛みが伝わってくるし、身体はオーサさんやタニーさんの身長よりも高く浮いていて、空中で姿勢を保っていられない…!

「ごめんイジッテちゃん!」

 このまま落下したら確実に体に何らかの怪我を負うと直感した僕は、とっさにイジッテちゃんを下にして、イジッテちゃんから落下した。

「おまっ、ちょっ、いだだだだだだだ!!!」

 イジッテちゃんがだいぶ地面にスレたけど……ふう、良かった、無事だ。

「無事で良かったなぁ!!」

 さすがに怒っておられるイジッテちゃん。

「ごめん……でも、さっき命の危険を感じて、いろいろな言葉が走馬灯のようによみがえったんだ……盾は身を守るために使えとか、盾を守るために自分の身を危険に晒すなんて駄目だとか、所有者の命を守ってこそ武具だ、とかそういう色々な言葉が」

「………いやまあ、言ったけどもそういうことを」

「だから、あのまま自分が背中や頭から落ちて怪我するくらいなら、盾を下にすることで直接地面に落下するのを避けた方が良い、って思ったんだけど……ごめん」

「んんんんんんんんんんんーーーーーーーー間違ってないから怒りのぶつけ所が無い!!そうだ!お前だ!そこの小さいヤツ!お前のせいだぁぁぁ!!」

 矛先が急に変わったけど、まあそもそもあの人が殴って……殴ったのか?それすらわからなかったけど、とにかく攻撃してこなければ何も起きなかったのだから、怒りを向ける相手としては完全に正しい。

「さっきから見ておったが……おぬしら一体なんぞえ?生身の人間にわっちの攻撃を受け止められるとは思えん……というか、幼女を盾にするだけではなく、落ちるときのクッション代わりにするとは、おぬし人の心が無いのかえ?」

「いや、反論は全然出来ないけど」

「そりゃ出来ないだろうよ」

 ほんの少しの隙にもツッコミを入れてくるイジッテちゃんプロだ。

「出来ないけど、でもあんたに言われたくは無いなぁ。人の心が無いという意味ではあんたも同じでしょう?」

「そりゃあそうだわい。わっちに人の心なんてあるわけがない」

「魔人だから、ですか?」

「ああ、そうか。さっきその話の途中だったかえ。わっちは魔人ではないぞよ」

 にやりと笑う小さな人。

「魔人ではない………? ――――まさか…!」

 嫌な予感がする。

 それは、絶対に当たってほしくない、考えうる限りで最悪の予感。

 ああ、でも当たるんだよな、こういう時に限ってさ。


「わっちは魔人ではない――――魔族さね」


 ――――魔族…!人に力を与えて魔人に変える事も出来る、超常的な存在…!

 やっぱりかよ……外れろよ嫌な予感…!


「わっちは、魔族のサジャ。初めましてジュラルの戦士たち。そして、さようなら」

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