第89話
「また「我」だよ!流行ってんのか!?ガイザでは一人称「我」流行ってんのか!?ダセェのにな!!」
「イジッテちゃん、悪いよそんなこと言ったら………あの、あの人………あの人も、それからこの………素手マンも、格好良いと思ってやってるんだから」
僕もイジッテちゃんも、同時にあのグラウの村で出会ったガイザの羽生えたあの人を思い出していた。
っていうかイジッテちゃんやっぱり覚えてるんじゃないの。さっきは忘れたみたいなフリしてもう、お茶目さんめ。
いやまあ、名前は僕も本当に忘れたけど。
「ふんっ!」
気に障ったのか、またビームを撃ってきたけど、イジッテちゃんが弾く。
「あっちぃ!あっちぃなぁもう」
「――――興味深いな………何者だ?」
「うるせぇ、お前は勝手に名乗ったけど、こっちは名乗る理由ねぇから~!」
イジッテちゃん、煽らない煽らない。
「我だって名乗りたくなど無かったわ!だが、貴様らが変な名で呼ぶから仕方なくだな!」
「我~!はははは!我~!」
よっぽど我がツボに入ったのか楽しそうなイジッテちゃん。
「な、なんだ貴様等は!!」
「いやすいません。そりゃ怒りますよね。でもこっちからすれば繰り返しの笑いなので許して欲しいというところはあります」
「………何を言っている?」
「ですから、僕らは前にはガイザの魔人っていう人に会ったことがありましてね。その人も自分のこと「我」って言ってたもんで、ここへ来てまたガイザの魔人「我」なんかい!っていう面白さなんですよ」
「えっ、あ、そう、なのか」
あっ!恥ずかしそうだ!
責めてみよう!
「やっぱりアレですか?ガイザでは、一人称を「我」にするのって流行ってるんですか?」
「いや、その、特に流行っているという事では、ないのだが」
「え?流行って無いんですか?じゃあなんで「我」って言う事にしたんですか?格好良いなーって思ったんですか?「我」って言うの格好良いなーって、何歳くらいの時に思って、よーし今日から「我」って言うぞーって決めたんですか?」
「やかましい!」
ビーム!弾く!壁に穴!
ああ、教会に3つも穴が開いてしまった。ごめんよナッツリンさん。あと居たら神様。
「ともかく!わ………俺は!フォズだ!妙な名前で呼ぶな!」
「妙って何がですか?」
「その、あれだ、素手なんとかだ!」
「素手マンですか?」
「やめろ!はしたない!」
顔真っ赤ですけど……?
「なんで はしたないんですか?」
「な、なんでってその………下ネタだろう!」
「どこがですか?素手て戦う男だから、素手マンですよね?」
「そ、それはそうなのだが、その、言葉の響きがだな、その、手でその、するあの、それみたいな、あれだろう!」
「わかんないです」
「なんでわかんないんだ!!」
「いや、本当はわかってますけど」
「わかってるならやるな!」
「わかってますけど、でもまあ良いかなぁと思って」
「思うな!!」
ビーム。弾く。良かった、地面だ。壁に穴開かなかった!
「危ないじゃないですか」
「待て、なんなんださっきから。危ないとかではないぞ。普通わ…俺のビームが当たれば死ぬのだぞ。そいつは何者だ?」
もちろんそんな質問に答えてあげる義理は無い。
「そんなことよりなんかすいません。僕らが笑ったせいで「我」って言うの恥ずかしくなっちゃってますよね。さっきから「わ…俺」ってなってますもんね」
「恥ずかしくなどなっていない!」
顔どころか上半身まで真っ赤ですけど。
なんかこの感じで精神的に攻めていけばこっちが有利になるのでは?なんて考えていた矢先だった。
「フォ~~~~ズ~~~~~!!」
馬車の上に居た、小さい方から叱責するような声が飛んできたのは。
「どうしたのかなぁ?自分の使命、忘れちゃったのかなぁ?」
可愛い女の子の声、軽い口調、なのに威圧感。
「………!申し訳ありません…!」
素手マンは小さい方へと向き直り、片膝をつき頭を下げる。
一瞬でこの場の誰もが理解した、あの小さい方が圧倒的に上の立場であり、強者であるのだと。
「で、どうなのさフォズ?あんたは、わっちの手を煩わせるのかい?」
おお、一人称「わっち」だ。嫌いじゃないですぜ。
「いえ、決してそのような。すぐに片づけます」
もう一度深く頭を下げると、素手マンは僕らの方に向き直る。
「貴様等は後回しだ。それより先にこっちの二人組を―――」
「そんなこと言ってる暇あります?」
僕がそう声をかけた時には、背後に既にオーサさんの姿があった。
「なっ…!」
「片づける?甘く見られたもんだな!!」
そのまま背後からがっちりと素手マンの腰を掴んで、そのまま高く持ち上げると、
「片づくのはお前の方だよっ!!」
横から走り込んだタニーさんが、オーサさんに持ち上げられ高い位置にある素手マンの顔面に、飛びあがっての顔面蹴り!!
『おーっと凄まじいパワー!そして凄まじい跳躍力!二人の息の合ったコンビネーション技がジャストミーート!!タニー選手の蹴りの威力をそのままパワーに変えて、オーサ選手が掴んだまま後ろへと投げて素手マンの脳天を地面に叩きつける!!』
思い出したかのように実況を再開する僕。
『あっとこれは、後ろに投げた勢いで、オーサ選手は素手マンの腰をロックしたまま後方に一回転!その勢いで再び素手マンを持ち上げて、また後方に落とす!これを何度も何度も繰り返している!!連続後ろ投げであります!!』
「いやぁこれはエゲツナイですよ。並の人間ならもう死んでますねぇ」
『解説のイジッテさん、やはりそうですか』
「ええ、いくら素手マンが魔人とは言え、効いてますよこの攻撃は」
『なるほどー』
イジッテちゃんもなんかノリノリで解説を始めてくれたので、二人体制でお送りします。
『さあそして、最後にしっかりとホールドしたまま投げてブリッヂを決めたオーサ選手。おーーーっとこれは!そのオーサ選手の腹を踏み台にして、タニー選手が空高く舞い上がるーーー!!そして、落下の直前にオーサ選手は素早く横に避けて、その場に残った素手マンの上に、天から降り注ぐタニー選手の両膝ぁぁ!!!これはクリーンヒット!!たまらない攻撃だぁぁーー!!』
「これは決まったかもしませんよ。見てください左右の大剣の二人を、もう勝利を確信したのかハイタッチを決めていますね」
そう語る解説のイジッテちゃんだけど――――どうやら、事はそう簡単に運ばないようだ。
「良い攻撃だな」
余裕の言葉と同時に、素手マンは立ち上がる。
さすがに今の攻撃でダメージが無い訳がないと思うのだけど……魔人とはいえ元は人間の身体だぞ?
「冗談だろう?アンタ本当に人間か?」
「正しくは、元・人間だな。魔人の身体にそんな攻撃が通用するとでも?」
タニーさんの問いかけに平然と答える素手マン。
つまり、もう人間ではない、と。
「まあそりゃそうだな、人間の目からビーム出る訳無いしな!」
オーサさんの正論である。だが、自分たちの攻撃が効いてないように見えても絶望する様子もなく、腕をグルグルとまわしている。
「なぁ、あんたにひとつ聞きたいんだけど良いか?」
「答える義理は無いな」
「まあまあそう言わずにさ、あんたの動きを見ればわかるけど、それは一朝一夕で身に付くような動きじゃない。よほど長くなにか格闘技をやっていたのだろう?」
「………それがどうした?」
「いや、なんていうかさぁ……ムカついてんだよね」
「………?」
理解が出来ない、という素手マンに向けて、オーサさんは髪をかき上げながら、強く言葉を吐きだした。
「人間のまま強くなる努力を諦めてんじゃねぇよ、この腰抜けのチキン野郎」
「なっ…!!」
「あームカつく、ムカつくわ。見りゃわかるよ、努力してきたのがさぁ。なのに何で最後に魔族の力なんて借りてんだよ。俺たちが目指すべきは、そんなものさえ打ち倒せる強さに届くことなんじゃねぇのかよ」
「ふざけるな……!貴様に、貴様に何がわかる!!」
「あーわかんねぇよ、なんもわかんねぇ。わかりたくもねぇ。たとえお前が無理矢理魔人にされたのだとしても、ビーム使って良い気になって、油断して簡単に後ろを取られて、ダメージくらっても魔人だから大丈夫です!?もう力に飲みこまれてんじゃねぇか。そんな奴が、ただただ必死に上を目指し続けてる俺たちに勝てる訳ねぇわ」
オーサさんは、親指をビッと下に向けて言い放つ。
「人間舐めんなよ、この雑魚魔人」
「きっっっさまぁぁぁぁ!!!!」
素手マンは羽を羽ばたかせ、教会の屋根くらいの高さの上空まで浮かび上がると、そこからビームを乱射する!
「ちょっ、イジッテちゃん!」
「あーもう!めんどいな!」
こっちにもビームが当たりそうだったので、イジッテちゃんの陰に隠れる。実況やってる場合じゃないなこりゃ。
「ふはははは!!どうだ!これが魔人の力だ!貴様等人間にはたどり着けない境地!それが魔人だ!圧倒的な力なんだ!!」
まるで自分に言い聞かせるように魔人の力を誇る素手マンだが、そのビームはオーサさんとタニーさんには当たっていない。
綺麗に避けられているのだ。二人は縦横無尽に動き回り、ビームをかわし続ける。
「くそ、なぜだ!なぜ当たらない!?」
焦る素手マンに、タニーさんが笑いながら告げる。
「そりゃそうだろ、丸見えなんだよ狙いが。目からビームが出るってことは、狙いを付ける為には対象に視線を送らなければならない!けどさぁ、戦いの基本だろ!?視線で相手の狙いを読むなんてのはさ!」
「だからこそ、俺たちはフェイントを入れたり、あえて視線をズラす事で相手に狙いを悟らせないようにするんだ。それが人間の生み出した「格闘技の技術」だよ!そんなことも忘れちまったのか!?」
オーサさんも追い打ちをかけるように素手マンの浅はかさを貶す。
本当に怒ってるんだなぁオーサさん。愚直な人だもんなぁ。
「くそっ!バカな!……魔人の力が…!」
素手マン……というか、もはやビームマンも焦っているようだが、とはいえ上空に居る限り二人の攻撃は届かない、どうする?
「そろそろ行くか!タニー!」
「おうよオーサ!!」
しかし、二人の動きに迷いは見られない。
オーサさんが、先ほど投げ捨てた自分の剣を拾うと、凄まじいスピードで上空の素手マンの顔面目掛けて投げつける!!
「おっと!」
それを避けるために、素手マンは体を逸らせた。
本当に一瞬だったが、二人にとってはそれで充分だったのだ。
「来い!!」
オーサさんが剣を投げると同時に、タニーさんは両手を体の前で組み、重心を少し低くした。
そこへ走り込むオーサさん!タニーさんの組まれた両腕に足を乗せると――――
「どぅらぁぁぁぁぁぁ!!!」
二人の腕力、脚力、そしてタイミングがガチリと噛み合い、常人ではありえない速度で上空へと舞い上がるオーサさん!!
あっという間に素手マンの高さまで届き、さらに上へ―――と思ったその時、オーサさんの両手が素手マンの頭に生えた二本のツノをがっちり掴む!
「バカな…!!」
そのツノを支点として、空の上で綺麗な逆立ちを見せるオーサさんの肉体は、太陽光で汗が光っているのか、全身輝いているようにさえ見えた。
そこから体を半回転させたオーサさんの膝が、素手マンの顔面を砕いた!!
「覚えとけ、これが、お前が捨てた人間の強さだ……!」
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