第88話

 さて、目の前では左右の大剣vs謎の大男の二大対決が始まろうとしているわけだが…

「イジッテちゃん、僕らどうしましょうね?」

「うん、完全になんかこう、タイミングを逃したな」

 二人の名乗りとかの隙に倒れていたナッツリンさんを救助した僕ら。

 どうやら大きな怪我はなく無事のようで、一応ポーションを飲ませて教会の中の長椅子に寝かせたら穏やかに寝息を立て始めたので、さてこの後どうしよう。

 テンジンザさんはもう地下に入ってるからほっとくしか無いし、オーサさんとタニーさんは俺たちのコンビネーション見せてやるぜ感をバリバリ出してるから僕が出ていってもたぶんやる事なくてなんか気まずそうにへらへら笑うだけになりそうだし………。

 もう一人の小さい方が何らかの動きを見せてくれればこっちとしても動きようがあるのだけど、馬車の上に乗ったまま様子を伺っている。

 ………アレか、あの大きな男が左右の大剣に勝てると確信してるのか?

 だから、慌てて動く必要もない、とか。

 なるほど、そういう意味で言えば、僕はオーサさんとタニーさんが勝てると確信してるので、僕も慌てて動く必要もない、という理屈が成立するな?

「よし、見守りましょう」

「お前なぁ………いや、まあいいか。どっちにしても教会の入り口を空けとく訳にもいかんからな。私たちはここで守りに徹しつつ二人の闘いっぷりを見てやろうじゃねぇの」

 という事で、勇者と伝説の盾は完全に見るモードに入ります。

 勇者ってなんだっけ。

 まあ、教会の中に誰か入り込むのを防ぐために我々はこうして入り口の前にしっかりと座り込んで戦いを見守るのだ。

 それはそれで大事!たぶん!!


 そんな僕らとは対照的に、緊張感たっぷりに視線をぶつけ合う左右の大剣と謎の男。

「アンタらの目的はなんだ?」

 タニーさんの問いかけに、二人とも答えず、大きな男はただ二人ににらみを利かせ、小さい方は馬車の上で胡坐をかいてゆらゆら揺れている。

「答えないのなら、我がジュラルに仇なす者として対処させてもらうが、それで構わんな?」

「………ジュラル?そんなもの、とうに存在しない。存在しないものに仇をなす事など出来るハズも無いだろう」

 喋ったと思ったら煽ってきたぞ。やなやつー。

「なんだと…!」

 熱くなるオーサさんを、タニーさんが押し止める。

「落ち着け相棒、悪い癖だぞ」

「………すまん」

「―――だが、オレもだいぶ気に入らない、やってやろうぜ、相棒!」

「………おう!!俺に任せろ!! 」

 オーサさんのいつもの言葉を合図とするかのように、二人が瞬時に左右に広がる!

 そして、大きな男の左右から同時に襲い掛かる。

 本当に何の合図も無いように見えるのに、攻めに転じるタイミングが全く同じだった。名コンビだな!

 剣の軌道も、どこにも逃げ道の無い計算された挟み撃ち。

 しかも相手は防具を持っていない。これは一撃で決まりか?

 そう思った次の瞬間………大男の姿が消えた。

「―――!?」

 オーサさんとタニーさんから見たら、本当に突然消えたように見えるだろうけど―――

「二人とも、上です!!」

 離れた位置から見てた僕には、常人ではありえないジャンプ力で上へと逃げたのが見えていた。

 小さい方だけじゃなくて、大きい方もあんなに飛ぶのかよ。

 そして上空で回転して、落下しつつタニーさんにかかと落とし!

「くっ!」

 それを剣で受け止めるタニーさんだったが………鈍い金属音を立てて、剣が折れた!

 剣が折れたことで僅かにかかと落としの軌道がそれてタニーさんには直撃しなかったが、もしも直撃してたら一発で終わっていたかもしれない。

「おのれ!」

 さらなる追撃を止めようとオーサさんが斬りかかるも、その剣も高く上げた足で弾かれる。

 あの靴の中に鉄でも仕込んであるのか?

 だが、オーサさんの攻撃の間に体勢を立て直したタニーさんの左拳が男の顔面を捉える!

 一瞬グラついたが、すぐに後ろに飛びのいて体勢を整える大きな男。

 ふぃー………見てるだけで緊張するけど、とりあえず最初の攻防はなんとか引き分け、かな?

 しかし、タニーさんは剣を失った。これき大きな痛手だ。

「おいタニー、お前いつもの大剣はどうした」

「お前だって持ってないだろ、あの時はとにかく逃げるのに必死でそんな余裕なかったよ」

「代えの剣は?」

「もう無いよ」

「じゃあ………俺もいらん」

 オーサさんも、おもむろに剣を投げ捨てた。

 ちょっとちょっと、何してるんですか。

「そうだな、それも良いだろう」

 タニーさんも、折れた剣を投げ捨てたかと思うと、上半身の服を脱いで、軽くジャンプするようなステップを踏み始めた。

「よし、そっちで行くか!」

 オーサさんも上半身を脱ぐと、両手を広げて構える。

 僕はそれを見て、一つの可能性に気付く。

「まさかあの二人………露出の想いを共にする同志なのでは!?」

「たぶん違うぞ。というか、違っていてくれ、と祈るばかりだ」

 イジッテちゃんは本当に祈っている。教会だからピッタリだね。

「こんなことを神に祈らねばならん私の気持ちがわかるか…?」

 その問いに、僕は肩をすくめて両手を上に向けて「さぁ?」と答えました。

 殴られました。


「では改めて自己紹介だ。俺はタニー、左右の大剣の左であると同時に、ジュラル国内の打撃格闘技チャンピオン。以後お見知りおきを」

「そして俺がオーサ!左右の大剣の右でありつつ、ジュラル国内の投げ・間接ありの総合格闘技チャンピオン!よろしく!」

 あの二人武器無くても強いのか。凄いな。

「―――何度名乗られても、こちらには名乗る義務はない」

 大男はそう言いつつ、今度はしっかりと構えを見せる。

 姿勢を低くして、両手を縦に広げる独特の構えだ。

「アンタ、さっきナイフ持ってたけどアレ使わないのかい?」

「ふん、あんなものはただの玩具よ。わざわざ手を汚すまでもないと思っただけのこと。武器はこの肉体だけで十分だ」

 タニーさんの問いに、不敵な笑みで返す大男。

 ………ってか、名前名乗ってくれないといつまでも大男とか言い続けるの味気ないな。

「イジッテちゃん、僕あの人のことを素手で戦う素手マンって呼ぼうと思うんですけど、どうですかね?」

「………微妙に下ネタの臭いがするが気のせいか?」

「どこにですか?」

「いや、いい、気にするな。お前が呼びたかったら好きにしろ」

 許可が出たので、これからあの大男の事を素手マンと呼ぶことにしました。


「ああそうかよ。まあこっちも素手だし丁度いいよな!」

「どちらにしても倒す!それだけだ!」

 名前が決まると同時に、タニーさんとオーサさんが素手マンに再び迫る。

 タニーさんは軽いフットワークで左右に体を揺さぶりながら、オーサさんは低い姿勢で一直線に素手マンに近づく!

 足へのタックルに来たオーサさんの顔面を蹴り上げようとする素手マンだが、オーサさんはそれを避けて軸足を取る!

 ………が、動かない。

 普通なら倒れるところだが、よほど体幹が強いのか片足を取られても倒れない素手マン。

 しかし、そこへタニーさんの素早い拳!

 足を押さえられていてはフットワークでかわすことも出来ず、なんとか腕でパンチを受け止めようとするが、回転力の有る素早い拳の連続で、かわし切れずに一発ボディにヒットする!

「ぬぐっ…!」

 ダメージが入ったのか、一瞬身体の力が抜けると、その隙を逃さずにオーサさんが足を抱えたまま素手マンの身体を持ち上げ、そして地面に叩きつける!!

 あーー、あれは痛い、痛いぞー。

 しかもそこで攻撃が止むことは無く、そこから体の上に乗って一方的に上から殴ろうと画策するオーサさん。

 だが、素手マンはほんの僅かな隙に体を後方回転させて、そのままの勢いで立ち上がる。

 これで仕切り直しかと思われたが、立ち上がったそこには待ち構えていたタニーさんのハイキックが側頭部にクリーンヒット!!

 さらにそこへ、オーサさんが素手マンの背後に回り込み、腰を掴んで後ろに投げる!!素手マンの後頭部を地面に叩きつけて、オーサさんの身体は見事なブリッヂを決める。綺麗な投げだなぁ。

 これで勝負は決まったかと思ったが、ちょうど地面が敷地内の畑の近くで柔らかい土だったからなのか、素手マンは逆立ちするように立ち上がり、ブリッヂを決めているオーサさんの腹めがけてまた踵!!

「うおおっと!」

 オーサさんはなんとか体を横に回転させてそれを避けるが、勢いそのまま地面に打ち付けられた踵はまるで爆発したかのように凄まじい勢いで土を舞い上げた。

 なんだあの踵は本当に。一撃必殺なのか?

 その威力に警戒心が高まったのか、オーサさんとタニーさんは少し距離をとり、少しの息継ぎと1対2の睨み合いタイムだ。

 はぁぁぁぁ………凄いな。命の奪い合いをしているのは解っているが、レベルの高い格闘技の試合を見ているような緊張感とワクワク感に襲われてしまう。

「イジッテちゃん、僕決めたよ」

「………どうせろくでもないことだと思うけど、言ってみろ」

「実況するね」

「いや、うん………勝手にしたらいいんじゃないか?」

 許可を得たので実況します。


『さあやってまいりました雲一つない青空の下に設けられた天然のリングに集う3人の屈強な男たち。国の威信と輝かしい未来を賭けた武の競演であります』

「………お前のそのスキルなんなんだ………無駄に上手いな?」

『ジュラルからは英雄テンジンザの懐刀にして国民からアイドル的な人気を誇る左右の大剣オーサ&タニー。対するはおそらくガイザの刺客と思われますが正体不明のX選手、仮に素手で戦う素手マンとしておきましょう』

「おいそこのヤツ、待て」

『おーーっと、素手マンが何やら放送席に対して挑発的な視線を向けてきております。一体どうしたのでありましょうか』

「うるさいぞさっきから。あと素手マンとか言うダサい名前で呼ぶな」

『なんと、クールキャラだと思われた素手マンは意外は細かいことを気にする神経質なタイプでありました!しかし私は実況をやめるわけにはまいりません。この世紀の一戦を皆様にお伝えする義務があるのです。それが私の仕事であります!』

「………誰に伝えてるって…?」

 解説のイジッテちゃんがなんか言ってるけど、『なるほどー』と返しておけばだいたい問題ない。

「問題あるわ!!解説の言葉はちゃんと聞け!……いや解説じゃねーけどな!!」

 イジッテちゃんのツッコミが炸裂したその時、不意に背中にゾクリと嫌な予感が走った。

「イジッテちゃん!」

「まかせろ!」

 僕の前に立ちふさがったイジッテちゃんに、何かが当たって弾かれた。

 その何かは教会の壁を貫き、小さな穴を空けた。

「………バカな、なんだその幼子は………弾いた…だと?」

 手を広げたイジッテちゃんの脇の下から素手マンを見ると、傷のある目から煙が上がっていた………。

「………ええっ!?目からビーム!?目からビーム出したの!?」

「私は見てたぞ、目からビームだ。目からビーム出しやがったアイツ!」

 そんなこと本当に出来るヤツが存在するのか!!という驚きを二人で共有すると同時に、一つの確信を得た。


「あんた――――やっぱり魔人か!!」


 その言葉に、素手マンは足で力強く地面を鳴らす。

 すると………一瞬で黒いオーラのようなものに包まれ、それが晴れると……ツノと羽が生えた素手マンがそこに居た。


「仕方ない、名乗ろう。我はガイザの刺客――――名をフォブと言う。覚えてもらう必要はないがな。死にゆくものには、無用な記憶だろう?」

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