第87話

 気づかれないように体を隠しそっと外の様子を窺うと馬車の近くに謎の二人組とナッツリンさんが居た。

 馬を背にして謎の二人組と向き合っているナッツリンさんが馬をかばっているのは一目瞭然だった。

「どうしてこの子を傷つけようとするんですか!?」

 語尾も忘れて真剣さが伝わってくるナッツリンさんの言葉に、謎の二人組は答えようともしない。

 二人組は背の高い男と、背の小さな女の子………だろうか。

 二人とも同じような恰好をしている。

 この辺りではあまり見たことない恰好だけど……なんというか、上下ともにゆったりした紺色の服なのだけど、腕も足も裾の部分はしっかりと絞められていて、とにかく動きやすそうだ。 

 ズボンには、パイクさんと似たような龍の刺繍が入っていて、上半身は胸から腹にかけてヒモがXを描くようにクロスされていて、それが縦に三つ並んでいる。

 ………確か昔何かの本で見たな……アレは確か、ガイザ地方で良く見られる……なんていったか……拳法着…?とかそういうヤツで、素手で戦う格闘技で良く着られている服……だった気がする。

 そんな服に身を包んだ大小の二人。

 なんて………なんて脱ぎやすそうな服……!

「お前のその感想いらんなぁ…」

 イジッテちゃんから音が出ないように軽く小突かれました。

 ともかく、遠いから服以外はよく分からないが、大きい方が小さいほうへと視線を向けるのが見えた。

 小さいほうはその視線を受けて、とことこと歩いたかと思うと、浮かぶように飛び上がって馬車の幌の上に乗った。

 どうやら小さい方が指示役で、大きい方はどう対処したらいいのか求めているようだった。

 ………ってか、いやいや待て待て、あの幌の上って、オーサさんの身長より高いぞ。普通の人間がジャンプで登れる高さじゃない。

 ………何かしらの風魔法を足に仕込んでいたのだろうか………それならいいけど、もしも――――。

 僕の頭には、グラウの村で出会ったあの人が浮かんでいた。

 あの人、あの人―――――名前なんだっけ、あの………一人称が「我」で散々イジられてたあのガイザの人。忘れたなぁ名前………。

 まあともかくあの人だ。あの―――羽の生えた魔人と化したあの人――――あの人としか言いようがないあの人。

「………イジッテちゃんから、あの人の名前覚えてる?あの、グラウの村で会った羽のあの人」

「………誰のことだ?」

 わーお、存在すらお忘れ?いやいや、それはさすがに。

 まあいいや、あの人の名前とかどうでもいいし。

 問題は、あの二人組がガイザからの刺客だった場合、魔人………最悪魔族の可能性すらあるってことだ。

 そう考えると、別荘地で出会ったあの集団が普通の人間で助かったな………というか、僕らがあの人たち倒しちゃったから事態を重く見て魔人が来たとかだったら最悪だな………とはいえ、あの場では他の選択肢なんて無かったようなもんだから後悔はしてないというか、したところでそれ以上の最良手が思いつかないのなら後悔する意味も無い。

 後悔なんてのは、もっといい手段があったのに出来なかった時だけすればいいんだ。

 そんなことを考えていると――――

「いやっ…!」

 謎の二人組の大きい方が、ナッツリンさんの頬を裏手で弾くように叩いた。

 吹き飛ばされて地面に倒れるナッツリンさんに、さらに追撃を加えようというのか、ゆっくりと近づく大きな男。

「あの野郎…!」

 後ろから見ていたオーサさんが飛び出していこうとするのを、僕とタニーさんで止める。

「二人ともなぜ止める…!」

 怒りと戸惑いの混じった目で僕らを見るオーサさん。

「落ち着いてください、僕らが今守るべき最優先は誰ですか?」

「それは………」

 オーサさんの視線が、一時的に礼拝所の椅子に座ってもらってるテンジンザさんに向けられる。

 かつての覇気はまだ戻らず、今なら簡単に命を奪われてしまうだろう。

「僕らがここで出ていけば、テンジンザさんの守りが手薄になります」

「しかし、相手は二人だけだ。俺たちは3人戦える。1対1にすれば、1人は守りに置いておけるだろう?」

「どうして二人だけだと言い切れますか?他に仲間が居たら?すぐ近くから増援が来たら?それでもテンジンザさんを僕らだけで守り抜けますか?」

「それは………それは………!だがしかし…!」

 わかっている、今僕は酷いことを言っているのだ。

 ナッツリンさんは現段階では殴られただけではあるが、今後殺される可能性もある。

 そうなったときに、選べと言っているのだ。ナッツリンさんとテンジンザさん、どちらを助けるのかと。どちらの命が大事なのかと。

 このまま後退し、もう一度テンジンザさんを地下に戻してそのまま隠れることが出来れば、僕らもテンジンザさんも見つからずに助かるかもしれない。

 しかしその場合、ナッツリンさんと馬が殺される可能性が高い。

 もしも、以前この教会を見たことがあるのなら、今までいなかった突然の馬車は疑うのに充分すぎる動機になるからな……ただ、おそらく彼らはまだ疑念を持っているだけで、ここにテンジンザさんが居るという確信があるわけでは無いのだ。あるのならさっさと入ってくればいい。

 しかし、確信は無いが予感はあり、馬を殺すことでまず足を奪っておけば仮にここに居たとしても逃げ出すことが容易ではなくなる。

 あの二人にとって、馬を殺すのはその程度の理由で良いのだ。

 それを防ぐためには、ナッツリンさんと馬を助けに今すぐ飛び出すべきだが……二人以外に仲間がいた場合、僕らは簡単に囲まれてしまうだろう。

 そうなったらもう逃げようがない。

 この二人が、本当に二人だけで行動している、その可能性に賭けるのはあまりにも分の悪い賭けだぞ…。

 仮に二人だけだったとしても、魔族だった場合はおそらく勝てない……僕らとテンジンザさんが生き残る可能性が一番高いのは――――

「ナッツリンさんを見捨てて地下に隠れるか、裏から逃げるか……それが一番生存率が高いと思う」

 タニーさんが僕の考えていたのと同じことを口に出した。

「本気で言っているのかタニー…!」

「落ち着け、目的を見失うな。テンジンザ様には必ずこの国を取り戻してもらわねばならん。こんなところで危険に晒すのか」

「倒せばいい、テンジンザ様も守るしナッツリンさんも守る、それこそが俺たちの、この国を守る軍人の役目だろう…!」

「出来なかったらどうする…!」

「出来なかった時のことなど………」

「考えるさ、考えるに決まっているだろう…!オレたちの失敗は、そのままジュラルから希望が失われることになる………ジュラルという国が、永久に世界から消えるんだぞ…!俺たちがいま背負っているのは、そういうモノなんだオーサ…!」

 タニーさんだって、助けられるなら助けたいに決まっている。

 それでも、自分の行動がそのままこの国の未来に直結するとなればそう簡単には動けない、そんな考え方を僕は、間違っていると言えない。

「いやぁ!!」

 外から再び叫び声。

 ナッツリンさんが首を掴まれて持ち上げられていた。

 いくら小柄な女性とはいえ、片手で持ち上げるのかよ……どんなパワーだ。

 大きな男は左手でナッツリンさんを持ち上げて、もう片方の手には―――ナイフが握られていた。

 先ほどと同じように小さい方に視線を送ると、向こうで頷くのが見えた。

 どう考えても解る―――――殺してもいいのか、と許可を取ったのだ。

 決断の時だ。

 ナッツリンさんを助けるなら、今このタイミングしかない、もう考えてる暇は―――

「すまない」

 そう小さな声で謝罪したかと思うと――――

「うおおおおおおおおお!!!!!!」

 オーサさんは、勢いよく扉を開けて飛び出した!!!

「くっそ、あのバカ!!」

 それを受けてタニーさんは、一瞬悩んでテンジンザさんの方へと駆け寄り、力を込めて持ち上げると、「すいません!」と一声あげて地下通路へとテンジンザさんを足から投げ落とした!

 大胆なことするな!!いやまあ、テンジンザさんの身長からすればすぐに足が付くから大怪我はしないと思うけど!

「どらぁぁぁあぁあ!!」

 外からはオーサさんの気合い声!!

 一気に大きな男に突っ込んで行くと、男はナッツリンさんを脇へと投げるように放して―――

「ぬんっ!」

 オーサさんの体当たりをがっしりと受け止めた!

 うっそだろ、あの巨体のオーサさんが、あんなに勢いよく体当たりしたのにそれを受け止めるのかよ!

「貴様、邪魔をするなら容赦はせんぞ」

 冷たい声でオーサさんに声をかける大きな男。

 よく見ると、右目に眉の上から頬にかけて大きな傷がある。その傷の隙間から見える細い瞳の鈍い光は、一瞬で背筋に寒いものを走らせた。

 ――――こんな奴に立ち向かってたのかナッツリンさん……すげぇよ…!

「容赦など………いらんわぁぁぁぁ!!」

 受け止められていたオーサさんが再び力を入れて足を踏みだすと、少しずつ大きな男を押し始めた!

「うおおおおぉぁぉぉおおおおぉ!!!」

 そのまま勢いにのり、教会の周りを囲む木製の柵をなぎ倒すと、そのまま敷地の外へと男をなぎ倒した!!

 さすがのパワーですオーサさん!!

「なんだ、貴様は………」

 謎の男の問いに、オーサさんは仁王立ちで答える。

「俺はオーサ!ジュラルの英雄テンジンザ様の左右の大剣の右にして、ジュラル軍人の誇りにかけてこの国に生きる全ての国民の命を守るものだ!!」

 ―――そうか、オーサさんにとって、国を守ると言うことはそこに生きる人たち一人一人を守ることなんだな………それが、あなたの正義なのですね。

「ったく、しょーがねぇなぁバカは!!」

 そう声を上げながら、タニーさんも外へ。

「本当にお前は後先考えねぇんだから!!ほんと、相棒がバカだと困るよなぁ!!」

 両手で髪をかき上げながらオーサさんの元に向かうタニーさんの背中は、そう言いつつもなんだか少し嬉しそうに見えた。

 そして、オーサさんの横に並び立つと、高らかに名乗りを上げた。

「オレがタニーだ!!テンジンザ様の左右の大剣の左にして、ジュラル軍人の矜持を掲げ全ての国民から愛される最高の男だ!覚えとけ!!」

 オーサさんは右手で、タニーさんは左手で剣を抜くと、それを斜め前に突き出してお互いの剣を交差させる。

「「英雄テンジンザ様を守る剣(つるぎ)!!左右の大剣!!全ての災厄を刈り取るこの剣の力、貴様らの身体に刻み付ける!!」」

 左右の大剣の名乗りでありつつ、謎の二人組に対する宣戦布告!!


 全然打ち合わせとかしてないのにめちゃめちゃ息があってて格好良いな!!


 事前に相当練習したんだろうな!

 仕事とかあんまり無い時に、文言とかも必死で考えて凄い練習してたんだろうな!

 せーの、って言わなくても合わせられるように頑張って練習したんだろうな!


「「練習してたとか言うな!!!!」」


 ツッコミの声まで息ピッタリな二人、さすがですね!

 でも絶対練習してたと思う!だって二人とも顔真っ赤にして照れてるし!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る