第86話
「………本当に手に入れてくるとはな……しかもこんな見事な幌付きの馬車を」
テンジンザさんに出会った翌日の夕方、教会の敷地内の畑の脇に、たった一日で幌付き馬車、当然馬も含めてゲットしてきた僕にタニーさんが感嘆の声を上げる。
もっと褒めてくれても良いんですよ?
「どうやって手に入れたんだ?」
「まあなんというか、経験と勘ですよね」
貴族の中には、馬車を持て余してる人間が結構いるのだ。
家族一人に付き1台の馬車を持っていたけれど、子供が家を出たり、離婚したり、大旦那が大往生したりで、必要なくなった馬車を。
処分するにもお金と手間がかかるし、持ち続けていても馬の世話やら整備やらで大変だし人手もいる。そういう馬車を安く買い叩いて必要な人に高く売る、という商売をしている人の話を聞いたことがあったのだ。
まあその人はなんやかんやで捕まって牢に入ってるんだけど……でも、馬車の件に関しては悪い事では無いから良いな、と覚えていた。
ただ、相場より安いとはいえ最低でも金貨8枚は必要だから僕みたいな人間がそうそう出来る事ではないのだけれど、今回はタニーさんマネーがあるからこそ可能な方法!
「これなら、テンジンザさんを移動させられるでしょう?カリジの街なら王立の学校や病院もあるから、信頼できる医者や心理学者が見つかる可能性も高いでしょう。ここで回復を待つよりもよほど建設的だと思いませんか?」
「言ってることはわかるさ。しかし、テンジンザ様を危険に晒すわけには……」
「危険という意味で言えば、ここも充分危険ですよ。お伝えしてなかったですけど、僕らここに来る前におそらくテンジンザさんを狙っていたであろう暗殺者集団に遭遇しましてね」
「なんだと……!?」
タニーさんの顔色が変わり、オーサさんに視線を向ける。
「ああ、本当だ。はっきりと素性は確認出来なかったが、可能性は高いと思う」
「そうか……なるほどな」
僕の言葉に対してオーサさんに確認を取る辺り、僕は信用してないけどオーサさんは信用していると。まあそりゃそうだ。
まだ僕は信用されるようなこと何もしてないもんな。信用を失うことはしたけど。いや、脱衣ボンバーは別に良いと思うんだけど、他人脱衣ボンバーはさすがに性急過ぎたと言われればそうのような気もしないでもないような感じもなくはない。
「そんな曖昧な訳ねぇだろ。一発アウトだよあんなの」
と、イジッテちゃんは言っていますが、さぁて世間の声はどうかなぁ?
「私の声はだいたい世間の声だと思えよ?」
「イジッテちゃん、自分の意見が世間の声であり絶対に正しい、そう思い始めたらそれは視野が狭くなっている証拠だよ」
「急に正しいことを言うな。そして仮にそれが正しかったとしても、他人脱衣ボンバーみたいなバカな行為を正しいと言う人間は絶対に居ないと覚えておけ」
「イジッテちゃん、世の中に絶対は…」
「うるせぇ!!」
ローリングエルボーを顔面に食らいました。
仕方ない、確かにうるさかったから仕方ない。自覚、あります!!
「楽しそうにイチャイチャしてるところ悪いんだけどちょっといいか?」
痺れを切らして話を先に進めようとするタニーさんである。
「はいなんでしょう」
「イチャイチャなどしていない!!」
イジッテちゃんは怒っているがここはスルーして話を続ける事とする。
デジャヴ。
「敵が迫っているのは確かなのか?」
「どうでしょうね、おそらくこちらの方にテンジンザさんが逃げたという情報は伝わっていると思って確実だと思います」
僕らが知り得た情報は相手も知り得る、そう思っておいた方が良いだろう。
ルジーは有能だが、向こうにもプロのスパイや情報屋が居るだろうからね。
「ただ、情報は伝わっているでしょうけど,暗殺者がどの程度の人数来ているのかは判断が難しいですね。この前の人たちは全員まあその…死にましたけど、他にも部隊が居るのか、それがどの程度なのか……」
「君達が襲われたのはいつだ?」
「えーと、2日前ですね」
「という事は、仮に最初の暗殺部隊が君達が倒したメンバーだけだったとしても、追加が来ていてもおかしくない訳だ」
まあそうなるだろう。
おそらく進捗を伝える為の定時連絡のようなものは義務付けられているハズなので、それが無かった時点で異変に気付いて別の部隊を差し向けてくるのは充分に考えられる。
問題は、その定時連絡が毎日なのか数日おきなのか……数日おきならもう少し時間に余裕がある可能性も考えられるが、流石にそれは楽観的か。
「もう、この辺りまで来て捜索している、と考えるのが妥当でしょうね」
「そうか………なら、移動に賛成だ。もしもあの場所が見つかったら、闘うにはあまりにも不利過ぎる」
城を攻められたときに毒を使われた記憶が蘇るのか、苦い顔を見せるタニーさん。
普通に攻め込まれる分には狭い通路は確実に一対一で戦える有利さがあるが、毒を流されたら、あの地下では逃げ場がなくて完全に終わりなのは考えるまでもない。
相手はそういう手を使ってくる、その想定で動く必要があるだろう。
「では、すぐにでも?」
「ああ、どうせ行くなら早い方が良い、テンジンザ様を連れに行こう」
話がまとまった。
近くで話を聞いていたオーサさんとイジッテちゃんにも視線を送り、一緒にテンジンザさんを迎えに行く。
なにせあの巨体だ、全員で行かなければ厳しいだろう。
……いやまあ、イジッテちゃんが役に立つとは思えないけど、荷物くらいは持ってくれるだろう、きっと。
………持ってくれるかなぁ、持ってくれると良いなぁ。
ひとまず教会の中に戻ると、入り口の扉に隠れてナッツリンさんが外を見ていた。
「………何してるんですか?」
「え?いやほら、あの子、あの子ですよ…!」
あの子……?ナッツリンさんの視線を追いかけるとその先には……馬がいた。
馬車を引くための馬だ。
「馬がどうかしました?」
「めちゃめちゃ可愛くないですか…ですか!?」
それはもう目をキラキラさせているナッツリンさん。
憧れの王子様を見たくらいの目の輝きだ。
「好きなんですか?馬」
「好きと言うかですねー、憧れですよね!いつか馬に乗って草原を走り回りたいみたいな!白いドレスで!どっかの王子様と!アイドルのロマンス!夢のシチュエーション!ション!」
今日の語尾トレンドは二回繰り返しのようだ。
「そうなんですね、まあ、しばらく見てて良いですよ。地下からテンジンザさんを連れ出すの少し時間かかると思いますし」
「ホントですか!?さ、さささ、ささささささささ、触っても良いですか?ですか?」
「………良いですけど、大声出したりしないでくださいね、馬が怖がるので」
「もちろんです!ああー、でも緊張するなー、どうしようかなー、触っちゃおうかなー!かななかなかなななななななるこぷれしー!」
興奮してるのかなんか変な語尾出ましたよ?
まあ、とりあえずナッツリンさんは置いておこう。テンジンザさんを連れ出すんだ。
地下の部屋に戻ると、タニーさんがあらかた準備を済ませてくれていた。
とはいえ、テンジンザさんの着替えと、それほど多く無い荷物をまとめただけではあるのだけど、物事をスムーズに進めようとしてくれる人が居るのはとても助かる。
「テンジンザ様、事前に説明しました通り、移動させていただきますがよろしいでしょうか?」
片膝をつき、頭を下げながら許可を得ようとするタニーさんだけど……
「儂の許可などいらんよ……タニーくんの好きなようにしたらいいんだから。儂の意見なんてどうせ役に立たないに決まってる………決まってるんじゃあ…」
まだまだネガティブだな!
別にネガティブが悪いと言うつもりはない。ネガティブも一つの思考の方向性だから、それでこそ生み出せる発想も存在する。
けど、英雄テンジンザさんがネガティブでは困るのだ。
特に今の状況では、民衆の上に立ち、みんなを引っ張り、鼓舞する、そういう英雄が必要なのだから。
それをテンジンザさんに背負わせるしかないのは、この状況を見ると少し気が引けるけど………テンジンザさん以上の適任は絶対に存在しない。
………僕はまあ、テンジンザさんのこと好きじゃないけど、でも、そんな個人的感情を加味しても、それでもやっぱりこの人は圧倒的に特別なのだ。
ムカつくけどね!
ムカつくから、この人を楽になんてしてやらないんだ。
まだまだ、上の方でムカつかれてろよ!英雄!
オーサさんとタニーさんの二人で、テンジンザさんの両肩を担いで少しずつ運ぶ。
車椅子でも用意できれば良かったのだけど、テンジンザさんの巨躯に合う車椅子なんて特注しないと存在しないのだ。
まあ移動自体は馬車に乗っててくれればいいので、カリジの街に着いたら向こうで大きな荷台でも探してみようかな?
そんなことを考えながら地下から地上へ。
梯子を登らせるのが相当苦戦したが、上から引っ張り上げつつ下から押してなんとか体が地上に出た時には、全員が肩で息をしていた。
訂正、イジッテちゃん以外の全員が。
………全然手伝ってくれないじゃん!!!
いや、そりゃあ前のやり取りからしても二人の間には何か浅からぬ因縁があるのは理解出来るから、こんな状況で有ろうともテンジンザさんの手助けなんてしたくない、と言うことなのだろう。
きっとイジッテちゃんの心の中に、譲れない何があるのだろう。
そうでなければ、きっと手伝ってくれたはずだ。
うん、きっとそうだ。
なんだかんだ言っても良い子だからな、イジッテちゃんは!
だから好きなんだよなイジッテちゃん!
トテテテテ、ガインガイン、トテテテテテ。
わざわざ少し離れた位置から歩いてきて殴られて、また離れていきました。
それもまた可愛い。
さて、協会の扉を開けて外へ―――と思ったその瞬間、なにやら大声が聞こえた。
………ナッツリンさんの声だな?
大声で騒がないでくださいと言っておいたのに………何をそんなに興奮して―――
「やめて!!何するの!私のお馬さんに何するのよ あなた達!!」
――――外に、ナッツリンさん以外に誰か居る…!?
何かが………起こっている……!
それはそうと、あなたの馬じゃないですよナッツリンさん!!
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