第85話

 重い扉をくぐると、その先には短い廊下。

 まっすぐ伸びたその廊下の左右には、風呂と炊事場、そして奥にもう一つ扉がある。

 必要最低限の生活は出来るようになっている、って印象だ。

「テンジンザ様がこのような所に……」

 オーサさんが何とも悲しそうな顔をしている。

 華やかな王城暮らしから、人目を避けて地下暮らし、この落差では大変なことも多いだろうな。

「テンジンザ様、入ります」

 タニーさんが奥の扉をノックしつつ、中に声をかける。

 あの奥に居るのか………最後に会った時が城からイジッテちゃんを盗み出した時だから、さすがにちょっと緊張してしまうな……いきなり殴られたりしないよね…?

 中から返事は無かったが、構わずに開けるタニーさん。

 少し違和感を感じたが、まあ普段から世話をしているのならそういう事もあるだろう。寝てるのかもしれないし……最悪、意識が無くて眠り続けている、という可能性も無くはない。

 ビックリするとか言ってたもんなぁ………その場合、計画がだいぶ狂うな…。

 緊張と嫌な想像と何されるかわからない怖さで固まりつつも、タニーさんに促されて部屋の中へと歩を進める。

 壁に吊るされたランプの灯りだけで照らされた少し薄暗い部屋の中は、常人には大きすぎるほどのベッドで大半が埋め尽くされていた。

 一応、コップや皿が置ける小さな机がベッドの横に置いてあるけれど、それ以外は部屋の隅に小さな棚があるだけの簡素な部屋だ。

 そして、そのベッドの上に――――テンジンザさんは居た。

 こちらに背中を向けて、横になった状態から上半身だけを起こしているのか、下半身は布団の中に入ったままだけど、それでも体の大きさがハッキリわかる。

 ―――けれど……背中が丸まっていて、小さく見える。

 いつも自信満々に胸を張っていたテンジンザさんしか見たことがないので、ゆったりしたローブのような服で背を丸めているテンジンザさんはなんだかとても年老いて見えた。

「テンジンザ様!」

 オーサさんが速足でテンジンザさんの正面に向かって行き、膝をつき頭を下げた。

「ご無事で何よりです!右の大剣を拝命しておきながらお傍を離れるという大失態、申し開きの余地もございません。いかなる処分も受ける覚悟です」

 テンジンザさんは、何も反応しない。

 怒っているのか、それとも考え込んでいるのか、はたまた聞こえていないのか。

 僕も恐る恐る正面に回ってみる。

 目が虚ろだったりしたらどうしようかと思ったけど、特にそういう訳でもない。

 まあ、以前と比べると覇気が無いような気もするが、まだ体調が万全ではないのだろう、という程度の印象だ。

 別にビックリする、というようなことは―――

「オーサくん……」

 テンジンザさんが声を発した……けど、

「くん……?」

 言われたオーサさんも違和感にまみれたらしく、思わず下げていた頭を上げた。

「ごめんねぇオーサくん。儂なんかのせいで大変だっただろう?本当にもう、儂なんて何の役にも立たないダメな人間なのに、なんで生きてるんだろうね。あーあ、もう死んじゃえばいいのになー儂なんて!」


 ……………めちゃめちゃネガティブになってる!!!


 えっ、あの自信満々だったテンジンザさんが?必要以上に自分を信じすぎていたと言っても過言ではないテンジンザさんが!?世界は自分を中心に回っているとだいぶ本気で思っていたに違いないテンジンザさんが!?いざとなれば魔王より先に世界征服できると信じていたに決まってるテンジンザさんが!?

「………お前のテンジンザのイメージもだいぶ酷いな?」

 また声に出てたらしくイジッテちゃんにツッコまれたけど、まあ今はそれはどうでもいい。

「ちょっとちょっと、テンジンザさんどうしたんですか?」

 あまりの事に呆然としているオーサさんに変わって、僕が問い詰める。

「ああ、あなたはイージスの、あの時はすまんことしたなぁ。儂なんてイージスの盾に全然ふさわしくないのにね。人から奪い取ろうなんて、最低だよね。ごめんね、ごめんね。こんなごみクズみたいな老人を許しておくれ」

「老人のネガティブは対応に困る!!」

 いやまあ実際は老人という程老人でもないけど。

 多分、まだ50前後ですよね?

「いやぁ、儂なんてもう老人じゃよ。引退じゃ引退。こんな儂に似合うのは英雄じゃなくて白湯(さゆ)じゃな、さーゆー、ゆっくりベッドで白湯でも飲んでるのがお似合いじゃあ」

 何をちょっと上手いこと言ってるんだこの人は。

 キャラ変わり過ぎてて対処法がわからん。

「どうなってんですかこれ?」

 一緒に居たタニーさんに聞くのが一番だと質問をぶつけてみるも、帰ってくるのは苦笑いだ。

「オレもわからんよ。多分反動だろうなぁ。今までの人生でここまで大きな挫折をしたことが無かったんだろうね。普通は若いうちに挫折を経験して心が鍛えられるもんだと思うんだけど、テンジンザ様はこの歳で初めての大挫折を経験したから自分の心をどう持って行っていいのかわかってないんだよきっと」

 なるほど……これだからエリート様は!!

 こちとら挫折しか無いような人生だぞ!

「な?ビックリするだろ?」

「ビックリっていうか……そうですね、ビックリしました」

 今まで誰も共有する相手が居なかったのが寂しかったのか、ようやく仲間が出来てなんだかタニーさんは少し嬉しそうだ。

 この状態のテンジンザさんのお世話をするのはさぞ大変だったでしょう。

 それになにより、このままの状態ではこちらの計画にも支障が出る。

 テンジンザさんには、王子と一緒にこの国を奪還する為の旗頭になってもらわないといけないのに。

「元に戻す方法とか無いんですか?」

「いやぁ、オレは専門家じゃないからなぁ。かと言って医者に見せるにもここから出るのは危険が大きいし、ここに医者を呼ぶのも、秘密を知る人間を増やすことになる」

 確かに、城に常駐していたような医者だったら信頼できるだろうけど、その辺の町医者に頼むのはリスクが高いよなぁ。

 それはテンジンザさんだけじゃなくて、医者の側のリスクも含めてだ。

 昨日のような暗殺者に金を受け取ったり、もしくは拷問でもされれば素人のお医者さんはすぐにここの事をバラシてしまうかもしれない。「患者の秘密は死んでも守る!」みたいな職業倫理がめちゃめちゃしっかりしてる人であれ!……というのは賭けとしてあまりに分が悪い。

「まあ、何かのきっかけで戻るのを待つさ。テンジンザ様ならきっと復活するよ」

 うーん、タニーさんの信頼。

 それはそれで素敵だけど、こっちとしてはそんなに気長に待っててあげるつもりもないというか、めんどい。

「アレだな、たぶんちょっとしたショック状態だろうから、逆に別のショックでも与えたら治るんじゃないか?」

 イジッテちゃんがめちゃめちゃ無責任なことを言いだしたが、あながち間違っても無いような気もする。

 どうせテンジンザさんがこのままだったら僕らはやること無いんだ。思いつく限り何でもやってみよう。

「脱衣ボンバー!!」

「早いな!?」

 僕に出来る事の第一歩としてはそりゃこれでしょう。

 初見のオーサさんとタニーさんは呆気に取られているが、テンジンザさんはなんだかニコニコと好々爺のように微笑んでいる。

 僕はそんなテンジンザさんにおもむろに近づくと、テンジンザさんの服の中に爆発魔法の結晶を入れた。

「他人脱衣ボンバー!」

「うぉい!!」

 イジッテちゃんのツッコミビンタと全く同時だった。

 テンジンザさんの服が弾け飛んだのは。

 わぁー、綺麗に上裸(じょうら)になったぞぅ!

「なったぞぅ、じゃねぇわ!!」

 二発目のビンタ頂きました。

「お前さすがに駄目だろう!他人脱衣ボンバーはダメだろう!それはシンプルに罪ぞ!」

「当たり前じゃないですか!僕だって初めてやりましたよ!生涯初ですよ!」

「一度たりともやるな…!生涯で一度もやるなよ他人脱衣ボンバーは…!」

「今回は例外ですよ、だってショックを与えなきゃならなかったので」

「そりゃショックだろうけど!いきなり他人に服を爆破されたらショックだろうけども!人生で一度も味あわなくて済むならそれが一番良いよそんなショックは!」

「まあまあ、もしかしたらこれで元のテンジンザさんに戻るかもしれないじゃないですか」

 僕の言葉で、全員の視線が上裸のテンジンザさんに向く。

 テンジンザさんは―――――胸元を両手で隠しながら、寒そうに震えておられた。

 ………ごめんね?

 僕は、近くにあったタオルケットをそっとかけて差し上げました。

「タニーさん、替えの服を。凍えてしまうよ」

「いや、うん、すぐに持ってくるけど、あんたが言うな。あと、あんたも服を着ろ」

「ベッドの上に裸の男が二人、ふふっ、こいつは誤解されちまうな」

「うるせぇなお前少し黙れ。そして出来れば死んでくれ」

 キツイキツイ、ツッコミがキツイよイジッテちゃん。



「さて、どうしたもんですかね」

 何事も無かったかのように二人とも服を着て、状況は完全に最初戻った。

 いや、戻ってない、オーサさんとタニーさんが物凄く僕を警戒して、テンジンザさんとの間に立ちはだかっている。

 もうテンジンザ様の服は爆破させないぞ、の構えだ。

 いやもうしないですって、本当に。

 とはいえ、テンジンザさんを元に戻せないとなると―――――

「ひとつ質問なんですが、テンジンザさんの体調はどうなんですか?」

「ん?ああ、体調自体はそれほど悪くはない。城でだいぶ毒を吸ってしばらくは寝たきりだったが、今はすっかり毒も抜けた。大きな後遺症はないハズだ」

「………という事は、ここから移動することは可能だってことですよね?」

「―――不可能ではないと思う、思うが―――」

 タニーさんとしては気が進まないようだが、このままここに居てもジリ貧だ。

「ちなみにお金は?」

「お金?普段から持ち歩いていた分くらいしかないが、まあしばらく生活には困らないだろう」

 タニーさんが首でクイッと指し示した先には、棚の上に置かれた麻袋。

 中を覗いてみると――――……マジか、金貨20枚はあるじゃないの。こんな大金普段から持ち歩いてんの、どうかしてるな!!

 けど、これなら………

「近くに、貴族街がありましたよね?」

「ああ、あるけど……何するんだ?」


「馬車を手に入れましょう。――――ここから、テンジンザさんを連れ出します」


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