第84話

「なんだよタニー!何しやがる!!いきなりどういうつもりだ!!」

 オーサさんの怒りも当然だろう。

 僕らはそれなりに苦労してようやくここに辿り着いたと言うのに、いきなり殴られるのはそりゃ理不尽過ぎる。

「うるせぇ!だいたいテメェ今までどこに居たんだ!!この一大事に、なぜ国を空けていた!!」

 あー、それで怒ってるのか……まあ気持ちはわかるけど、こんなことになるなんて誰にも分らなかったんだから仕方ないと思うんだけど……。

「――――それに関しては、本当にすまないと思っている……」

 素直に謝るオーサさん、まあ責任感じてたもんな。

 その場にいられなかった自分に対する怒りも抱えているだろう。

 とはいえ、だ。

「まあまあ、その辺にしといてください」

 さすがにオーサさんの気持ちや頑張りも近くで見てきた身としては、ちょっとかばってあげたいという気持ちにもなる。

「なんだアンタ……どっかで見たことあるな…誰だったか」

「どうも、えーと、簡単に言うとオーサさんに協力を依頼されたものですけど、僕が誰かはこの際ちょっと置いといて、そんな怒らないでくださいよ。テンジンザさんに会う為に彼も必死でここまで辿り着いたんですから」

 僕が誰かを思い出されると今の流れでは面倒なことになりそうなので、話を逸らす。

「必死だと!?ふざけるな!オレたちがどれだけ必死だったか……あの時、王を!城を!テンジンザ様を!国を守るためにどれだけ必死だったか、その場にいなかったこいつに分かるはずがないだろう!!」

「確かにそうですね、けど、その理屈で言うなら、オーサさんがどれだけ苦悩し、苦労し、ここまで辿り着いたのかもあなたは知らない。知らない事を責めるのに何の意味があるのですか?」

「ぐっ……し、知らない事を責めているのではない!あんな大変な時に城に居なかったことを責めているのだ!オレたちはテンジンザ様の左右の大剣として国の中核を担う存在だった!なのに、こいつは……!!」

「確かにオーサさんはその場に居なかったかもしれない。けれど、居なかった事を責めるのなら、あなたはその場に居たのに守れなかった、それも責められるべきではないですか?」

「それ、は………それは……」

 強く拳を握り、唇をかみしめるタニーさん。

 しまった、少し言いすぎたかもしれない。

 一方的に怒って暴力を振るう事にちょっと憤りを感じていたのかもな。

「待ってくれ、良いんだ少年。俺は確かに責められるべきだし、タニーが国を救えなかったとしてもそれは彼一人の責任ではない。そこを責めるのはやめてあげてくれ」

 オーサさん……どこまでも真っ直ぐな人ですねぇ。

「タニー、確かに俺は判断を間違えたし失敗もした。俺が居れば王や城を救えたなんて、そんな大それたことは言えないけど、少しはお前やテンジンザ様の役には立てたはずだ。それが出来なかった事を、俺はこれから一生後悔するだろう」

 ゆっくりと立ち上がり、タニーさんの前で膝をつくオーサさん。

「だからこそ、それを償うチャンスをくれ。お前と共に、テンジンザ様と共に、もう一度ジュラルを取り戻す。その為に戦わせてくれ」

 その真摯な願いに対してタニーさんは、何か言ってやろうと口をパクパクさせているがうまく言葉が出ず、横を向いたり上を向いたりオーサさんの周りをうろうろしたりしていたが――――

「………はぁ~~~……」

 と何か諦めたように大きく息を吐くと、オーサさんの前に膝をかがめて座り込む。

「あーーもう!!わかったよ!!ったくお前は本当になんていうか……バカだな!バカ正直!バカ真っすぐ!単純バカ!!とにかくもう、バカだ!バーカバーカ!」

「な、なんだよ!そんなにバカバカ言う事ないだろ!?お前だって全然勉強できないくせに!」

「うっせうっせ!だからバカだって言ってんだよ!頭の良さは勉強が出来るとかできないとかじゃねーの!回転の速さとか、機転が利くとか、そういうやつなの!俺はその点絶対にお前より頭いいから!!」

「はぁー!?………まあそれはそうだけどさ!」

「いや認めるのかよ!そこは反論して来いよ!」

「それは無理だろ!お前のその判断に俺が何回助けられたと思ってんだ!」

「お前……そーゆーことを正直に……ははっ、ははははは!!ほんっとお前はお前だよな!!」

「おう!俺は俺だ!ふはははは!って、何が面白いんだ?」

「はははは!あーもうダメだ、負け負け、俺の負け!」

 喧嘩してたと思ったらいつの間にか二人で笑いあってる。

 なんていうか、仲良いなキミら!!

 いや、仲良いというか、なんか根っこのところで信頼し合ってる感じがする。

 なるほど、左右の大剣。二人で一つ、かな。

 ……ちょっと羨ましくもある。僕とイジッテちゃんもこんな相棒になれるだろうか。

「ほれ、立て立て。悪かったな殴って」

 タニーさんが差し出した手を握って、オーサさんは立ち上がる。

「いや、良いさ。お前のパンチの痛みは自分への戒めとして覚えておく。俺はもうテンジンザ様のお傍を離れることは無い。あの人の居る場所が俺の居場所だ」

「まーたそういう恥ずかしい事を……ま、気持ちとしては俺も一緒だけどさ」

 慕われてんなぁテンジンザさん。

 まあ、僕にとっては恨み節も大量に持っている相手だけど、この国の人間にとっては英雄だもんな。くそぅ、ちょっとムカつくな。

「………で、彼らはどこの誰だ?協力して貰ってるとかなんとか言ってたが」

「ああ、彼らはその……なんと説明したらいいか…」

 口ごもるオーサさん。

 まあそれも当然だろう、捕まえに行ったはずの指名手配犯に協力して貰ってる、とはなかなか言いづらいだろうとも。

 とはいえ、ここで説明しておかないと後々厄介だ。

 テンジンザさんは当然僕らの顔も覚えているだろうから、会った時にいきなり敵対されても困る。先にちゃんとタニーさんに話を通しておかなければ。

「あ、どうもー……そのー……先日は失礼しました」

「………ん?やっぱりどっかで会ったことあるよな?」

 ジロジロと色々な角度から顔を見てくるタニーさん。

「すまんな、オレは女の子の顔は覚えてるけど男の顔はイマイチ覚えてないんだ」

 チャラい!

「ではその、彼女はどうでしょうか?」

 僕は少し離れた場所でなりゆきを見守っていた………かと思ったら壁に寄りかかって半分寝てるイジッテちゃんを指差した。

「彼女………って!!!!イイイイイイイイイージスの盾!!ってことはお前は、その持ち主!つまり泥棒!指名手配犯じゃねーか!!」

「はいそうです」

「はいそうです!?」

「はいそうです」

「はいそうです!?」

「はいそうです」

「はいそうです!?」

「いやもういいわ!なんだその繰り返し!!」

 寝てたイジッテちゃんが起きてツッコんできた。なんというツッコミの本能。

「イージス!!」

「はいどうもイージスですよー。面倒だから簡単に説明するが、私たちは今このオサの字に協力してる。敵じゃない。テンジンザに会わせろ」

「イジッテちゃん、言葉遣いが悪いよ」

「テンジンザに会わせろください」

「良し!」

「良くないよな!?会わせろくださいは良くないよな!?」

 タニーさん意外とツッコミ出来る人だ。頭の回転が速いというのもあながち嘘では無さそう。

「ちょっと待て、さっきからなんか流れがおかしい、冷静に状況を整理させてくれ」

 ごもっとも。

「まあその、今イジッテちゃんから説明があった通り、なんというか なりゆきでオーサさんから、ジュラル奪還を手伝ってくれという依頼を受けて、不本意ながら引き受けたという訳です」

「オーサ……なんでこいつらに頼んだんだ?」

「いやいやタニー、彼らは俺たちが思っていたような悪人ではないんだ。冒険者として、勇者として、人を助けたいという志をしっかり持っているし、能力もある。事実今も、王子を探しに行ってもらっているところだ」

「王子!?王子はご存命なのか!?」

 うーん、説明が面倒だ。けど……僕意外にまともに説明出来る人が居なさそうだな……はぁ、やれやれだ。



「………なるほど、つまり君の仲間がカリジで王子の情報を集めているのだな」

「まあ、そういう事です。けれど、もしもタニーさんが僕らを信用できず、テンジンザさんに会わせられないし協力も拒否するというのなら、僕らは手を引きます」

 実際はここで断られてもこっちとしても困るんだけど、あんまり下手に出てもあとで報酬下げられるかもしれないし、何より恩赦の問題がある。

 あくまでも優位はこっちだという形はキープしないと。

「―――報酬は恩赦かい?」

 不意にそう言って、ニヤリ、と笑うタニーさん。

 ……この人、本当に察しが良いな……ちょっと嫌な相手だ。

「そうですね、もちろんそれはあります」

 こういう人にはヘタに嘘をついても仕方ない。かと言ってすべてを正直に言うつもりも無いけど。腹の探り合いだ。

「それも、ってことは、恩赦とは別に報酬も欲しいと、なかなかに強欲だねぇ」

「強欲ですかね?僕らからしたら、する必要もないのに国同士の争いに首を突っ込むんですから、そのくらいの見返りは無いと困ります。それに――――相手が相手ですからね。単に国同士の戦争の粋は超えてますよ」

「………どういう意味だ?相手はガイザだろう?確かに厄介な相手ではあるが……何か秘密があるのか?」

 かかった。

 そう、オーサさんが知らなかったという事は、タニーさんもテンジンザさんもガイザと魔族が手を組んでいることは知らない可能性がある。

 知らない情報をこちらが持っている、それはこの駆け引きを優位に進めるためにとても価値のある情報――――

「そうなんだよ!ガイザのヤツ魔族と手を組んでるんだってさ!!」

「うおおおおおおい!!!!!オーーーサさぁぁぁぁーーーん!!」

 何言っちゃってんだ!!何言っちゃってんだよ!!バカ!!もうほんとバカこの人!もうやだ!!

「えっ?なんかダメだったのか?」

 凄いキョトンとした顔!!悪意の欠片も無い!知ってたけど!

 怒る気無くすよ!

 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、タニーさんはそれを聞いて何か考え込んでいる。

「魔族と……なるほどな、あの警備の厳しい城にどう侵入して毒を撒いたのか不可解だったが、それで納得がいく。そうか………」

 そのまましばらく黙ったかと思うと、ぱっと顔を上げて僕に笑いかける。

「よしわかった。君達の手を借りよう」

「………なぜ急に?」

 さすがに怪しいと思いたくもなる唐突な決断だ。

「いや、簡単な話さ。その方が合理的だと思っただけだ。本当に相手が魔族なら、どう考えてもオレらだけでは手が足りない。君達に何か思惑があろうとも、利用できるならさせてもらうし、実際ジュラルを取り戻せるなら報酬も恩赦も安いものさ。まあ―――恩赦に関しては、テンジンザ様がどう仰るのか何とも言えないが」

 そこはオーサさんと同じ見解か。

「でしょうね、けど、出来ればちゃんと恩赦が貰えるようにテンジンザさんを説得してくれるとありがたいですね。オーサさんは約束してくれましたし」

「オーサぁ、お前そんな約束したのか?」

「あ、ああ、まあ、したな、うん」

 バツが悪そうな顔だこと。

「まあいいや、オレも約束しよう。ただ、実際に判断を下すのはテンジンザ様だ。その決断にまで責任は持てないぞ」

「そりゃしょうがないですね。けど、とりあえずはそれで良いです」

 そして僕とタニーさんは二人でニヤリと笑う。

 ああ、なんかこれアレだな?同族だな?気が合うやら同族嫌悪やら。

「じゃあ、テンジンザ様に会ってくれ」

「おお、いきなりですか。緊張しますね」

「―――――たぶん、びっくりすると思うぞ」

 なんだか意味深な言葉を残して、ついてこいと扉の中に入るタニーさん。


 僕らは顔を見合わせて後をついていく……。

 ビックリって……テンジンザさんに何が起こってるんだ?

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