第83話

「ま、待ってください!入らないでおくんなましー!歌いますから~!私今からここで歌いますから、聞いてってくださいー」

「なんでだよ」

 ナッツリンさんの言葉に素直すぎる疑問をぶつけるイジッテちゃんだけど、まあそれに関しては僕も同意だ。

 ようやく見つけた隠し通路を前に、なんで歌聞かにゃならんのだ。

「いや、その、じゃあ歌は聞かなくていいので、そこには入らないでください!」

「なんでだよ」

 イジッテちゃん、ツッコミが手抜きになってますよ。

「なんでってその、そこは教会の色々大事なものが入っているので、壊されたりすまれたりすると困るんですですです!」

「大丈夫です。壊さないし盗まないので」

「そ、そんなのわからないじゃないですか!証明出来るんですかぁ?ですかぁ?」

「約束します」

「信用できませんので!」

 そう言われると困るな、無視して入っても良いのだけど、誰か人を呼ばれたりしても面倒だしなぁ………うーん。

 何か大事なものでも預けることで信用してもらおうか。

 財布を渡して………いや、たいしてお金入ってないしなぁ……

「わかりました、じゃあ今服を全部脱ぐんで、それを置いていくから信用してください」

「………なんて言いました?」

「だから、服を全部脱ぐので、それを預かってください。僕たちが何かを壊したら服捨てても良いんで」

「いや、そんなこと言われても、待って!?待って待って!?何でもう既に脱ぎ始めてるの!?いらないから!服とか要らないから!」

 さっきから語尾忘れてますよ。

「でも、服を預けたら僕はここから全裸で行動しなければならないんですよ?相当なリスクだと思いません?信用に値しませんか?」

「初対面の女子の前でいきなり裸になる人が信用に値するわけないでしょ!!」

「なるほど、どうしようイジッテちゃん。全くその通りだよ、凄い説得力だ」

「言われる前に気づけよ……でも、それに説得力があると気づけただけでも成長したもんだな!」

「いやぁそれほどでも」

「うん、そんなに褒めてはないぞ?」

 しかし、服でもダメならどうしたらいいのか……と悩んでいると、オーサさんがゆっくりと力強くナッツリンさんの方へと歩を進める。

 ………さすがに、たぶん一般人のシスターさんを力づくで黙らせるようなことはしない……と思うけど、でもなぁ、オーサさんテンジンザさんの事となると周りが見えなくなるからな……。

 少しの怖さを感じつつもその背中を見守っていると、オーサさんはナッツリンさんの前に立ちふさがった。

 ナッツリンさんも、自分より圧倒的に背が高くて、なおかつ服の上からでも筋肉で固められたガッチリした肉体の男が近づいてきたら当然怖いのか、完全に体を逸らせてすぐにでも逃げられる体勢をとっておられる。

 オーサさんがじっと視線を送る。睨んでるのですか?

 ナッツリンさんは両手を顔の辺りまで上げて完全に防御姿勢だ。

 僕らも、オーサさんが暴走したらすぐにでも止められるように構える。


 だが―――――オーサさんは、ゆっくりと頭を下げて、とても真っ直ぐな声で、

「頼む……あの中へ入らせてくれないか」

 と素直に懇願した。

 ナッツリンさんは戸惑いつつも、「な、なぜですか?」と聞き返す。

「―――あの中には、とても大切な、俺の人生に絶対に必要な、尊敬すべき人が居るかもしれないんだ。怪我をしているかもしれない、何か困っているかもしれない………俺を、待ってくれているかもしれない……いや、待ってくれてなくても構わない。俺が、あの人の傍に居たいんだ。そして、役に立ちたいんだ。だから、頼む……!!」

 ああ……なんて正しい人だ。

 どうにかして言いくるめてやろう、なんて考えている僕には絶対に出来ないあの愚直なまでの正攻法。

 仮に僕がやったとしても、きっと誰の胸にも届かない。

 あれは、オーサさんの人間的な正直さが伝わってこそ、意味があるのだ。

「………敵わないなぁ……」

「ま、アレはお前には無理だわな」

 僕のボソッとこぼした呟きに、イジッテちゃんの厳しいお言葉。

「仰る通りで」

「だが、世の中が全て正面突破でどうにかなるなら苦労はないさ。あやつの正直さは確かに美徳だが、お前のずる賢さにも価値はある。全ては使いどころさ」

「………励ましてくれてるの?」

「だとしたらどうする」

「嬉しい」

「ははっ、素直でよろしい」


 しばらくの沈黙の後、ナッツリンさんが言葉を絞り出した。

「――――兜を、外してくれますか?」

 その言葉を受けて、オーサさんは変装の為に深くかぶっていた兜を外す。

「お初にお目にかかる。私は英雄テンジンザ様の左右の大剣が右、オーサと申します。ぜひ、テンジンザ様にお目通りしたい」

 オーサさんも覚悟を決めたのか、全てをさらけ出した。

 これは危険な賭けだ。もしも、ナッツリンさんが敵の刺客であったなら正体をバラすのは自殺行為だ。

 英雄テンジンザの左右の大剣、その名は国外にも轟いている。

 ガイザにとっては確実に始末したい邪魔者の一人だろう。

 だというのに―――

「もしも信用できないと言うのなら、この剣を渡そう。これは決して強い剣ではないが、今俺が持っている唯一の武器だ」

 オーサさんの真っ直ぐさは、僕から見ると危うい。

 剣を渡すのは僕も考えたが、もしも敵が潜んでいたらと考えると武器はどうしても手放せなかった。

 それを間違いだとは思わないけど、その危険を顧みない姿勢こそが人の心を動かすこともあるだろう。

 それが出来るオーサさん、強いなぁ………。

「………そうですか、あなたが……。お名前はかねてから伺っておりました。話に聞いた通りの人ですね。――――タニーさんはいつも言ってました。馬鹿正直な相方が居るんだ、って。絶対あなたですよね。ふふっ」

「―――!タニーも一緒に居るのか!?」

「………ええ、あなたのことを待ってますよ。行ってあげてください」

 そう言って微笑んだナッツリンさんの笑顔は、まさに天使のようで、本当に神に仕えるシスターなのだと思い知るのに充分な―――

「ナッツリンはここで誰か来ないか見張ってるから!安心するんだゾ☆」

 ………なんでそこでアイドルキャラに戻るかな!!


 僕らは地下へ向かう階段を降りていく。

 中には木の柱と固められた土壁で作られた左右に伸びた道、どちらの道も先には曲がり角がある。

 ナッツリンさんに聞いた話では、奥に部屋が一つあるのだけど、誰かにここに侵入されても撃退しやすく、かつ迷わせられるように曲がりくねった道が続いているのだという。

「えーと……確か最初は北の道に進めって言ってたんだっけか?」

 早速迷いそうなオーサさん。どう考えても迷路が得意そうなタイプではない。

 ナッツリンさんは一応の道筋を教えてくれたが、地図などは作ってないから基本は口頭で説明されただけだし、最終的には「まあ進んでればそのうち着きますよ」と言われてしまった。まあ迷路の道順を言葉で説明するのも面倒だろうけどね。

「なんだったか……北、南、西……いや、西、南だったか?」

 早いな忘れるの。

「北西南西北東北西南西北ですね」

「………記憶力凄いな少年?」

「いやメモしたんで」

「メモかい!」

 そりゃそうでしょうよ。大事なことはメモする。これ基本です。

「人前で服を脱いではいけません、ってメモに書いておこうな」

「はーい」

 書かない。

「まあ、とにかく行きましょう。面倒な迷路なんて時間使うだけ無駄ですので」

 さっさと移動を始める僕と、それに付いてくる二人。

 ナッツリンさんに言われた通りに進むと、確かにそこには扉があった。

 地下にはそぐわない鉄製の重そうな扉で、小さな窓らしきものが付いているがこちらから中は見えない。

 向こう側に視界を妨げる蓋のようなものがあって、それを外すと中から外を確認することが出来るようだ。

 力づくで破るには難しそうな重い扉に、中からのみ外を確認出来る。

 なるほど隠れるにはもってこいの場所だ。

「じゃあ、オーサさん、お願いします」

「お、おお、そうか、そうだな」

 以前も言ったが、中にテンジンザさんやタニーさんが居るなら、まずはオーサさんに紹介してもらわないと僕らは敵だと認識されてしまう可能性がある。

 いざ久々に……と言ってもまだ数日の話だが、ようやくテンジンザさんに会えるかもしれないとオーサさんが緊張しているのがわかる。

 大きく深呼吸をして、扉をノックする。

 ………なんだか特徴的なリズムだ。もしかしたら、仲間であることを示すノックの合図があるのかもしれない。

 それが伝わったのか、中から慌ててドアに近づいてくる音が聞こえた。

 本来なら隠れてる側としては、外にその存在を知らせるような音を立てるのは絶対にしてはいけない行動だと思うのだけど、ノックの音はそれほどまでに特別な合図だったのかもしれない。

 そして、窓の蓋が開いて誰かが中からこちらを見ている。

「タニー!」

 ほんの僅かに見える瞳の部分だけでも、オーサさんにはそれがタニーさんだと解るらしく、扉に勢いよくピッタリと近づいて名前を呼ぶ。

 次の瞬間、扉が開きそうな気配がしたが、オーサさんが外から扉にぴったり張り付いてるからか、たぶん外開きの扉が開かない。

「タニー!おいタニー!ここを開けてくれ!俺だ!オーサだ!」

 押してる押してる、扉押してるからオーサさん。

 中からもグイグイ押してくる感じが伝わってくるのだけど、必死過ぎて気づいてないオーサさん。

「タニー!テンジンザ様は無事なのか!?おい!タニー!どうした!?どうして開けてくれないんだ!?何か開けられない理由があるのか!?」

 もうさすがに離れろと言ってあげようか、と思っていると、中からとてつもなく重い音と同時に勢いよく扉が開かれて、オーサさんが吹っ飛ばされる!

「な、なんだ!?爆発か!?爆発したのか!?」

 すっとんきょうな感想を口にするオーサさんの前に、開いた扉からゆっくりと、オーサさんに負けないくらいの大きな男が姿を現した。

 肩を押さえている、たぶん扉に体当たりして痛かったのだろう。そりゃそうだ重い鉄の扉だもんな。とはいえ、それをあれだけの勢いで開け放って外に居たオーサさんを吹き飛ばすのだから、凄い力だ。

「―――タニー!!」

 オーサさんから嬉しそうな声が漏れる。

 この人がタニーさんか、ちゃんと顔を見たことなかったけど、オーサさんが真面目を具現化したような男だとすると、タニーさんはなんというか、チャラい。

 茶色と黄色の混じったような少し派手な髪を立たせていて、目鼻立ちのハッキリした彫りの深い顔だ。

 目尻が少し下がっていてタレ目っぽいのも遊び人感がある。

 ゆったりした布のシャツに、脚の長さが目立つピッチリした革のパンツスタイル。

 首元には金色のネックレスも見えてチャラさを際立たせる。

 当然体格も良いし、街で見つけたら絶対に近寄らないタイプだな……。

「久しぶりだなタニー!大丈夫だったか!?テンジンザ様は――――」

 オーサさんがタニーさんに駆け寄ったその瞬間……タニーさんは、ここから見てもわかるほどに全力で、オーサさんの顔面を殴りつけた。

 それはもう見事なまでに顔面にクリーンヒットするナイスパンチだ。

 その威力に倒れ込みながらも抗議の声を上げるオーサさん。

「な、なにをするんだタニー!!」

 しかし、タニーさんは怒りが収まらないのか、オーサさんを睨みつけて咆哮する。


「うるせぇ!!今更何しに来やがった!!!お前なんかに用はない!!帰れ!!」


 えぇー………せっかくここまで来たのに……なんでそんなこと言うんですか!?


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