幼女を盾に勇者は進む。

第82話

「ナッツリンだよ！！」

　…………ど、どうリアクションしたら正解なのこれは？

　なんで協会にアイドル？アイドルシスター？アイドルシスターって何？

「ナッツリンだよ！！」

　聞きましたけど？

「ナッツリンだよ！！」

　あ、これなんかリアクションするまで続くヤツかな？

「え、えーと、ナツリン、さん？」

「違うよ？」

「はい？」

「ナッツリンだよ！！小さいツが可愛いポイントの、ナッツリンだよ！！」

　あ、面倒臭い人だ。これは面倒臭い人だぞぅ？

「で、そのなんちゃらツリンは何でここに居るんだ？」

　イジッテちゃん、わざわざ強調してた「ナッツ」の部分を「なんちゃら」に言い換えるのはもはや悪意だよ？

「なんでって、ナッツリンは迷える子メーメーちゃんを導くアイドルシスターなのだよ！あなたもお悩みも、抱きしめちゃうぞ♪」

「うるせぇ」

「イジッテちゃん！？僕になら良いけど初対面の人にそんなシンプルツッコミ駄目だよ！？」

「はっ、すまない、つい……あまりにもウザくて…！」

　頼みますよ一番の常識人。盾だけど。

　ナッツリンさんもさすがに面と向かって「うるせぇ」と言われたのはビックリしたのか、目を丸くしている。まあそうだろう、仮にもシスターにそんなこと言う人いないだろう。いくらこの人のキャラがアレでも、だ。

「う、ううーん、どうやらだいぶハートがやみやみされちゃってるみたいだね！でも大丈夫、そんな子メーメーちゃんを癒すのが教会なんだぞっ☆　さあ、お悩みナッツリンに打ち明けてごらん♪」

「お前に打ち明けるくらいなら道に落ちてる犬のウンコに話しかけた方がまだ気が晴れるわ」

「イジッテちゃん！！ダメだってストレート暴言！」

　おかしいな、なんで僕がツッコミ役を？

　考えてみたらなんかイライラしてきたな。ナッツリンさんは泣きそうだけど、もう泣かれても別にいいかな、とさえ思えてきたな。

「えっと、あの、えへっ☆ご機嫌斜めかなかな！？でもでもでも～～～そんなあなたもありのまま受け入れる！それが私、アイドルシスターナッツリンなのだ！」

「帰れ」

「そうだね、用はないから帰ってもらおうか」

「あれ！？そっちのお兄さんも一緒になって！？さっきまで止めてくれてたのに！？ナ、ナッツリン困っちゃうにゃあー♪」

　涙目になりながらもキャラを崩さない姿勢は評価できる、と謎の上から目線で思ってしまった。

「まあでも、おふざけはこのくらいにしましょうか」

「………ナッツリンおふざけてないよ？」

「おふざけてないなら むしろダメだろ。教会の威厳をぶち壊すのがお望みか」

　イジッテちゃん、当たりが強いな。嫌いなタイプなのかな？

　かく言う僕はそんなに嫌いではないというか、なんならちょっと好きになって来たところではあるんだけど。

　まあでも今は邪魔だけど。そういうの欲しいタイミングじゃないし。

「あの、ちょっとあの、いいだろうか！」

　全く話が進まない僕らのやりとりに業を煮やしたのか、オーサさんが大声で入ってきた。

「な、なにかな？迷える子メーメー………大メーメー？」

　いや、背が大きくても迷える子羊はそのままでいいでしょ。

「その、ナッツリン殿？は本当にこの教会の人なのか？」

「もちろんそうだよんっ！この教会で皆を癒してるんだぞっ☆」

「ならば、お聞きしたい。ここにテンジブッ！？」

　迂闊なことを口にしようとしたオーサさんを後ろからイジッテちゃん延髄蹴り、前から僕が剣の鞘で喉元をバーン。

　見事なクロス攻撃だ。

「な、なにをするんだ！げほっ！」

　抗議の目をしているオーサさんを少し引きずって、ナッツリンさんから離れて小声で会話する。

「アホですか……あの人が本当に協会の人かどうか何の確証も無いでしょう？もしも、教会の人間を装った暗殺者が情報を集めようとしてたらどうします？」

「そ、そうか、テンジンザ様がここに居るはず、とか言ったらダメか」

「そうですよ、ヒトミッツカールと、テンジンザ様の身体の一部、両方持っている僕らがここを見つけたのは大きなアドバンテージなんですから、敵に情報を与える事は無いです」

「なるほど……しかし…教会の人間に成りすまそうとしてる暗殺者があんなキャラで来るか？ちゃんとしたシスター演じた方がよほど信じられると思うのだが……」

　それはそう。

　そうなんだけど……。

「逆に、ってこともありますから。偽物があんなキャラで来るわけない、って思わせといてっていう。まあともかく、慎重に行きましょう」

「わかった」

　僕らが小声で話している間、近づいてこないようにイジッテちゃんが見張っててくれたらしく、睨まれてると勘違いしたナッツリンさんが怯えているが、イジッテちゃんのおかげでこっちは助かったので良し。

「すいませんね、えーと、まあ簡単に言うと人を探してるんですよ」

「人探し、大切な人なのかなかな？」

「いや、全然大切とかじゃないです」

「うおい！大切だろう！」

　そりゃオーサさんにとってはそうだろうけど僕にとっては別に大切では無いよ。ただ単に依頼を受けたから探してるだけだし。

「んー、よく分からないけど、どういう人を探してるのかにゃん？」

　語尾が安定しないなナッツリンさん。

　キャラ設定が甘いのか、それとも「毎回語尾が違う」というキャラなのか。

　そんなキャラ居ないか……。

「人探しに協力してあげるから、特徴を教えて欲しいぞなもしー」

　ぞなもし！？

「大人の人かな、それとも子供の人かな？どういう人を探してるのか、教えて教えてだみょん！」

　みょん！！！あ、これ毎回語尾違うキャラの人だ！！

　どんな人だよ！！

　まあいい、構ってたら話が先に進まないからそこは無視しよう。

「ちょっと前に、ジュラルの城が落とされたのは知ってますか？」

「みゅう………悲しい出来事なの。けれど、政治には介入しないのが教会のスタンスだからどうにもできないのだもん」

　本当に悲しそうな顔だ。

　けどその辺の教会のスタンスはきっちり守るんだな。本物のプロかよほど演技が美味いのか。

「その日に、怪我をした人がこっちの方に逃げてきたっていう情報がありまして、僕らはその人を探してるんです。見かけませんでしたか？」

「うーん、ごめんなさい、知らないの☆」

　にぱっと笑って即否定するナッツリンさん。

　んーーーー………どうだろうな。なんか怪しい気もするんだけどなー……。

　まあちょっとベタな方法でも試してみるか。

「そうなんですか……ちょっとした目撃情報でも良いんですけど……誰かがこの道を運ばれていったとか、そういう話も無かったですか？」

　僕は言いながら、教会の中を歩き回る。

　あくまでも不自然の無いように、ただ立ち尽くしてるのも間が持たないからちょっと歩いてる、くらいの雰囲気で。

　右の壁際、奥の扉の近く、モニュメントの傍、ただ通路の真ん中、左の壁際――――――真ん中、かな。

「ごめんなさい、そういう話も聞いてな いかなー？」

　一瞬の言葉の詰まり。

　自然を装って逸らした視線……この辺りか…？

　そこは、入り口から真っ直ぐモニュメントに繋がる通路の、真ん中より少し奥の辺り。ここが一番反応があった。

「そうなんですか、僕らもこっちの方向に逃げてきたっていう情報しか無くて困ってるんですよ」

　言いながら、脚で床をコンコン、と叩く。

　少し離れた場所も、コンコン、また違う場所をコンコン。

「ごめんなのー。お役に立てなくって」

　僕のあからさまに怪しい行動を咎める事もしないナッツリンさん。

　それどころか、完全に顔に焦りが見える。

　本人は隠せてるつもりでも、全然隠せてない。

「………オーサさん、大丈夫です。その人……ナッツリンさん完全に素人ですね。プロにしては隠し事が下手過ぎます」

　まあ、下手な演技をしている、という可能性もあるけど……足元の音が違う空間をしっかりと探ると、ほんのわずかな違和感。

「ここですね」

　確信してナッツリンさんの顔を見ると、見事なまでに一度目をそらして、その後で「いけない、目を逸らしたらやましいことがあると思われる！」とばかりにじっと目を見つめてきた。

　どっちも不自然すぎる……心の動きが手に取るようにわかるぞこの人。

　さて……入口の扉は…閉まってる。

「オーサさん、窓のカーテン閉めてください」

　窓には内側にカーテンがあって、外からの視界を遮ることも出来るようになっている。大丈夫だとは思うけど、念のためだ。

　窓からの光が遮られて少し暗くなったけれど、まだ天窓からの光で十分に明るい教会の中で、僕は床の違和感に手を添えて――――強く押しながら横に動かす。

「あっ、ちょっと！あの、困ります！お客様こまりますー！」

　ナッツリンさんはもうなりふり構わず慌てて止めようとするけど、もう遅い。

　床下に隠されていた取っ手……それを引っ張ると――――床が持ち上がり、そこには地下へ続く階段。

「これは……！」

　オーサさんが驚いて中を覗き込むと、階段を下りた先には地下通路があり、それなりに広い空間が地下に存在するのがわかる。

「ナッツリンさん………ここに居ますよね？テンジンザさんが」

　ナッツリンさんは何も答えなかったけれど、その顔は肯定と同じですよ？

「待て少年、大丈夫なのか？その、名前を出しても」

「たぶん大丈夫です。だって、彼女が敵の刺客ならここに隠し通路があることを教えるような反応をする理由がないですもん」

　まあ、本当は無いわけではない。

　可能性として考えられるのは、この奥にテンジンザさんが居る事は把握しているけど、テンジンザさんが居る場所まで辿り着けない場合だ。

　例えば途中で扉か壁か魔法か、何かしらで道が塞がれていて、それを破ることが出来ない。そこで、右の大剣であるオーサさんなら通れる方法を知っているのではないか、と考えてあえてここを見つけさせた、という考え方もしようと思えばできる。

　ただその場合、こんな回りくどいやり方をする必要性が無いのだ。最初から普通に教会の人間として、オーサさんをここに案内すればいい。

　以前にも来たことがあると言っていたから、その時に顔を覚えていた、と言ってもいいし、そもそもオーサさんはそれなりに有名人だから知っていてもなにも不思議は無いのだ。

　それを、わざわざ反応を伺わせて見つけさせるなんて、そんな手間をかける意味が解らない。

　――――と、思わせる裏の裏、かもしれないけど……どちらにしても、彼女を教会の人間だと信用した、という立場を取っておくほうが都合は良いだろう。

　全ては、中に入ってみればわかることだ。

　さあ、鬼が出るか蛇が出るか英雄が出るのか……さてはて？