第81話

「さっきの別荘、国を取り戻したら保証してあげてくださいね」

「もちろんだ、右の大剣である俺の責任で新しく立て直そう」

「………人が4人も死んだ場所にまた別荘立てたいとは思えないけどな?」

「そういえばそうだな、人の気持ちがわかるなイージス!」

「………盾の私がこの中で一番人の気持ちがわかるってどういうことなの?」

 あれから結局すぐに別荘を離れて歩き続けて、もう日が高い。

一日半歩き詰めで皆だんだん疲れて来てるけど、会話以外にすることもないので、ひたすらこの山道を話しながら歩く。

「あ、そうだ、もう一つ。僕らの恩赦についてですけど」

 最初にこの依頼を受けるときに約束したのだ、僕らの指名手配を解除してほしい、と。

 正直テンジンザさんもこの国も助けてあげる謂れは無いのだけど、このまま指名手配が続くと冒険者としての仕事も受けづらくなる。

 ジュラルが本当に亡んでそのまま僕の指名手配情報も消えるならそれはそれで良いが、もしも犯罪者情報が引き継がれた場合、もうそれを消すチャンスは無いだろう。

 ならば、この機会に助けたお礼に恩赦を与えてもらって指名手配情報そのものを消してしまおうというという魂胆なのである。

 あとまあ、魔族と結託したガイザがこのまま勢力を増していくのも嫌だな、って言うのもあるけどさ。

「それはまあ、もちろん、働きかけることは約束しよう。うん」

「………なんかトーンダウンしてません?最初にお願いした時は『俺に任せろ!』っていつのもやつ言ってたじゃないですか」

「そうだったか?そうだったな、そうだな、うん、俺に?任せろー」

 めちゃめちゃ自信無さげだ……。

「まさか、僕らを騙したんじゃないでしょうね…」

「まさか!そんなわけないだろう!あの時は本当に藁をもすがる気持ちだったから、それで良いならぜひお願いしたい、という気持ちで「俺に任せろ!」とは言ったけど考えてみたらテンジンザ様が決めたことを俺が覆すことなんて出来るのか?ってちょっと弱気になっているだけだ!」

 いや、「だけだ!」じゃないですよ。困るんですけど。

「ちゃんと約束してくれないなら今からでも帰りますよホント」

「待ってくれそれは困る!俺一人ではそのヒトなんとかっていうアイテムも使えないし、王子も探せない、キミたちだけが頼りなんだ!」

 わかりやすく狼狽するオーサさん。というか泣きそうですが?

「だったら、ちゃんと約束してください。僕らだってかなりのリスクを背負ってるんですからね。お礼のお金と恩赦は絶対ですよ」

「なんとかその……勇者割引とか無いのか?」

「なんですか勇者割引って………」

「いやほら、『勇者なのでこのくらいの人助けは当然ですよ!』みたいな感じで、お礼を受け取らずに去るみたいなヤツだよ」

「………イジッテちゃん、帰りましょうか」

「そうだな、帰ろう」

 こういう時はまさに以心伝心、一瞬で来た道を戻りろうと華麗にターンして早歩きを始める僕らです。

「待て待て待て待ってくれ!!わかった!わかったから!お金は絶対に用意する!恩赦も出来る限りお願いはする!けどそれはテンジンザ様、もしくは国の偉い人が決める事だから、俺一人では約束できない!でも、当分は冒険者の仕事をしなくてもいいくらいのお金はきっと出せるから、その約束だけで今は何とか勘弁してくれ!」

 僕はイジッテちゃんと顔を見合わせる。

(まあ、この辺りで妥協しておきますか?)

(そうだな、どっちにしろ今帰ったところで金ないもんな)

(お金がないって悲しいですね)

(本当になぁ…)

 アイコンタクトで切ない会話をして、僕らは頷いた。

「わかりました、絶対ですよ?絶対にお礼は貰いますからね」

「勇者割引は…」

「無いです!」

「………はい…」

 まあ、仮に城を奪還しても復旧にはお金がかかるだろうから渋りたく気持ちもわかる。実際に僕らもグラウの村では勇者割引的なことやったし。

 けど、さすがにジュラル国というデカすぎる相手にそんな遠慮してられないのですよ。なにせ僕らはまた、少しの間ぐうたらしたいのだから!

「………冒険者として仕事したいんじゃなかったのか…?」

「ぐうたらしたのち、お金が無くなったら報酬の良い冒険者の仕事がしたいのだから!」

「………こんなヤツに国の命運を託すしかないオサの助が気の毒になってきたよ…」

 オサの助……?そんなあだ名でしたっけ………?

 イジッテちゃんの適当ネーミングはいつになっても謎だなぁ。



「―――――ここ………か…?」

「反応からすると、おそらくは」

 そろそろ夕日が沈みかけという頃まで歩き続けてヘトヘトの僕らは、一つの建物の前に辿り着いた。

 少し前に突然ヒトミッツカールが強い反応を見せた時は、それはもう色めき立ったもんですよ。

 だってヘタするとまたどこかで寝る場所探さなきゃならないわけだし、ほぼ徹夜でめちゃめちゃ疲れてるし、もう寝たいし!!

 それが、いよいよ目的地が近いとなったらそりゃあ色めき立つよ!めっきめきに立っつ立つだよ!!

 めきたっつ!!めきたっつだよ!

「うるせぇ!」

 イジッテちゃんに怒られたりもしたけど、私はめきたっつです。

 そんなこんなで、丁寧に反応を追ってきた結果、たどり着いたのがここ―――


「教会………ですよね」


 別荘地と、その貴族街をつなぐ街道沿いにある教会だった。

 オーサさん曰く、ここは貴族街と別荘地の人たちが祈りを捧げるだけでなく、旅人が立ち寄って休憩出来る場所としても解放されているらしい。

 テンジンザさんもここを通るたびに立ち寄り祈りを捧げていて、協会の人たちとも親交が深いという話だ。

「そういえば言ってましたね、テンジンザさんがこっちの方に逃げたらしい、って話が出た時に、懇意にしてる教会があるとかなんとか」

「そう、それがまさにここだ」

 僕らは丁寧に周囲を見回すが、ここは見晴らしの良い高台のような丘の上なので、誰かが隠れられる場所は無いし、隠れている様子もない。

 一応、望遠の魔法で少し離れた位置の林や木陰、草むらに至るまで観察してみたが……怪しい人物の気配は感じない。

「………じゃあ、とりあえずオーサさん、お願いします」

「何をだ?」

「何をって、まず様子見て来てくださいよ」

「俺が!?一人でか!?」

 なんで驚いてるんだこの人は……。

「当たり前じゃないですか。もしテンジンザさん本人やタニーさんが出てきたどうするんですか?二人にとって僕らは指名手配犯ですよ。そんなヤツが潜伏先にいきなり現れたら敵が来たって思われるかもしれないじゃないですか」

「………なるほど、そういえばそうだな!」

「だから、まずはオーサさんが様子を見に行って、二人が居たら僕らのことをちゃんと説明してから招き入れてください」

「よし、わかった。俺に任せろ!」

 なんか不安だけど、今回に限っては任せるしかないので任せる。

 オーサさんはその背中に少しの不安と期待を丸出しにしてゆっくりと教会へと歩いていく。

 外から見ると本当に普通の教会というか……一応建物の周りを木製の柵が囲んではいるが、子供でも少し背伸びすれば頭が上に出る程低いので、開かれた雰囲気だ。

 敷地内にはちょっとした畑と花壇があり野菜と綺麗な花が育てられているので雰囲気も明るいし、大きな窓もあり、外から見る限り中はほぼ祈りの間だ。

 隠れるところはあまり無いような気がするけど……?

 オーサさんが扉をノックする音が聞こえてきた。

 ……返事がないのか、もう一度。

 やはり返事がないのか、首を傾げて扉に手をかけると、鍵はかかって無いのか扉が開いた。

 いやまあ、教会は基本的には開け放たれていて、誰がいつ来ても祈りを捧げられるようになっているから不自然ではない。

 そのまま中に入るオーサさん。ああもうバカ、なんで扉閉めるんですか。

 何かあってもいつでも逃げられるように、もしくは僕らが入っていけるように開けといてくださいよ……まあでも、オーサさん戦場で大暴れしたことはあっても、潜入作戦とかやったこと無さそうだもんな……絶対向いてないし…。

 ――――………なんか中からガサゴソ音がする。ああ、足音も荒い。ドタドタ!!

 ………しかし、そこから少しの沈黙。

 僕とイジッテちゃんが顔を見合わせていると、不意に扉が開いて、中からオーサさんがひょっこり顔を出した。

 そして、おいでおいで、と手招きをする。

 ………あの人、基本はガサツなのに、たまにちょっと可愛い動きするのなんか少しイラっとするな………。

 いやまあ、呼ばれたから行くけど。

 待てよ…………行かないっていう手もあるな?

「さすがにねぇよ、行くぞ」

 イジッテちゃんに促されて二人で協会に近づく。

 一応左右や建物の中を警戒するが、オーサさん以外に人の気配は感じない。

「大丈夫だ、来い来い」

 なんだか拍子抜けな様子のオーサさんは、扉を大きく開いて中の様子を僕らに見せる。

 中は、天窓とステンドグラスから光の差し込む荘厳な雰囲気で、奥までまっすぐ伸びた通路の左右には規則正しく長椅子が置かれていて、奥は一段高くなった祭壇に大きなモニュメントと女神像。

 なんというか、これが教会じゃなくてなんだ、というくらいに見事なまでの教会だ。

 僕らのほかには誰も居ない。

 椅子は背もたれや座面に少し隙間が空いているし、懺悔室のような外から見えない場所もなく、隠れられるようなスペースは存在しない。

 扉を開けたまま中に入って、しっかり観察する。

 一応、奥に小さな扉は有る。

 きっと神父様やシスターさんの休憩スペースか生活スペースだろう。もしくはそこへ繋がる廊下への扉か。

 どちらにしても、あの狭いところからではこちらに奇襲を仕掛けるのも難しいからさほど警戒はしなくていいと思う。

 念のために上も確認したが、ただ屋根の梁があるだけだ。

「………完全に、何の変哲もない教会ですね…」

「もちろんだとも、何度かテンジンザ様の付き添いで来ているが、全く変わった様子は無い。本当にここなのか?」

「うーん………」

 カバンからヒトミッツカールを取り出して魔力を込めてみると、矢印がぐるぐると回り始めた。これはもう本当にすぐ近くに居る時の反応だ。

「確かにここで間違いないんですけど………」

 どっかに地下への入り口でもあるのかな…?

 でもなぁ、さすがに協会の中を荒らすわけにもいかないし………。

 僕らが頭を抱えていると、不意に協会の扉が閉まる音がした。

 慌てて扉の方を向き警戒する僕らの目に入ったのは――――シスターさんだった。


「あららら?お客ちゃんかなー!?」

 教会の荘厳な雰囲気をぶち壊すような明るいテンションで入ってきたのは、よく見る黒白のシスター服……のスカートの部分に黄色とピンクのジグザグ模様の刺繍をしている、シスターさん………ですよね?あれ?違う?いやそうだよね?

「いえーい!久しぶりのお客ちゃんだー!ようこそこそこそー!祈っちゃいたい気持ちなのかなぁ?」

 買い物袋のようなものをぶら下げながら、踊るように近づいてくるピンク髪のシスター………シスター?

 そのまま警戒し続ける僕らを通り過ぎ、モニュメントの前でポーズを決めると


「今日は、私の教会に来てくれてありがとう!君の祈りを抱きしめちゃうぞ!心の浄化は私にお任せ、神様推すのはあなたにお任せ!きらめきアイドルシスター、ナッツリンだよ!」


 と、高らかに自己紹介を決められました。


「…………なんそれ!!」

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