第80話

「こちょこちょこちょこちょこちょ!!」

 とりあえず拘束した人をくすぐってみた。

 無反応でした。

「……お前はバカか…?グラウの村でやったみたいにもっとちゃんとやれよ」

「いやだって、この人はプロですよ?命を失うことは何も怖くないし、そもそも名誉を奪うにも情報が無いし、今くすぐった限りではおそらく肉体に対する痛みとかそういう感覚も鍛えてると思うんですよね……何より、口の布を外したらすぐにでも舌を噛んで死のうとするでしょうし、情報を聞き出す方法が難しいですよ」

 そう、そもそも拷問と言うのは相手に助かりたいとか、失いたくないとか、そういうモノがあってこそ成立するのだ。

 それが無い、というか……ないハズは無いのだ、生きている人間である限り。

 しかしそれ以上に、使命感が強い。自分の命を賭してでも与えられた使命をやり遂げるのだ、という使命感。

 それは、そこらの一般人が簡単に身に着けられる覚悟ではない。冒険者でさえ無理だろう。

 つまり、この人たちはプロなのだ。

 では、何のプロなのか?ただの泥棒で有るはずがない。泥棒に命を賭けてるような人間は自害などしない、どんな手段でも生き延びることを最優先するはずだ。

 となれば、暗殺、スパイ、軍人……そういう方向性だろう。

 今この国の中で暗躍するそんな人種と言えば……

「ガイザ軍の人ですかね?」

 一瞬だけ、目が見開いたように気がした。

 表情を変えないように訓練を受けていても、「変えないように耐えた」反応が出てしまうのは往々にしてあることだ。

 ただ、今のはわりと不意打ちだっただけで、次からはそう上手くは行かないだろう。

「ちょっと失礼しまーす」

 とりあえず、体をまさぐってみる。服を脱がしてみたりしてみる。

「お前、人の裸にも興味あるのか…?」

「失礼な、僕は裸になんて興味無いですよ。露出したいだけなんですから。いや、女体にはそれなりに興味ありますよ?健全な男子ですからね。でもこの人、男の人ですね、じゃあ興味無いです」

「でも脱がすのか…」

「そりゃだって、どこに何の情報があるかわからないですからね」

「アレか!組織の入れ墨とかだろ!物語で良くあるやつ!俺は詳しいんだ!」

「………オーサさん、あんなの実際にしてる訳ないじゃないですか……身分を隠すために自害するのに、その死体の服を脱がしたらどこの組織か解るなんて、笑い話ですよ?」

「そう言われればそうだな!!わっはっは!」

 ……少し慣れてきたかと思ったけど、オーサさんやっぱ面倒臭い人だな?

 いやまあ、向こうも僕に言われたくないだろうけども。

 なんて話をしつつも調べたが、やはり身分を証明するようなものは何もない。

 と思ったところで、指に何か引っかかった。

 腰の辺りに……隠しナイフだ。

 さっきイジッテちゃんが外に飛び出した時にも投げナイフが飛んできていたな。

 一見するとどこにでもありそうな普通のナイフだけど……これ、どっかで見たことあるような……ちょっと待てよ…?

 僕はおもむろに立ち上がり、入り口から外へ出る。

「おーい、どした?」

「いや、さっき投げられたナイフがどっかに……あった」

 イジッテちゃんに当たって弾かれたナイフが、入り口の近くに残っていた。

 それを、侵入者の腰にあったものと見比べる……やっぱり、そういうことか。

 僕はそれを持って侵入者の前に座り、ニヤリし笑って見せる。

「わかりましたよ、ガイザのスパイ……もしくは暗殺部隊ですよね」

 反応は無い、まあそうだよな。

「そうなのか?」

 イジッテちゃんは反応してくる。

「多分間違いないですね、このナイフは2本でついになってるんですけど、この技法は北側の大陸で広く使われてるんですよ。ガイザもそこに含まれてます」

「でも、それだけじゃあガイザ軍だという決定的な証拠にはならんだろう?」

「まあそうですね、ガイザ以外にも、そこから北側の国でも広く採用されてるナイフですから」

「じゃ何で断言出来るんだ?」

「断言はしませんけど、ガイザの周辺はジュラルの友好国だったり中立国だったりしますからね、このタイミングでここに来るとは考えづらいです」

「そうか?国が混乱してる今だからこそ、スパイや暗殺が暗躍しそうなもんだが。どこの国もあちこちに送り込んでるだろ?」

「もちろんそうですよ、だからこそ、おかしいんです」

「……言ってる意味がさっぱり分からんのだが……?」

 うーん、説明が面倒臭い。

「つまりですね、スパイなら、今調べるべきはどこだと思いますか?」

「どこって、そりゃ王都だろ。いきなり城が落とされたんだ、どういう状況なのか他国も把握したいだろうしな」

「そう、王都はもちろんですが、情報を得たいならその周辺の街や、とにかく人のいる場所を調べるべきなんですよ。こんななにも無い別荘地なんて調べて何になるんですか?」

「何になるって、そりゃ俺たちと同じだろ。テンジンザ様がこの辺りに……」

「はいそれーー!!」

 ビシィ!と指差して指摘する。

「この辺りにテンジンザさんが隠れてる、確かにそういう情報はあった、そのうえで、この人たちがわざわざ人の気配があったこの別荘を襲った意味……そう考えればストーリーが見えてきますよね」

「――――なるほど、テンジンザの暗殺、か」

「………なんだと!?」

 オーサさんは驚いているが、恐らくそういう事だと思う。

「そう、テンジンザさんがこの辺りに潜んでいるという情報を知って探しに来たところに、旅行シーズンでもない閑散とした別荘地の中に一つだけ、明かりのついた建物があったら……思いますよね、ここか?って」

「仮にそうでなかったとしても、一般人なら簡単に殺してそれで終わり。隠ぺい工作で事件発覚までの時間を稼いでまたテンジンザを探しに行くだけ、って訳だ」

「ですですイジッテちゃん。じゃあそれをこのタイミングでやる可能性が一番高いのは?って考えたらまあガイザかな、と」

 もちろん可能性としては、テンジンザさんに恨みのある誰かがプロを雇ったという可能性も無くはないけど、ガイザ以外の国が情報を得て、暗殺者を手配して、もうここまで辿り着いているというのはさすがに早すぎる気がする。

「どうですかね?あってますか?」

 侵入者に問いかけてみるけど、ま、当然返事は無い。

 ちょっと揺さぶってみるかな?

「残念でしたね、あなたたちは失敗したんですよ。あのまま普通に捕まって、「自分たちはただの強盗だ」って言い張れば僕らにはそれを覆すだけの決定的な情報は何もなかった。なのに情報が洩れる事に怯えすぎて自害なんてしたもんだから、僕に「この人たちはプロだと」思わせてしまった。本当は死ななくても良かったのに、死んだことで疑いを深めてしまったし、むざむざ優秀な人材を失ったんです。すぐさま死を選ばせるガイザのスパイ教育は完全に間違ってる。そんな国、本当にあなたが命を賭ける価値、あります?」

 ………反応なし、ダメか………徹底してるなぁ。

 少しでも自分の国を侮辱された怒りとか見えればもっと確信が持てたんだけど。

 ただ、ガイザではないとしても、テンジンザさん暗殺の任務を受けている可能性はだいぶ高いだろう。

「―――――どうする?」

 イジッテちゃんがシンプルに聞いてきた。

 おそらくこれ以上得られる情報は無いだろう、となれば………やはり、殺すべきなのか…それが一番安全なのは確かなのだけど………。

「いや、放置しましょう。とりあえずこの別荘地の管理人に連絡します。機能してるかどうかわからないですけど、ちゃんと自警団とか連れてくるように念押しして。で、この人が捕まった時にまだ自害するようなら好きにすればいい、そこまで死にたがりを助ける必要もないですからね」

「待て、逃げ出して復讐に来たらどうする?」

 オーサさんの顔には不安と怒りが見える。

 敬愛するテンジンザ様を殺される可能性があるなら排除したいと思うのは当然だろう。

「うーん、チームで動いてた人間が一人で暗殺に来るとは考えづらいですね……来るとしても、一度どこかの拠点にでも帰って、体制を整えてからでしょうから………その頃には僕らはもうここにはいない、追いかけてくるのは相当難しいと思いますよ」

「でも、可能性はゼロじゃないんだよな?」

「そう、ですね。ゼロではないです」

「――――なら、やることは決まってる」

 その言葉とほぼ同時に、既にオーサさんの剣は振るわれていた。

「あっ………」

 止める間もなく、正確には、止めるべきかどうか悩む間もなく、オーサさんの剣が侵入者の心臓を突き刺していた。

「悪いが、テンジンザ様に危機が迫る可能性がわずかでもあるのなら、俺はそれを見過ごせない。今は戦時下で、俺はジュラルの軍人だ。国の為なら命を奪うことに躊躇いは無い………冷血な人間だと思うか?」

 その顔は、いつものお調子者のオーサさんでは無かった。

 剣士の、軍人の、闘う者の顔だった。

「―――まさか、ジュラルのこと、テンジンザさんのことを考えればそれが一番正しい事なのは僕にも理解できます。………今となってはよく分かりますよ。ただ、僕に覚悟がなかっただけなんだって」

 いざとなったら殺せると、そう思いつつも人を殺すのを避けていた。

 殺す必要が無かったから………それは決して間違ってはいないと思うし、その必要がない状況を自分から作ろうとしていた。

 でも本当は、人の命を奪う覚悟がなかっただけだと言われたら、それに反論できない自分が居る。

 けれど、いつか本当に、その必要に迫られたら……その時僕は、この手を血で汚すことが出来るだろうか。

 大切な人を守るために、そうしなければならなくなったら、僕は――――


 イジッテちゃんの顔を見ると、僕の顔を覗き込んでいた。

「な、なに?どうしたのイジッテちゃん?」

 そう質問しても、ただじーっと目を見つめてきたかと思うと、その口元が少しゆるんで、「ふふんっ」と笑った。

「悩め悩め青少年」

 僕の頭にぽんっと手を乗せると、

「一つだけ覚えとけ。お前が何かを背負うときは、私にもそれを一緒に背負わせろ。それが、私たちが一緒にいる意味だ」


「イジッテちゃん………―――――――ちょっと何言ってるかわかんないです」


「わかれよ!!」


 ―――真面目な空気に耐えきれなくてとぼけてしまったけど、イジッテちゃんに深く感謝をして、僕らはその場を離れた。


 長い夜だったなぁ……結局誰も一睡もできなった。

 しかし、急がなくてはならない。


 テンジンザさんを見つけなくては………暗殺される前に…!




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