第79話

 僕らは灯りを消して身を潜める。

 息を殺して様子を伺うと、虫の鳴き声しか聞こえない夜の闇の中に無作法な足音が混じっているのに気付く。

 そして、ゆっくりと入り口の扉が開かれて、数人が入ってくるのがわかる。

 先ほど出かけようとした時に、扉の鍵を開けたのだけど、あえて閉める事はしなかった。中に入ってくるつもりなのは判っていたので、下手にドアを壊されるよりは開けておこうと思ったのだ。

 目的はわからないが、建物の被害はなるべく減らしたい。

 ただの泥棒だったらみすみす ご招待してしまったことになるが、おそらく違う。

 僕らはランプに明かりをつけていた。それはきっと外からでも確認できたはずだ。それでも入ってくる人間がただのコソ泥であるハズがない。

 足音は……3つ。

 最低三人、外にも居るかもしれないから4人か5人か……大所帯だな。ますます泥棒の線は薄くなる。

 入ってきた3人が室内を探りながらゆっくり移動している。

 足音が静かだ。何らかの訓練を受けた人間であろう足運びのような気がするな……うーん、これは面倒なことになりそうだ。

 3人がバラバラに動き始める。一人は風呂場の方へ、1人はリビングをくまなく、もう一人は階段の上。

 風呂場の方へ向かった一人が、ゆっくりと扉に手をかけて……勢いよく開く!

「きゃー、えっちー」

 イジッテちゃんの超棒読みセリフが聞こえた。

 あ、慌ててる慌ててる、侵入者慌ててる。

 けれど次の瞬間、高い金属音が響く。

 イジッテちゃんが刃物で攻撃されたのだろう。

 だけど―――――

「わー、やられたー」

 言葉とは裏腹に、イジッテちゃんは当然無傷だ。

 伝説の盾は伊達じゃないぞ!

「くっ、な、なんだお前!」

 侵入者の驚きの声と共に先ほどよりも強い音が響くが――――その瞬間、僕はその場を飛び出した。

「残念でしたっ!」

 先ほど見つけたキッチンの地下に潜んでいた僕は、まんまと敵を背後から攻撃することに成功!

 膝の裏を思いきり蹴りつけて頭の位置を下げさせると、片手で相手の腕を背中側に絞り上げ、もう片方の手ですぐさま首元にナイフを突きつける。

「はい、動かないでねー。イジッテちゃんお願いしまーす」

 あらかじめ渡してあった手錠で侵入者の両腕を拘束してもらい、これで人質の出来上がりだ。

 侵入者は全身真っ黒な服で顔までマスクで覆われているが、体格や筋肉の硬さ的に男だろう、しかもかなり鍛えられた肉体だ。

 しかしまあこの黒ずくめっぷり、泥棒のお手本のようだな……まあ、夜に紛れて動く人間は大抵真っ黒なものだけど。

 その時、こちらの音を聞きつけたのかリビングに居たもう一人の侵入者がこちらに駆け寄ってきたが――――それと同時に、階段の上から何か降って来た。

 人だ、さっき階段を昇って行った侵入者が上から降って来たのだ。

 床にぶつかって派手な音がしたので、その隙に一気にリビングの侵入者に近づいて腕の関節を極める。

「イジッテちゃん!」

 そして再びイジッテちゃんが手錠をガッチャンコ。

 しかしこれで油断してはいけない。プロなら腕の関節を外して逃げる事もありえるので、二人の背中側で拘束した手錠同士を紐で結んで、途中クロスさせて輪を作り、そこにテーブルの脚を通す。うん、こうすれば簡単には外れないだろう。あらかじめ手錠の鍵穴には粘土質の土を詰めてあるし。

 もちろん土は掻き出そう思えば出せるけど、拘束されてる側がこっそりとやるのは難しいし、土がボロボロこぼれるからすぐわかる。

 さて、もう一人は――――と思って瞬間、二階から再び何かが降って来た。

「どーん!」

 オーサさんだ。オーサさんがさっき二階から落として床でうずくまってた侵入者に完全に止めをさした。

 と言っても踏みつけただけなので、死んではいないだろう、たぶん。

 まあ、死んでたとしてもそんなに問題は無いけどね。僕は別に無血主義でも無いし、罪を犯すなら殺される覚悟で、と散々言われたからなぁ。

 いやまあ、それと同じくらい、だから捕まりそうになったら全力で逃げろ、って言われてたけど。

 故に、こっちが捕まえたら逃がさない。

 もちろん無駄に殺しはしないけどね、逃げられたらこっちの負けと同じだから。

 何もわからず、「襲撃された」という事実だけが残るんだ。相手の素性も目的もわからないまま、今後も何かあるのか怯え続けなければならない。

 それは負けたようなものさ。

 さてさて、室内に入ってきた3人はこれでなんとかなった。

 あとは、外に1人か二人か……さっき見た限りではまだ居るはずだ、どう出る?

 外から室内に攻撃してくるなら、扉か窓か……僕らは壁に背中を付けて周囲を警戒していると―――――

「………オーサさん、なんか、音しません?」

「音?そういえば、なにかパチパチと弾けるような……」

「―――まさか……!」

 慌てて窓から外の様子を伺う!

「うーーーわマジか!!バカかよ!!」

 思わず悪態が口を突いて出る。

 だって建物に火を点けられてんだもん!!

 燃えてる燃えてる!!外壁燃えてる!!

 あーあーもう木造のログハウスだからよく燃えるなもう!!

「ど、どうする少年!?」

「待ってください今考えますから!」

 おそらく、敵は飛び出してきたところを狙う為に外で待ち構えてるはずだ。

 普通に出ていっては的になるだけだ。

 かと言って、このままここに居たら焼け死ぬか煙に巻かれて死ぬか………――――いや、待てよ?

 そうか、敵が待ち構えてるなら、こっちとしてはむしろ好都合じゃないか?

「イジッテちゃん……お願いしても良いかな?」

「お前、すっごい嫌な笑顔してるぞ…?」

「えっ、ごめん。凄いナイスアイディアだったからつい」

「私を囮にするのがそんなにナイスアイディアか?」

「まだ何も言ってないのに……ついに僕の事が好き過ぎて心まで読めるようになったのかい?」

 ガインガイン。

「もうさすがにお前の考えくらい読めるよ。舐めんなよ相棒」

「ふひひっ、相棒だって。良いねそれ」

 なんか嬉しくて変な笑いが出た。僕の人生で、ピンチにそんなこと言ってくれる相手に出会えるなんてなぁ。

「んじゃ、お願いしますよ。最高の囮!」

「おう、任せとけ!」


「やーいやーいばーかばーか!!」

 入口から飛び出したイジッテちゃんは、ぴょんぴょん飛び跳ねながら敵を挑発する。

 ……いや子供か!!子供の挑発の仕方か!!

 とはいえ効果は有ったらしく、少し離れた木陰から投げナイフのようなものが飛んできて、イジッテちゃんに直撃した。

 当然、イジッテちゃんはナイフを跳ね返すんだけどね!

 ビックリしてんだろうな敵!!顔を見られないのが残念だよ!

 けど、位置はしっかり掴んだぞ!

「オーサさん、あそこの木陰です!」

「おう!俺に任せろ!!」

 つい今さっき作って渡した、炎魔法の結晶といつもの爆発魔法の結晶をそれぞれ3つずつ手に持ったオーサさんが、振りかぶってそれを僕が指差した場所に投げる!!

 おおお、凄い肩!!結晶たちは一直線に飛んでいき、ナイフの飛んできた辺りで派手な火花と爆発音を立てて破裂する!

 あたりの草木も炎に包まれると、熱と音で混乱してる敵が飛び出してきた!

 そこへ風魔法で移動速度を上げて近づいて、一気に背後を取って拘束!

 んー、さすがにもう手錠は無い。

「オーサさん!ロープお願いします!」

「そんなものは無い!」

「無いんかい!!」

 思わず突っ込んでしまった。

「じゃあ、その、ベルトとかそういうのでいいですから」

「そうか!よし任せろ!」

 すぐさまズボンのベルトを外して持って来てくれるオーサさん。

 ズレてるズレてる、走ってきてる途中でどんどんズボンがズレてパンツが丸出…し……パンツ履いてない!!

「オーサさんパンツは!?」

「俺、ノーパン派だから!!」

「中身が見えてますけど!?」

「まあ、見られて困るもんでもないし良いだろ!」

 ………じゃあいっか!!

「よくねぇぇぇぇぇぇーーー!!!」

 イジッテちゃんの叫び声が周囲に響き渡った。

「3人中2人が!チームの男子メンバー2人中2人が露出を何とも思わないってなんだよこのチームは!変態のチームですか!?」

「イジッテちゃん、それは違うよ。僕は何とも思わないなんてことはない、だって露出を愛しているからね」

「俺は愛してないぞ」

「そもそも露出という事に対して愛で語ること自体がどうかしていると思うのは私が間違っているのか…?」

 そんな会話をしながらも、侵入者の腕をきっちりベルトで締めて拘束完了。

 まだ居る可能性もあると周囲を警戒するが……気配は無い。

 どうやら四人で全員だったのか……?

 もしかしたら1人はもう逃げたという可能性もあるが、だとしたら追う手段は無い。とりあえず4人も拘束したし良しとしよう。

 さて……と。

「はい、火を消しまーーす!!二人とも手伝って!」

 僕の水魔法と井戸からのバケツリレーを合わせて何とか建物と、敵の潜んでいた木の火を消し止めたが、壁が3分の1くらい燃え落ちて外からめちゃめちゃ中が見える……なんてこったい。

 せっかく一晩(無断で)お借りしようと思っていた別荘を……許せんなぁ。


 僕らは3人で顔を見合わせて、今捕まえた侵入者一味を連れて部屋の中に戻る。

 さぁてどうしてくれようか、どんな拷問モドキで口を割らしてやろうか。そう考えながら部屋の中に戻ると―――拘束していた3人は絶命していた。


「――――やられた」


 最初は炎の煙でも吸ったのか、もしくは他にも仲間がいて口封じされたのかと思ったが、そうではない。

 おそらく、最初から口の中に毒物が仕込んであったのだ。失敗して情報を奪われるくらいなら自害する為に。

「おっと待った!!」

 たった今連れてきた最後の一人も、妙な動きを見せたので両方の頬を強く押して口を開かせ、顔を下に向ける。

「オーサさん、背中叩いて!!」

 僕の言葉に呼応して、オーサさんが何度か侵入者の背中を叩くと口から何かがこぼれ落ちた。

 黒い丸薬のようなものだ、おそらくこれが毒だろう。

 となれば次は―――……

「そうだよね、舌噛もうとするよね、残念」

 僕はポーチから布を取り出し、口の中に詰め込んでそれを防いだ。

 吐き出せないように、その上からさらにもう一枚布で口をふさぐ。

 おわー、すっごい睨んでくるじゃん。でもダメだよ、死ぬのは許さない。

 しっかりと情報をあんたから奪い取って見せるぞ。


 ………にしても、捕まったら即自害とは……完全にプロの集団だな……。


 一体何者なんだ………?



 ………そういえば、最初に口の中に突っ込んだ布はイジッテちゃんと初めて出会ったときに腰に巻いたやつだったな………全裸の腰に巻いて下腹部を隠したあの布だけど………まあ、良いか。洗ったし。わざわざ言うことでもないよな…?


 でもちょっとだけ謝っておこう、ごめんね? 



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