第76話
ルジーの話によると、ガイザの襲撃があった日に、テンジンザさんの左右の大剣の左であるタニーが、大きな人物を背負って城から出て来て、馬に乗せて逃げるのを見た人が居るというのだ。
「それがテンジンザさんである確証はあるのか?」
「背負われてる人間は、タニーよりも大きくて背負うのも大変そうだったと言っていて、あのタニーよりも大きな人間がジュラル城に居るか?」
その疑問に、僕らは一斉にオーサさんの方を向く。
城の中を誰よりも知っているのは確実にオーサさんだからだ。
「……大きな人間か、居ないわけではない。巨人族との混血も居るしな。ただ、城が襲撃されているという緊急時にタニーが必死に外に逃がそうとするなど、テンジンザ様以外には考えられんな」
「本当に?」
「ああ、巨人族との混血は俺の知る限りは最高でも中隊長だ。タニーが危険を冒してテンジンザ様よりもそちらを優先して連れて逃げることはないだろう」
……可能性としては、テンジンザさん含め全員殺されていて、辛うじて息があったその人だけは、と連れて逃げた……ということも考えられなくはないが……まあ、不吉すぎるので口には出さないでおこう。これは本当に出さないでおこう。
「何よりも一番重要な情報は――――ガイザが、英雄テンジンザを打ち取った、と宣言していないという事だ。王を討ち取った、と宣言はしたのにだ」
―――ルジーのその言葉はテンジンザさん生存の可能性にかなり期待を持たせるものだった。
「そうか……それなら、本当に生きているかもな」
「おお、テンジンザ様……!!信じておりましたぞ……!」
流れ落ちる涙を隠そうともせず、おんおんと泣き声を上げるオーサさん。
気持ちはわかる。テンジンザさんが生きているのなら、ジュラル奪還の現実味は数倍にも跳ね上がる。
「あの……ひとつ質問しての良いのです?」
「ん?なんですミューさん」
隅の方で話を聞いていたミューさんが、恐る恐る質問してきた。
「なんでその、ガイザ?の人たちはテンジンザさんを討ち取った、って嘘でも言わないのでしょう?どこかに姿を隠しているのなら、言ってもバレないと思うのですけど」
「そりゃあ違いますよミューさん。言った方がマイナスなんです」
「どうしてです?」
「確かに、一時的には「あの英雄までが討たれたのか…」とジュラル全体に与える衝撃は凄まじいと思います。今よりももっと侵略が進めやすくなるでしょう」
「だったら……」
「でも、「実は生きていて国を取り戻すために立ち上がった」らどうです? 死んだと思われていた英雄が生きていた!不死身の英雄!英雄が俺たちの為に復活した!!……国民が希望を取り戻すには充分過ぎるでしょう?」
「……なるほど、深く絶望させるほどに、それが覆されたときの反発は大きくなる、ということですね?」
「そうじゃな。さらに言えば、こんな状況なのにテンジンザがどうしているのかわからない、というままにしておいた方が都合が良いのじゃよ」
セッタ君参戦。
「何故助けてくれないのか、敵を前にして逃げたのか、それとも死んだのか、生きてるならどうして出てこないのか、ガイザに反旗を翻すにしても、テンジンザを待った方が良いのか……国民は迷いの中で答えを出すのが難しくなる。その隙にガイザとしては侵略を進めたいのじゃろうて」
「はぁー……戦争って色々な思惑があるんですねぇ」
「ほっほっほ、戦争なんて全部思惑じゃよ。武力の衝突なんて一つの側面でしか無い。思惑のぶつかり合い、それこそが戦争の本質じゃよ」
「戦争だけじゃなくて露出もそうですよね。露出したい人間と服を着せたい人間の思惑のぶつかり合いが…」
「で、テンジンザはどこへ逃げたのかわかってるのか?」
イジッテちゃんが僕の露出論を遮った。
くそぅ、本にして出版すれば大売れ間違いなしの僕の崇高な露出論を語るチャンスだったのに。
「売ってみろよ。命を賭けてでも発禁にしてやるからな」
「イジッテちゃん、命の安売りは良くないよ」
「うるせぇいいから黙ってろ」
ド直球に怒られたので少し黙ることにします。
「逃げた先までは正直わからないね、話では馬は西の方に走り去ったらしいけど」
「西か……西の林を抜けると貴族の領地がいくつかあるが……いや、王の別荘もあったな……懇意にしてる教会もだ。ううむ、絞り切れんな」
「左右の大剣の右と左ですよね?どう動くか読めないんですか?」
「あやつは何というか、柔軟な男でな。その場その場で一番良いと思う判断をするのが上手いのだ。襲撃の夜にどこに連れて行くのが一番安全だと思ったかは、その状況を知らぬ俺には難しいな」
右の大剣オーサさんは直情型、左の大剣タニーさんは適応型……なるほど、良いバランスですね。
けど、それだと探すのは難しそうだなぁ。
「そんなこともあろうかと、だ」
ニヤリと笑いながらルジーが取り出したのは、人間探知機「ヒトミッツカール」。驚くべきことに正式名称のパターンだ。
テンジンザさんの部屋に潜入した時に使った「なりすまし君スペシャル」と同じメーカーだと思われる。というかそうであってくれ、そんなネーミングセンスのメーカーは一つであってくれ。
丸い台の上に回転する矢印が付いてるだけのシンプルな見た目のこのアイテムは、台の中に誰かの身体の一部を入れるとその人の居場所を指し示してくれるという便利なアイテムだ。
そして都合良く、僕はテンジンザさんの身体の一部を持っている。
そう、まさに「なりすまし君スペシャル」を使った時に使用したテンジンザさんの髪の毛だ。発想が完全に同じだし、やっぱり同じメーカーだよな?
「おいちょっと待て、テンジンザ様の髪の毛?なんでそんなもの持ってるんだ?」
オーサさんが食いついてきたが、
「まあまあ」
とだけ言っていなした。
「いや、まあまあじゃなくてだな」
「まあまあ」
いなした。
「だから、その」
「まあまあ」
いなした。……諦めたらしい、助かる。
さて、さっそくアイテムの中に髪の毛を――――と思ったら、ルジーが突然「ヒトミッツカール」をひょいと高く上げた。
「……なんだよ」
「なんだよじゃないよ。これそれなりに高いんだからな。ただでプレゼントするとでも思った?」
「うぬぬぬぬ」
そうだよな、お前はそういうやつだよな。
だが、そう言う事ならこっちだって「こんなこともあろうかと」だぞ?
僕は、ポーチの中から一つ、小さなぬいぐるみを取り出し、それをルジーの眼前に付きつける。
「こ、これは……!コガイソ周辺でしか売っていない地域限定クマちゃん……!どこでこれを!」
「ふふふ、ちょっと用事で行ってたんだ。お前へのお土産として買ってたんだが、そっちがそんな態度では渡せんなぁ?」
「くっ、ひ、卑怯な!クマちゃんを人質に取るとは」
正確にはクマ質だけどな。
「ほーれほーれ、欲しいだろ?」
「ぐ、ぐぐぐぐぐぐ………いや、駄目だ!いくら限定クマちゃんとはいえ、どう考えても値段的に釣り合わない。それと引き換えには出来んぞ!」
くそぅ、しぶとい。まあ確かに、このクマのぬいぐるみ自体はさほど高いものではない。釣り合わないという主張も納得できる。
しかし、これ以上値段の高いものを用意することは出来ない、ならばどうする?もちろん考えてある。そう、経験だ。お金に変えられない経験を与えるのだ。
「仕方ない、ちょっと待ってろ。オーサさん、ちょっと来てくれますか?」
「俺か?なんで」
「いいからいいから」
「……なんだよもう」
僕はオーサさんを連れて廊下に出てドアを閉める。
「なんだ?どうした?」
「―――――オーサさん、黙ってこれを着てくれませんか?」
「また着替えか、今度はなんだ……?」
「ふふん、対ルジーの秘密兵器ですよ」
着替えが終わるのを待って、僕は部屋の中に戻る。
「なんだ?どこかで金の都合でもしてきたのか?」
そう言いながらドアを開けて入ってきた僕の方を見たルジーの目に入ったのは――――
「ま、まさか、そんなまさか、それは――――」
そう、これが僕の用意した秘密兵器!!
「おっきなクマちゃんだーーー!!!」
目をキラキラさせて凄い勢いで立ち上がるルジーの視線は、僕の背後から部屋に入ってくるクマの着ぐるみに身を包んだオーサさんにくぎ付けだ。
「ふふふ、その「ヒトミッツカール」をくれとは言わん、少しの間 貸してくれるだけで良い。そうしたら、コガイソ限定クマちゃんに加えて、この大きなクマちゃんをモフモフする権利を与えよう」
「なん……だと……?その、大きなクマちゃんをモフモフ出来る……のか?」
「ああ、そうだよねクマちゃん!」
クマちゃんに問いかけると、クマちゃんは「受け入れる準備は万端だよ!」と言わんばかりに両手を広げて、さらに片足をちょっと前に出し身体を傾けて可愛いポーズをとる。
いやノリノリですねオーサさん。
さあ、どうするルジー。これはオーサさんの身体の大きさを活かしたクマちゃんだ。こんなにも実際のクマちゃんくらい大きなクマちゃんは、たとえ着ぐるみとはいえそうそう出会えんぞ!
「か……」
ルジーの口から、絞り出すような声。
「貸すだけで良いのか……?」
「そうだ、貸すだけだ。終わったら帰す。つまり、お前に損は全く無い。なのにクマちゃんモフモフ体験が付いてくる!」
「ふ、ふふ、ふふふふふ。甘く見られたもんだな。このルジーともあろうものが、こんな、こんな方法で―――」
と言いつつ、ゆっくりと視力矯正グラスを外すルジー。
そして――――
「クマちゃぁぁぁぁあぁぁーーーん!!」
クマちゃんにダーーイブ!!
それをがっしり受け止めるクマちゃん!さすがオーサさん体幹がしっかりしてる!
「わーいわーい!クマちゃーーん!!もっふもふだぁぁ!!」
思いっきり抱き着くルジーを、抱き返したり高い高いと持ち上げたり、抱き合ったまま回ったり、肩車してあげるクマちゃん。なんというサービス精神!!
ルジーの恍惚の表情と、それはそれは楽しそうな笑い声がしばらく部屋に轟いたのでした。
幸せそうで何よりですね!
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