第75話
王都の中へは、意外にもあっさりと入ることが出来た。
僕らが冒険者だというのも大きいのだろう。
身分がしっかりしているし、冒険者協会の権力は全世界に及ぶので、冒険者を排除するのは難しい。
なによりも、軍だけで対処しきれないような国の隅々にわたる厄介事を片付けてくれるのが冒険者なので、排除すれば後々自分たちが困るのだ。
ジュラルを乗っ取るつもりなら、やるべきことは山ほどあってどんなに人手があっても足りないくらいだろうし、ジュラル軍の代わりにガイザ軍がこの国の平和を守るために必死に働くかと考えたら怪しいものだ。
とはいえ、治安が荒れすぎても統治の手間が増す。
そういう時に冒険者にある程度の仕事を任せられればガイザ側としても助かるだろう。
とまあそんなもろもろの理由で、冒険者は受け入れてもらいやすいのだ。
冒険者ライセンス万歳!
唯一の懸念は、ジュラルの出した指名手配情報がまだ活きてたらどうしようかと思ったけど、さすがにほんの数日でそこまでの引継ぎは出来てない様子だ。
仮に引き継がれていたとしても、ジュラル城からの脱獄と窃盗の犯人なんて、ガイザにとってそれほどの重要視する存在ではないだろうし。
ともかく、中に入ると以前とは様子が一変した王都に眉をひそめずにはいられない。
あれだけ賑わっていた城まで続く正面通りは等間隔にガイザ兵が並び睨みを利かせているせいで、通りを行く人々もみんな怯えて声も発しない。
けど……思ったより荒れてないな……?
言うなれば今ここは敗戦国だ。略奪や凌辱や搾取が行われても不思議ではない。
しかし、店は普通に営業しているし、街の人たちも怯えてはいるが普通に生活している。
まあ、今回の場合は街が戦場にならずに直接城だけ落とされたという特殊な状況ではあるのだけど……それにしたってなぁ。
そういえば、グラウの街の人たちも殺されずに捕まっていた。
何かそういう方針があるんだろうか……うーん、ちょっと情報を集める必要があるな。
ひとまず宿をとって休むことにする。
お金はあまり無かったが、ジュラルなら安宿でもまあ大丈夫だろう……でもなぁ、ガイザが統治してるならどうなんだろうなぁ……オーサさんも居るし下手な泥棒くらいなら撃退してくれるだろうけど。
それでも、これから僕らは言うなれば反乱軍みたいな行動を起こすことになりかねない訳で、外から話を聞かれない個室は絶対に必要だ。
「オーサさん、お金あります?」
「ん?そうだな。君達を連れに行く時に、「何かあった時の為に」と持たされていた資金がある程度は残っているが……それほど潤沢ではないぞ」
お金を見せてもらう……これで潤沢じゃないのか……価値観の違い!!
これならちょっといい宿に……いや待て、ここからどうなるかわからないんだ。何かあったら王都を逃げ出すようなことにもなり得る。
そうなったときに逃亡資金が無いのでは困る。
仕方ない、それなりの宿で我慢しよう。とりあえず他の人たちと共同の大部屋じゃなければいい。個室でドアと壁があれば、あとは小声で対処しよう。
宿の部屋は、ベッドが二つにソファーが一つの小さな部屋。
宿を借りるときにパイクさんとセッタ君には武具になってもらったが、それでも僕、イジッテちゃん、オーサさん、ミューさん……わりと大所帯だ。
まあ、イジッテちゃんとミューさんには一つのベッドで寝てもらって、もう一つのベッドとソファーに僕とオーサさんが寝れば何とかなるでしょ。パイクさんとセッタ君には武具状態のまま眠ってもらうようにお願いするとしよう。
「さて、さっそく作戦会議と行きたいところですが……もう少々お待ちください」
「なんだ、どうした?今までの自分の生き方を恥じて反省する時間が欲しいならいくらでも待つぞ」
「イジッテちゃん、僕の人生に後悔はあっても反省は無いですよ」
「お前ほど反省した方が良い人間は見たことが無いぞ」
「具体的には?」
「全部だよ」
「全部……?イジッテちゃんを大切に思ってる事とかもですか?」
「ぐぎっ…!そういうのをしれっと言うところは本当に反省しろ!!」
「顔、真っ赤ですけど」
「うるせぇ!お前の血をお前の目に流し込んで全部の物が赤くしか見えなくしてやろうか!」
照れ隠しにしては怖すぎるのですが………?
ドアのノック音で僕らの会話は中断された。
皆一斉にドアの方を向く。オーサさんの正体に気付いてガイザ軍がやってきた可能性もある。警戒は当然だ。
だが――――……ノックの音は3・1・4のリズム。
「……大丈夫です、僕の客なので、安心してください」
「客?お前の客ってなんだ?」
「まあまあ、あ、そうだ……」
僕は小声で告げる。
「パイクさんとセッタ君は人間の姿で居てください、それとイジッテちゃんの正体も絶対に秘密です。いいですね」
「なんだよ、ちゃんと説明しろよ」
「後でします、すぐ出ないとアイツ帰っちゃうんで、お願いしますね…!」
僕もドアに近づき、中から7・1・2のリズムでノックを返した瞬間、びっくりするくらいの勢いで扉が開かれて、僕の顔面に思いっきりヒットした。
「痛ってぇ!なにすんだよ!」
ドアからゆっくり入ってきたその男は、僕の顔を見るなり、
「開けるのが遅いからムカついた」
とだけ言い放った。
「ホント相変わらずだな……ルジー…」
その時間に厳しい男の名前はルジー。
細身の体躯に、高めの位置で結んだ青い髪、鋭い目つきを白縁の視力矯正レンズをかけて誤魔化し、執事が着ているような黒いスーツに身を包み、手には鞄をぶら下げ……胸ポケットに小さなクマのぬいぐるみを入れている。
「相変わらず好きだな、クマ」
「当然だ、クマちゃんは全てに優先される」
視力矯正レンズをクイっとしながらクマちゃんを語るルジー。
昔から変わってないようで何よりだ。
「おーい、誰だそいつは?」
イジッテちゃんの声に、僕はルジーを紹介する。
「えっと、こいつはルジー。まあひと言で言うと……便利屋、ですかね」
「随分仲がよさそうだけど?」
パイクさんも興味津々に覗き込んでくる。
「ええ、まあちょっと昔の知り合いで」
「……ああ、例の組織の?」
「まあそうです。もうこいつも組織は抜けてますけどね、今はフリーでいろんな仕事引き受けてくれてます。あ、ジュラル城で鍵をくれた兵士さん居たじゃないですか、あの人を国外に逃がす段取りをつけてくれたのもこいつです」
「へぇ、優秀なのね、よろしくね」
パイクさんが手を差し出すが、ルジーはその手を取ろうとしない。
「……あ、はあ、どもっす…」
とだけ言って目を逸らす。
「…すいません。こいつ凄い人見知りなんです……特に綺麗なお姉さんは苦手と言うか……あまり免疫が無くて」
「へぇ~~」
「ちょっ、新しいおもちゃ見つけたみたいな顔やめてください。こいつ本当に繊細なヤツなんで、仕事に支障出ちゃいますから。今回の計画に絶対必要なんですから」
「ちぇっ、はいはーい」
パイクさんは残念そうに後ずさりする。
「ごめんなルジー」
「は?何がだ?別に何の問題も無かったが?」
すぐにクールな表情に戻るルジー。……見栄っ張りが凄いのよお前は…。
「ふふん、よろしくなルジの助」
また変なあだ名をつけたイジッテちゃんが、妙に自信満々で手を差し出してくる。
ああ、考えてる事が手に取るようにわかる。
パイクさんに対抗して、自分の可愛さでルジーを照れさせようっていう魂胆だ。
「どうも、よろしく」
だが、ルジーは何の照れも躊躇いもなくイジッテちゃんの手を取って挨拶を交わしたわした。
「……なあコルスよ」
「なんですかイジッテちゃん」
「こいつ、殴っても良いか?」
「駄目です。恨むなら自分の色気の無さを恨んでください」
「☆§〇ΔΦ#$&@!!」
なんだか訳のわからない奇声と共に殴られた。
本当のことを言ってはいけなかったのだ。
ガインガイン。二回蹴られた。
「本当に事とか言うな!」
今度は正しくツッコミを受けましたとさ。
「で、そのルジー殿をどんな用事でここに招いたのだ?」
とりあえず室内に招き入れて椅子に座らせると、オーサさんの質問が飛んできた。
ルジーのオーサさんを見る目がちょっとキラキラしてる。これはアレだ、オーサさんがデカくてゴツいから「ちょっとクマさんっぽい!」って思っているんだろう。
どんだけ好きなんだクマ。
「この状況でルジーに来てもらったのは他でもない、この国の状況を教えうて貰う為ですよ。ルジーは情報屋としても一流ですからね」
目線で合図すると、ルジーはカバンの中から紙の束を取り出した。
そこには、いろんなクマの絵が所狭しと描かれていた。
「……えっと、それなに?お絵描き帳?」
「違いますよパイクさん、これはルジー独自の暗号文です。これなら見られても誰も解読できないでしょう?」
「……クマに対するこだわりが凄すぎない?」
それは言ってはいけない、と口に指をあてて静かにするよう促しておく。
「さて、いろいろな情報があるが……何から知りたい?」
「わかりやすく一番大きい情報から」
「おおざっぱなオーダーだな……まあいい、一つあるぞ、冬眠前のクマちゃんくらいの情報がな」
大きさの基準がよく分からないのよ。
だが、その口から告げられた情報は確かに大きく、僕らの行動を決める事になる。
「まず最初に―――――英雄テンジンザ様は、まだ生きている」
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