第74話

「久々に来たなぁ……」

 そう思わず口をついて出たが、考えて見るとさほど久々でもない。なんとなく意識を遠ざけていたからそんな言葉が出たのだろう。

 僕らはとりあえず、オーサさんの持っていたお金で飛翔の翼を買い、ジュラル王都から一番近い街・キンリへ行き、そこで準備を整えてから王都が見える少し離れた丘の上まで来た。

 いきなりジュラルへ乗り込むのはさすがに危険なので、離れたところから様子を見つつ、という作戦だ。

 まあ、作戦と言うか、作戦を立てる為の情報収集、かな。

 キンリの街にもガイザ兵が居たし、アイテムショップの人にも話を聞いたところ、オーサさんの話が事実なのは確認した。

 実際に王都をこうして見ても、あの堅牢な都が落とされたとは信じられないが、風にたなびくガイザの旗を見れば信じないわけにもいかない。

「で、どうするんだ?」

 気持ちのはやるオーサさんが問いかけてきたが、正直まだ何とも言えない。

「とりあえず、行ってみますか?」

「行くって、王都にか!?冗談じゃない!俺は捕まりたくないぞ!」

「大丈夫ですよ。僕らはただの旅の者として行けばいいんで」

「俺はどうする!?」

 置いて行って僕らだけで調査するのも一つの手ではあるけど、内部の情報に詳しいオーサさんが居た方がスムーズに事は進むだろう。

「ということで、オーサさんのお着換えターーイム!!イェイ!!」

「な、なんだどうした急に!?」

「王都に行ったオーサさんが追われたのは、きっとその鎧のせいですよ。ジュラルの鎧来てたら、ジュラルの兵士だって一目瞭然ですもん」

「確かにそうだな……」

「なので、さっきの街でオーサさんに似あいそうな服をみんなで選んできたので、ちょっと色々着てみてください、一番しっくり来た変装で入り込みましょう」

「そ、そこまで考えてくれていたのか……!ありがとう!ありがとう!!」

 泣きながらお礼を言うオーサさんに、僕は袋を手渡す。

「じゃあまずこれ、僕のアイディアです。きっとオーサさんに似あうと思うんですよね。そこの木陰で着替えて来てください」

 近くにあった、ちょうど大人一人の身体が隠れるくらいの太さの木を指さす。

「おう、わかった!俺に任せろ!」

 着替えを任せろって言われても、と思いつつ、まあさっき宿に来た時に比べたら元気が出てきたってことだろう、と好意的に解釈する。


 しばらくすると、木の向こうから「ちょっと!少年!?本当にこれか!?」という声が聞こえてきたが、「はい」とだけ答えると、明らかに迷いが伝わってきたが、少し経つとゆっくりと恥ずかしそうに、オーサさんが木陰から姿を現した。

「おーー、やっぱり似合いますね!」

「いや、似合うってこれ……これはなんだ!?小さなパンツが一枚に、変なカツラ、これはいったい何なんだ!?」


「何って……ビキニパンツ侍ですけど」


「ビキニパンツ侍!!!!!!……って何!?初耳なのだが!?」


「いやぁ、似合いますね。股に食い込むビキニパンツに、ちょんまげのカツラ。まさしくビキニパンツ侍にふさわしいですよ」

「だからビキニパンツ侍ってなんだ!?ふさわしいとかふさわしくないとか有るの?!」

 混乱しているオーサさん。ビキニパンツ侍の良さが伝わらないようで残念だ。

「おい、その辺にしてぶはぁ!…してやれよ…!」

 僕をたしなめようとして笑ってしまうイジッテちゃん。

 イジッテちゃんにはビキニパンツ侍の良さが伝わったようでなによりだ。

「笑われてるじゃないか!そもそも目立つ!目立ちすぎる!これでは潜入出来んよ!」

「え?ビキニパンツ侍なのに!?」

「だから!!!なんなのだビキニパンツ侍とは!!」


「じゃあ、次はアタシね」

 どうしてもオーサさんがビキニパンツ侍を受け入れてくれないので、パイクさんが選んだ服を入れた袋を手渡した。

「おお、心の相棒であるパイク殿の選んだものならきっと間違いないであろうな!」

 喜び勇んで木陰に駆け込むオーサさんだったけど……すぐになんだか不穏な空気が漂ってくる。

「パイク殿……?」

 弱弱しい声だ。あ、パイクさんが悪い顔になってる。

「全部ね、ちゃんと装飾品もね」

「パイク殿……?パイク殿……?」

 疑問形で名前を呼ぶしか出来なくなってますよオーサさんが。

 そして、ゆっくり木陰から出てきたオーサさんは……犬の着ぐるみを着ていた。

 いや、着ぐるみと言うか……なんというか、ピッタリとした全身スーツみたいなものに、犬のしっぽと耳が付いていて、顔だけ出ているが、鼻はちゃんと犬の鼻を付けている。

 わー、おっきな犬だぁ。

「パイク殿……?」

 泣きそうな顔で名前を呼ぶだけのマシーン、それがオーサさん。

「ちょっと、首輪どうしたのよ。入ってたでしょ」

 パイクさんの厳しい叱責が飛ぶ。

「いやその……人間の尊厳として首輪はちょっと……」

「つけなさい」

「だからその……」

「つけなさい」

「……はい」

 押し負けた!!!

 いろいろなものを諦めたように首輪をつけるオーサさん。

 その首輪からは長い鎖が伸びていて、何も言わずにパイクさんがその鎖を手に持ってグイっと引っ張る。

「ぐえっ!な、なにをするんですか!」

 急に首が閉まったオーサさんは当然の抗議をするが―――――

「は?犬がなに ぐえっ とか言ってんの?そこは「きゃうん!」でしょ?」

「……パイク殿……?」

 何度目ですか名前呼ぶの。

 グイっと引っ張られる鎖。

「げほっ!」

 グイっと引っ張られる鎖。

「うぐっ、だから、やめ……」

 グイっと引っ張られる鎖。

 グイっと引っ張られる鎖。

 グイっと引っ張られる鎖。

「……きゃうん!」

 折れた……!オーサさんの心が折れた…!

「よくできました」

 愉悦!!これまでに無いような愉悦の笑みですよパイクさん!!


 ただまあ、当然この衣装は却下された。なぜなら侵入に向かないからね!

「ビキニパンツ侍のヤツが言うなよ」

 まあまあイジッテちゃん。次はそんなイジッテちゃんの番ですよ。

「私のは普通だぞ」

 もはや完全に警戒してなかなか手を伸ばそうとしないオーサさんだが、犬のままでいるのも嫌なのか思い切って受け取ると着替えに木陰へ。

「お、おお!…おお?……おお」

 喜びからの疑問からの一応の納得。声だけでわかりやすいなオーサさんは。

 着替えが済んで木陰から出てきたのは、上下紫のダボっとした服に、キラキラとした飾りのついた白のベストを重ねて、頭には羽根飾りを付けていた。

 なんというか……旅芸人?

「うん、良いじゃないか。旅芸人。どうだ、まともだろう?」

「いやまあ、まともだけど……面白くは無いですね」

「何故面白さが必要なんだ…?」

 ごもっともな疑問です。

「どうだ?気に入っただろう?オサ坊」

 ……イジッテちゃんいつも知らない間にあだ名付けますね?オサ坊?この前はオサの字って言ってたような…?

「オサ坊…?」

 本人も知らなかったらしくて困惑しておられる。

「いやその、まあ確かに今まででは一番まともだが……これ似合ってるか?」

「確かに、旅芸人って言うにはちょっと体格が良すぎるというか……強そう感があり過ぎる気もするかなぁ」

「強い旅芸人が居ても良いだろう」

「まあ良いですけど……ちょっと違和感が」

 僕がどうにも懸念を払しょくできないでいると、オーサさんからも不安が伝えられる。

「俺が心配なのは、旅芸人なら何か一芸やってみろ、と言われた時だ。俺は武芸一筋で生きてきたからな、芸のようなものは何も無いぞ」

「よろしければ、脱衣ボンバーを教えますが」

「…………全力で遠慮させてもらおう」

「なんで!?」

「普通そうだよ!!」

 ガイン、殴られました。普通ってなんだろうね。


 そのあとのセッタ君の選んだ和服は普通に違ったので却下されました。

「ワシの説明雑じゃな!?」


 最後にミューさんの選んだ服を着て木陰から出てきたオーサさんは……

「おお、なんていうか、答えが出た、って感じだ」

 長い麻のズボンにシンプルなシャツ、そこに胸当てと腰巻の簡単な鎧に小さなトゲの付いた目まで覆う兜。

 どこからどう見ても、戦士だ。

「そうか、僕らは元のオーサさんから遠ざけようとし過ぎてたけど、僕らのような冒険者パーティに戦士が居るのは普通だもんな……体の大きさも自然だし、兜が目の部分も覆っているから相手がオーサさんの顔を知っててもごまかせそうだ」

 オーサさんはそこそこ有名人なので、顔バレの危険性があったが、これなら大丈夫そうだ。まあ、兜が目まで覆っているとはいえ視界用の穴は開いているので、そこから見える目でバレる可能性もなくはないが……よほどの顔見知りでもなければ見抜けないだろう。

「そこまでわかっていて、少年はなぜビキニパンツ侍を……?」

「ごめんなさい悪ふざけです」

「正直過ぎるな!!まあでも、正直に謝ったから許そう!」

 良い人だ。


 ともかく、これで準備は整ったし、ひと遊びして面白かったので、さっそくジュラル王都に潜入だ!!


「まて、俺で遊んでたのか?」


「……てへっ!」

 可愛く言ったので許されるだろう、きっと。そうであれ。

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