第60話

 職業部族の人たちが普段暮らしているという近くの街まで案内してもらった。

 なるほど確かにこれは……さすがに王都ほどではないが、キテンの街よりも都会なくらいだ。

 観光でだいぶ儲けているらしく、街がだいぶ発展している。

 この街の売りはカジノだそうな。

 昔ながらの部族を見た後に、綺麗に整った街でカジノ……なるほど魅力的な旅行プランだ。

 職業部族の人たちと、街でもてなしてくれる人たちは別々にして、夢を壊さないように徹底してるらしいし、これはもうプロの仕事だ。

 まあそれはともかく、気持ちばかり はやるオーサさんを落ち着かせて、この街で旅の用意をしつつ一泊する。

 幸い、オーサさんが非常用の路銀を持たされていたので、それをちょっと出してもらってそこそこ良い宿に泊まれた。ありがたやー。

 いやまあこっちにも金貨一枚あるけど、なるべく使わずに済むならこれに越した事は無いし。

 王都の高級宿には遠く及ばないが、きれいに磨かれた木目の壁に、床には薄い絨毯が敷き詰めてあり、大きなベッドが3つに小さな机と椅子2脚が置いてあっても狭さを感じさせない良い広さの部屋だ。 

「しかし、こんな大きな街なのに飛翔の翼は売ってないんだな」

 宿でくつろいでいると、イジッテちゃんが素朴な疑問を口にした。

「ああ、それはここが観光地だからでしょうね。大人数のツアーとかで来てる時に、羽や翼が売ってるとガイドさんに黙って帰っちゃったりする人も多いですし、他国から旅行で来た人が羽や翼で逃げ出してそのまま亡命したり、そういう事件が多いから観光地では魔法アイテム売ってる店が少ないんですよ」

 魔法アイテム店は攻撃アイテム等も売ってるので、観光客を狙った事件とかを起こさせにくくする、という点からみてもあまり店を構えてないし、店があってもかなり品物は制限されていることが多い。

「それだけではないぞ!!」

 突然、風呂から腰に布を巻いたびちゃびちゃのオーサさんが出てきた。

「うわぁ何ですか急に!ちゃんと拭いてから出てきてくださいよ!服はまあ着なくても良いですけど!」

「よくねぇよ!」

 そんな僕らの言葉を無視して、話を続けるオーサさん。

「この街はカジノがあるからな、負けに負けて借金したヤツがそのまま翼で逃げ帰って借金を踏み倒す、という事件もあってな。それもあってカジノは荷物検査で羽系アイテムを預けないと入れないし、外で売ってる店も少ない、というわけだ」

 その情報を知ってて羽を持ってくるの忘れるってどういうことですか…?

「なるほど。それはわかったので体を拭いてください」

「あと服を着ろ」

「おっと!これは失礼した!俺としたことがレディの前ではしたないな!はははは!まあ、この肉体美、見たいと言うなら見せても構わんのだが!?」

 驚くほどの沈黙。

 誰も、何の言葉も発しない。

 この世界から音が消えたのか?と疑いたくなるくらいだ。

「……ふふっ、照れ屋さんたちめ!仕方ない、服を着てこよう!」

 一瞬さすがに心が折れたかと思ったけど、すぐに立ち直った。強い、メンタルが強い。

 ああ、またパイクさんが苦い顔を。いや、あれは苦いなんてもんじゃない、決して人前でしてはいけない顔だ。

「パイクさん!顔!顔!美人が台無しですよ!」

 ハッと気づいてニコッと笑顔を見せるパイクさん。お綺麗です!グッと親指を突き立てた。

「いやぁ、良い風呂でした!」

 出てきたオーサさんは、水色に白の水玉模様のパジャマに、三角の先っちょに丸いふわふわした玉が付いているナイトキャップを被って出てきた。

 パイクさんの顔が激しく曇った。

 ……オーサさん、パイクさんの嫌悪感を狙い撃ちしてるみたいな人だな……相性が悪いぞこれは。


 とりあえず食事を終えて、雑談混じりに情報収集する。

 ジュラルの現状を仕入れておいて損はないし。

「オーサさんは、なんで一人で僕らを連行しに来たんですか?」

「ん?ああ、ジュラルは今いろいろと大変でな、多くの兵士が国境の警備に駆り出されてるんだ」

「……ガイザの件ですか?」

「ん?ああそうか、あのグラウ村への侵攻を食い止めたのはお前たちだったな。ならば隠す意味も無いか。そう、ガイザだ。まだ国民にはあまり知らせてないが、あれから定期的に国境では小競り合いが行われていてな、いつ本格的な侵攻が始まるのかと警戒しているところだ」

 口調こそ軽いが、その顔からは深刻さが感じられる。

 ああ、嫌だなぁ、始まるのか戦争が。

 まあ、ジュラルに追われてる身としては僕なんかにかまってる暇はなくなるという意味では助かるけど、戦争になったらアンネさんはもちろんキテンの街や、グラウ村の人たちも巻き込まれることになるだろうから、それは心が痛む。

 ……とはいえ、兵士でもない僕にどれだけのことが出来るのか、という話ではあるのだけど。救える人は救いたいなぁ。

「アンタは警戒に加わらなくていいのか?」

 イジッテちゃんの問いに、オーサは眉をひそめる。

「そりゃ俺だって国の為に働きたいけどさ、テンジンザ様が城から動けないのに左右の大剣がお傍を離れるわけにはいかないだろ?」

「テンジンザさんはどうして城に?」

「戦争で一番マズイ状況はなんだと思う?…………それは、王都を取られること、王の命を取られることだ」

 あ、良かった。クイズ始まるのかと思ったらすぐ答え言ってくれた。

 この流れでクイズはもうパイクさんの顔がまた見せられないほどに歪むところだ。危ない危ない。

「どこから侵入したのか、王都の近くでもガイザのスパイと見られる人間が見つかっていてな、もし王都の中で事件でも起こされたら大変なことだし、王の暗殺すら有り得る。その状況でテンジンザ様が城を離れるわけにはいかないだろう?テンジンザ様のあの直感、あれは暗殺者に対してすら有効だからな」

 あれか……まあ確かに、他の誰もが気づかないような侵入でも、テンジンザさんなら気付いて対処できるだろう。

「そんなわけでテンジンザ様は城を離れられない。となれば左右の大剣である我らも待機してなければならん。……が、国の一大事に何もしていないのも忍びなくてな、この任務を買って出たというわけだ」

「オーサさん一人で?」

「一時的にとはいえ、左右の大剣が両方お傍を離れるわけにはいかんからな。とはいえ、本来なら簡単に終わる任務のはずだったのがこのありさまだ……」

「すいません、協力してもらっちゃって」

 まあそもそもオーサさんが飛翔の翼やら定置の羽やらを忘れてきたのが全ての始まりではあるのだけど。

「いや、いいさ。警戒は必要だが、残念ながら俺が一人居ようが居まいがそれほど変わりはせんよ。なにせテンジンザ様が控えて居られるのだからな。しかし、今この少女を助けられるのは俺しか居るまい!あっはっは!テンジンザ様も数日ぐらい許してくれよう!あのお方は懐の広いお方だからな!」

 さほど役には立てないと解っていても、形としては傍に控えてなきゃいけないのか、面倒だなぁ組織ってやつは。

 その後、一通り雑談をして就寝。

 雑談の間に5回ほどパイクさんの顔が曇り過ぎて大変なことになったのは、まあここで語るのはやめておこう。


 さてここで問題がある。ベッドは3つ、僕らは5人だ。

 男は男で……と思ったが、オーサさんがまあデカい。どう考えても1人でベッドひとつを使わないとならない。

 いっそパイクさんとセッタくんには矛と盾になってもらって……と思ったが、そういえばミューさんにもオーサさんにもその辺の説明はちゃんとしていない。

 話してしまおうかとも思ったけど……オーサさんに話すのはちと危険だ。

 二人が武具であることはテンジンザさんにもまだバレてないハズだ。

 先ほどのようにロープで縛られても、知られていなければ逃げだすチャンスも作れるだろうから、これをバラすのは得策ではない。

 なので、上手くベッドを割り当てたいのだけど……オーサさんは今の段階では丁寧に扱っといた方が良いので、ベッドを一つ使ってもらうとして、あと二つ。

 ミューさんも、依頼人……つまりお客さんなので、ベッドに寝て貰うとして……残りひとつ。

 まあ仕方ない、僕は床で寝よう。

 一応絨毯は敷いてあるし、なんなら旅の準備として買ってある寝袋もある。

 となると……

「イジッテちゃんとパイクさんとセッタ君で、一つのベッドに寝て貰う、という形になるのですけど……」

「ぜってーやだ」

「死ぬほどいやよ」

「ワシは床で構わんよ?」

「ああセッタ君助かります人格者。それに比べて女子二人は……」

「何か言ったか?」

「アンタまさかこんな良い女を床に寝かせる気なの?」

「いやいやまさかそんなそんな、ねぇ?ただ、二人一緒に寝てくれると揉めなくて済むなぁ、という話でして…」

 うわぁ面倒臭い。人数が増えるとこういうの面倒臭いな!

 かといってベッドが五つある部屋なんて高すぎるし、ここ1部屋分で2部屋取るとな るとだいぶ部屋のグレードを下げなければならない。

 このランクの部屋を2つ、は論外だし、ここがちょうどよかったんだよなぁ……。

「でもじゃあどうするんです?オーサさんとミューさんはお客さんですし、床で寝てくれって訳には…」

「じゃあおやすみ!俺はもう寝るぞ!」

 ……こっちで揉めてるのを知ってか知らずか、すぐさまベッドに入って寝息をたてはじめるオーサさん……神経が図太いのか、そもそも存在しない無神経なのか…。

「パイクさん、顔顔」

 そりゃパイクさんの顔も曇るという物です。

「あ、あの、ミューは床でも大丈夫ですよ……慣れてますので…」

 見かねたミューさんがそんな提案を申し出てくれたが……

「それはダメです」

「それはダメだ」

「それはダメよ」

 僕とイジッテちゃんとパイクさんの意見が完全に一致した。

 こういう時は気が合うな……。

「お客さんを床で寝かせるなんてそんなわけにはいきませんよ」

「でも……じゃあその、お二人のどちらかが、私のベッドで一緒に……と言うのはどうですか?」

 なんてナイスアイディア!!


 という事で、オーサさんがベッド1。

 ミューさんとイジッテちゃんがベッド2。

 パイクさんがベッド3……と思ったら、「それならワシも一緒のベッドでええぞ」とセッタ君が提案し、パイクさんもそれを受け入れたので、パイクさんとセッタ君がベッド3へ。


 僕だけが床で寝る、うん、ベストな解決策ですね!!


 ……あれぇ~~~~?

 僕が勇者で、リーダーで……あれぇぇぇ~~~?????

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